一方その頃、滝の傍近くへと分断・誘導したキメラを相手に、轟たちが奮戦していた。
オオカミの顔をはじめ、全身に複数の動物の特徴を持つキメラはある意味で、異形型”個性”の極致と言っていい。何せその特徴の数だけ、その動物らしいことをそれ以上にできるのだ。他の異形型とは地力が違う。
さらに、それらが組み合わさった結果、キメラはとてつもない膂力や頑丈さを持つに至っている。おかげで轟たちは苦戦していた。
最初は予定通り滝が流れ落ちる泉に突き落とし、凍らせることで封じ込めるつもりだった。
だがそれは理波の予想通り、あっさりと破られている。沈んでいる状態で泉の大半を凍らせたにも関わらず、ほとんど間を置かずに破壊、脱出しているのだから尋常ではない。
その後は接近戦が主体の切島と飯田を中心に肉弾戦を挑んだが、一向に有効打が与えられないでいる。疲れが見える様子もなく、蟻と象もかくやな隔絶した力量差がそこにはあった。
「……行けっ、そこだ! ああっ、惜しい! あっ、危ない! 後ろ、後ろだよ切島くぅん!」
「あーっ、あとちょっとだったのに!」
そんな戦いの様子を眼下に眺めながら、小声で応援を飛ばす男女が一組。
燕尾服をモチーフにしたコスチュームを纏う彼はそう、何を隠そうジェントル・クリミナルである。傍らの小柄な女性はもちろん、相棒のラブラバだ。
つまるところ彼は、相棒にあれほどの啖呵を切って見せたにも関わらず、介入を控えていた。
キメラが怖いのではない。確かにジェントル・クリミナルは根が小市民であり、ヒーローに向いているとはお世辞にも言えない男であるが、あれよりも恐ろしいものとは何度も遭遇している。主にヴィラン連合のサブリーダーとか。
ではなぜ遠巻きに見ているだけなのかと言えば、轟たちの連携が十分すぎるために、割り込む余地がないのである。ここでジェントル・クリミナルが入ったとしても、連携を乱すだけに終わってしまうだろう。
そう予想がついてしまったのだ。そう予想できる程度には、今のジェントル・クリミナルは自分を客観視できていた。
……かつて若かりし頃、周りをよく観察する力に欠けていたがためにヒーローの活動を邪魔してしまい、ヒーローの道から落伍したのがジェントル・クリミナルという男だ。だからこそジェントル・クリミナルは、応援するにとどめることにした。
一年A組の面々は既に立派にヒーローであり、彼らの足を引っ張るような非紳士的なことはしたくなかったから。
とはいえ、何かあったらそのときは、迷わず割り込むつもりであった。昨日抱いた決意に嘘はないのだ。人は歳を重ねてからでも成長できるのである。
「はあ!」
「無駄だ」
真正面から蹴りかかった飯田の脚を片手でつかみ、そのまま投げ返すキメラ。
その隙を突いて切島が殴りかかるが、キメラはほとんど意に介すことなく片腕で受け止める。彼はそのまま切島の頭をわしづかみにすると、崖に向けて思い切り叩きつけた。
さらに追撃をしようとするキメラだったが、それは轟が許さない。炎を勢いよく放ち、進む先を遮った。
父であるエンデヴァーにはまだ及ばないにしろ、轟の炎は相当な広範囲で、かつ高温だ。にもかかわらず、キメラはこれを腕を勢いよく振り扇ぐことで吹き飛ばしてしまった。
そこに特別な技術は何もない。あるのはただ、圧倒的な力のみ。つまりはゴリ押しとも言うべき火消しである。一人の人間が持つにはあまりにも隔絶した膂力だった。
しかし、だからといってヒーローが引くことはない。いかなキメラとはいえ、腕は両の二本のみ。火消しに集中すれば、スキが生じることは必然だ。
そこを突いて、飯田が背後から強襲する。戦いの開幕からずっと全開のエンジンは、衰えることなくうなりを上げてキメラの延髄を狙い打つ。
「グ……っ!」
だが、それすらも防がれてしまう。キメラは多少遅れはしたものの、はっきりと飯田を見切って攻撃を受け止め、投げ返した。
直後、槍衾のような氷がキメラを襲う。轟の氷結だ。
しかしこれも、キメラには大した意味をなさない。彼が思い切り氷を蹴り抜けば、甲高い破砕音と共に氷は吹き飛んでしまった。
ヒーローたちの息が上がり始める。対するキメラは、依然として涼しい顔を崩さない。
だが、彼の心境は決して凪いではいなかった。
鬱陶しい。彼が抱いていたのは、そんな不快感だった。
ある意味、これは無理もない。いまだにプロではない少年たちの猛攻など、歴戦のヴィランであるキメラにとっては顔の周りで跳び回る羽虫とさして変わりがないのだ。
だから彼は、ここらで終わらせることにする。牙を剥き出しにして、殺気を全面に放出する。
「テメーら……無駄だと言ってるだろうが――――!?」
が、しかし。その瞬間だった。
全身を怒らせて、一気にカタをつけようと力を込めたはずの身体が硬直した。
電気を浴びたときにも似た痺れによって、身体が動かない。突然の異変に、さしものキメラも表情を変える。
「単調な攻撃を繰り返したのには意味がある」
そこに、一息つきながら轟が口を開いた。
彼の言葉に、飯田も追従する。
「俺の足、そして切島くんの手には、蛙吹くんが作った毒性の粘液が塗られていた」
「梅雨ちゃんね」
蛙吹梅雨、”個性”「カエル」。カエルっぽいことであれば、大体のことができる異形型の”個性”。
この手の異形型”個性”の凄まじいところは、地球上に生息する同種の生物のほぼすべてが再現可能であることだ。
そして地球上に生息するカエルという生物には、毒を分泌するものも少なくない。蛙吹はそれを再現し、利用したのである。キメラが身体を覆うタイプのコスチュームを身に着けていなかったからこその作戦だ。
カエル程度の毒で、キメラほどのヴィランをとめられるのか? と思うかもしれない。だが、実はカエルの毒は、地球上の生物の中でも強いほうに分類される。
特に南米に生息するモウドクフキヤガエルの毒などは、たった0.1~0.3ミリグラム程度で人間を死に至らしめるほどの力を秘めている。日本でもおなじみのアマガエルでさえ、その分泌物を目に入れれば最悪失明の危険があるのだから、決して侮っていいものではない。
とはいえ、蛙吹自身が分泌できる毒にそこまでの威力はない。出せたとしても、キメラに付与する前に仲間をダウンさせては意味がない。
だが間違いなく毒であり、何より塵も積もれば山となるものだ。少しずつとはいえ何度も繰り返し与えることで、また戦闘によって激しい運動を強いたことで、キメラの全身に毒を巡らせることに成功したというわけである。
「観念しろよ、おっさん」
戦いを最初から眺めていたジェントル・クリミナルたちが感嘆する中、切島が両の拳をぶつけながらキメラに言い放つ。
「……小賢しい真似しやがって」
だが、ここまでされてもなお、キメラの顔に焦りはなかった。放たれる闘志と殺意には一切陰りがなく、ことここに至ってもなお、敗北するなど微塵も考えていないことは明白。
そんな態度に危機感を覚えた一同が、一斉に攻撃を再開しようとした。その瞬間。
「見せてやるよ……俺がバケモノだと言われる理由を!」
みしり、という音が聞こえた。キメラの身体からである。
直後に、彼の身体が肥大化し始める。全身がまんべんなく、バランスよく大きくなっていく。
「うおおおおォォォォーーッッ!!」
彼がまとっていた衣服が、巨大化に耐え切れず弾け飛ぶ。それでもなお彼の巨大化はとまることなく、満ち満ちていく筋肉と、腕に生じていく翼、ワニもかくやな太い尾が伸びる音が不協和音めいて重なるが、いずれも咆哮にかき消されていく。
やがてキメラの身体は、取り囲むヒーローたちの数倍の大きさへと達した。
何より恐ろしいことは、それらが大した時間をかけずにあっという間に完了されたことだ。その圧倒的な姿に、思わず立ちすくむヒーローたち。
だが、それを見逃すキメラではない。巨体へとなった彼は間髪を入れず、エネルギーを口内へとチャージし始める。赤い、破壊的な色彩がそこに満たされていく。甲高い、不快な音がかすかに響き始める。
「……ッ!」
それを最初に察知した轟が、迷うことなく氷結を放つ。自分たちを覆う形で、幾重にも連なる巨大な氷壁が形成された。
だがしかし。それすらも、キメラが直後に放った破壊光線の前にはほとんど無力だった。
数秒。氷壁が耐えることができたのはたったそれだけ。
それでもその数秒によって、轟たちは退避することができた。間一髪で、破壊光線の射線から全員が飛び退いて崖の陰へと隠れることができたのだ。
だからといって、キメラが攻撃をとめることはなかった。放たれ続ける光線は周囲一帯を薙ぎ払い、破壊の限りを尽くしていく。
「な……ッ、なんという……!」
高所からそれを眺めていたジェントル・クリミナルには、森が一文字に、一瞬で炎上した様子が見えていた。舞い上がる火の粉と黒煙が、少しずつ視界に増えていく。
人間の原始的な恐怖を呼び起こすような、あまりにも恐ろしい光景。こんなものを見せられて、怖気づかない人間がいるはずない。
「じぇ、ジェントル!」
「……っ」
だが。だがしかし、である。
彼には、ジェントル・クリミナルには見えていた。震える足で思わずあとずさり、冷や汗と悲鳴が口をついた彼の目に、彼らの姿が映っていた。
振りまかれる破壊そのものに怯むことなく、なんとか攻撃をかいくぐろうとする少年たちの姿が。この状況を打破すべく、奮闘するヒーローの卵たちの姿が。
自分の半分ほどしか生きていない少年たちが、今もなお抗っている。そんな姿を見て、見せられて。
「……、ああ、ああ。わかっているとも」
腐っていられるほど、ジェントル・クリミナルは堕ちてはいなかった。
「私はジェントル。ジェントル・クリミナル」
己を鼓舞する。己がこうありたいと、かくあれかしと望み、定めた理想を口にする。
「世の理不尽を皮肉り、正義に討てぬ悪を討つ、義賊の紳士。それがこの私……だ」
燕尾服を模したコスチュームが、破壊によって巻き起こされた風ではためく。震えも冷や汗も、まだあるけれど。それでも。
「……よし。私は行くよラブラバ、ブレイクタイムはここまでだ」
「……ええ! 気をつけてねジェントル!」
彼は再び、前に進んだ。
ゆえに。
ジェントル・クリミナルは、自らの”個性”を開放し、天高くへと跳び上がった。さらに跳躍の頂点でも”個性”を用い、下に向けて一気に弾かれる。
「とぉうッ!!」
「んぐゥッッ!?」
そして彼は狙いを過たず、キメラの口の上へと勢いよく着地した。なおも破壊光線を放ち続けていた、口の上へ。
弾性によって生じた運動エネルギーに、成人男性の体重、さらには位置エネルギー。これらによって無理やり閉じられたキメラの口の中では、射出され続けていた破壊光線が押しとどめられ、一気に臨界を迎え――そして。
大爆発が、キメラの口の中で巻き起こった。
ジェントル、遂に参戦。
既に結構原作と違いますが、ここから明確に原作と違う展開が続きます。
しかしナインもそうだけど、キメラも大概な戦力なんだよな・・・マミーやスライスに比べると、この二人が明らかに強すぎる。
一年A組は常にプラスウルトラすることを強いられているんだ・・・!
あ、そうそう。
昨日今日と続けて陰性だったので、コロナには感染してないということでいいかと思います。症状もありませんし。
皆さんにおかれましてはご心配をおかけしました。今後も更新を続けていきますので応援と、よろしければ感想や評価などなどいただけましたら嬉しいです。