通常”個性”を持つ人間は、その”個性”を扱うに必要十分な耐性を身に着けていることが多い。
わかりやすい例では、新たなナンバーワンヒーローとなったエンデヴァー。彼は自ら高温の炎を生み出し操る”個性”柄、高熱に対してすこぶる強い。
彼でなくとも、高い演算力を求められる”個性”ゆえに脳が頑丈であったり、人類が摂取できないものをエネルギー源とする”個性”ゆえに毒に強いといった、特殊な肉体を得ている事例は枚挙にいとまがない。それが現代の地球であり、超人社会なのだ。
複数の動物の特徴を併せ持ち、神話に謳われる化け物の名をヴィランネームとするキメラもその例に漏れず、自らが放つ技には耐性がある。岩を穿ち、木々を即座に炎上させるほどの破壊光線を口から発射してもなお、口内に異常がないのはそう言う理由だ。
しかし、この手の耐性には必ず限界がある。
先の例で言えば、いかなエンデヴァーでも耐えられる温度には限界があり、”個性”を使い続ければ熱によっていずれは死を迎えるだろう。
形は違えど、キメラの身体も”個性”によるもの。その前提は他のものとなんら変わりなく……。
つまり何が言いたいかというと。
口の中に破壊のエネルギーが留まり続ければ、それによってダメージを負うのは当たり前ということだ。
「な、何が起こった……!?」
自滅のような現象ののち仰向けに倒れていくキメラを眺めつつ、飯田が声を上げた。
彼に対して、蛙吹が口を開こうとするより早く。
彼らとキメラとの間。ちょうど中間ほどの地点に、一人の男がふわりと着地した。
燕尾服をモチーフとしたデザインのコスチュームは、一見するとヒーローのそれに見えなくもない。そんな背中に、視線が集中する。
「お仕事中、上から失礼」
男が言う。直後にかつり、とステッキが地面を叩く音が拍子木めいて響き渡った。
「苦戦していたようなのでね。我が義によって、助太刀させてもらうよ英雄諸君」
「……何者だ?」
だがそれに振り回されることなく、轟は問うた。
「おっと、私としたことが。失礼、名乗らせていただこう。私はジェントル……ジェントル・クリミナル。世の悪を正す義賊の紳士とは、私のことさ」
芝居がかった口調と身振りで緩やかに振り返り、ウィンクを飛ばすジェントル・クリミナル。
この口上に、「聞いたことがあるわ」と蛙吹が口を開く。
「少し前まで、しょうもない犯罪動画ばっかりネットに上げていたヴィランよ。最近になって、急に方向性が変わったって……デクちゃんが言っていた覚えがあるわ」
「ヴィランンン!? なんでそんなやつがここにいるんだ!?」
彼女の言葉に、切島は思わずと言った様子で声を上げる。
とはいえそうしつつも、彼は油断なく構え直していた。他の面々も同様である。
そんな態度に、落胆どころか嬉しそうに笑うジェントル・クリミナル。
「言っただろう? 我が義によって助太刀すると。確かに私はヴィランと呼ばれる人間だが……そんな私でも、許容できないものはあるということさ」
――たとえば、力こそがすべての弱肉強食な世界を作ろうという輩とか。
笑いながら付け加えられた言葉に、一同の目が丸くなる。
「私のことをご存知なら、お分かりいただけると思う。私は別に、誰かを害したくてヴィランをしているわけではないのだよ。むしろ、社会の秩序と安寧を望む側だ」
「だからと言って、法を犯していいとはならないだろう!」
「ああ、その通り。その通りだとも。だが今の法律が、変わり続ける現代社会の速度に追いついていないことも事実ではないかね? たとえば、君たちに転売屋を取り締まることができるかい?」
「ぐ、そ、それは……」
「落ち着け飯田。論点のすり替えだ」
「そうよ、飯田ちゃん。たとえ正当な感情であっても、ルールを破っていいとはならないのよ」
ぴしゃりと言い放つ轟と蛙吹。その言葉に、ジェントル・クリミナルはますます嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだとも。君たちはそれでいい! それでこそ英雄だ!」
今もなお燃え盛る森をよそに、彼の拍手が周囲にこだまする。軽い音が、いっそ場違いなほどに浮いて響いた。
「いやはや、最初は学徒動員された君たちを憐れんでいたが……どうやら君たちは真実、英雄たるものたちのよう……――」
「っ!!」
「おいおっさん!」
「後ろ!」
「ぬおっ!?」
だが、なおも言葉を連ねようとした彼の背後から、分厚い爪が襲い掛かった。
複数の声かけに応じるままに飛び退き、ジェントル・クリミナルはそれをすんでのところで回避。下手人――キメラから距離を取る。
「……やはり、悪というものはしぶといね」
「……ッ、……ッ!」
目を細めて軽く面罵するジェントル・クリミナルに対して、返答はない。
いや、ないのではなくできないのだ。口の中で膨大なエネルギーを暴発させられたキメラは、もはや声帯がろくに機能していなかった。口そのものが大半の機能を失っていたのだ。もちろん、破壊光線はもう撃てない。
それでもなお、彼は死んでいなかった。単純に生命としてではなく、ヴィランとして、戦闘に携わる者として。爛々と輝く瞳には変わらず闘志と殺意が満ち満ちて、渦巻いている。
「会話はできないだろうがね、ヴィランよ。改めて言わせてもらおう。私は君たちの理想を否定する。力だけが支配する? では、
しかし、ジェントル・クリミナルは怯まない。内心でどれほど震えていようとも、緊張と恐怖で喉がカラカラであろうとも。この場で情けないことはできないと己を発奮させて、大地を踏みしめる。
彼の正義。それは、キメラのものとは真っ向から対立するもの。
逆もまた然り。ゆえに、彼らの間に和解はあり得ない。むしろ同じく法を犯すもの同士であるからこそ、その対立は決定的と言えよう。
何より、不意打ちで致命に近いダメージを負わせた相手を、怒り心頭のヴィランが見逃すはずがない。
かくしてキメラの意識は、完全にジェントル・クリミナルへと集中された。目にもとまらぬ速さで襲い掛かるキメラ。
だが、その速度は最初ほどではない。彼が負った怪我は、やはり無視できるものではないのだろう。
それでも膂力に衰えはなく、余人の介入を許さぬほどではあったが……最近になってめきめき腕を上げたジェントル・クリミナルにとっては、どうにかさばける範囲に収まっていた。
「……どうするよ?」
いきなり始まったヴィラン同士の戦いに、切島は頬をかきながら仲間に問いかける。
「どちらも取り締まる! ……と断言できればいいのだが、今の状況でそれができるかというと」
「そうね、みんな消耗しちゃっているわ」
「おまけにあのヴィラン……どうやらものに弾性を付与する”個性”みてぇだが。付与した弾性はしばらく残るらしいな」
轟が「あれじゃ迂闊には近づけねぇ」とこぼした言葉に、全員が戦いに目を向けた。
確かに彼の言う通り、戦いの場には既に相当数の弾性が付与されていた。ジェントル・クリミナルはそれを駆使して戦いを進めているが、逆に言えば彼以外の人間が介入する余地がなくなってしまっている。
ジェントル・クリミナルの”個性”で付与された弾性は、揺れていたりしない限りは本人にも視認するすべがないので、本当にどうにもならない。
「んなっ、場に残ってる弾性見えねぇのか!? あれじゃ俺なんかマジで打つ手がねーぞ!」
「ケロ……」
「さすが轟くん、よく見ているな」
何せここにいるものは、轟以外に特殊な攻撃が難しいメンバーばかり。彼らは思わず押し黙ってしまう。
弾性が透明のまま残り続けるという絶妙に不便な性質が、ジェントル・クリミナルをヒーローから落伍するきっかけになったことなど轟たちはもちろん知らない。
しかし、その使い方を少し見ただけで問題点に気が着けるところは、狭き門をくぐり抜け今なお精進を続ける雄英生の面目躍如だろう。同じ歳の頃のジェントル・クリミナルは、轟が指摘したことようなことになどまったく気にしてもいなかったのだから。
そして彼らヒーローの雛鳥たちは、その不便な性質を見ても諦めるなどしなかった。沈黙を破って轟が口を開く。
「……考えがある」
そして語られた「考え」に、他の三人は了承した。全員が何かしらのリスクを負う案ではあったが、それでも成功すれば一網打尽にできると踏んだのだ。肉弾戦以外にできるものがない身であればこそ、そこに決して分が悪い賭けではないと判断したのである。
「行くぜ!」
「ああ!」
その作戦にのっとり、切島と飯田がキメラとジェントル・クリミナルの戦いに割って入る。
怪我の有無があるにもかかわらず戦況はキメラが優勢であり、目下のところ最大の障害であるためそちらに向かう形で。
「ぬおっ!?」
「どぅわっ!」
だが周辺に張られた弾性の残滓によって、二人はあらぬ方向へと吹き飛ばされた。
これにより、飯田はキメラのすぐ横へ。切島は戦場から少し離れた木へ突っ込む。木は当然のようにへし折れた。
「ア゛ッ、オ゛ォ゛ッ!」
「ぐわあ!」
意識の外から飛び込んできた飯田に向けて、邪魔だと叫ぶようにしてキメラが太く長大な尾を振り払う。態勢云々以前に地面を横たわっていた飯田は、これを受けて大きく吹き飛ばされた。
そこに、切島のへし折った木が倒れてくる。キメラの頭部にそれが真上から直撃し、一瞬。一瞬だけ、キメラの動きがとまった。
「さすがだヒーロー! あとは私が……」
この隙を見逃すことなく、ジェントル・クリミナルはステッキを振るった。内蔵したスタン機能を全開にし、”個性”も駆使した一撃が、キメラに叩き込まれると、激しい電撃がキメラを襲う。
どんなに強い肉体を持っていようと、電気信号で身体を動かす生物である以上はこれを完全には拒めない。
ゆえに、キメラは声なき咆哮を悲鳴のように轟かせながらも身体を硬直させた。その身体から、電撃による黒い薄い煙が上がる。
「いい位置だ……!」
「……え?」
そこに。その上から。
轟が、降って来た。戦場の上空に展開された弾性の間を縫って。
「任せたわ、轟ちゃん!」
彼を舌によって放り投げた蛙吹が、直後に声を張り上げ……そして、
「凍てつくせ!!」
絶対零度の世界が出現する。
それは、エンデヴァーの代名詞である赫灼熱拳の真逆。極限まで力を凝縮し、溜めたものを点で放つという理屈は同じなれど、向かう先が決定的に違う技だ。
いまだに名もなき、発展途上の技ではある。だがそんな博打を、轟はこの土壇場で成功させた。
着弾点であるキメラは、もはや生命活動を最小限に抑え込まれるほどの分厚い氷と極寒のヴェールに包まれ停止した。そこを基点として、城か砦と見まごうほどの氷が周辺を覆いつくす。
「……さすが、と、言っておけばいい、かネ?」
直前までキメラのすぐ近くにいたジェントル・クリミナルも、例外なくそこに巻き込まれていた。轟たちは作戦通り、ヴィラン二人を同時に捕まえることに成功したのだ。
一応、ジェントル・クリミナルのほうは上半身だけだが無事である。頭髪やひげには、既に霜が降りているが、凍りつきながらも上半身を動かすことはできるようで、寒さに震えながらもぱちぱちと手を叩いていた。
「いっつつ……おお、さすが轟だな……」
森の中から戻って来た切島が、これを見て感嘆の声を上げる。”個性”ゆえに、彼はほとんど無傷だった。
一方、彼に肩を預けている飯田はそれなりに重傷である。キメラとの戦闘中、ずっと使っていたレシプロバーストも時間切れを迎えたため、文字通りの満身創痍だ。
逆に蛙吹はこの中で一番軽傷だが、カエルの”個性”ゆえに低温にはすこぶる弱いため、早くも冬眠体制に移行しつつある。
最後に轟だが、後先考えない大技を放ったため足取りは多少覚束ないものの、身動きに問題はなかった。白く染まった息を吐きながら、最大の山場を越えた達成感と脱力感を背負っている。
「……とりあえず、責務は果たせた、か」
彼はそうつぶやき、行動不能にはしたが会話はできる状態のジェントル・クリミナルをどう拘束・移送するかを相談しようと、仲間たちに顔を向けた。
その瞬間だった。
「ラブラバ、ラバーモードだ!」
「何!?」
ジェントル・クリミナルが、空に向けて大声を上げた。
これに轟たちが警戒を再び強めるより早く、それは起きた。
「ジェントル!」
崖の上、撮影機材を抱えた小柄な女性が姿を現し、応じる形で声を張り上げる。
ヒーローたちがとめる間もなく、力に満ちた言葉が放たれる。
「
……ラブラバ、本名相場愛美。”個性”、「愛」。
愛をささやくことで、最も愛するもの一人だけを短時間パワーアップさせられる。愛が深まれば深まるほど与えるパワーも強くなり、危機的状況で発動されたその力は何十倍にも跳ね上がる。
もちろん、彼女が愛するものは世界でただ一人。ジェントル・クリミナルをおいて他にはいない。
そして下半身を氷で覆われ、ヒーローの前で身動きが取れないまま凍えるだけという状況は、まさしく危機的状況であろう。
――ぴしり、と氷が砕ける音がした。氷山の中から、桃色の激しいオーラをまとったジェントル・クリミナルが緩やかに足を踏み出す。
「てめぇ……!」
「こういうところはいつもカットしているんだ……水面下でもがく姿は極力人にお見せしたくないのでね。とはいえ、最後に必ず愛は勝つというのが物語のお約束だろう?」
身構え直すヒーローたちの前に、ヴィラン「ジェントル・クリミナル」の最強モードが姿を現した。
「これで今まで、多くの危機を切り抜けてきた。二人でね。だから今回も、切り抜けさせてもらうよ」
「……やれるもんなら、やってみやがれ!」
力強く宣言したジェントル・クリミナルに対して、轟が毅然と啖呵を切る。
それでも、今からできることは多くない。既に力の大半は出し切ってしまい、凍りついたキメラの封印を解くことになるため炎も使えない。
思考を回し、どうすべきかを大急ぎで考える轟。
そんな彼に、ジェントル・クリミナルはふっと勝ち誇るかのように笑い――
「さらばだ英雄諸君!!」
「!?」
――迷うことなく逃走を選んだ。
地面をトランポリンのように勢いよく弾かせて崖の上まで戻ると、ラブラバを横抱きにし、やはり地面を連続で弾かせあっという間に轟たちの視界から消えてしまったのだ。
あれほど強敵のような態度で、立ちはだかるように言い切ったのはなんだったのか。その激しいギャップに、轟たちは思わず拍子抜けするしかない。
「……轟、どうする?」
「……悔しいが、見逃すしかねぇだろ。追いかける手段がねぇし、仮に追いつけても緑谷みてぇなあのオーラ……消耗した今の状態で勝てるかどうかちょっとわからねぇ」
「……だよな。はぁ、勝ったってのに全然喜べねぇー!」
「まずは他のみんなに情報の共有と注意喚起、だな……いつつ……」
「無理すんな飯田。結構しんどいだろその怪我」
「いや、へこたれてはいられない! まだ戦いは終わっていないはずだからな……!」
傷口を手で押さえながら、飯田が天を仰ぐ。極寒の空間であっても、空は青い。
だが一部……ちょうど他のメンツが防衛線を張っている地点の直上だけは、今にも雷が落ちそうな暗雲が集まっていた。
ちょっとジェントル強くしすぎたかなと思わなくもないんですが、こと戦闘力に限って言えばポテンシャルはあると思うんですよねボク。
逃げに徹していたとはいえ、初見のOFAフルカウルを相手にかなり優位に立ち回っていましたし。
まあ、あれだけ発動条件が厳しい個性の愛の全力発動をしてもなお、25%にも満たないワンフォーオールと出力が同じくらいなのを考えると、改めてOFAやべぇなとも思うなわけですが。
なおジェントルたち。
事件解決したら一斉に周りから狙われるようになるのがわかってるので、決着を見届けたあとは沖縄までのめっちゃ長い海原を、弾性を酷使して走り切ることを強いられることになります
これが映像作品なら、スタッフロールが流れたあとの最後のオチとして三十秒くらいのワンシーンが挿入される感じで。
まあでも、弾性ってしばらくその場に残るから休憩は一応できるし、なんなら漁船なんかを弾性と組み合わせれば、なんとかギリギリ行けるんじゃないですかね。