船が那歩島の港に到着したのは、九時半頃のことであった。
上陸した私たちはまず、クラス委員であるテンヤとモモを先頭に村長を表敬訪問した。着任の挨拶と、短い期間だが世話になること、もしかしたら協力を仰ぐかもしれないことなどを説明するためだ。
プロジェクト自体は政府主導というわけでもなく、自治体側と直接関わっているわけでもないので絶対に必要なことではないのだが、いかんせん小さい離島だ。
何かあっても頼る当てはなく、物資の補充も容易ではない場所なので、自治体との協力は欠かせないという判断だ。この辺りは、多少なりとも政治に関わったことがある私の意見である。
挨拶の場には村長だけでなく、地元住民が作る自治会の会長も来ていた。行政の関係者も重要だが、こちらも無下にできるものではない。二人揃っていたのはむしろ時間の短縮になって良かったと言える。
なお私個人としては、この自治会長が気になった。凛とした立ち姿の初老の女性だったのだが、なぜかどこかで見たことがあるように感じる佇まいが印象に残っている。
その後は、プロジェクトの期間中拠点として使わせてもらう旅館に案内され、施設の点検と拠点化のための作業に入った。
「拠点トシテ整備スルノデスネ? オ任セクダサイ! ワタクシ腕ガ鳴リマス!」
ここで活躍したのは、私が持ち込んだサーヴァントドロイドS-14Oである。元々私とヒミコが住んでいたアパートや、寮においては家事全般を一手に担う存在だ。また、頼られることが好きな性質でもあるため、あれもこれもと振られるままに仕事に熱中していた。
なお、その14Oを持ち込むに当たって、私はメリッサ・シールド女史と共同で開発した最新の圧縮装置を持ち込んでいる。
これは“個性”由来の超圧縮を行い、小型化と軽量化を施す取り付け型の装置である。圧縮中はUSBメモリのような外観になり、重さも相応になるため、普及したら物流業界が大変なことになるだろう。
その効果だけでも絶大なのに、圧縮の発動と解除はスイッチ一つで行える利便性と、大型船舶であっても圧縮する性能も備えているのだ。複数の圧縮ができないという欠点もあるにはあるが、まさに革命的な逸品と言っても過言ではないだろう。
シールド女史とは夏のI・アイランド事件以降も交流は続いており、この装置には私も少し関わっている。とはいえ、私がしているのは銀河共和国視点での助言くらいだ。少なくとも、私自身はそう思っている。
しかしシールド女史は律儀と言うべきか、太っ腹と言うべきか。無償では申し訳ないからと、まだ非常に高価かつ日本には出回っていないこの装置を、私に贈ってくれたのである。
まあ、私がいただいたものは技術限界の検証用に造ったプロトタイプとのことなので、一般に出回るものはコストなどの兼ね合いで圧縮上限はもっと低いはずだが。
とはいえ、そんな貴重なものをいくつも入手できるような上手い話はなく、いただけたのは一つのみだ。
なので、那歩島まで手ぶらで来たということはない。ほぼ身一つで旅行ができる日が来るにはまだ相応の時間が必要だろう。
ちなみに、I-2Oは留守番である。彼は電脳を介した情報管理と収集に特化しているため、今回の遠征に連れてくる意義が薄かったのだ。
まあ、留守番にした理由の何割かは、彼に施されている塩害対策が最低限だからというのもあるのだが。
話を戻そう。ともあれそういうわけで、14Oの手を借りながらも我々は拠点の整備に勤めた。
臨時のヒーロー事務所として使うためにパソコンであったり電話であったりを持ち込んでセッティングしたり、寝室として使う部屋の割り振りをしたり、さらには我々の全員のシフトを確認、調整したり……内容は多岐に渡る。
とはいえ、こうした作業は実際にヒーロー事務所を立ち上げる際にもすることなので、全員が真面目に取り組んでいた。
もちろん、二十人規模の事務所をいきなり設立することはほぼほぼあり得ない。最初は誰かのサイドキックとして働き、のちに独立というスタイルが一般的らしいので、そう言う意味でも本番のほうが楽に感じる可能性のほうが高い。
それでも、いやだからこそ、そのための作業は有意義な時間なので別に構わないのだ。
ともあれ初日の午前中は、こうした作業に終始した。
一通り終えたところで、時間は十三時頃。本格的な活動は昼食をとってからにしようということになり、みんなでテーブルを囲むことになった。
「食事のあとはいよいよヒーロー活動開始だ! 先生方やプロヒーローの援護のない、正真正銘俺たちだけの力で行う初めてのヒーロー活動だが……案ずることはない! 授業でやったことを、基本を忘れず粛々と取り組んでいけばいい。俺たちなら大丈夫だ! 一年A組、やるぞ!!」
『オオーっ!!』
食事前には、いつもの調子でテンヤが音頭を取って。和やかに食事を済ませて、私たちのヒーロー活動師匠プロジェクトはいよいよ始まった。
さてこの活動についてだが、私たちは基本的に数人のチームに分かれてそれぞれの役割を担うことになっている。
チームは割り当てられた地域を巡回するチーム、事務所に待機して電話応対などに備えるチーム、業務から離れて休憩するチームの三つに分けられている。せっかくの大人数なので、全員が常に業務に当たることはないようにシフトは調整してあるのだ。
このシフトは適宜変わるが、中にはツユちゃんのように水中で唯一無二の活躍ができるものもいるので、一部割り当てが半ば固定されているものもいる。“個性”には向き不向きがあるので、この辺りは仕方ないだろう。
ちなみにシフト作成に当たって夜勤も考えるべきかが議題に上がったが、過去の那歩島の事件数や発生頻度を鑑みて宿直を一人か二人置いておけばいいだろうという結論になった。
結果として、十日間に及ぶこのプロジェクト中でも全員が最低丸一日は休みが取れる計算になっている。
シフト作成には大人数のサイドキックを率いるインゲニウムを兄に持つ、テンヤの意見が結構多く盛り込まれている。こういうところに彼の中にあるインゲニウムの薫陶を感じる。
なお活動を始めるに当たって、私からはコムリンクを全員に支給している。
全員携帯電話は持っているが、コムリンクはこの星の一般的な通信回線とはまったく異なる回線を用いるトランシーバー。つまりはこれさえあれば、万が一何かが起きて通信が途絶えたとしても通信ができるのだ。
正直必要になるとは思えなかったが、まあ念のためだ。転ばぬ先の杖というやつだな。
なお、今回持ち込んだコムリンクはB組との対抗戦のときに使ったものとはまた別ものだ。大きさはI・アイランドのときと同じくらいだが、代わりに有効範囲が二倍近く伸びている。
いかに那歩島が小さい島とはいえ、人間が行き来するにはなかなかの広さになるので、携帯性より性能を優先した形だ。
……とはいえ、目立った事件はないまま初日は終わった。
不測の事態どころか、ちょっとした小競り合い程度の諍いすらなかった。実に平和だった。
事前に説明されていた通り、ヴィランの動きが活発な地域を避けて任地が選定されているだけはある。
そのため我々がやったことと言えば、迷子(ペット含む)探しであったり海水浴場の監視であったり、ちょっとした機械の修理であったり……言ってしまえばなんでも屋のようなものばかりであった。
それはヒーローの仕事なのか? と思われるようなことばかりだったわけだが、我々は事件に細かいも大きいもない、という方針で動くことにしている。そもそも私たちはまだ学生で、仮免許の身なのだから、選り好みしている立場でもないからな。
私としても、暇な時間に不用意にヒミコのことを考えて落ち込まなくて済むので、忙しいことはむしろありがたかったりする。
ただし、戦って勝つことに最も重きを置いているカツキは早々に機嫌を悪くしていた。
彼の気持ちも、まったく理解できないとは言わない。初日どころか二日目も、持ち込まれるものは小さな案件ばかりだったからな。
しかしもとを正せば、ヒーローとは誰かのために奉仕する職業と言われている。活動の拠点周辺の住民との軋轢などあっていいはずもないので、こういう地味な活動も必要なものだろう。その辺りはジェダイとは異なる点だな。
イズクが言うには、オールマイトもそういう信念の下で戦っていたらしい。さすがに稀代の英雄はそういうところも英雄と言うべきか。
彼ほどの人間でさえそうだと言うなら、新人どころかいまだ仮免許の我々は尚更だろう。
カツキもそう思ったようで――単純にイズクに負けたくないだけかもしれないが――、一応人前ではそういう不満を口にすることはない。
けれども態度には出ているので、我々はあまり彼を人前に出さないほうがいいと判断した。
そして話し合いの結果、彼にはやたらと私たちを警戒している人間の監視役を任せることで一致した。
これは私がフォースによって不審に感じたものが対象だ。今のところそんな人間はいない……と言えたらよかったのだが、実は私たちが島に入る前、船に乗っているときからそういう気配はあったので、気にしないわけにはいかなかったのだ。
ただ今のところは二人しかいないので、ひとまずはカツキさえいれば対処は可能だろう。彼のフォースによる感知はまだまだ素人未満と言わざるを得ないが、人が多くないこの島なら彼でも嫌な予感などは感じやすいだろうし。
とはいえ、今のところ私たちを警戒している以外の根拠がないので、殴りかかるわけにもいかない。
確かにヒーローを警戒している点は怪しいが、島に来てからは特に不審な行動はしていないのだ。船旅に疲れたのか初日はホテルから出て来なかったし、二日目も海水浴をしていただけだからな。
そういう意味でも、監視役がカツキなのはある意味ではとてもいい配役と言えるだろう。性格的にも“個性”的にも知名度的にもまったく隠密行動に向かないが、彼ほど抑止力に向いた人間はそうそういないだろうからな。
彼にはぜひ、対象者たちが犯罪を起こす気にならない程度に立ち回ってほしいものである。
***
と、そんな感じでヒーローとして活動している私たちであるが。
犯罪はなくとも昼間は島中を飛び回ることが多いので、考えることはないのだが……夜になって時間ができると、どうしてもいらぬことを考えてしまうのが今の私である。
ああ、どうしてここにヒミコがいないのだろうと、どうしても思ってしまう。どうしても、心のどこかに満たされないところがある。
寂しい。心から、そう思う。
夜になるとより心が弱るのか、その想いが強くなる。
「それじゃ、そろそろ寝よっか」
「ん……今日もよろしく頼む……」
なので、この島でも人の布団に世話になる私である。
とはいえまだ人に頼ることが苦手な私は、自分からそうしたいと言ったことはない。ないが、心優しいみんなはいつもさりげなく声をかけてくれるのだ。
甘えてしまっているなとは思うが、みんなの気遣いが嬉しくて、心地よくて、なかなか自分から踏み出せないでいる。本当に、あの日から私は随分と弱くなってしまった。
今日もその通りになった。今夜はトールの担当らしい。
招かれるまま、目では見えない彼女の身体に正面から抱きつく。
彼女もヒミコではないけれど。見えないけれど、確かに彼女はここにいる。それを感じられるだけで、心の隙間が少しだけ埋まる気がした。
「……ひみちゃんの代わりになれなくてごめんね」
「……同じ人間は絶対に存在しない。一卵性の双子はもちろん、クローンであっても個体差はある。君が気に病む必要は何もないよ。私のほうこそ、すまない。毎度面倒をかける」
「それこそ気にしなくていいんだからね? ……まあ、毎回堂々巡りになっちゃうから、この話はこれでおしまい! ねっ?」
「うん……ありがとう、トール」
「どういたしまして! ……あ、そうそう。またチウチウしたくなったら、いつでもしてくれてもいいからねー?」
「そのことについては、一刻も早く忘れていただきたいのだが……」
夜闇の中、そんな会話を交わして眠りにつく。
寮なら個室なのでもう少し話す時間があるのだが、ここでは少人数とはいえ共同で寝室を使っている。あまり長々と話していても迷惑になるので、なるべくすぐに切り上げることにした。恥ずかしかったから率先して黙り込んだわけでは決してない。
しかし、だからこそ眠気に身を任せられるようになるまでに少しだけ時間があって。
目を閉じつつも、意識がある状態でトールに密着しているものだから、彼女の思考や感情が時折私に流れ込んでくる。
それそのものを厭うことはない。トールから感じる感情は、その大半が私とヒミコを案じるものだからだ。
ただ、その奥に仕舞い込まれているヒミコへの好意に、思うところがないと言えば嘘になる。何せその色は、
……トールは、とても親しい友人だ。一緒にいて楽しい、ずっと交友関係を持っていたいと思える、大切な友人だ。それは私にとっても、ヒミコにとっても変わらない。
だからこそ、彼女の想いが報われてほしいと思う。彼女が幸せであってほしいと、思っている。
しかし、私たちの想いは相反するものだ。既にヒミコには私がいるのだし、私としてもヒミコを手放せるなんて思いもしない。
トールと一緒に寝ていると、そんな二律背面をどうしても抱いてしまう。それに対してどうすればいいのか、何が正しいのか、見当もつかない。
この夜も答えは出ず、結局フォーススリープを自分にかけて眠ることになった。
つくづく思う。感情とは実に素晴らしく、また厄介極まりないものだなと。同時に、自分は面倒な女だな、とも……。
色々と準備回。今章の伏線もあれば、次章の伏線もあったりします。
どれがどれかはそのときになってのお楽しみということで。
あ、A組を警戒してる二人が誰かは次話で触れます。