真っ暗な画面の中から、アコーディオンとストリングスが奏でる素朴な音楽が流れてくる。
そんな闇の奥から、一人の男がやってくる。コツコツと、靴の音を響かせて。
やがて彼の頭上から、スポットライトの光が降ってくる。照らされて露わになったのは、燕尾服をモチーフにした衣装に身を包んだ英国紳士風の伊達男が、芝居がかった動作で一礼をしたところ。
「ジェントルチャンネルへようこそ、リスナー諸君。いよいよ十二月に突入した今日この頃、いかがお過ごしかな?」
言葉と共に男――ジェントル・クリミナルは身体を起こすと、パチリとウィンクを一つ。
「いまだ冬本番には遠いとはいえ、寒さが我々矮小な人間の想いなど斟酌することはない。私もリスナー諸君が体調を崩すことは望まない……誰もが暖かく、心身健やかにあらんことをと願ってやまないよ」
そう続けた彼は、ここでおっと、と言いたげに表情を崩す。さも今見落としに気づいたと言わんばかりに、カメラにずいと寄る。
「改めて、名乗ろう。私はジェントル! ジェントル・クリミナル!
そうしてもう一度、優雅に一礼。これがいつもの、彼の動画の出だしのお約束。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。本日の案件は……これだ!」
ジェントルが話題を切り替え、パチリと指を鳴らす。すると、彼の横に新しく別のスポットライトが注がれた。
光の中に浮かび上がったものは、アンティーク調の小型の机……に、載せられた一つの人形だ。スーツ姿の、ひどく細身の男性の人形。骨と皮だけと言っても過言ではないような、そんな男性をかたどったもの。
「リスナー諸君はこのフィギュア、購入したかね? オールマイトの引退を受けて、急遽制作されたトゥルーフォームの十分の一フィギュア! 私はもちろん購入したとも。こちらは私の私物だ……決していずこかより失敬したものではない。ちゃんと予約をして、しかるべき店で購入した
もちろん、その資金はきれいなものだ。紳士たるもの、そこでダーティな手段を取るわけにはいかない。そうだろう?」
言いながら、ジェントル・クリミナルは人形を手に取る。
「ヴィランの私がこう言うのも、おかしな話かもしれないがね。いや、むしろヴィランだからなのかな? ともかく、やはりオールマイトは私にとっても特別なのだよ。彼ほどの英雄は、今後出てこないだろう……そう思ってしまいそうになるくらいには、特別なのだ」
そう言って人形を少し上に掲げ、眺める彼の瞳は穏やかに輝いていた。郷愁に似た色合いが、かつてそこに宿っていた青い春の輝きを窺わせる。
「ともあれそういうわけで、こちらのフィギュア。無事手にできた私であるが……できなかった方もそれなりにいることだろう。何せ、オールマイトの本当の姿なんて誰も知らなかった。あのときになって、初めて世間に知らされた姿だ。
それをいきなりフィギュアにしろと無茶振りされ、しかし短納期のうちに見事期待に応えられた製造業者の皆様方にはまったく頭が下がる。お疲れさまでした、これからもよろしくとこのジェントル、言わずにはいられない!」
だが! と彼はここで語調を変えた。ぐい、とカメラに顔を近づける。
「その分生産数が減り、普段のオールマイトグッズに比べて流通量がぐっと減ったこのフィギュア。にもかかわらず世間からの注目度が非常に高いこのフィギュア。再販日が未定となっているこのフィギュアを、どうやら品位に欠ける輩が狙っているらしい。私はそれを、自ら買いに赴いたショップで目撃した!」
画面が切り替わる。ほどほどに都会の街中に佇むホビーショップに、列をなす柄の悪い男たちが映し出される。いでたちはバラバラだが、何やら相談したり親しそうに――かつ下卑た顔を隠すことなく――話しているところからして、結託していることは想像に難くない。
対応している店員は苦い顔だ。しかし、モノを売る手をとめることはない。一人一つまでと銘打たれた商品だが、逆に言えば複数の人間にはそれぞれ一つずつ売らないといけないのだ。
それがたとえ、明らかに組織的な客であろうとも。一人一つ以外のルールを明言していなかった以上、売らないわけにはいかない。
ここで画面が戻る。
「そう、集団でものを買い占めようという輩だ。彼らの目は商品を、オールマイトを見ていない。ああして買い占めたフィギュアを飾り、愛でようという様子は欠片もない。……そう、彼らはいわゆる転売屋だ。俗っぽく、転売ヤーと言ったほうがわかりやすいかな?」
ジェントル・クリミナルの言葉が力を帯びていく。
「転売ヤー……つまり、希少価値が高い品を買い占め、定価よりも高い値段で売りさばくことで利益を得る輩のことだ。メインの客層、販売会社など、各方面に多大な迷惑をかける、実に、実に非紳士的ものたちのことだ!」
ぐ、と彼の拳が握られる。
「……とはいえ、現状日本の法律ではこの転売を取り締まることは不可能だ。チケットなどは規制されているが、こういうフィギュアなどの転売はその対象ではない。これほど紳士に非ざる所業にもかかわらず! こんなことが許されていいはずがない! そうは思わないかな、リスナー諸君?」
と、ここで彼は一歩後ろに下がった。態度も少し落ち着かせて、虚空に手を向ける。
「というわけで……本日のお題はズバリ! 『転売ヤー! 成敗してみた!!』」
言葉と動きに合わせて、虚空にデザインを施された文字が現れる。それを示して、ジェントル・クリミナルが宣言する。
「さあリスナー諸君、時間だ。これより始まる怪傑浪漫、
そうして音楽が遠ざかっていく。画面が暗転していく。場面が、状況が、切り替わる。
新たに映し出されたのは、いずこかのオフィスと思われる部屋。窓の外の光景は少々高く、この場所がビルの中にあるだろうことをうかがわせる。
そんな部屋の中で、複数の男が身構えて正面を睨んでいる。いずれも既に“個性”が漏れており、臨戦態勢だ。
彼らに対峙するは、我らのジェントル・クリミナル。ステッキを片手に、常なる落ち着きを崩さない紳士だ。
両者の間には、仰向けで気絶している男が二人。不意打ちをジェントル・クリミナルに仕掛け、しかしジェントル・クリミナルの“個性”によって返り討ちにあったものたちだ。
彼らをちらりと一瞥し、しかし油断することなく、ジェントル・クリミナルは口を開く。
「やれやれ、挨拶もなしにいきなりとは……それはいささか、礼儀に欠けるというものではないかね?」
「てめぇ……!」
「改めて名乗ろう。私はジェントル……ジェントル・クリミナル。君たちに、少しばかりお節介を焼きに参上させていただいたものさ」
だがそんな名乗りに、応じるものは誰もいなかった。
「くだらねぇ動画ばっかり投稿してる雑魚ヴィランじゃねえか! テメェらさっさと畳んじまえ!」
一番奥に陣取っている男の指示に応じて、全員が一斉に襲い掛かってきたからだ。
「ジェントル!」
「ああ、大丈夫だよ……結果的にとはいえ、
それでもジェントル・クリミナルは、慌てない。狼狽えない。冷静に相棒へ応じると、くるりときびすを返す。
直後、彼は背中に迫った炎に触れたかと思うと、なんとステッキを振り抜いて跳ね返してしまった。
「ぐ熱っつ!?」
「なんだこれ!?」
「おやおや、私をご存知なら私の“個性”もご存知のはずでは?」
『あい゛い゛い゛い゛い゛!?』
次いで、彼はそのステッキをしならせる。さながら鞭のように振り抜かれたそれが、数人を身体を連続して打ち据えた。同時にそのステッキが電気に覆われ、彼らは麻痺して倒れ込む。
自らの“個性”によって弾性を付与したステッキを、文字通り鞭代わりにしたのだ。足りない威力は、仕込んだスタン機能で補う。最近になって用い始めたジェントル・クリミナルの新しい装備だ。
「失礼。いかんせん、あまり重いものは得意ではなくてね」
「う……っ!」
「では改めて、お邪魔させていただくよ」
ジェントル・クリミナルはなおも止まらず、床を軽く蹴って何度もステップを踏むようにして高速で前に出た。弾性を付与された床からの反発が、彼をあっという間に敵に迫らせる。
この姿に勝ち目がないことを悟ったか、残っていたものたちは道を開けるようにして出口に殺到した。だが彼らは、扉を開けた瞬間空気に弾かれて室内に戻されてしまった。
それどころか、その弾かれた先の空気にもまた弾かれ、二つの空気の膜の間を延々と行き来するだけになる。空中を移動するすべを持たない彼らはもう、“個性”の効果が切れるまでそのままだ。
「馬鹿な!? いつのまにそんなに強く……くそッ!」
そうこうしているうちに、ジェントル・クリミナルの身体が上に跳ね上がる。床が、トランポリンのようにうねっていた。
直後、彼が突っ込んだ天井も同じ状態になる。と同時に、ジェントル・クリミナルは残る一人……最初に指示を飛ばした男の頭上に勢いよく着地した。
「ぐえぇぇッ!?」
「男子三日会わざれば……というやつさ。さて、君が主犯格だね? 申し訳ないが、しばらくそのままじっとしていたまえ……『ジェントリー・サンドイッチ』!」
ジェントル・クリミナルの掛け声とともに、男の身体が幾重にも重ねられた空気の膜によって地面に縫い付けられる。
かつてはあまり好んでいなかった技だ。サンドイッチとは、薄ければ薄いほど上品とされる食べ物だから。
しかし己の現実を見つめ直し、執拗に勧誘に訪れる恐ろしいヴィランから逃げることに全力を出し続ける日々を強いられるうちに、ジェントル・クリミナルは戦闘力だけでなく、心境にも一定の変化が生じていたのだ。
かくして、現場は制圧された。相棒はもちろん、ジェントル・クリミナルにも怪我はなく。相手側にも死者はない。ステッキの先端が床を叩くかつりという音が、幕引きの拍子木めいて室内に鳴り響いた。
彼は自らの衣服を軽く払い、改めて室内を見回す。すると部屋の隅のほうに、大量に積み上げられた箱が見つかった。
「ああ……やはりあったね。オールマイトトゥルーフォーム、十分の一フィギュア」
映像が、そこをアップにする。
「ジェントルの予想通りね! さすがだわ!」
「それほどでもないさ。……しかし、この大量のフィギュア。まったく、実にけしからん。君たちがこんなことをするから、本来手に入れるべき顧客が適正な価格とタイミングで手に入れられなくなるのだよ」
――だから、これは私が没収させてもらおう。
ジェントル・クリミナルはそう言い放ち、空気の膜に潰されている男に振り返る。恨みがましい視線がまっすぐ返ってきたが、もちろんそれでひるむジェントル・クリミナルではない。
正面からそれを受け止めて、毅然とした表情を浮かべるジェントル・クリミナルの顔が大写しになる……と、ここで再び映像が切り替わった。最初と同様の暗い場所に、スポットライトを浴びてジェントル・クリミナルがたたずんでいる。あの音楽が、再び流れ始めた。
おほん、と演劇染みた咳ばらいを軽くして、ジェントル・クリミナルは口を開く。
「……かくしてまた一つ、この世から悪が滅びた! ……のだが、ここで問題が一つ」
次いで彼が指を鳴らす。すると、彼の背後にスポットライトが降り注ぎ、大量のフィギュア――すべて未開封で、箱の中に納まっている――が姿を見せた。
彼はそこから横にずれ、フィギュアたちを平手で指し示す。
「御覧の通りだよ。没収したフィギュアだ。なんと全部で六十三個ある。……ただ、これをすべて一人で楽しめるほど私は熱狂的オールマイトフリークではなくてね」
それから肩をすくめた彼は、改めてカメラに視線を合わせる。
「しかし転売ヤーによるとはいえ、一度はお金によって購入された品だ。販売会社にお返しするわけにもいかない。……と、いうことで私ジェントル・クリミナル。これらのフィギュアを、全国の中古取り扱いがあるショップに寄付することといたしました!」
彼の発言に併せて、効果音が鳴り響いた。
「この動画がアップロードされる頃には、既に届いていることだろう。全国の都道府県ごとに最低でも一つは届くよう、知恵を絞って分配したのでリスナー諸君においてはぜひお楽しみに。……ああ、どこのショップに寄付したかは秘密だよ。そんなことをしたら、不必要なまでに人が殺到してしまいかねないからね」
彼はここで、「とはいえ」と言って一度言葉を切った。改めて見得を切りなおし、カメラに向き直る。
「そのフィギュアをどうするか、あるいはいくらの値をつけるかは、それぞれのショップ次第。しかしどこに寄贈したかは当然控えているので……不当な扱いをしていた場合は、このジェントル、お邪魔させていただくことになるだろう。……そんなことにはならないと、信じているけれどね」
少しすごんだ彼だったが、後半は語調を軽くして、コミカルにウィンクして言葉を締めた。
「さて、本日の怪傑浪漫はこれにて幕。次なる案件まで、今しばらくお時間をいただきたい。……それではリスナー諸君、また会おう!」
そしてジェントル・クリミナルは一歩引き、大きくお辞儀をして……画面は暗転した。
***
「あれ、襲じゃないか。何を見てんだ?」
「昨日アップされたジェントル・クリミナルの活動動画だよ。みんなも観る?」
「アラやだなかなかのナイスミドルじゃないの。え、もうお相手がいる? 残念だわァ」
「ああ……最近お前がご執心の。強いのか?」
「弱かったけど、何度も追いかけてたらなんでか最近は結構強くなったよ。少なくともマスタードにはもう絶対負けないと思う」
「うるさいなぁ! 僕は頭脳労働のほうが得意なんだよォ!」
「ギガントマキアに自慢のガスが効かないから拗ねてやんの。大丈夫だよオマエ俺より強ぇよ!」
「転売ヤー退治って。おじさんちょっと親近感」
『ホッホッホ……なんじゃ結構余裕そうじゃのォ……?』
そんな、死闘の合間の一幕。
本作みたいにオールマイトが余裕をもって穏便に引退した世界線なら、トゥルーフォームのフィギュアも普通に出そうだなって思ったのでこんな話になりました。
襲が定期的に勧誘で追い回してるので、勝手にレベリングが進んでるジェントルのお話。
元々「紳士的でないものに制裁を加える現代の義賊」を名乗る彼なら、本作みたく自分の行いをしっかり省みる機会と、実力を鍛える機会に恵まれればこれくらいのことはするだろうという謎の信頼がある。
決して私怨をジェントルに代弁させたわけではないです。いやマジで。