ハガクレに促されて、二人で大泣きした日。この日は結局、残り時間はずっと保健室にいた私である。
一人でいると悪い方向へどんどん思考がずれていってしまうので、あまりしたくなかったのだが……授業を受けていても私が役立たずだったことは事実。ならば甘んじて受け入れるべきだと思ったのだ。
あとはまあ、派手に泣いたことで少しは気がまぎれたのか。
それとも単純に身体が限界だったのかはわからないが、思っていたよりあっさりと寝ついた上に、思っていたより長く寝ていたのは不幸中の幸いだった。休み時間のたびに見舞いに来てくれたクラスのみなには、申し訳なかったが。
そしてその夜のこと。
「……え、見舞いに?」
「うん! せっかく明日は日曜日なんだし、みんなで行こうって話してたんだ」
寮に戻った私を出迎えたウララカたちから、そんな提案を受けた。
彼女たちには善意しかない。それはフォースを使うまでもなくわかっているのだが、今の私としては、あまり歓迎できない。
「……抜け殻状態のヒミコを見ると、喪失感で泣きたくなるからあまり行きたくない……」
そこにヒミコの身体があるのに、ヒミコがいない事実を直視したくなかった。それに、明日は彼女のペンダントを探したかった。医者が言うには、
ただ、みなは違うところに着目した。
「……抜け殻?」
「それは一体、どういうことですの?」
口元に指を当てて小さく首を傾げたツユちゃんと、それに続く形で問いかけてきたヤオヨロズに思わず数回瞬きをする。
少し考えて、それから今のヒミコがどういう状態なのか、そういえば誰にも――クラスメイトどころか医者にすら――言ってなかったことに思い当たって、申し訳ない気持ちになる。ヒミコの魂が消えたあの日から、私は本当にただの役立たずだな……。
「……今ヒミコが昏睡状態なのは、肉体に魂がないからだ。原因は不明だが、抜け出してどこかに行ってしまっているんだよ」
と同時に、この説明のために一度病院には顔を出しておいたほうがいいだろうなと思いつつ、ため息を押し殺しながらヒミコの現状を説明する。
なぜそれを感じられるのか、と問われれば、フォースとしか言いようがない。生きている生き物から感じられるフォースと、死体から感じられるフォースは異なるのだ。さらに言えば、脳死を起こしたもののフォースはまたさらに違う。
そして、今のヒミコは――死体と同じ反応を示している。つまり、まったくフォースが感じられない。
「え、それはおかしくね? トガは昏睡状態なんだろ? 昏睡、ってことは生きてるんじゃねーの?」
説明が終わると同時に、セロが疑問を呈した。
「……それについては、私もよくわからない。肉体的には死んでいないがフォースが感じられない状態、など私も初めて見た。わからないが……少なくとも、フォースが感じられないことは事実だ。だから」
「なるほど、それで魂が抜けちゃった抜け殻ってわけかぁ……」
自分に言い聞かせるような言い方でつぶやいたアシドに、頷いて応じる。
『これは君
そしてこの状況を、アナキンは「試練」だと言った。絶望の底に堕とされ、薄ぼんやりとした意識の中で泣くことしかできなかった私に、彼はそう言ったのだ。
しかもこれは、マスター・ケノービやマスター・ヨーダ、さらにはルークたちの総意でもあるという。アナキン一人でも十分すぎるのに、私が前世から今に至るまで信頼し続けている方々まで賛同するとなれば、それは十分すぎるほどに信じられるというものだ。
とはいえ、それで納得できたわけではない。むしろできるはずがない。すべてを理解したわけではないが、心とはそういうものだとはもうわかっている。
だから私はどうにかして立ち上がるために、あの日の朝に見たフォースビジョンにすがった。
あれを見た直後だからこそ、余計にヒミコが消えたことが堪えたとも言えるのだが……それでも、幸せにあふれるクリスマスという、希望に満ちた未来を映したあのビジョンを私は心のよすがとした。
それまでに、十二月二十五日までに、ヒミコは帰ってくるのだと……根拠なく信じた。信じなければ、正気を保っていられなかった。
アナキンもその判断は正しいと言っていたので、これについては間違っていないと思う。
……それでも、薄氷を踏むような状況であったのは、ハガクレが指摘するまでもなく周りにさらしていた通りである。
私は自分で思っていた以上に、ヒミコがいなければ生きていけない身体になってしまっていたのだ。比喩でもなんでもなく、彼女はもう、私にとって正真正銘己の半身だった。
「やっぱ無理してたんじゃん」
「面目次第もない」
ジローの指摘に、頭を下げる。
だが、最初にみなに言った通り、これは私の試練なのだ。自分でそうと定めたわけではないが、少なくとも信頼できる人たちがそうだと断言したのだ。愛する人を失った私にとって、それは最低限ではあっても確かに拠り所であった。
だから、それに反することはできない。これは私が乗り越えるべき、私のための試練なのだから。
「だからさ~! そんな試練なんて捨てちゃいなよ~!」
だが、それをハガクレが否定する。いつも通りの大袈裟な身振り手振りと共に近づいてきた彼女は、横から私の身体を抱きしめて言う。
「……うん、そうだね。私も同感」
のみならず、ウララカもこれに同意した。ハガクレの反対側からぎゅっと抱きしめられる。
それどころか、二人の言葉は今この場にいるものたちの総意らしい。同意の声を上げる上げないは個々で異なるが、最低でも頷きを見せているのだから、私は恐縮するばかりだ。
ヒーロー志望の彼らにしてみれば、そういう思考は当たり前のことなのだろうとは思う。
それでも、そこまで気を遣わせるわけにはいかないだろう。ごくごく個人的なことなのだから。
「だからぁ! それがまず違うんだってば!」
ところが、それすらもハガクレは否定して切って捨てた。他のものも、彼女に異を唱える気配はない。
「そりゃひみちゃんはことちゃんのかもしれないけど! 私……ううん、私たちにとってもひみちゃんは大切な……そう、
「そうだよ、理波ちゃん。みんな被身子ちゃんのこと、心配だし不安だし、帰ってきてほしいって思ってるんだよ。いなくなって、すっごく寂しいし悲しいんだよ?」
「よーするに、俺らみーんな当事者っつーこと! な!」
そしてカミナリが挙げた言葉に、一斉に声が上がった。彼に同意する声だ。
それでもなお納得できない私の様子を察して、ミドリヤが言う。
「そうだよ増栄さん。スカイウォーカーさん言ってたんでしょ? 『君
「それ、は」
その発想は、なかった。
私と、それにヒミコのための試練だと思っていた。
だが。
違うのか? 二人だけのものではないと、そういう?
「君の重荷を、ボクたちにも負わせておくれよマドモアゼル」
目を白黒させる私に、アオヤマが声をかけてきた。普段の彼らしからぬ、静かな声だった。その声に重なって、心の声が聞こえてくる。
――今度はボクが救ける番だ。
「よく言うじゃないか。人と悲しみを分け合えば痛みは半分、喜びを分け合えば幸せは二倍って。そういうことさ。どんなにつらいことがあっても、みんなで分け合えば悲しみも小さくなるだろう?」
「アオヤマ……」
「それでも納得できないって言うなら、半分はいいよ。等分はなしで、半分は君が持てばいいさ。でも残り半分は、ボクたちでなんとかする。……だから、ね。笑っていておくれよ、マドモアゼル。君には笑顔が一番よく似合うんだ」
演劇染みたセリフだ、と思った。片膝をついて差し出される手など、まさに演劇であろう。
けれど、彼の言葉と心に矛盾はなく。それはどうしようもなく、彼の本音なのだと私にはわかる。わかってしまう。
だからこそ何と返せばいいのか、とっさに浮かばなくて。私は助けを求めるようにして、思わず視線を他のものたちへ向けた。恐らくは、すがるような顔を。
返事はなかった。けれど向けられた表情は、どれもこれもどんな言葉よりも明確に、雄弁に、アオヤマへの同意を示していた。
「……いい、のだろうか……」
ぽつりとつぶやくように言う。
「いい、のか……? 私は、私は……君たちを、頼ってしまって、……本当に?」
「あったりまえだろぉ!?」
「何を今さら言ってんだか」
「ヒーローは救け合い、だよ!」
「ウム!」
「ケロケロ」
「一人でできることには限りがあるものだ」
「届く範囲も、ですわね」
「ああ。ゆえにこそ、我らは手を携えて悪を断つ剣を取るのだ」
「今回の場合、巨悪に立ち向かうのとはちょっと違くねぇか」
「でも似たようなものだよね。守るのだって、みんなでいたほうがいいしさ」
「だよねー!」
「ほらね? 増栄さん、僕たちは仲間なんだからさ!」
「……ケッ」
賑やかに、暖かい言葉が無数に降り注ぐ。胸がきゅう、と痛んだ。
悲しみで、ではなく。喜びで。
ヒミコが消えてしまってから、ずっとがらんどうだった心の中に、小さいけれども火がともったような気がした。
それが。
それが、嬉しくて。誇らしくて。
ああ、私は。私は、本当に出会いに恵まれた。素晴らしい仲間に、友人に、恵まれた。
涙が溢れる。けれど、もうそれを堪えようとは思わない。
だから。
「……っ、ぅ、ふえぇぇ……っ!」
だから、私は。
「うえええぇぇぇぇん! みんなありがとぉぉ……!!」
いまだに私を抱きしめてくれていたハガクレとウララカの身体を、思いきり抱き締めて。
思い切り、声を上げて。
また泣いた。
***
そして翌日、日曜日。
クラスの全員――驚くことにバクゴーも来てくれた。理由がフォースの感じ方の差を知るためという辺りは、バクゴーだなとは思うが――と共に病院を訪ねた私は、まずヒミコの現状について報告したのち、病室を見舞った。
部屋にはヒミコのご両親がいた。今日は休日なので、揃って見舞いに来ていたらしい。
二人は私だけでなく、A組全員が見舞いに来たことについて、かなり驚いていた。二人はヒミコの笑い方や、血を好む性癖がクラスで受け入れられているとは信じていなかったらしい。少しだけ心が騒つく。
しかしその気持ちを一切理解できないとは言わないので、口にも態度にも出さないでおく。
ただ、私たちはヒミコの性癖を理解した上で、彼女と一緒にいることは伝えておく。
絶句された。
とはいえ、その内心には困惑や理解できないものへの恐怖などと共に、間違いなく感謝も見えたので、これ以上は何も言うまい。
結局のところ、二人がヒミコを抑圧していたのは、二人なりにヒミコを案じてのことであったことには変わりないのだろうな。やり方はよろしくなかったのかもしれないが、娘を想う気持ちは確かにあったのだ。
それが認識できたので、騒ついていた心の波はすっと落ち着いていった。
そうして私たちは、改めてヒミコと対面する。
個室のベッドに横たえられた彼女の身体は、相変わらず動く気配がない。全身に取りつけられた様々な機器は彼女の身体が問題なく生きていることを示しているが、それでも意識が戻ることはない。
だからこそ、そうした機器が仰々しく見える。それらが余計に、彼女を病人のように見せているような気がしてしまう。
実際、魂を失って以降のヒミコは食事を取れていないので、少しずつ痩せ始めているらしい。通常の症例と比較すると進行はかなり緩やかではあるようだが、しかしそういう意味では病人と言っても間違いではない。
栄養の点滴はされているのだが、やはり人間それだけではいけないのだろうな。呼吸はできているだけマシではあるのだろうが。
そんなヒミコの顔を、覗き込む。
胸が痛い。何もできることがないという無力感と、そこに彼女を感じないという喪失感で、また泣きそうになる。
けれど、今は。今はなんとか、どうにか耐えられる。
こんなにも深い闇の底でも、一緒に試練を乗り越えようとしてくれる仲間がいるから。友人が、いるから。
だから……。
「……ヒミコ……。私……がんばるよ……」
ヒミコの頬に手を寄せて、言う。
「君が、帰ってくることを……信じている、から……だから……」
だから。
待っている。ずっと……ずっといつまでも、何があろうとも。
私はこの星で、君を待っている。
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EPISODE Ⅹ「ロスト・スターズ」――――完
EPISODE Ⅺ へ続く
と、いうわけで、A組B組対抗戦編改め、トガ・ヒミコの消失編をお届けしました。
後半のトガちゃんがいなくなる展開のほうが本番だなんて、事前に言えるはずがなかったのでごまかしてました。すいません。
ただ、身体機能、つまり個性を強化する力でもあるフォースと変身、そして原作でも何度も言及されているトガちゃんの「好きな人と同じになりたい」という願望が組み合わさったらどうなるか?
これはフォースと個性の組み合わせを考え始めたときから、いつか描かなければならないと己に課した至上命題でした。トガちゃんがメインキャラである本作において、原作の彼女が負っている業を無視するわけにはいかなかったので。
だからこそ、それらを無視せず物語に組み込んだらトガちゃんはどうなるのかを考えたとき、トガ・ヒミコという人格の消失に至るだろうと判断しました。
原作で彼女が語った「その人そのものになりたくなっちゃう」の到達点は原作では36巻時点でもまだ描写されていませんが、言葉通りに解釈するならそれは「あらゆるものすべてが完全に同一な存在になる」ことと考えるのが自然で、であるならばそこにトガちゃんの意思や心は一切存在しなくなると考えるのも自然なことだろうと。
つまり今章における展開は、物語を思いついたかなり初期の段階からずっと変わらず計画していたものです。プロットさんはどこぞの吸血鬼並みによくお亡くなりになりますが、この部分だけは本当に予定通り。
まったく同型のライトセーバーとか、過去の追体験とか、意識にまで及ぶレベルの変身とか、フォース・ダイアドでもあり得ないような「同じ」現象を何度も何度もしつこいくらいに描写していたのはこのためですね。
なので、ここに至る道はちゃんと舗装してきたつもりです。まあ、足らないと言われれば力不足ですとしか言えないんですけども。
と言ったところで本編は一旦終わりです。
トガちゃんがどうなるのか。理波がどうなるのかは次章をお待ちください。
その前に、明日と明後日で幕間と閑話を一話ずつお送りします。
書き溜め期間に入るまでの残り二日間も、お付き合いいただければ幸い。