懐かしい、あまりにも親しみ深い筆跡の文章に、私が堪え切れなくなりかけた瞬間である。
何度も見聞きしてきた非常に強い暗黒面のフォースが突如として出現したため、私はかろうじて思考のスイッチを切り替えることができた。十中八九、シガラキ・カサネである。
感じられたフォースには、明白な殺意があった。人の生き死にが関わる事態だとわかれば、それが不特定多数に無造作に向けられる可能性を考えれば、個人的な感傷でうずくまっている場合ではない。
まあ、これ以上ここにいたら醜態をさらすだろうことも明白だったので、それを回避するためここから離れたかったという理由もなくはないが。
ともかくそういうわけで、私はある種の強迫観念を抱きながらきびすを返して、フォースが感じられた場所に向けて全力で走り始めた。
だが、手遅れだった。ナインを拘置していた場所は社の見つかった洞窟からそれなりの距離があったため、私が到着する頃には既に何もかもが終わった後だったのだ。
走りながら動けるクラスメイトに連絡は飛ばしたのだが、それでもやはり遅かったのである。
現場に到着した私たちが見たのは、大量の血の跡。そして何かが暴れたかのような損傷が壁全体に走った、誰もいない部屋だった。
壁の損傷は、特定の地点から同心円状に広がっている。直前に感じたフォースからして、カサネが全力で暗黒面のフォースを放ったのだろう。意図したことかどうかまではわからないが。
そして当のナインはと言えば……現場に残っていた血の量からして、まず間違いなく死んでいるはずだ。
これは実に由々しき事態である。何せナインは、オールフォーワンの因子を移植された人間。オールフォーワン自身はタルタロスに投獄されているが、それでもヴィラン連合のなにがしかに繋がる情報を持っていてもおかしくない。
それが知識としてか、彼の肉体そのものかはわからないが……ともあれ、口封じされた可能性が非常に高い。
死体がないのは、何かに使うために回収されたためか。犯人であろうカサネの持つ”個性”では跡形もなく消し去ることはできないはずなので、そう考えるのが妥当だと思う。
そして、どうやらオールフォーワン因子の移植にはナインしか関わっていないらしいので……残念だが、今回の関係者からヴィラン連合に関する情報を得ることは永遠に不可能となったと言っていい。私たちとしては、最後の最後で後味のよろしくない思いをする羽目になったわけだ。
しかし私個人としては、突然見つかったヒミコからのメッセージで乱れに乱れていた心を無理やりにでも落ち着かせる一助になったので、どうにも自己嫌悪がすごい。
最初にも触れたが、ナインが殺される際に感じたカサネの強烈な暗黒面のフォースがなかったら、私は自治会長たちの前で思い切り醜態をさらしていただろう。それを防げたので、この騒動が私にとって多少なりとも意味があったことは間違いないのである。
しかしそんなことは考えるなど、ジェダイとして断固あってはならないわけで……。
ただ、私にとって自己嫌悪の主因はそこではない。もちろんかなりの部分を占めてはいるが、一番はこの葛藤に対して「そんなことより」と思ってしまっている自分が一番の理由なのだ。ジェダイとして人として、かなり倫理に外れた感情の動きであるにもかかわらず、それを軽視している自分に腹が立つのだ。
そう、私はこの内心の葛藤を小さく見てしまっている。今の私にとって、力を失ったヴィランの生死よりも、ヒミコの所在のほうがよほど重要になってしまっている。
そして頭ではそのことを理解していても、その度し難さを認識していても、思うことをやめられないでいるのだ。
だからそんな自分が腹立たしいし、同時にそれすらも煩わしいと思ってしまっていて……私の心は今、複雑に入り乱れて混ざり合い、歪なものになってしまっているのである。
……そんな中、戦いがあった日の夜。モモが出した救援を受けてやってきたホークスやオールマイトをはじめとしたヒーローたち、それに大勢の警察に現場を引き継いだ私たちは、一足先に休養を取っていた。
だが私は眠るクラスメイトたちを置いて、一人旅館を抜け出していた。フォースクロークを使って周囲から身を隠しながら。
向かう先は、当然あの社が見つかった洞窟だ。事件があったばかりだし、見つかったばかりなので、まだ洞窟には監視カメラの類は何もない。盗まれて困るようなものもほぼないし、今回の事件に関わる物証があるわけでもないから、警備も置かれていない。
だから、今が正真正銘最後の機会なのだ。明日以降になったらもう、人目を避けてあの文章を読む時間は取れない。そんな確信が焦りとなり、私を非行に走らせていた。
ヒミコに会いたい。彼女を抱きしめたいし、抱きしめてもらいたい。名前を呼んでほしい。いつものように、私を
その彼女に繋がるものが、消えた彼女を見つけるための手掛かりが、ようやく見つかったのだ。それを手にしたいという衝動を、私を抑えることができなかった。
気が急くせいか、いつもより上がるのが早い息をなんとか整えながら洞窟に入る。相変わらず地球としては濃いフォースを感じながら、持ってきていたライトを掲げた。
闇の中に浮かび上がった小さなジェダイテンプルに、一旦足を止める。神聖な場所であるはずのここで、私は何をしているのかとふと正気に戻る。
だが、それも一瞬。私には、己を押しとどめることはできなかった。
愛しい人の残滓にすがるように、ふらふらと前へ進む。社の中へと踏み込む。
そうして、改めて例の文章の前に立った。昼間に見たものが、変わらず今もそこにあった。
「ああ……見間違いでも、夢でもなかった……」
湿っぽい声が、思わず漏れた。
だから私は吸い寄せられるように、文字が刻まれた壁面へ顔をぐいと近づける。
そうしてライトで照らした文字を、舐めるような距離感で、胸に刻むようにゆっくりと読み込んでいく――。
***
私の愛しい愛しいコトちゃんへ。
コトちゃんがこれを読んでるということは、きっと時代が追いついたんだと思います。”個性”のない時代から、ある時代に。私たちが生きているあの時代に。そして、きっと私が消えたあの瞬間から先の時代に。
コトちゃんのことだから、きっとすっごく落ち込んでるんだろうなって思います。だって、コトちゃんはますたぁが言ってた通りとっても愛情深い人だから。
私も落ち込んでます。寂しいです。悲しいです。コトちゃんに会いたくて、恋しくて、よく泣いてます。
コトちゃんもそうですよね? 一緒だったら嬉しいです。
……あの日、どうやら私は過去に飛ばされたらしいです。なんでそんなことになったのかは、よくわかりません。
ともかくそういうわけで、私は過去に来てしまいました。おかげでコトちゃんの故郷を見て回ることができたのはちょっぴり嬉しかったですけど、でもやっぱり、コトちゃんがいない世界はつまんないです。
私の居場所はコトちゃんの隣なので。わかってはいましたけど、コトちゃんがいてくれないと、コトちゃんと一緒じゃないと、私はやっぱりダメみたいです。
それに、クラスのみんなにもまた会いたいです。みんなでまたダンスとかしたいです。コイバナだってしたいです。
でも、何回試しても元の時代に戻ることはできませんでした。はざまの世界? とかいう場所に入れれば戻れるかもってことだったんですけど、そもそも入れませんでした。わけがわかりません。
だからって、諦めるつもりはないです。私は絶対、絶対元の時代に戻って、コトちゃんと、クラスのみんなと、また一緒に過ごしたいので。
なので、がんばって地球まで来ました。乗って来た船はボロボロになりましたけど、でも来れました。
それで、しばらく眠ることにしたのです。さすがにずっと起きてたら頭おかしくなっちゃいそうだったので。
どうやったのかとか、そんな長いことなんで生きてられるのかとか、そういうのは書くスペースがないので、ホロクロンに保存しておきます。なのでそっちを見てくださいね。
ホロクロンはこのミニチュアジェダイテンプルに置いておきます。神器として保存するように言っといたので、たぶん私たちの時代まで残ってるはずです。
ちゃんと残ったとしたら、きっと超常黎明期に持ち出されてると思いますけど……コトちゃんなら持ち出されたホロクロンがどこに行ったのか、今どこにあるのか、わかりますよね?
と、そういうわけなので、私はこの地球のどこかで寝てます。おねんねトガです。
なので、早く起こしに来てくださいね。私、待ってます。ずっとずっと、待ってますから。
あなたのヒミコより。
***
「あ……ああ……! あああああ……!」
何度も何度も読み返しながら、久しぶりに彼女と会話をしているかのような気分になりながら、私は声を上げてぼろぼろと涙を流す。
それだけでは堪え切れず、膝から崩れ落ちてその場にうずくまった。
間違いない、ヒミコの字だ。オーラベッシュ(銀河ベーシック標準語のアルファベットの一つ)の文章だが、それでも私が見間違えるはずがない。ヒミコの書いた文章だ。
いかなる理由で彼女が過去の銀河共和国に飛ばされたのか、それはわからないままだ。
しかしそれでも、確かに。彼女は確かに、ここにいたのだ。私たちのいる場所まで戻ってくるために。
そして今、この地球のどこかに、彼女がいる。眠った状態で、私を待っている。
それを知れたことが私は心底嬉しくて、嬉しくて、涙があふれて止まらない。
だって、やっと手掛かりが手に入ったのだ。今日までまったくなかった確証が、遂に得られた。
まだヒミコは戻ってきていないけれど……それでも、道筋は見えたのだ。か細い道ではあるけれど、確かに。彼女に辿り着くための道筋が、やっと見えた。
早く……一刻も早く、ヒミコにまた会いたい。純粋に、またはっきりと、そう思う。
だから身体の奥底から湧き上がってくる衝動に身を任せて、考えることも放棄して、うずくまったまま私はしばらく声を上げて泣き続けた。この衝動を我慢するなんて、微塵も考えられなかった。
……どれほどそうしていただろうか。永遠のようにも感じられたが、しかし一瞬であったようにも感じられる。不思議な感覚だった。
しかし何はともあれ、なんとか落ち着いた私はようやく戻って来たなけなしの理性に従って、のろのろと立ち上がる。
「……戻ろう……」
散々泣いて、だいぶ思考がクリアになった頭で最初に思ったのは、それだった。このままここに居続けるわけにはいかない。
何せ私は、周りに何も告げないままここに来ているのだ。人々が目を覚ます前に、怪しまれる前に戻らなければ。
なので私は踵を返して洞窟を出る。
外はまだ暗かった。やはりさほど時間は経っておらず、夜明けには遠いようだ。
けれども今の私には、この夜闇の中に昇り始める太陽の姿を見たような気分だった。長い長い夜を、乗り越えたような……そんな感慨があった。
その気持ちを味わうかのように深呼吸を一つして、目元を乱雑に腕で拭う。涙はいつの間にかすっかり止まっていて、口元には笑みすら浮かんでいるのがわかった。
「私も現金なものだ……まったく、心とはなんて制御の難しいものなのだろう」
けれどそんな心と、一生向き合って生きていくのだ。これが、これが今の私なのだ。
だから私は両手で頬を叩き、自分に喝を入れる。そうして元来た道を走って戻り始めた。もう、後ろは振り返らなかった。
「必ず、迎えに行く……だから待っていてくれ、ヒミコ……!」
そうして私は決意を込めて、今はまだ隣にいない愛しい人へ向けそう宣言したのだった。
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EPISODE Ⅺ「愛の夜明け」――――完
EPISODE Ⅻ へ続く
前話のラストで皆さんおわかりだったとは思いますが、地球に来て色々もたらしたジェダイとはずばりトガちゃんでした。
皆さんの意表をつけたのなら、それが面白いと思っていただけたのなら嬉しいです。
いやまあ、種泥棒のときとやり口が同じじゃねーかと言われてしまったら、その通りとしか言えないんですけども。
ただ、フォースの力によって時空を超えられるというのは、ディズニーが版権を得てからのスピンオフ作品、「反乱者たち」で出てくる公式設定です(マジで
同作の主人公、エズラ・ブリッジャーははざまの世界を通じて過去に干渉したことがあります。
彼はそこから出なかったので過去に飛んだわけではないのですが、トガちゃんは出てしまったのです。結果、銀河共和国に飛んでしまったというわけですね。
なお、この時空移動の設定を使いますよ、という伏線は実は今までも張っています。
トガちゃんがアヴタス視線ではない、第三者目線で過去の歴史を何度も見ていたのは、この世界を介してのこと。
はざまの世界では過去現在未来、すべての場所の様子を見ることができるので。
なお、EP8の幕間「深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いている」はもっと直接的な描写をしています。
あの話でシディアスが第四の壁を超えたような反応を見せたのは、はざまの世界から見つめるトガちゃんの視線に気がついたから。彼はこの世界に踏み込んで更なる力を得ようと目論んでいたし、原作でも実際に干渉して見せたので、間違いなくこの反応ができる人物なのですね。
ではトガちゃんがどうやって地球に戻ってきたのか? これは次のEP12にて明かす予定。
とはいえまだ幕間が二つ残っているので、もう少しだけお付き合いいただけると幸いです。