1.南へ
ヒミコの魂がいずこかに消えた日から、ちょうど一週間が過ぎた。この日私はA組の全員と共に、船で洋上を移動していた。
向かう先は、本州から遥か南に位置する
なお移動にかかる所要時間は、実に片道およそ十九時間。正真正銘の離島である。船便も五日に一度しかないため、より遠く感じる。
ではなぜ私たち1年A組がそんなところに向かっているのかと問われれば、答えはずばり、ヒーロー活動推奨プロジェクトという学校の行事である。
……いや、行事というと語弊があるか。要するに、以前は生徒の任意で行われていたヒーローインターンを全員に、それも集団でやらせるというものなので。
ただし通常のインターンとは異なり、私たち生徒を先導するプロヒーローはいない。教師によるバックアップもない。何か問題が生じた場合は私たち自身が責任を負わなければならないという、限りなくプロヒーローに近いことをやらなければならないのである。
もちろん、いきなり激戦地に送られることはさすがにない。基本的には人口が少ない土地……つまり犯罪や事件が多くない場所が選ばれているのだ。
実際、那歩島はここ三十年ほどは些細な事件しか起きていないらしい。私たちの場合は、高齢で引退するヒーローの後任が着任するまでの穴埋め要員、という意図もあるようだが……それでもヒーローはヒーローだ。クラスメイトはみんなやる気をみなぎらせていた。
私たちにこの案件が初めて布告されたのは、十一月の半ば頃。ちょうど文化祭が終わった直後だった。細かい事情は調べていないがこのプロジェクト、どうやらヒーロー公安委員会の肝入りらしい。
この時点で色々と胡散臭いものを感じるが……まあ、実戦に勝る経験もそうそうない。我々としては、どんなものであれ糧とするだけだ。
……そこにヒミコがいないことは、まったく想定していなかったわけだが。
あの日から私は、相変わらず不調な日々を過ごしている。
ヒミコの手料理が食べられなくなったため、私の食は細くなった。ランチラッシュの食事は毎度おいしいのだが、それでもやはり違うのだ。決まりとは言え、ランチラッシュはあまり食後のデザートを作ってくれないということもある。
ヒミコの姿が近くにないため、いつも寂しさがつきまとう。ふとした瞬間に彼女に話しかけようとして現実を突きつけられることも多く、そのたびに私はあふれそうになる涙を堪えなければならなかった。
ヒミコと同棲し始めてから、毎日されていた夜の「チウチウ」もなくなって物足りない。身体を、愛を重ねることのできない日々には、ひどく飢餓感を覚える。
おかげで人生二回目にして初めて自慰をしてしまったが、それで満たされることは一度もなく、ただただ虚しいだけだった。
とはいえ、なんとか踏みとどまっていられるのは、クラスメイトたちのおかげだ。彼らが寄り添ってくれているから、私はなんとか耐えていられる。
特に、寂しさにぐずつく私を心配して、一緒に寝ようと言ってくれる女性陣には感謝してもしきれない。
それでも、時間は過ぎていく。世界は個人の悲劇には見向きもせず、淡々と進んでいくばかり。
今の私はそこについていくだけで精一杯であり……だからこそ、ふとした瞬間どうしても心の痛みに襲われるときがある。
今もそうだ。そうなったときは、心が落ち着くまでひたすら耐えることしかできない。どんどん湧き上がってくるネガティブな思考に押し潰されないよう、耐えることしか。
しかしそうした姿は、できれば不特定多数に見られたくない。だから私は、船内に与えられた部屋で一人ペンダントを開き、中に納めた写真をぼんやりと見つめていた。
ヒミコとお揃いの、ヒミコとのツーショットが撮られた写真が納められたそれを眺めて、幸せだった頃の思い出に浸るのだ。それ以外の思考はない。できない。
この状態でも一応、なぜかヒミコの元から消えたペンダントの行方――結局どこにも見当たらなかった――に想いを馳せることはあるのだが。今の状態だとろくに考えることができないので、結論は出ない。
ただ船上で一夜を明かす関係上、そうやってあれこれ考えていたであろう時間を睡眠で埋めることができるのは不幸中の幸いかもしれない。
もちろん以前に比べれば寝つきは悪くなっているのだが、私を心配して友人一同が一緒に一人にしないでいてくれるので。それに、最悪自分の眠気を増幅すればすぐに眠れるからな。
そういうことで、友人の手を借りてなんとか夜を乗り切った朝。
「おはよ、理波ちゃん」
「ん……おはよう、
私が抱き枕にしていたオチャコに起こされて、寝ぼけ眼で応じる。睡眠中にゼログラビティが発動しないためのミトンで、頭を撫でられた。
これにうっすらと笑うと、オチャコも釣られるようににっと笑う。その笑顔に引き寄せられるように、私は改めて彼女に抱き着いた。
朝、ヒミコがいないこの世界で、私を受け入れてくれる友人たちの暖かさを浴びることが、ここ一週間の習慣になっている。寝ている間に、無意識でトールの首筋を甘噛みしていたときは全力で土下座するしかなかったが。
もちろん、これで私の心の穴を完全に埋めることはできない。当然だ、彼女たちはヒミコではないのだから。
それでも彼女たちがくれるこの温もりは、間違いなく私にとって救いだった。
ともあれ朝だ。手早く身支度を整えて、部屋を出る。向かう先は食堂だ。
「おっはよーことちゃん! 麗日ちゃん!」
「おはよう葉隠ちゃん!」
「やあ、おはようトール」
「うーん、相変わらず発音がちょっと違うんだよなぁ……まいいんだけど」
途中でトールが合流した。十二月に入ったが、向かう先が南国ということで格好は夏服だ。半袖のシャツとプリーツスカートが虚空に浮かんでいる。それは私たちも同様だ。
私はそのまま流れるように二人に両手を繋がれて、通路を歩くことになる。
……最初は何もそこまでしてくれなくても、と思った。だが、今の私が、自力で立っていられるかどうかわからないということは、自分でもわかっているつもりだ。
実際、傍から見ると今の私は放っておけないらしい。危なっかしいとも言う。だからなのか、二人以外も同じように手を繋ぐなどして気にかけてくれている。
そんな友人たちの気持ちはわかっているので、私も拒むことはしない。今さら羞恥心どうこうなどはないし、ヒミコに会えないまま衝動的に死ぬなどもってのほかなので、素直に応じることにしているのだ。
「朝ごはん食べたらいよいよ島に到着だよー、楽しみだねー! ……だけど、やっぱりちょっと緊張もするねぇ」
「わかる……! 先生もプロの方もおらんやんね? 私ちゃんとできるかなぁ……」
「私は心配していないよ。みんなちゃんとやれるさ」
「だといいんだけど」
「私の友人はみんな優秀だからな。それは当然、二人ともだ」
「……んもー、理波ちゃんったらうまいんだからー!」
「そんなに褒めちぎったってなんにも出ないよ~っ?」
「私は本気なのだがなぁ」
そんなことを話しながら、食堂へ向かう私たちである。
道中、それなりに人とすれ違う。食堂にも、結構な人数がいる。
彼らの大半は観光客だ。那歩島は決して大きな島ではないし、人口も千人程度しかないが、ビーチや遺跡があるので観光地としては多少有名なのだ。
また船が本当に決められたタイミングでしか行き来しないので、どうしても一度に動く人数は増えるという事情もある。
そんな中、夏服でわかりづらいとはいえ、雄英の制服でうろついている私たちはそれなりに目を引くらしい。特に、体育祭で活躍した面々はちょくちょく声をかけられているようだ。
私は申し訳ないが、様々な意味で受け答えができる心境ではないので、やんわりと断らせてもらう。しつこいものには、オチャコとトールが対応してくれた。
なお、船内で提供される食事はそれなりのものでしかない。ヒミコの手料理はもちろん、ランチラッシュにも遠く及ばないものばかりだ。
ただ、完成度の高い料理であればあるほど自然と味が収斂してヒミコの手料理に近づくため、今に限ってはそれなりの料理のほうがありがたい。どうしても彼女の料理を思い浮かべてしまうからな……。
「おお……ことちゃんのおかわり、久しぶり見た気がする……!」
「うん……今日から十日間仕事だからな。いざというとき“個性”が発動できませんでしたでは困るだろう?」
「……無理したらあかんよ?」
「わかっている……食欲があまりないことには変わりないから、ほどほどで済ませるよ。……あ、でも辛いものだけは、すまないが任されてくれないだろうか」
「あはは、もー、仕方ないなぁ」
「ことちゃんは本当に甘党だねぇ~」
そんな軽口を叩かれながら、食事を済ませる。食欲はあまりなかったが、みんなと会話をしていると、自然と食べようという気になる。
また、食事中に他の面々も次第に合流してきて、話はさらに膨らんでいく。そういう他愛ない話をしているだけでも少しは気が楽になるのだから、人間の心とは不思議なものだ。
まだ心から笑うことはできないけれど……でも、私は大丈夫だ。みんながいてくれるうちは、きっと。
そうやって和やかに食事を済ませてから、そこに残って談笑を続けることおよそ一時間後。
大体八時を少し回ったところで、いよいよ島が見えてきたらしい。ミナやトールたちに促されるまま、A組女子一同で甲板へ移動する。船首付近に立……っても私の身長では前方が見えなかったので、トールに抱き上げられて島の姿を見た。
「おぉー、見えたー!」
「あれが那歩島かぁー!」
「ほえー、こうして見ると結構大きいんやねぇ」
「ケロ。遠目に見た感じだと、港もなかなか充実しているみたいだわ」
「観光地でもあるとのことですから、そのためなのかもしれませんわね」
「……ちょっとくらい見て回る時間があると嬉しいけど、どうかな」
少しずつ近づいてくる島の姿を眺めながら、それぞれ思い思いの言葉を口にする彼女たち。
だが、私の口に言葉が上がってくることはなかった。
「……理波ちゃん、大丈夫?」
「まだしんどい? もうちょっと休んどく?」
そんな私の顔を、オチャコやトールが心配そうに覗き込んできた。だが、私は彼女たちに首を振る。
本心だ。今の私は、珍しくヒミコ消失前のように思考を回すことができている。
いやまあ、確かにトールに抱き上げられたとき、私の身体を支える腕や触れる胸の感触を無意識にヒミコと比べてしまったけれども。
それはともかく、今の私はヒミコを想うあまり落ち込んでいる状態を、かろうじてだが一時的に脱していた。
しかしそれがなぜかと問われると、答えに困る。フォースユーザーにしかわからない感覚だからだ。
とはいえ、A組のみんなであれば理解は示してもらえるだろう。ここで言わないでいると勘違いされそうだしな。
だから私は、感じたことを率直に口にすることにした。
「……フォースでちょっと、な。少し不思議に思っただけだよ」
「? 不思議に?」
「何かおかしなことでもあった?」
「……まさかとは思うけど、またヴィラン連合の気配がするとか言わないよね?」
「それは大丈夫だ。彼らの気配は感じないし、悪い気配も同様だ。それに、不思議に思ったことも別段悪い方向のものではないから、あまり気にしなくても構わない」
「ホントかなぁ……」
「本当だよ」
ああ、本当なんだ。確かに不思議ではあるが、これは別に珍しい現象でもないのだ。
そう。那歩島周辺に漂うフォースの気配が比較的濃いくらい、珍しくもない。宇宙に満ちるフォースの濃淡が、場所によって違うなど当たり前のことなのだから。
第一、濃いと言ってもあくまで地球の中での話だ。これくらいなら中学校の修学旅行で行った京都や奈良と大して変わらないし、いずれにしてもギャラクティックシティなどとは比べるべくもない。それだけのことである。
アギャス!(挨拶
というわけでパルデア地方にいるので少し完成が遅れましたが、何はともあれ更新再開。EP11「愛の夜明け」は、本編15話+幕間2話でお送りいたします。
内容としては以前に後書きで触れた通り、主に劇場版第二作目である「ヒーローズ:ライジング」を沿う形になります。
スターウォーズ関連のあれこれもちょっとあるよ。
ということで、女性陣からべったべたに甘やかされてるしべったべたに甘える理波の図です。おかげでクラスメイトを名前で呼べるようになりした。
たぶん何人かは母性に目覚めてると思う。
あと峰田は下手なこと言えずに一人悶々としてる(経緯が経緯なので自重してる
ちなみに最初はRのつく幕間も書こうかなと思ってましたが、いなくなった恋人を想って文字通り自分を慰めてる幼女は書いててしんどくなったのでやめました。
やっぱ幸せなのが一番よね。曇らせはたまに食べるからいいんやなって。