会議室で少年少女たちが決意を新たにしている頃。
他の避難民に紛れて、工場の一室に避難していたジェントル・クリミナルは号泣していた。
「ふぐ……っ! うう……! おおお……! なんと……なんと立派な少年たちなんだ……!!」
「そ、そうね、高校生にしてはなかなかやるわね! ジェントルほどじゃないけど!」
その泣きっぷりは、相棒のラブラバですら驚くレベルである。
一方彼らと同じ部屋にあてがわれた他の避難民たちは、一様にドン引きしていた。
無理もない。ジェントル・クリミナルは盗聴したA組メンバーの会話をイヤホンで聞いていたのであって、他の人間には聞こえていないのだ。
なぜ彼にそんなことができたのかといえば、話は単純。いずれミーティングが行われるはずと見越して、まだ出入りがほとんどなかった会議室に盗聴器(ラブラバの特別製)をしかけたからだ。
ジェントル・クリミナルは、A組一同のことを気にかけていた。ラブラバのおかげで一般人にはアクセスできない情報を持っている彼にとって、今のA組一同は学徒動員に巻き込まれている生徒なのだ。
にもかかわらず、ここにきて大規模なヴィランの襲撃である。こんな状況で、彼らは大丈夫だろうかとずっと案じていたのだ。
ところが蓋を開けてみれば、そんな心配は杞憂だった。ヒーロー志望の学生たちは、いずれもが既に立派にヒーローだったのだ。
これは元ヒーロー志望の学生だったジェントル・クリミナルにとって、その道から落伍してしまった飛田弾柔郎にとっては、あまりにも眩しすぎた。
彼は涙と鼻水でべしょべしょになった顔をそのままに、考える。自分が彼らと同じ歳のとき、彼らと同じ決断が出来ただろうか? と。
決断自体は、きっとできた。あの頃の自分には、若者特有の根拠のない自信で満ち満ちていたから。
けれど、今の自分の視点に立つとわかるのだ。決断はできても、その後の行動に結果は伴わなかったに違いない、と。
だが雄英高校一年A組はどうだ? なんと気迫に、力に満ちていて、頼もしいことだろう! 彼らならやってくれるだろう、と信じられる!
ああ、自分もヒーローになりたかった。彼らのようなヒーローに。そうして、歴史に名を刻む偉大な男になりたかった。
「……ジェントル、せっかくのダンディなお顔が台無しだわ」
「……すまないラブラバ、ありがとう……」
だが、その願望はラブラバに渡されたティッシュの中に、鼻水とともに投げ捨てられた。
自分は誰だ? ジェントル・クリミナルだ。
他の誰でもない。ラブラバの相棒にして、世間の不正を正す義賊の紳士。それこそが他の誰でもない、彼女と共にかくあれかしと自らを律した彼の今の夢。その道を二人で歩み、まっとうすると決めたのだ。
であれば、自分はもはやヒーローではない。ヒーローとは、歩むべき道が違うのだ。
しかし、そんな決意を翻す言葉が盗聴器から聞こえてきた。
『彼らの最終的な目標は、現在の社会の打倒だ。彼らが目指すものは、力を持つ者……強き者が弱き者を支配する社会を打ち立てることにある。力こそがすべて、らしいぞ』
A組の中で一番有名な幼女の言葉に、ジェントル・クリミナルは耳を疑う。
強いものが弱いものを支配する? 力がすべての、弱肉強食の世界を作ると言っているのか、あのヴィランたちは?
それは。
そんなものは。
「……紳士的とは、言えないじゃあないか……!」
紳士を名乗るものとして、それだけは断じて認めるわけには行かない。
だから表情を引き締めて、ジェントル・クリミナルは立ち上がる。
緩やかな、しかし確かな足取りのその立ち姿に、ラブラバも真剣な顔で見上げてきた。
「ジェントル……行くのね?」
「ああ。どうやら、世界の危機らしいのでね」
頼れる相棒の、決意がこもった視線と問いかけに、ジェントル・クリミナルは力強く頷いた。
しかして直後、茶目っ気たっぷりにウィンクをする。
「世界の危機に、正義も悪も関係あるまいよ」
――ヴィラン、ジェントル・クリミナル。那歩島防衛戦に、参戦。
***
「作戦はどうする?」
ショートの問いに、デクが頷いて応じる。
「増栄さんによれば、ヴィラン側に空を自由に飛んだり海を自在に泳ぐ”個性”の持ち主はいない。であれば……ここに籠城するのがいいと思う」
彼は言いながら、テーブルの上に広げられていたこの島の航空写真の一か所に、人差し指の先を這わせた。
示されたのは、那歩島に付随する小さな島。この島の観光地の一つである、古城跡が残る場所だ。地球においてはフォースが濃いこの島の周辺で、最もフォースが濃い場所でもある。
「ここと那歩島本島の間は、細いトンボロでだけ繋がっている。他に出入りできるルートはない。だからここに籠城することで、相手側の侵攻ルートを一本に絞らせるんだ」
「石垣などがたくさん残っているから、守る場所としてはうってつけですわね」
「自然も多いから、天然の要害でもある……俺はいいと思うぞ、緑谷くん!」
「ありがとう、二人とも。……それで、やってきたヴィランたちに先制攻撃を加えて分断する。あとはそれぞれの地形を利用して」
「やつらを叩きのめす」
デクの説明にかぶせるように、キングダイナが言い放った。
うん、とデクが応じる。
「でもさー、迎え撃つのはいいけど、島の人たちはどーすんの?」
「ここに置いてくわけにはいかないよね。そこんとこはー?」
次いでピンキーとインビジブルガールが挙げた質問にも、彼はよどみなく答えた。
「ちゃんと考えてるよ。この遺跡の周りにはね、人が避難できるような洞窟があるみたいなんだ」
「あ、観光ガイドに書いてあったやつや」
「ウチも読んだ。確か、何かあったときの避難場所として整備されたと思われる、とかって書いてあったかな」
「俺も読んだ。脱出用の隠し通路もあるという話に浪漫を感じた故、よく覚えている」
「ウェ!? 今の状況にぴったりすぎんじゃん!」
「今も昔も、人間が考えることは同じということか」
「障子の言う通りなんだろうなぁ。ま、遺跡を使うのはちょっと気が引けるけどさ。今は使わせてもらおうぜ、人命第一ってことで」
な、と言うセロファンに、みんなが頷いた。
文化遺産に対して思うところがないわけではないが、今は仕方ないだろう。
「島の人たちはここに避難してもらう。活真くんと真幌ちゃんは僕らで護衛する」
「だが緑谷。ナインとかいう、”個性”の複数持ちはどうする?」
「僕とかっちゃんが戦ったとき、突然苦しみ出したんだ。増栄さんの言う通り、”個性”を使うと身体にかなりの負担がかかるのは間違いない」
「消耗を強いる。それしかねぇか」
「うん。波状攻撃を仕掛けて、”個性”を使わせる。”個性”を奪われるから、接近戦はなるべくしない方向で。それでヴィランを倒せればよし。たとえ倒せなくても、八百万さんの創ったドローンが救援要請に向かってる……救援が来るまで持ち堪えられれば」
デクが説明した作戦に、否は出なかった。私も、この状況ではそれが最善だと思う。
その後は各人の持ち場や、島民の誘導をどうするかなどを話し合った。ナインが再び襲撃してくるまでの時間がどれくらいあるかはわからないので、詰め切れなかった部分もある。
だがそれは仕方がないだろう。何もかも十全に備えられる戦いなど、存在しない。
ただ、念のため言っておいたほうがいいことがある。
ゆえに、”個性”を使う余地があまり残っていない私に代わってナインとの戦いで矢面に立つことに決まったデクとキングダイナに、私は人目を避けてこっそりと声をかけた。
「作戦自体に否はない。だが、相手はただのヴィランではない。すべてを出し切ってもなお押し切られた場合はどうする? つまり……万が一君たちがナインに敗北した場合、だ」
「勝つんだよ! 絶対!!」
回答は即であった。まあ、キングダイナであればそうだろう。
「わかっている。だが、ナインたちにはあとがない。退がることができない人間は、前に進むしかない人間は強いぞ。死兵というやつは、文字通り死ぬまで戦おうとするからな。そもそもナインは多少無理をしようとも、カツマ少年の”個性”さえ奪えればそこから十分に巻き返せる。消耗を度外視してくる可能性はかなりあると思うぞ」
これに対する私の返しは、こうだ。
実際に戦場に従軍し、交戦した経験がある私はそういう人間を実際に知っている。出陣した回数自体は少ないが、聞く機会ならあったのだ。
まあクローン戦争当時、相手側の主力はドロイドであり、そういう存在を見る機会は圧倒的に自軍に多かったので、今とは立場が逆だが。
それはともかく、自我の薄いクローンですら、ときにはそういう戦い方をして勝ち目のない敵を一時的でも圧倒することがあったのだ。相手が強力なヴィランともなれば、その比ではないだろう。
それを抜きにしても、本当に最悪の最悪に対する想定はしておくに越したことはない。保険というものは使わないことが一番ではあるが、あるとないとでは違うものだ。
キングダイナもそれは理解できるのだろう。いかにも仕方なさそうに、舌打ちで応じてくれた。
しかし、彼から明確な答えが返ってくることはなかった。さすがの彼でも、この急な状況で即座に及第点の回答を出すのは難しいのだろう。
それでも構わない。あくまで考えてもらうことが目的だったからな。
だから、デクがその答えを出してきたことには素直に驚いた。
「そのときは、僕の
「あ゛!?」
彼の言葉は、静かだった。覚悟を決めたもの特有の、怜悧な静けさだった。
「
「……一時的に二人になった
「うん、僕もそう思う」
だがこの答えに、納得できないものが一人。
「……っざけんなよデク、テメェ……!」
キングダイナである。彼は勢いよくデクに詰め寄ると、その胸倉を乱暴につかんだ。
「ぅぐ……! わ、わかってる……でも、本当にどうしようもなくなったら、それしかないと思うんだ……! 大丈夫、かっちゃんになら僕は……」
「テメェの……! テメェのそういうところが、昔っから大嫌いなんだよ俺ァ……!」
「ぐぇ……か、かっちゃん……?」
キングダイナの中の感情が、一気に膨れ上がったのが見て取れた。なぜここで、と思ったが、しかし私が止めようとするよりも早く、アナキンが現れて私を制した。
彼は無言で首を振る。ここが、今キングダイナが認識した感情こそが、理解こそが、分水嶺だと。申し子たる霊体は、フォースのうちにそう言っていた。
そういうことをさせたくてこの話を持ち掛けたわけではないのだが。私は単に、最悪の想定をしてもらいたかっただけで……本当に心構えだけでも整えてほしかっただけなのだがな。
だから、もしも二人が最後の手段を見出せなくとも、そんな事態になる前に私がライトセーバーで敵の首を刎ねればいいと思っていた。
ジェダイならそれが許されていたし、前世ではわずかだが実際にやったこともある。だから私にとって殺しは最後の手段ではあっても、絶対に避けるべきものでもないのだ。
「ああそうだ……ようやくわかった……! テメェのそういうところが気持ち悪ィんだよ……! そういうところが俺ァ大嫌いだった……! ああ、やっとわかったぜ……!!」
「うぐぐ……! ちょ、ま、苦し、苦しい……!」
だが私をよそに、話は進んでいく。
デクが、己の胸倉を握り締める手を小刻みに叩く。これ以上は無理だと言いたげに。
それに応じるかのように、キングダイナはデクの身体を急に離した。壁に叩きつけるように。
慌ててその後ろに回り込んで、デクを抱き留める。
「った!? ご、ごめん増栄さん……ありがとう」
「気にするな」
「……あとで話がある。だから勝つぞ、
「……え。あ、う、うん! 救けて勝つ! ……ん?」
キングダイナはそのまま、神に宣誓するかのように決然と言い放つと。
返事を待つことなくデクに背を向けた。
デクは反射的にこれに応じた……が、すぐに違和感に気づいて首を傾げる。
「え!? か、かっちゃん!? 今、僕のこと……!」
「やかましいぞクソデクァ!!」
「えええええそんなァ!!」
そんなやり取りを、見送り。
隣に佇むアナキンに横目を向けて、そして。
「……導くにしては力業が過ぎないか、アナキン?」
『そうか? ジェダイの試練なんてのは大体こんなものだろう?』
「……私には賛同しかねる意見だ……」
彼の皮肉たっぷりな返答に、私は肩をすくめたのだった。
最初は今話のサブタイは映画にあやかって「ヒーローズ:ライジング」にしようかと思ったんですけど、ジェントルはヒーローじゃねえしなってことでちょっと変更。
察した方もいらっしゃるかもですが、ジェントルのセリフは元ネタありです。幼き日のひさな少年は銀が好きだったもので。
ところで、原作においてかっちゃんがどこで自身の気持ちの根に気づいたのかは今のところ明言がないのですが、本作ではここでということにしました。
この映画二作目でデクくんがやったことって、かっちゃんが抱いていた感情の答えそのものじゃないかってどうしても思うんですよ。デクVSかっちゃん2以降、デクくんがそういう自己犠牲を人前……少なくともかっちゃんの近くでやる機会って、ここまでないので。
そういう意味でも、この映画の筋書きはある種の最終回なんじゃないかなあって。
いやまあ、原作のかっちゃんは激戦すぎてダメージが大きくて、このときのことを覚えてないんですけどね。
逆に本作ではアナキンからつつかれたことで、その辺りのことを考える時間を取れているので、ここでライジングしても大丈夫だろうと判断しました。
最後に、作品とは関係ないんですが。
本日付で濃厚接触者になりましたので、明日以降急に更新が途切れた場合はそう言うことだと思っていただけばと。