那歩島は観光地である。世界どころか所属する日本においても決して知名度は高くないが、それでも間違いなく観光地だ。
この星初の“個性”保持者、光る赤ん坊が生まれる年に前後して世界遺産登録された小笠原諸島と似たような立地であるが、あちらに比べるとほとんど規制や制限がない。なのでそういう意味でも、行き来がしやすい観光地として知る人ぞ知る場所なのだ。
目玉となるものは白い砂浜が広がる海水浴場と、千年以上昔から存在する城。そしてそこに付随する古代遺跡、赤道に近い亜熱帯ゆえの豊かな自然であり、数は多くなくとも年間を通じてコンスタントに観光客が訪れる。
だからこそ多くはないが、ホテルや旅館もいくつか存在している。規模もグレードも様々で、豊かな客層に応じられるように整えられているのだ。
そんな宿泊施設の中でも、ビジネスホテルとしては高級路線を掲げるホテルの一室に、彼らはいた。
「ジェントル! わかったわよ!」
「おおっ、さすがラブラバ仕事が早い! 君はいつも最高だね!」
「ジェントルのためだもの、これくらい当然だわ!」
「当然だとしても、礼は言わせておくれ。親しき仲にも礼儀あり、さ。ありがとう、ラブラバ!」
「~~っ! どういたしまして! 大好きよ、ジェントル!」
「私もだよ、ラブラバ……我が生涯の相棒よ」
「ジェントルーーっ!!」
二人しかいない室内で、オーバーリアクション気味に抱き合う長身の男と矮躯の女。
どちらも特徴的なコスチュームこそ身に着けておらず私服姿だが、昨今急激に注目を集め始めているヴィラン、ジェントル・クリミナルとラブラバその人である。
彼らがなぜ那歩島にいるのかと言えば、単純にバカンスである。それと、最近やたらと絡んでくる物騒な追っかけから逃げたかった、というのもある。
雄英文化祭での案件に失敗して以来、ジェントル・クリミナルは心機一転己を鍛え直すとともに、方針の転換を行ったことで成功の兆しを得るに至った。その足跡となったいくつかの動画は、いずれも会心の出来栄えであると二人で断言できるものだったので、つかんだ成功への切符は必然と考えているのだが……。
それはそれとして、一気にラッシュをかけるため短期間にそれなりの無理をしたので、疲労がたまっていたのだ。
おまけに最近は、ヴィラン連合のサブリーダーを名乗る少女が執拗に勧誘に訪れる。話に乗る気は一切ないので当然逃げるのだが、一度彼女に見つかると、その反則染みた“個性”によって一晩中夜の街を全力で追いかけっこする羽目になる。これが非常に堪えるのだ。
そしてジェントル・クリミナルたちはヴィランだ。体調を崩しても下手にその辺りの病院に行くことができないので、健康面の自己管理は欠かせない。名が売れ始めた今、それは特にである。
だからこそのバカンスだ。冬本番に向けて走り続ける日本本土を離れ、暖かい南国でゆっくりとリゾートにでもしゃれ込もう……というつもりだったのだ。
ところがである。南国のリゾートに向かう船上で期待に胸を膨らませる二人の前に、雄英の生徒たちが現れた。しかも今年何かと話題に事欠かない一年A組である。これには二人揃って、顎が外れんばかりに驚くしかなかった。
一年A組と来れば当然、その中にはあの日ジェントル・クリミナルと接触した緑谷出久がいる。顔を覚えられているかもしれないし、下手すれば声すら覚えられているかもしれない。神は自分たちを恨んでいるのかと、かなり本気で思った二人であった。
とはいえ、この程度のことでへこたれていたらヴィランなどできるはずもない。二人は少しもったいないとは思ったものの、滞在初日はホテルに籠って情報収集に徹することにした。
そうして初日の夜を目前にした今、ラブラバが目当ての情報を揃えて今に至るわけである。
「雄英の一年A組が那歩島に来てたのは、実務的ヒーロー活動推奨プログラムってやつのせいみたい!」
「実務的ヒーロー活動推奨プログラム……? 生憎と私は初耳なのだが、一体それはなんだい?」
「文字通りよ、ジェントル。ヒーロー科の生徒による、プロヒーロー不在地域での実務的ヒーロー活動、ですって」
「……学生によるヒーロー活動ってことかい? ちょっとよくわからないな……それはヒーローインターンとはどう違うのかね?」
「なんでもインターンと違って、全員参加らしいわよ。それと、この件には教師もプロヒーローもついてこないんですって。生徒だけで全部やるみたい。何かあったら、責任も生徒の側で負うって……」
「つまり……え? それ、つまり学徒動員じゃないかね!? 雄英は一体何を考えているんだ!?」
「……確かに!?」
ラブラバの説明に、ジェントル・クリミナルは泡を食って声を荒らげる。ヴィランが正論を放つという、不思議な光景であった。
とはいえ、ジェントル・クリミナルは元々ヒーロー志望だった男だ。彼のヴィランとしての活動も、彼自身のポリシー……紳士に反する行いを断罪するというものである。そこに主観は大いに絡めど、彼の根は間違いなく他のヴィランよりも善性を多く残している。
だからこその批判だ。ジェントル・クリミナルにとって、学生を学生のまま最前線に放り込む行いは、紳士的とはまったく思えなかったのだ。
「あっ、待ってジェントル。どっちかっていうとこれ、ヒーロー公安委員会の肝入りみたい。雄英は立場的に、その下部組織みたいなところがあるから……」
「……断り切れなかったということかな? 実際今年度は何度も失態を犯しているし、オールマイトの引退以降は“個性”犯罪の件数が右肩上がりと聞くが……だからといってこれは……」
義憤に駆られて怒りをあらわにするジェントル・クリミナルであるが、その“個性”犯罪の件数増加には二人も全力で加担している。この場にヒーローがいたなら、どの口が言うのかとでも言い返されていただろう。
しかしここはホテルの個室であり、二人以外の人間はこの場にいない。だから二人は、そのまま方向転換することなく話を続ける。
「……どうするの、ジェントル? やってしまうの? 今、ここで!?」
「…………、いや……、いいや、やらないでおくよ。彼らは結局のところ、学徒動員させられた学生だ。彼らに罪はない。彼らにこの怒りをぶつけるのは、お門違いというものさ。紳士のやることではない……そうだろうラブラバ?」
「その通りだわ!! さすがジェントル、もっと大きなものを見据えているのね!」
「もちろんだとも! しかしどうやら、バカンス明けにやるべきことは決まったようだね?」
ぱちりと片目を閉じて見せるジェントル・クリミナルに、ラブラバが黄色い声を上げた。そのまま再び、ジェントル・クリミナルの胸の中に飛び込み二人はくるくると踊るように回る。
「もちろん私も全力で手伝うわ!」
「ハッハッハ、ありがとうラブラバ。いつも苦労をかけるね。……とはいえ、今はバカンスに来ているわけで」
ジェントル・クリミナルが傍らのテーブルに乗っていた冊子を取り上げた。表紙に大きく書かれたタイトルは、「那歩島観光ガイド」。
そう、二人の当初の目的はバカンスである。それを忘れるわけにはいかない。
「なに、まだ気づかれてはいないはずさ。さすがに少しは変装する必要はあるだろうが……せっかくのリゾート地だからね。ゆっくりと羽を伸ばすとしようじゃないか。二人で、ゆっくり……ね」
「ジェントル! 愛してるわジェントル!」
「私もだよ、ラブラバ!」
かくしてこの日、二人の夜はふけていった。その後朝になるまで具体的に何があったかは、割愛する。
だが、二人は知らない。一年A組に在籍するとある幼女が、新しい人生を生きる中で人間の悪意をかなりはっきり感知できるようになっているということを。その幼女に、とっくの昔に捕捉されていることを。
結果として二人は、滞在二日目こそのんびりと海水浴を楽しめたものの、三日目からは監視役として見敵必殺精神の物騒すぎるヒーローをあてがわれ、バカンスどころではなくなってしまう。
一応遺跡観光には繰り出したし、地元料理に色々と手を出したりもしたが、いずれも半分も覚えていられなかった。何せ尾行するにしてはわかりやすすぎる、というよりは隠れる気がないとしか言いようのない姿勢で監視されていたのだから、無理もない。
元々ヴィランとしては木っ端だった二人だ。その性根はいまだに小市民なところがあるため、はからずもA組一同の人選は大成功だったのだ。
「なんなんだいあの少年!? 十五、六の少年が出せる殺気じゃないだろう!? ちょっと何かしようものなら速攻で殺されそうな雰囲気をビシバシ感じる!!」
「あの子爆豪勝己くんよ! 今年の体育祭で死ねとか殺すとか連呼しまくってた、緑谷くんとはまた別方向のクレイジーボーイだわ!」
「狂気! 関わるべきじゃないな! いやマジで!! ……というか、今年の一年A組はそういう子ばっかりかね!? 最近の若者は末恐ろしいな!」
「ネットでは若者の人間離れと言われて久しい世の中だもの、仕方ないわよジェントル……!」
別にそんなことはない。まったくない。風評被害もいいところである。
A組のメンバーたちも、多くがその二人と一緒にするなと言うだろうが……生憎とそれを否定するものは、ジェントル・クリミナルたちの周りにはいないのであった。
勘違いはかくして加速していき、のちのちジェントル・クリミナルは元一年A組メンバーである二十人とは絶対に交戦しないという決意を固めるに至るのだが、それはまた別の話。
「ち、ちなみにラブラバ? その実務的ヒーロー活動推奨プロジェクトとやらの期間は、いつまでなんだい……?」
「ちょっと待って。えーっと……あっ。あの、えっと……その、と、十日間、みたい……」
「我々のバカンスとまさかの丸被りかね!? そんな間の悪いことってあるかなァ!?」
要約すると、今回二人には運がなかった。
だが彼らはまだ知らない。二人を待ち受けている不運は、この程度ではないのだということを。
バカンスを五日間で切り上げて早々と帰ってしまおうかと、わりと本気で相談している彼らが当てにしている次の船よりも前に、とんでもないレベルのヴィランたちが乗り込んでくるということを。
二人はまだ、知らないのである。
のちに那歩島襲撃事件と呼称される事件が始まるまで、あと二日。
はい、ということで習性的に警戒してしまったせいでかっちゃんを監視にあてがわれた不幸な二人組は、この二人でした。早くも原作との違いが出てる。
ただ監視されてるだけでなくて何もかも間が悪いわけですが、お察しの通り、ここにいるということはそういうことです。
ちなみに那歩島に関するあれそれは、ほとんど想像の産物です(光る赤ん坊が生まれた時期含め)。
一応劇中から推測できる範囲にとどめてはいますが、いずれもはっきりと明言されたわけではないところから引っ張ってきてるのであしからず。
あと時系列も独自解釈。プロジェクトの期間とか、襲撃が起こるタイミングとか、よくよく考えると漫画と映画で細かいところに矛盾があるんですけど、そこは二つを両立させるなら絶対に起こるものなので、なるべく気にしないでいただけると・・・。