「トガの入院は継続だ。昏睡している」
教室じゃなくって、あえて寮の談話スペースに私たちを集めて、相澤先生はそう言った。
最初その言葉を聞いたとき、理解できなかった。それはきっと、私だけじゃなくってクラスみんながそうだと思う。
……ううん、違うか。理解できないんじゃなくって、理解したくなかったんだと思う。
「彼女を治す算段はついたのではなかったのですか!?」
こういうとき、一番に手を挙げて飛び込んでいくのはやっぱり飯田くん。さすがの委員長だ。
「変身しっぱなしのほうは、治った。そっちは解決したんだよ。だが同時に、別の問題が起こった。……ああ、治療の仕方が悪かったとかじゃない。それは医療関係者がみんな口を揃えて言っているから、まず間違いないだろう」
「ではなぜ……!」
「わからん。どうしてそうなったのか、現時点ではさっぱりだ」
「そんな……」
飯田くんが愕然とする。さっきと同じで、これもみんなそうだと思う。
……私のそういう表情は、誰にも見えないけれど。ひみちゃんとことちゃん以外は。
そこまで考えて、私ははっとした。
ひみちゃんが昏睡状態ってことは、正直すごくショックだ。頭を金づちでガツンとされたって感じるくらいには。なんなら、もう今すぐにでも泣きそうなまであるくらい。
でも、きっと私以上にショックを受けてる子がいるはず。もしかしたら、わんわん泣いてるかもしれない子が。
なのに、あの子の姿が見えない。一体どうしたんだろう?
「あ、あの……先生! その、ことちゃんは……?」
だから、思わず聞いていた。いつものように、人の目に少しでも留まるように、オーバーリアクション気味で。
これに対して、相澤先生は一瞬顔をしかめた。それ自体は別に珍しいことじゃないんだけど……今回の先生は、なんだかいつもと違うような気がする。
どこがどう、って言われると、はっきりとは言葉にできないんだけど。これは、悔やんでる?
「……増栄も入院だ」
「え?」
「トガの状態がよっぽどショックだったらしい。パニックになってな……。しばらく付き添ったが、一向に改善しなかった」
場が一気にざわっとした。
まさか。甘いものが絡まないなら、いつも冷静なことちゃんが?
そう思ったけど、でも、私は知ってる。
みんなもたぶん、付き合ってるんじゃないかなってくらいはなんとなく察してると思うけど、私はもっと踏み込んだことまで知ってる。ことちゃんとひみちゃんが、
だから、あり得ない話じゃないって思った。大切な人に何かあったら、冷静でいられるはずないもん。
正直なところ、私だって今結構ギリギリだ。人目があるってこともそうだけど、ひみちゃんの容体を直接目で見たわけじゃない分いまいち信じ切れてないから、なんとか耐えられてるだけ。見ちゃってたら、たぶん私も……。
「無理ねぇよ……だってアイツ、まだ十一歳なんだぜ。ホントならまだ小学校行ってるはずなんだぞ……」
二人にだけはやけに紳士な峰田くんが、絞り出すように言った。彼のこの言葉に、みんながはっとする。私もだ。
そうだ。忘れがちだけど、ことちゃんは本当ならまだ小学生なんだ。いつも冷静で、とっても博識で、すっごく強くて、年上に感じることが多いから忘れがちだけど。
それに、ことちゃんは……ことちゃんには、フォースがある。詳しいことはわからないけど、色々と規格外な力だ。もしかしたら、それで何かよくないことに気づいちゃったのかもしれない。
どうしよう。ひみちゃんはもちろんだけど、ことちゃんも心配になって来た。早まらなきゃいいけど……。
「厳しいことを言うようだが、ヒーローやってりゃ親しい誰かの……仲間の死に直面することはそこまで珍しいもんじゃない。それでも残された側は生きていかなきゃいけないんだ。……最悪の事態はいつでも覚悟しておけよ」
相澤先生は、最後にまるで授業みたいな口調でそう言って締めくくった。くるりと背中を向けながら。
けど私、見えちゃったよ。いつも通り淡々とした言い方してる先生の顔が、後ろ姿で隠れる直前にすごくつらそうに歪んだこと。
それで、なんとなくわかっちゃった。きっと、先生も似たような経験があるんだって。なんとも思ってないなんてない、むしろずっと気にしてるんだって。
だって私たち、みんな知ってるもん。相澤先生は言い方も教え方も厳しいけど、でもちゃんと私たちのこと見てくれてる、優しい先生ってこと。それに、先生が厳しいこと言うときは、大体決まって正論言うときだってこと。
そんな先生が、そこまで我慢して耐えてるなら。
私も、できるだけがんばってみよう。そう、思った。
***
その翌日。なるべくいつも通りを心がけて登校したら、教室にことちゃんがいてみんなでびっくりした。
「大丈夫なの!?」
「心配かけたな。……大丈夫ではないが、大丈夫だよ……」
思わず駆け寄って声をかけたお茶子ちゃんへの返事が、これ。
でもそう言うことちゃんは、ちっとも大丈夫そうじゃなかった。明らかにやつれてるし、顔色も悪い。髪だって整ってないし艶もないし、声にだって力がない。目も真っ赤だ。
誰がどう見たって空元気。これで心配するなってほうが無理だよ!
でも私たちがどれだけ無理しないでって言っても、ことちゃんは頑として譲らなかった。
「……これは、私に課せられた試練なんだ。だから……だから、これでいいんだ。これで……」
それだけ言って、私たちのお節介をやんわりと拒否する。
言いたいことは、いっぱいあった。みんなもそうだと思う。
でも本人がそこまで言うなら、あまり強く言えないじゃない。だって今一番つらいのは、ことちゃんのはずなんだから。
……とはいっても、やっぱりことちゃんはダメそうだった。授業、全然集中できてなかったもん。
普段なら、どんな科目でも当てられたらすらすら答えちゃうのがことちゃんだ。実技にしたって、大抵のことは一発でこなしちゃう。すごい子なんだ、ことちゃんは。
でもこの日のことちゃんは、そうじゃなかった。授業中はいつも上の空で、手が全然動いてない。声をかけられてもすぐに反応できないし、いつもならあり得ないミスを頻発してた。本当に、やることなすこと全部ダメだった。
これをあの相澤先生が許すはずがない。午前中はさすがに大目に見てくれてたみたいだけど、午後はもうダメだった。
「増栄、お前保健室で寝てろ。授業に集中できないやつが授業を受けても無駄だ」
お昼一番にそう言い切って、問答無用で教室から追い出しにかかった。
まあ、うん。今回ばかりは先生が正しいよね。言い方はだいぶアレだったけどさ。
ちなみに先生が言わなかったとしても、爆豪くんが代わりに言ってたと思う。ことちゃんの不調っぷりに、いつ大噴火してもおかしくない状態が続いてたから……。
あと、ことちゃん自身も自覚はしてたんだと思う。一言も抗議しなかったもん。何か言いたそうにはしてたけど。それでも、どこか納得した顔で教室を出て行ったから。
だから、私。思わず追いかけちゃった。考えるより先に、身体が動いてた。
だって、一人にしちゃいけないって思ったんだ。調子の悪い人には普通誰かが付き添うものでしょ? 普段なら保険委員がやることだけど、今絶不調なのはその保険委員だから誰かがやらなきゃいけない。それなら、私がやりたかった。
それに、私はきっと、ことちゃんの背中が怖かったんだと思う。うまく言えないけど、こう、なんていうか、闇を背負ってるような。まるで、今すぐにでも自殺してしまいそうな、そんな雰囲気があって。
意外だったのは、相澤先生がそれをとめようとはしなかったこと。授業があるんだから、絶対とめられて怒られるって思ったんだけど。まあ、私のあとに続こうとしたみんなはとめられてたけどね。
あとで聞いて知ったのは、別に私が特別だから恩情をかけたわけじゃなかったみたい。ただ、最初に動いた人に任せるつもりだったから、それだけだったらしい。相澤先生らしいって言えば、らしいのかもしれない。
ともかくそういうわけで、私はことちゃんを追いかけた。すぐに追いかけたから、幸いすぐに追いつけたんだけど。
「……っ、……ぅ、ふ……っ、う……っ」
人目につかない階段の踊り場で、壁に身体をもたれかけてへたり込んでる姿は、もうどう見たって限界だった。
それなのに、私が声をかけたら目元をぐいってぬぐって、よろよろとではあるけど立ち上がろうとする。ふらふらで、足に力入ってないくせに。
青白い顔を、強引に動かして笑おうとする。全然できてないくせに。見てられなかった。
「ことちゃんのばか!」
思わずそう声を張って、しゃがむ。ことちゃんと視線を強引に合わせる。
「どこからどう見ても限界のくせに! これ以上無理したら、ことちゃんが壊れちゃうよ!」
「……っ、で、も。でも、だって、これは、これは私が、乗り越えるべき試練で」
「そんな試練捨てちゃいなよ!」
まだ十一歳の女の子が、大切な恋人を失ったっていうのに、素直に泣けないような試練なんて! そんなの私、試練なんて認めない! そんなの、ただの拷問だよ!
「ことちゃんだって、私の大切な友達なんだよ! ことちゃんが死にそうな顔で何もかもため込んで、我慢してるところなんて見たくないよ!」
「……ぅ、ひぅっ、でもっ、だってっ、だってぇ……!」
「……一人で背負いこまないでよぉ……」
それでも、涙を浮かべてしゃくりあげながらも、なんとか堪えて言い募ろうとすることちゃん。
そんな彼女に、私は我慢できなくなった。自分の透明な顔を、同じく透明な、でも私より透明度の低い雫が伝ったのがわかった。
一度決壊しちゃったら、あとはもうダメだった。途切れることなく雫が……涙が溢れ続けてとまらない。
そして私は見えなくっても、涙は今のことちゃんにも見えたんだろう。ぎょっとして、ぴたりと硬直した。
「私だって……私だって悲しいよ……寂しいよ……! ひみちゃんに会いたい、すぐにでも起きてほしい……! 正直めっちゃ我慢してるよ……! きっと、きっとことちゃんには敵わないかもだけどさ……」
「そ、んな、ことは」
「それでも、それでも私、
私はそこで、ことちゃんを抱きしめた。
もっとヒーローらしい気の利いたこと、かっこいいことが言えたらよかったんだけど、今はこれ以上は無理みたい。ぐすりと鼻をすすって、声を詰まらせながら泣く。
「……は、がくれ……」
そんな私に、最初は身を引こうとしていたことちゃんだったけど、少しずつ、遠慮がちにではあるけど、私の身体を抱きしめ返してきた。
「ふえ……ぇう、うううぅぅぅ……!」
そして、
「うええぇぇぇ……! えぐっ、ひうっ、やだよぉ……! ヒミコに、ヒミコに会いたいよぉ……! ぐすっ、うえええぇぇぇん……!」
ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、泣き始めた。歳相応、見た目相応のその姿に、色々と思うところはある。
あるけど……その辺りのことに想いを馳せるよりも先に、ことちゃんにシンクロするみたいに、私も歯止めが利かなくなってきて。
そうして私たちは、しばらくその場で二人揃って泣き続けたのでした。
以前に幕間で峰田の一人称を書きましたが、今回は葉隠ちゃん視点でした。
初期プロットでは、抜け殻みたいになった理波を介護するA組女性陣とか考えてたのですが、最終的にそれはやりすぎだろうという結論に至りました。
視点が葉隠ちゃんに絞られたのは先週のジャンプの影響ではなく、別のことが理由。それはそこそこ先の機会に。
ちなみに理波。連絡を受けた家族と顔を合わせるよりも先に今回の件をジェダイ的試練と認識したので、家族との面会は拒否してます。
まあそんなことをして心が上向くはずがないので、この有様なわけですが。