「「……え?」」
相変わらず同時に、声が出る。恐らくは互いに向けている目の色も、表情も、同じなのだろう。
「「いや……何を、何を言っているんだ。君はヒミコだろう」」
そして考えていることまで同じらしい。
いや、これはもう同じというより、もはや私そのものと言ってもいいかもしれない。元々ヒミコの変身は見た目の上では完璧なもので、ここ数か月は意識しているいないにかかわらず私になりきろうとしていたことを考えると……“個性”の暴走、事故と見るべきか。
こんな事態に陥ってしまうとなると、好きがすぎて好きなものそのものになってしまいたくなる、というヒミコの気質は“個性”由来と見て間違いなさそうだ。好きな人と同じものを身に着けたいという感覚は私にも理解できるが、彼女のそれは明らかに逸脱した域にあったからな。
と、いうような思考は今すべきでないことはわかっているのだが。どうにも考えてしまうのは、現実逃避というやつか。どうやら私もかなり動揺しているらしい。
だが、このまま放っておくことはできない。なんとかしてヒミコには変身を解いてもらわなければならない。
となると……まずは、彼女に自分がトガ・ヒミコであるということを認識してもらう必要があるか。であれば……。
「「一緒に装備を確認しよう。ヒミコの変身は完全に再現するものだが、自分が元から身に着けていたものは消えない。装備が多いほうがヒミコだ」」
喜ばしいことではないが、意思の疎通に齟齬どころか一切のタイムラグがない点だけはありがたい。
そういうわけで、私たちはお互いが身に着けているものを確認することにした。まあ、すぐにライトセーバーの所持数に違いが見つかったため、答えは出たのだが。
「……私がヒミコ、か」
二本のライトセーバーを手にした目の前の私が、ため息交じりに言った。思考回路まで完全に私に変身しているのだとするならば、信じがたいものの突き付けられた現実は覆しようがないため、ひとまず受け入れられたのだと思う。私が同じ立場だったら、きっとそう考える。
「どうだ? 変身の解除はできそうか?」
そんな彼女に、問いかける。無理だろうなと思いながら。
実際、答えは否だった。ヒミコが緩やかに首を横に振った。
「今の私は、どうやら完全に理波になってしまっているようだ。増幅については知り得る限りのすべてを理解しているが……他人の“個性”の使い方は想像すらできそうもない」
「やはりそうか……」
だろうとは思っていた。“個性”とは身体機能であり、本来は生まれつき備わっているものだ。ワンフォーオールやオールフォーワンが例外なのであって、歩行や呼吸のように教えられずとも身体に染み付いている機能なのだ。
だが“個性”はその名の通り、個々人の人格を形成する要素でもある。この特殊能力には、一つとして同じものはない。系統が同じものであれば似通うが、そうでないものは根本からして異なるだろう。
だからこそ、自分のものではない“個性”を使うということは、普通困難極まることなのだ。強い好感を持つものに変身したとき限定とはいえ、他人の“個性”を使用できるヒミコはすごいことをしているのである。
しかしそれも、ヒミコがヒミコであるという己の軸をしっかり持っていてこそ。思考どころか意識まで変身してしまったとあっては、そうした使い方ができないだろうという予想は難しいことではない。
……などとあれこれ述べたが、これは別に現実逃避ではない。なぜなら、既に私の中では最適解は見つかっているのだ。最初にそれをしなかったのは、頼らずに済むのであればそのほうがいいからである。
そしてその答えには、私の姿をしているヒミコも同時に辿り着いたはずだ。
だから私たちは同時に頷き合うと、これまた同時にイレイザーヘッドのほうへ駆け足で向かった。
「「マスター! 申し訳ありませんが、『抹消』を私たちにかけていただけないでしょうか!」」
「は?」
つまりはそういうことである。
変身中のヒミコであっても、イレイザーヘッドであればその“個性”によって強制的に変身を解除させることができる。それは今日までの学生生活で何度も見ているから、間違いない。
マスターの手を煩わせることにはなるが、かくなる上はこれが最も確実な方法というわけだ。
かくかくしかじか、と相変わらず一言一句同じ言葉を同時に発する私たちに、イレイザーヘッドの目の焦点が一瞬だけ遠くなった。
気持ちはわからなくはない。わけがわからない状況だろう。
しかしすぐに表情を引き締め直すところは、さすがと言うべきか。事故は事故だからな。
「……ったく。俺はドライアイなんだ、あんまり使わすんじゃないよ」
彼はそう言いつつも、“個性”を発動した。髪が逆立ち、赤く光った瞳が私たちを見据える。
「……何?」
「「そんなバカな!?」」
だが、それでも。
イレイザーヘッドの「抹消」をもってしても。
ヒミコの変身は、解かれることがなかった。
***
その後私たちは、すぐさま保健室に運ばれ検査を受けつつ、リカバリーガールの監督の下でもう一つの変身の解除方法……時間経過を試すことになった。
ヒミコの“個性”である「変身」は、変身していられる時間に制限がある。通常であれば、コップ一杯ほどの血でおよそ一日ほど。そしてその制限は、変身先の“個性”を使えば使うほど、比例して短くなるという性質を持つ。
ただし、変身する相手への好意が強ければ強いほど、変身していられる時間は伸びる。最愛である私への変身は、コップ一杯もの血を用いれば丸々五日は余力を持って続けられるだろう。普通であれば、すぐにどうこうできるものではない。
それでも、“個性”を使えば短縮できるのだ。特に私の“個性”は消耗の量を自由に調節できるので、比較的簡単に短縮できる。
またこれは不幸中の幸いだが、昨夜は性交を中断しているので、今日はあまり血のストックは多くなかったはず。だからこそ、イレイザーヘッドの抹消が効かなかったとしても、これでなんとかなるはずだ。
そう、思っていたのだが。しかしどれほど増幅を使ってみても、ヒミコが元に戻る様子はなかった。
それどころか、増幅のし過ぎでどんどん栄養が足りなくなり、遂にはリカバリーガールからドクターストップがかかってしまった。
ここに来て、私は本格的に慌て始めた。思い浮かんでいた方法がすべて失敗した上に、これ以外の方法がもう思いつかなかったのだ。
「なんとか、なんとかならないのですか!?」
意味のないことだとはわかってはいても、声を荒らげてしまう。それでも、明らかに狼狽している自分に対する呆れより、もしかしたらヒミコはもう……というネガティブな思考に対する怯えのほうが勝った。
しかしそんな状態でも思考がとまることはなく……思わず想像してしまった最悪の事態に、血の気が引いていく感覚がはっきりと全身に刻まれる。
対して、リカバリーガールは静かに首を横に振った。リカバリーガールがいかに優れた医療ヒーローとはいえ、保健室は所詮保健室だ。病院と比べると医療施設としては何段も下がる。ここではもう、できることはなかった。
かくして、ヒミコは雄英から最も近い総合病院――エリが入院していたところだ――に緊急搬送されることになった。イレイザーヘッドと、それから初めて見るケースだからとリカバリーガールも念のため同行した。
本来であれば、それ以上の同行者は不要だったろうが……ヒミコが変身しているのが私であるため、増幅についての意見や知識も求められるかもしれないからということで、私も同行することができた。
それがなかったとしたら、きっと何が何でも同行していただろう。もしかしたら、強引にでもついていったかもしれない。それを考えると、口実が存在していてよかったというべきか。
「い、一体何がどうなったらこんなことになるのやら……」
病院に到着してから、およそ一時間後。ヒミコのことをあれこれ調べた医者が、私たちの前で口を開く。
「事故が起こる少し前のトガさんの個性数値が、とんでもないことになっている。具体的には、一般人のおよそ五十倍……最前線を走るトップクラスのヒーローと比べても、十五倍近い数値を出しているんだ」
「……ただの個性事故じゃあないね。ただ“個性”が暴走しただけじゃ、こんな数値は絶対出ない」
「授業開始前の段階で、これです。恐らくですが、事故が起きた瞬間の数値はもっと高いものだったかと……」
「だとしたら、とんでもない数値だよ。たぶん、“個性”ってものが世に出て以来、最高って言っていいくらいの数値が出てたはずだ」
医者の言葉を継いだリカバリーガールも、険しい表情だ。
彼女の内心からは、「全盛期のワンフォーオール並みか、下手したらそれ以上」という声が聞こえる。なるほど、そんな精度と出力で変身してしまったら、完全な変身も可能だろう。
その後も説明は続くが、対する私とヒミコは相変わらず同じ顔、同じ表情、同じ思考で二人の言葉をほとんど聞き流していた。
驚愕、混乱、狼狽、そう言った状況であることは否定しない。だが、最も当てはまる言葉を一つ選ぶとしたら、それは呆然だろう。人生が二度目ゆえに実年齢より高い思考能力が、二人の言葉だけでおおよそのことを理解してしまったのだ。
そしてその原因も、おおむね見当がついてしまう。私だけがわかる原因だ。だから呆然と、話を聞き続けることしかできない。
……“個性”とは、何度も繰り返すが、身体機能だ。心肺能力や、思考能力のような、人体に生まれつき備わっている機能。
ゆえに……肉体に依存する機能であるがゆえに。
“個性”は、フォースによって強化できる。できて、しまう。
ずっと、ずっと疑問には思っていた。私の「増幅」はフォースで目に見えて強くなるのに、ヒミコの「変身」ではそれらしい効果が見えないのはなぜだろう? と。
単に増幅がわかりやすい能力だったからこそ、影響が顕著なのだろうとは思っていた。変身は、指標になるようなものが変身していられる時間や変身先の“個性”を使えるかどうかくらいしかなく……しかしそれは恐らく訓練で至れる範疇であるため、影響の範囲がどれほどなのか、見当がつかなかった。
だから私は、それを。
それを、あまり深く、考えてこなかった。私がフォースと“個性”を組み合わせて使っても、問題は何も起きていなかったから。
そもそも目や耳で、そしてフォースで見ていても、わかる範囲で影響が見えなかったから。
先例が私しかいないのに……私の経験が、他者に当てはまるとは限らないはずなのに。
私は。
私は、なんということを。
私が、私がもっと、注意深くヒミコの“個性”を調べてさえいれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに!
「つまり、どういうことです?」
続いていた話を遮って、イレイザーヘッドが問いかける。構わないから結論を言い切ってくれ、とでも言いたげに。
対して、私は息がどんどん荒くなっていく。動悸が激しい。嫌な汗もとまらない。きっと今の私の顔は、青いを通り越して白い。
ああ、嫌だ。お願いだからやめて、やめてくれ。
その先を、その先の言葉を、私は聞きたくない!
「……イレイザーヘッド。言いづらいのですが」
「……この子。下手したら、もう二度と元に戻れないかもしれないよ……」
けれど、医療従事者たちがそれをとめるはずはなく。
こうして、私は目の前が真っ暗になった。
というわけで、ずっと頑なにタグにつき続けていた「個性とフォースの悪魔合体」がようやく本当の意味で発揮されました。
フォースブラストも、フォーススリープも、フォースイレイザーも、すべては前振りに過ぎなかったのです。
原因不明のデクくんのピンチ+お茶子ちゃんからの懇願+「限界を超えないと助けられないだろう」という推測+「ワンフォーオールを鎮めるにはトガヒミコではなく増栄理波でなければ不可能」という認識+全力で変身+全力で増幅連打=個性とフォースが同時に限界突破
変身にフォースがどう影響を与えていたかといえば、原作以上に精度の高い変身を長時間ホイホイできていたことそのものが、フォースの影響です。
変身以外の外的要素によって個性が極限まで強化された上で、さらにプルスウルトラしたときに初めて起きる個性事故。それが今回の真相です。
個性くん「こいつが悪い」
フォースくん「こいつが悪い」