さて、である。
「君とは話がしてみたかったんだ」
なかば無理やりミドリヤを連れ出した私であるが、道中そう声をかけていた。当のミドリヤは、理解が及ばずきょとんとしていたが。
「去年の話だ。田等院で君、事件に関わっただろう?」
「え! な、なんで知ってるの!?」
「あのとき、ちょうどリアルタイムでニュースを見ていたからだ。君が飛び込んできてバクゴーを助けたところは、文字通り目の前で見たようなものだよ」
「あ……あれはその、なんていうか、勝手に身体が動いたっていうか……かっちゃんには余計なことするなって言われたし、ヒーローたちにも無謀だってたくさん怒られちゃったしさ……」
「それでもあのとき、君はあの場にいた誰よりもヒーローだったと思うがな」
そう伝えたら、ミドリヤは一瞬きょとんとしたあと、泣き始めてしまった。
「す、すまない、気に障っただろうか」
「や……っ、いや、そうじゃなくて……っ、僕のしたこと、見てくれてた人もちゃんといるんだなって思ったら、なんか勝手に……!」
ごめんね、と言いながら袖で目元を拭うミドリヤ。なるほど、感極まったということか。
「……しかし、君ほどの人物なら、褒められることはそう珍しくないだろうに。君は素直なんだな」
「へ……?」
「ん? 違うのか? あの状況で迷わず動ける人間が、軽んじられることはそうそうないと思うが」
そう伝えたら、また泣かれた。なぜだ。
「いやその……っ、ぼ、僕、実は一年前まで、無個性で……っ。それで、その……ずっといじめられっ子だったっていうか……そんな僕を、こんなに褒めてくれた人、なかなかいなくて……!」
にわかには信じがたかった……が。彼から漂う気配に嘘は感じられないし、何より彼の卑屈な態度は、確かに虐げられ続けた人間特有のものだ。
だが、それよりもだ。“個性”を持たないことが、迫害の対象になっているとは。これも“個性”が人口の大半に存在する弊害か。
つまりこの超常の力は、もはやこの星では日常なのだ。どこまでも当たり前のもので、だからこそ子供の中でも日常ゆえの問題が顔を出すのだろう。
子供は世界が狭いから、外れた存在に攻撃性を見せることは珍しくはない。いいことではないが、それは親や教師が教え導けばいいことだ。
だと言うのに、彼の周りの大人たちは一体何をしていたんだ。度し難いぞ、まったく!
「……でも、遅くはなったけど、僕にも“個性”が出たから」
――今はそれより、とにかく前を見ていたいんだ。
……しかしそう言ってはにかんだミドリヤは、どうやら自身の境遇について既に折り合いがついているようだ。であれば、私があれこれ言うのもお門違いであろう。
それよりも、今の発言に嘘が混じったことのほうが気にかかる。何が嘘なのかまではわからないが……まあ、私が口を挟んでいいことかはわからないし、保留としよう。
しかし、まあ。それはともかくだ。今の会話で一つ納得できたことがある。
「なるほど。だから君、鍛え方が足りないのか」
「ふえ!?」
「先程の個性把握テスト。君は女性陣にも大体負けていただろう。記録に活かせない“個性”のアシドやハガクレよりもだ。つまり君は、“個性”が出るまでろくに鍛錬してこなかった。そうだろう?」
「う……そ、その通り、です……ハイ……鍛え始めたのは、例の事件のあとからで……」
「……まあ、既に十分思うところがあるようだし、私からはこれ以上言わないよ」
彼は既に、個性把握テストで「自分はあまりにできないことが多すぎる」と理解したようである。そのために、人の何倍も努力しなければならない立場であることも。
自分でそれに気づけたならば、教師でも師匠でもない私がこれ以上言うのはただくどいだけだろう。
人は過ちを犯す生き物だ。それはそういう生き物である以上、仕方がない。
だから重要なのは、気づきを得られるかどうか。そしてそれを次に活かせるかどうかだ。
その点、ミドリヤは十分に及第点だろう。何せ“個性”が出るまで鍛えていなかったということは、逆に言えば“個性”が出てからのたった十ヶ月程度の急ごしらえでここまで来た、ということでもあるのだ。雄英のヒーロー科入試は、普通の子がその程度で合格できるほど易しくはない。
つまり、彼は短期間でそれだけの努力ができる人間なのだろう。ただがむしゃらに努力するだけでなく、その内容を省みて改良するような思考力や柔軟性もあるはずだ。
まあ、さすがに彼一人ですべてやりきったとは思っていない。恐らく、マスターとなる人物がいるはずだが……しっかりとしたマスターに出会う運や選ぶ目も、ときには重要だ。そこは深く言うまい。
何より。
「……色々言ったが、君の心根は素晴らしいものだと私は思っている。だから君ならいいヒーローになれるはずだよ」
彼の気配もまた、光明面に満ちているのだ。私は彼を信じようと思う。
「……っ、あ、ありがとう! その、増栄さんもなれると思うよ!」
「ふふふ、ありがとう、だ。……まあ、君はまず自分の力を使いこなすところからだな」
「ははは……そうだね、その通りだ。僕はまだスタートラインに立つ権利を得ただけだからね」
そう言って、ミドリヤは再び涙があふれ始めた顔のままくしゃりと笑った。
だが、ふとそこから焦りが見え隠れする。随分と取り繕うことが下手というか、本当に根っからの善人なのだろうな。嘘がつけないらしい。
「気持ちはわかるが、焦りは禁物だぞ。何事も一足跳びに成長はできないものだ」
「う、な、なんでわかったの……?」
「私はある程度、相対した人間の感情が読める。……まあ、私でなくとも君の場合は聡いものにはわかるだろう」
と言ったはいいが、マスター・イレイザーヘッドはミドリヤの成長があまりに遅いようなら、容赦なく除籍処分を下すだろう。あの方の性格からいって、今回の個性把握テストでは見込みはゼロではない、というだけだったはずだ。
それに、世間も待ってはくれない。時間は誰にとっても平等なのだ。だから焦るなというほうが土台無理なのかもしれないし、マスター・イレイザーヘッドならずばり「焦れ」くらいは言いそうだ。
「……まあ、君の焦りは理解できる。“個性”が目覚めてまだ一年、ではなぁ」
「……そうなんだよね。入試のときも、大怪我しちゃってさ……」
「イイダとウララカから聞いているよ。マスター・イレイザーヘッドが君にしていた説教も、正しいのだろうな」
そう返したら、目に見えて凹むミドリヤである。
本当に素直な少年だ。そうもわかりやすくがっかりされると、私としても世話を焼きたくなるではないか。
「……まあ、相談くらいならいつでも乗るよ。必ずしも有意義な答えを返せるとは言わないが、三人寄ればとも言うだろう? 君はまず、誰かに頼ることを覚えるところから始めるべきだ。幸い、私なら応急処置はもちろん、治療も可能だしな」
「う、うん……そうだね、ありがとう。……あ、ち、ちなみに、増栄さんの“個性”ってなんなの? さっきのテスト、どれも好記録ばっかりだったけど……治療までできるって一体……」
と、ここで彼は今までと一転して、好奇心を前面に出してきた。切り替えが早いことはいいことだ。
ので、更衣室で披露した話を彼にも話す。
「なんてすごい“個性”なんだ……! 単なる増強としての使い道だけじゃなくて治癒力にまで使えて他人にも使えるとなるとチームアップするときはもちろんサイドキックとしても誰と組んでも間違いなく活躍できるからきっと引く手数多だぞ……!」
ここまで、感嘆符以外ノンブレスである。怒涛の勢いに、私はあっけにとられるしかなかった。
「あ……っ! ご、ごめん、つい癖で!」
「いや……構わない。考察する力は重要だ。あらゆる場面で生きてくるからな」
これが噂に聞くオタクと言うものか。一つ知識が深まった。
「……でも、“個性”を使いすぎると餓死しちゃうって、大変だね。……あ! そ、その……参考までに聞きたいんだけど、どうやって制御の仕方を覚えたの?」
そして、自分にも活かせる話題へ繋げつつも、知識欲を満たそうとするとはなかなかに強かだ。どうやら無意識らしいが……彼はこの貪欲さを、もう少しだけ普段から出してもいいのではないかなぁ。
「イメージを固めることと反復かな。私も下手に反復できない“個性”だから、まずその基礎をしっかり作れと言われたよ」
「やっぱりそうなんだ……ちなみに、増栄さんのイメージって、どんな感じなの?」
「あー……と……蛇口……と……コップ、かな……」
「蛇口」
本当は特に深くイメージせずとも、フォースを扱う感覚で大体なんとかなったのだが。それを言っても誰も理解できないだろうし、追及されても困る。
なので、どうにかこうにか話をでっち上げる。
「そうだ……その、あれだ。蛇口はひねれば水が出るが、多く出しすぎたら手元のコップからあっさりあふれてしまう。その勢いを決めるのは、どれだけコップに注いでよしとするかを見極めるのは、自分自身だろう? そこを考えながら蛇口をひねっていく……と、言ったところかな」
「そ……それだぁ!!」
「お、おお?」
「そうだ、それだよそのほうがわかりやすいししっくり来る! うちの水道ひねるタイプのじゃないけどそれでもレンジの中のタマゴよりはわかりやすい!!」
私はミドリヤの目から鱗が落ちる様を幻視した。
何やら腑に落ちたらしい。伝わったようで何よりだ。それにしてもすごい勢いだが。
「その調節ができるようになったら、あとはひたすら反復だな。私も早急な習熟が求められたから、そこはかなりの回数を繰り返した。まあ、言われた以上の回数をやったら怒られたのはいい思い出だが」
具体的には、コップの中の水に向けて温度を増幅したりしていた。これなら危険も少ないだろうという判断だったが、初期の頃はそれでも一瞬で蒸発するくらいの高温になって何度か火傷したものだ。
「あ……ああ、それは僕も覚えがあるなぁ……オーバーワークは厳禁だよね」
「うむ。……ただ、私たちのような“個性”の練習は一人でやるのは危険だ。私は元プロヒーローの父上に協力してもらったが、君はそういう面で頼れる知り合いはいないのか?」
「あ……っと、う、うん、一応、師匠って言える人がいるよ! その人に相談してみる!」
「そうか、なら大丈夫かな。うむ、フォースと共にあらんことを祈っているよ」
「? え? ふ、フォース……?」
「気にするな。私流の祈りの文句だと思ってくれ」
「う、うん……」
私の言葉に、ミドリヤはしばらく目を瞬かせていた。
……が、ふと思い出したように再度声を上げる。
「……待って。さっき増栄さん、お父さんが元プロヒーローって言った?」
「? ああ。と言っても、活動期間は短いマイナーなヒーローだぞ」
「誰!? 僕、ヒーローのこと分析してまとめるの、趣味なんだ!」
「バンコだ。知っているか?」
「え!? 増栄さんのお父さん、もしかして重力ヒーローバンコなの!? 家庭の都合で引退せざるを得なくなったけど“個性”『重力操作』でヴィラン退治はもちろん人命救助や災害対策にも対応できた万能ヒーローで最近はロボットとか翻訳機まで発明してるすごい人じゃないか! もしも彼が引退していなかったら今頃ナンバーワンは難しくてもビルボードチャートのトップ10入りは間違いないって言われてた!!」
「お、おう……く、詳しいな、本当に……」
下手したら娘の私より詳しいのではないだろうか。何せ父上、自分の功績についてはあまり語ろうとしなかったし……。
まあ、ドロイドや翻訳機、あとライトセーバーなどは、私が開発したと世間に知られると面倒になるから(特にセーバーは私にサポートアイテム用の開発ライセンスがないので)という理由で、隠れみのとして矢面に立ってくれているだけのことだったりするのだが。
父上が現役時代、自分のサポートアイテムを自作していたことは事実らしいので、今のところは誰も疑っていない。
「あの、その、もしよかったらなんだけど、サインとかっていただけたりしないかな……!?」
「……聞いてみるよ」
その後も、彼のヒーロー語りは保健室に着くまで続けられた。
もちろんほぼノンブレスであり、私はオタクという人種には下手にホームグラウンドの話題を振らないほうがいい、という学びを得たのであった。
将来のためのヒーロー分析ノートNo.10より抜粋「重力ヒーロー『バンコ』」
道教の仙人みたいな、ゆったりとした服装というあんまりヒーローコスチュームっぽくない姿が特徴のヒーロー!
ヒーロー免許だけでなくサポートアイテム開発ライセンスも所持していて、使っていたアイテムのほとんどは自作したものだ!
服の中にはそうした様々なアイテムがいろんなところに隠されていて、”個性”だけでなくアイテムを駆使した活躍をしていたぞ!
でも戦闘行為をあまり好まない人として有名だった! だからどちらかというと災害救助がメインのヒーローだ! ヴィラン退治も基本的に説得から入ったらしい!
ちなみに、ヒーローネームはパンゲア大陸の中国語「盤古」から来てるらしい!
”個性”:重力操作
自分を中心とした周囲の重力を自在に操る”個性”!
自分をものすごく重くして攻撃に利用したり、瓦礫を軽くして災害現場で活躍する!
さらには、必殺技「トラクタービーム」によってものを引き寄せたり、「リパルションビーム」でものを引き離したりもできるぞ!
自分をものすごく軽くすることで空中移動も可能! すごい”個性”だ!
この”個性”を駆使して、デビューから一年で一気にビルボードチャート100位以内に入り込むほどの活躍を見せたんだ! 最高位は87位だ!
ただ、デビューからわずか一年半後、家庭の事情で引退してしまった!
詳しいことはどこにも報道されなかったけど、実家の家業を継ぐために引退したらしい!
主な活動地域は関東地方! 千葉県や茨城県、埼玉県周辺で多く目撃されていたぞ!
それを考えると、出身地は公表されていないけど、その辺りの出身だと思われる!
2XXX年追記:
本名は増栄重雄さん!
同級生の増栄理波さんのお父さんで、急遽継ぐことになった家業っていうのはお寺なんだそうだ!
なるほど戦闘をしないはずだね! 納得だ! おかげで謎が解けたよ!
「いやうん、世間的にはパンゲア大陸から取ったってことにしてたけど、実際はとある昔のマンガから、その、な・・・」
「父上・・・」
「若気の至りってやつだよ・・・」