本土のほうではかなり大きな事件が起きたとのことだったが、那歩島は依然として平和である。滞在二日目に続いて、三日目も大きな問題もなく過ぎていった。
夜中にいたずらの通報があったようだが、それは宿直だったカツキと自主練をしていたイズクが対処したらしい。
他に何かあったと言えば、島民の方々が心尽くしの料理をご馳走してくれたくらいか。いずれもプロの料理ではないのだが、普段食べ慣れたものとは方向性が違っておいしくいただけた。郷土料理のような、普段食べる機会のないものもあったので満足である。
……まあ、その郷土料理の中に、どこかで見たことがあるようなものがあったことには首を傾げたのだが。名前はまったく聞き覚えはなかったのだが、見た目と味を知っているような気がしたのだ。どこで見聞きしたのだったか……。
考えても答えは出なかったのでそれは保留としたが、ともかくそういうわけで三日目もつつがなく終わった。
なお、この日の私当番はキョーカである。彼女の美声で紡がれる子守歌が心地よくて、珍しくよく眠れた夜になった。
明けて翌日、滞在四日目。この日も大したことはなく、平和のうちに終わりそうだ。
そんなことを考えながら、私は見回りの途中に立ち寄った旅館で頼まれ、ドロイドの修理に当たっていた。
「ありがとうございます。まさかドロイドの修理ができてしまうとは思いませんでした」
「この部分はドロイドの基幹部分とは関係がありませんから、少し知識があれば私でなくとも弄れるはずですよ。土地柄こういうことは起こり得ると思うので、マニュアルを用意しておきます」
「重ね重ねありがとうございます……」
旅館の女将は、あの自治会長の女性だった。なるほど、あの凛とした立ち居振る舞いは仕事で培われたのだなと思いつつ、工具を動かし続ける。
そう。この旅館、従業員用にサーヴァントドロイドを一機所有していたのである。離島ゆえの人手不足解消のためだったらしいが、ともかくそれが最近発声がおかしいということで点検を依頼されたのだ。
原因は単純に、潮でスピーカーがやられただけだ。
聞くとどうやら、調理場に入ったときに塩水を浴びてしまったことがあったらしいので、そのせいだろう。魚を新鮮に保つための水槽の海水だったそうなので、規模は大したことはなかったらしいしすぐに対処はしたらしいが……スピーカー部分までは気が回らなかったらしい。
ちなみに、替えの部品は付き添いでついてきたモモ……クリエティに頼んで作ってもらった。彼女が一人いるだけで資材には困らない。いつかはカイバークリスタルや、プラズマ資源なども作ってもらえないかなぁとつくづく思う。
「……これでよし、と。ほら、喋ってみるといい」
「アー、アー……オオ! チャント喋レマス! アリガトウゴザイマス!」
「よかった。わたくしからも改めてお礼させてください……ありがとうございました」
「礼には及びませんよ。これくらいのことなら、いつでも対応いたしますので」
「ですが、何もしないわけにも……」
「いいんですよ。本当に」
礼としてお金を渡そうとしてくる自治会長と、それを断る私の間で攻防が起きたが、最終的には向こうが折れてくれた。
気持ちはありがたいのだが、下手に金品をもらうと色々と困るのである。ヒーローは歩合制の仕事であり、こうしたちょっとした手伝いでは給料には反映されないので、チップの感覚で金品を渡そうとする気持ちもわからなくはないのだがね。
まあ、それでも饅頭は渡されたのだが。この程度なら、ぎりぎり近所付き合いの範疇だろう。
それに、私は和菓子も好きだ。こしあんは見過ごせないのである。
「さすがですわね、
「あれくらいなら君でもできたと思うぞ」
「御謙遜を。ドロイドのことであれば理波さんの右に出るものはいませんでしょう?」
「そう言われてしまったら、否とは言えないが」
旅館を後にしたのち、クリエティとそんなことを話し合いながら、和やかに歩く。
途中、旅館の門に置かれている謎のオブジェクトをちらりと横目に見上げる。
見た目で分類すると、恐らくトーテムポールが一番近いのではないかと思われるそれ。聞いた話によると、扱いとしては狛犬やシーサーなどが近いらしいそれは、見た目だけで言えばこけしのようである。
ただ、足が三本ついていたり、人間のような腕や顔がついていたり、腹部と思われる場所に丸い石がはめ込まれていたりと、デザイン面ではかなり質が異なる。
私には……というより現代人の感覚からすると、奇妙にしか思えないのだが、確かに鎮護や魔除けの効果はありそうではある。
「……これも、どことなく見覚えがある気がするのだよなぁ……」
特に頭頂部付近にある顔の部分が……どうにも既視感があるというか……。
実を言うと、他にもそういう感覚に襲われる機会がこの島は多い。なんと言うか、妙に懐かしい気持ちになると言うか……。
「どうかなさいまして?」
「……いや、なんでもない。相変わらず不思議なものが多いなぁと思っただけだよ」
「ああ、あのトーテムポール。民話に出てくる神様の
「興味深い話だな。この島の固有種の動物なのか、あるいは……む?」
クリエティとこういう文化的な話をするのは面白いので、応じようとしたのだが……その瞬間、フォースが危険を訴えてきた。一気に思考がそちらに傾き、臨戦態勢に入る。
「……理波さん? まさか」
「嫌な予感がする。何か……強い悪意が、こちらに向かっている。これは……港、か?」
「港……? 定期便は明日の予定だったはずですが……」
「いや、そちらではなく漁港のほうだ」
そう言葉を交わしながら、二人揃って漁港があるほうへ顔を向ける。
とはいえ、この場所からは建物が邪魔で港は見えない。遠目にでも見ようとするなら、少し移動しなければならないだろう。
視線を交わして頷き合い、走り出……そうとした、ちょうどそのタイミングで。まさに漁港のほうから、何かが破壊される激しい音が響いてきた。
「……!」
「どうやら当たりですわね。行きましょう、理波さん!」
「ああ!」
明らかに、何かが起きている。であれば躊躇うことなど何もない。私たちは改めて走り出した。
と同時に、今度は破壊音と衝撃が伝わってくる。しかも連続しており、明らかに尋常ならざる事態だとわかる。
これはヴィランが出たか……と思ったところで、ようやく漁港が視界に入った。
だが漁港は、もはやほとんど原型をとどめていなかった。海面には、やはり破壊された漁船がいくつも浮かんでいる。漁船からは燃料が漏れ出しているようで、水の色合いがところどころおかしい。
そんな漁港の中央付近には、横倒しのフェリーが乗り上げている。恐らく、速度を落とさないまま突っ込んできたのだろうな。コンクリートで固められた岸がひどく傷ついてえぐれている。まるでフェリーが突き刺さったかのようだ。
「……! なんということを……!」
「手当たり次第とは恐れ入る」
「すぐに皆さんに連絡しなければ……!」
仲間への連絡はひとまずクリエティに任せ、私は観察に勤める。
フェリーの上には人影が一つ。赤い長髪の女だ。やるべきことを終えたのか、今は動く気配がない。”個性”を使っている雰囲気もないな。
だがそれとは別に、島に上陸してきた男が三人見える。他に人影はそれらしい姿はなく、フォースで探ってもそれらしい気配もないため、とりあえずはこの四人で全員か。
女に移動する気配がないのは、退路を確保するためか? フェリーはもう使い物にならないように見えるが……。
一方他の男たちは、それぞれが素早く別々のほうへ向かった。こんな大それたことをして、いきなり全員が単独行動とは……随分と自信があるようだ。
向かう先は……赤い布のようなもので全身を覆った男は商店街のほう、オオカミのような顔の大柄な男は……、ッ、いけない!
私はオオカミ顔の男が木々に紛れたところを見て、クリエティのほうに振り返る。
「クリエティ、すぐにコムリンクに切り替えるんだ!」
「えっ?」
ここで、再び何かが壊れる轟音が響いてきた。先ほどの比ではない。
音のした方へ目を向ければ、木々の向こうにはっきりと黒煙が上がっている様子が見て取れる。あのあたりには通信基地局しかなかったはずなので、そういうことなのだろう。
つまり、この島は完全な孤立状態に陥ったということだ。
「っ、そういうことですのね……! コムリンク、ありがたく使わせていただきますわ!」
「万が一の備えのつもりだったが、本当に使うことになるとは思わなかったよ」
そんな会話をしつつも、ヴィランの追跡に意識を集中させる。
オオカミ顔の男は基地局を破壊したあと、海水浴場のほうへ向かったようだ。先ほどより集中して男を探ったが、進む先の選び方が適当だった。
恐らく彼は陽動だな。派手に暴れられればそれでいいという様子だった。
それは先に商店街へ向かった男も同様なので、であれば本命は残る一人……白い長髪の男のほうか? その男は……どこに向かっている? 住宅地のほう? 何が狙いだ?
「理波さん、A組全員への連絡は終わりましたわ! 先ほどからつぶやいておられる推測も含めてすべて!」
「ありがとう、クリエティ。みんなはどこに?」
「青山さん、峰田さん、葉隠さんの三名がヒーロー活動で商店街にいたため、そちらはひとまずこのお三方に。増援として爆豪さん、切島さん、上鳴さん、芦戸さん、耳郎さんが向かう予定ですわ。
海水浴場のほうには、尾白さん、障子さん、蛙吹さんが活動しておりましたわ。こちらには轟さん、瀬呂さん、常闇さん、飯田さん、麗日さんが向かうとのこと。緑谷さんは子供からヴィランが出たとの通報を受けて一足先に出撃してしまったようですわ。その子供の住まいに向かっているとのことで。避難は西地区のほうに!」
「了解した。単独行動のデクは心配だが……この状況では祈るしかないな。……無事だといいのだが……」
「……大丈夫ですわ。緑谷さんは強い方です。機転も利く方ですから、心配ご無用ですわ!」
「……うん。わかっている」
わかってはいても、それでも心配なんだ。不安なんだ。
ヒミコがいない今、これ以上親しい人を失いたくない。そんなことになった日には、もしかして私は戻ってこれないのではとすら思う。
それでもその恐怖をなんとか飲み下して、前を向く。頬を思い切り叩いて、活を入れる。
クリエティは一瞬驚いて目を見開いたが、すぐにお互い視線を合わせて頷き合った。心配はいらないと、無言のうちに語り掛ける。
「……では私たちは、漁港周辺の人々の避難誘導から、だな」
「ええ、同意いたします。幸いこの辺りはあまり人も多くないようですので、二人でも十分……しかしもしものときは、あの女ヴィランの対処をお任せしてしまっても?」
「もちろんだ。相手の”個性”が何かはわからないが、一対一なら問題ない」
意識が研ぎ澄まされていくのがわかる。フォースが身体に満ちていく。ヒミコがいなくなってから、久しく感じていなかった感覚だ。
……うん、大丈夫だ。戦える。
私は誰だ? 私は何だ?
そうだとも。私はジェダイの騎士。この星の自由と正義を守るもの。
最愛の人がいなくとも、この使命を見失ったりするものか。そんなことをしていては、私を救けてくれるクラスのみんなに顔向けできない。もちろん、ヒミコにも。
だから、
「では、理波さん!」
「ああ、行こう!」
私はローブを翻して、再びクリエティと共に駆け出した。
・今回開示されたとても重要な情報
理波はこしあん派。
あと今これ書いてて思ったけど、お抹茶とお茶菓子を交互に食べて、表情のすごい落差を見せつけて茶道の先生をほっこりさせたことありそう。
ところで前半で触れたトーテムポールのようなものとか、旅館の女将な自治会長は完全に独自設定です。どっちも原作映画には存在しません。
そしてわざわざ言及しつつも、どちらも今章においては関係ないです。
ともあれいよいよ事件開始ということで、ここからが本番。
戦いがどうなっていくのか、お楽しみいただければ幸いです。