突然機嫌を回復させて、急に元気になった私をクラスの誰もがいぶかしんだが、それと同時に何か解決策が見つかったのだろうと喜んでくれた。
こういう感情の共有を、自覚して嬉しいと思ったのはこれが初めてだ。これも前世では経験できなかったことだと思う。
まあ、前世でこれを感じていたとしたら、強く抑制していただろうが。ジェダイとはそのように教えられるものだ。
今もその教えは私の中に根付いているので、抑え込んでいるつもりだが……恐らくできていないのだろうなぁ。それが自分でもわかるくらい、周りからは微笑ましい顔と目を向けられている。
実際、これほどまでに放課後が待ち遠しかったことはない。小学校に通っていた頃は常々思っていたが、それは自分に合わなさすぎる授業を早く終わってくれと願っていたからなので、方向性は真逆だ。
だからこそとにかく待ち遠しくて、この日の私は一日中そわそわしていた。授業が終わってホームルームも終わった瞬間、即座に席を立ったことも許してほしいところである。
イレイザーヘッドには呆れた目を向けられたが、それについては何も言わないでおいてくれたことは素直にありがたく思う。
「……車回してくるから、正門前で待ってろ」
「はい!!」
というわけで言われるまま正門前で待機していると、
「やあ増栄ちゃん!」
「こんにちは」
「やあ、二人とも。こんにちは」
エリを抱っこしたトーガタが現れた。
一緒に行くことになっているようだが、ビッグスリーの筆頭が子供を抱っこしている姿に周囲からは様々な声が上がっている。有名になるのもやはり考え物だな。
とはいえ、本日の主役は彼ではない。彼は単なる付き添いだ。こちら側でエリが一番なついているのが彼だからな。
そういうわけで、私は快諾してくれたらしいエリに頭を下げることにする。
「エリ、今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「だいじょうぶ。だって、そのためにくんれんしたんだもん。私、がんばる。おんがえし!」
「……うん。ありがとう、本当に……本当に、ありがとう」
私と同じくらいの見た目の、しかし本当の意味での幼女であるエリが、少しはにかみながらも両手を握る姿に私は思わず泣きそうになった。
何せエリは、少し前まで自分の“個性”を恐れていたのだ。自分の親を消してしまった力だから、その力ゆえにまっとうに生きることを否定されてきた子だから、それは仕方ない。
にもかかわらず、そんな力を訓練することに前向きでいてくれた。あまつさえ、恩返しとまで言ってくれた。
幼いながらにそう思ってくれた彼女のどこまでも純粋な善意が、私には本当に嬉しかったのだ。
「なかないで、アヴタスさん」
「……うん……すまない、ありがとう……大丈夫、痛かったり悲しかったりするわけじゃないから……」
とはいえ、そんな幼女に頭をなでられるのは、いささか以上に心に来るものがあったが。こればかりは自業自得というしかないだろう。
「何やってんだ」
と、そこにイレイザーヘッドが車でやってきた。
なんでもないと彼に答えつつ、私たちは車に乗り込む。どうやら、今日はリカバリーガールは同行しないらしい。
「シートベルトはしたな? じゃ行くぞ」
もうすぐだ。もうすぐ、君にまた会える。
待っていてくれ、ヒミコ!
***
病室に到着すると、どうやら既に話は通っていたようで、準備は済んでいた。
出迎えた私の姿をしたヒミコもまた、今の私同様に嬉しそうだ。表情が輝いているし、そわそわとしていて落ち着きがない。
自分の今の状況を客観視させられるのは、何とも言い難いものがあるが……しかし今は、私の羞恥心などどうでもいい。医者のほうを向き、早く進めてくれと二人分の目で訴える。
「いい加減にしろ。落ち着け」
そんな私たちに、イレイザーヘッドが目を光らせて諫めた。
“個性”が発動している。完全に叱責する態勢だ。落ち着けていない自覚はあるので、鏡写しのように二人揃ってしゅんとする。
一方で、愚かな私がそんなことをしている間にも、医者たちはてきぱきと彼らの仕事を進めていた。
さすがはプロである。持ち込まれた諸々の機器の意味はよくわからないが、医療機器であることは間違いないだろう。
それらが済むと、イレイザーヘッドもエリのすぐ近くに控えた。万が一にエリが“個性”の扱いに失敗したときのために、いつでも強制停止させられるようにだ。
当のエリは、身体を固くして軽く汗を浮かべている。まだ何もしていないのだが、だいぶ緊張しているようだ。
しかし無理もない。何分、エリがその“個性”を能動的に人間に使うのは、比喩でもなんでもなく今回が初めてなのだ。完全にぶっつけ本番なのである。
今までの練習で、もう大丈夫だろうとは上からは言われているが……だからと言って何も思わないはずはない。こればかりは仕方がないだろう。
とはいえ、そこにトーガタが入ることでなんとかなりそうである。彼はほとんど外野なのだが、床に膝をついてエリと視線を合わせつつ、明らかに大事な状況に緊張するエリと手を繋いで「大丈夫だよ」と鼓舞しているのだ。
やはり、窮地を救ったヒーローの言葉は効くのだろう。エリもこれにはうんと応じて、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。
――そして、いよいよそのときは訪れた。
医者に促されて、ヒミコがベッドの縁に腰かける。身体が私なので、床に足が届かずぷらぷらしているが、それはともかく。
そんな彼女の前に、エリが立った。こちらもそのままだとなかなか対象に届かないので、踏み台の上にであるが。
「……では、“個性”による治療を始めましょう」
「さ、エリちゃん」
「「よろしく頼む、エリ」」
「は、はいっ」
周りの声に応じて、エリがヒミコに手を伸ばした。二人はそのまま、握手する形になる。
と同時に、エリの額から生えている角が光った。彼女の“個性”が発動された証だ。
私は片時も見逃すことがないように、その様子を固唾を呑んで見守る。しかし、
(……何も起こらない?)
そんな、と落胆しかけた瞬間だった。
「あっ……!」
私の姿をしたヒミコの身体が、どろりと溶け始めた。ヒミコの変身が発動するとき、もしくは終わるときの特徴的な現象だ。
それを私たちが認識するや否や、文字通り時間が遡っていくかのように、ヒミコの身体が元に戻っていく。
小さかった身体が、質量保存の法則などを無視して元の姿に戻っていく様子は、普段見慣れたそれよりも緩やかではあったが。それは確かに、「元に戻る」様子であった。
やがてコスチューム姿ながら、完全にヒミコの姿を取り戻した瞬間……その瞬間に私が感じた気持ちを言葉で言い表すことは、きっと永遠にできないだろう。
それくらい激しい衝撃が私を襲い、私は暴れそうになる感情を、涙を、声を、両手で必死で押しとどめる。
本当なら、今すぐこの場に膝をつきたいくらいだったが……今は、今はまだ、それはできない。善意で助けようとしてくれたエリに、余計な心配はかけたくない。それくらいのプライドは、私にもあった。
「……成功だ!」
医者の誰かが、そう言った。直後、ほうっと深いため息をついてエリが”個性”の発動をとめる。角から光が消えた。角は少しだけ小さくなっていた。
と同時に、ヒミコの身体からふっと力が抜けて、背中からベッドに倒れ込む。慌てて身体を支えようとしたが、自分を抑えるために必死だった私よりヒミコをずっと注視していた医者のほうが早かった。
「よくがんばったな」
「うん……!」
一方エリは、イレイザーヘッドになでられて達成感をにじませた満面の笑みを浮かべる。
彼女は次いで、控えていた私たちのほうを向いた。
「やったねエリちゃん! 完璧だよ!」
「うん!」
応じて、トーガタが満面の笑顔を浮かべながら親指を立てる。その彼の腕の中に、エリが飛び込んだ。
私も、どうにかこうにか笑顔を作って頷いて応じていた。ありがとう、と伝える。
そう、戻る気配がなかったところから元の姿に戻せたのだから、これは間違いなく進展なのだ。
だが、どうだろう。今、
「……眠っているようですね」
「そのようです。昨夜はあまり眠れていなかったようなので、気が抜けたのかもしれませんね」
イレイザーヘッドと医者が、言葉を交わしている。
ああ。
違う、違うんだ。
激情を堪えながら、心の中で叫ぶ。
そこからは、もう、周りの音すら、ほとんど聞き取れなくなっていた。音自体は、認識しているけれども、それが、意味のある声に、聞こえなくなり始めたのだ。身体の半分を、文字通り失ったような感覚だった。
それでも、医者とイレイザーヘッドの合意により、エリやトーガタと共に退室を促されたことだけは、なんとなくわかった。それだけで、十分だった。
にこやかに退室していくトーガタとエリ。最後の気力を振り絞って、もう少しだけ、と告げて二人を見送って。
それから。
それから、私は。
「……増栄? これからトガの精密検査だ、お前も早く退出……」
少しだけ、時間を置いて。エリたちの気配が、だいぶ遠ざかったことを認識した、その瞬間。
「増栄? おい……おい!? どうした!?」
私は、もう、がまんできなくて。ふらふらと、まえへでた。
イレイザーヘッドが、なにかいっている。かれらしくない、あせったようなかおを、している。
いしゃたちが、いぶかしんでいる。けげんなかおが、めが、いっせいにむけられている。
だって。
「い……、い、やだ……」
だって……。
「なん、なんで……! や、だ。いやだ、いや、いや、だよ……」
だって……!
「嫌だ!! ヒミコ!! 死んじゃヤだ!!」
「どこいっちゃったんだよぉ……! ヤだよぉ……!! かえって、かえってきてよぉ……!!」
こころが! たましいが!
うちゅうの! このせかいの! どこにも!!
「増栄! とまれ、おい増栄!!」
わたしの。わたしたちの、フォースはおなじ。
だから、どこにいても。このうちゅうのはてにいても。
いつだって、どこでだって、おたがいをかんじられる、はずなのに!
なのに……なのに!
「やだ……! やだ、やだ! やだ!! ヒミコ! ヒミコ!! ぇう……! うう、ううううううう……!!」
「増栄!!」
いやだ!
いやだ!!
いやだ!!!
「うわああああぁぁぁぁん!! ああああぁぁぁぁーーーーっっ!!」
おねがいだから!
わたしを!!
わたしを、おいていかないでぇ!!!!
――けれど、その悲痛な叫びに、
エリちゃんの力で解決すると思った?
しないんだなぁこれが。戻ったのは身体だけなんだなぁ。
大丈夫、エリちゃんには箝口令が敷かれます。彼女が曇ることはありません。
ボクは本来、荒木飛呂彦先生流の「物語は主人公にとって常にプラス(もしくはマイナス)し続けるものであるべき」というスタンスで創作をしています。
ただ、絶対に順守しなければならないものでもない、とも考えています。しかるべき場所でなら、破ることもありだと。先生もジョナサン殺してるし。
そういうわけで、ここは「一度プラス方向に進んだ主人公が、再度マイナス方向に戻される」展開をすべきだろうと考えた次第です。
ところでこれは独り言なんですが、TS幼女転生者を泣かすのって楽しいですね・・・。
曇らせものを書く方の気持ちや、ハーメルンで曇らせものが流行る理由を頭ではなく魂で理解できたような気がします(ワイン