那歩島を襲った未曽有のヴィラン犯罪は、ひとまずの終結を見た。主犯格が何者かに殺害された(少なくとも表向きは)上で、遺体も行方不明になるという後味の悪い終わり方ではあったが、少なくとも島には平穏が戻って来た。
とはいえ民間人の犠牲者はゼロで済んだものの、島の各所にもたらされた被害は決して小さなものではなかった。漁港はほぼ完全に壊れてしまったし、通信設備も一日二日で直るような状態でもない。倒壊した家屋も多い。
この状況に対して、実務的ヒーロー活動推奨プロジェクトを全国に指示していたヒーロー公安委員会は、一転してプロジェクトの中止を決定した。
しかし雄英高校一年A組は、全員が島に残留することを志願。事件の救援のため島を訪れていたオールマイトは、自らの権限においてこれを承認する。
中心になったのはあくまで自衛隊やプロヒーローたちではあったが、A組一同は復興の手伝いを率先して行い、当初の予定通りの期日まで作業に従事したのだった。
そうしてやってきた最終日の昼、彼らは立つ鳥跡を濁さずのことわざを体現するかのように、粛々と定期船によって島を退去する。
とはいえ、事件を解決し人々を守ったのは他ならない彼ら生徒である。見送りの人間はかなり多くが訪れ、声援に背中を押されながら彼らは島を離れることになった。
しかし船旅とは時間のかかるものだ。特に那歩島は離島であり、行きもそうだったが帰りも船上で一夜で過ごす必要がある。
そんな、船で海原を帰るさなかのこと。日も沈み、甲板から人が消えた頃合いに、その甲板に三つの人影があった。
一つは骨と皮だけの長身男性、オールマイト。
一つは彼から力を受け継いだ少年、緑谷出久。
そしてもう一つは、彼との因縁浅からぬ少年、爆豪勝己である。彼は舳先で暗い海を眺めていたが、やってきた二人に気づくや否やゆるりと振り返った。
「……かっちゃん、来たよ。その、言われた通りオールマイトも連れてきたけど……」
非対称的な関係だった幼馴染からの呼び出しに、緑谷は少し困惑していた。
呼び出された理由自体は、思い当たるものがある。島での戦いのとき、最後の戦いに挑む直前に言われたことだろうと推測できた。
ただ、そこにオールマイトもセットでとなると話は変わってくる。幼馴染として同じ人に憧れ、出発点を同じくする二人だが、今回の話はひどく個人的なものだと思われたから。
それはオールマイト本人も似たようなものだが、こちらは島での出来事をすべて承知しているわけではない。なので彼は、ワンフォーオールに関する話だと思っていた。ワンフォーオールの秘密を共有しているからこその推測だった。
だが、オールマイトの推測は外れだ。なぜなら、
「……オールマイト、悪かったな急に呼び出して」
「い、いや、それはいいんだけど……一体何事なんだい?」
「オールマイトには、証人になってもらう」
「証人……?」
爆豪は今、ここで、やらなければならないことがあり。それを見届けるための第三者を欲していたのだから。
オールマイトを選んだのは、単純な話だ。爆豪と緑谷、二人を繋げる最大のものはやはり、先述の通りオールマイトなのである。
とはいえ、爆豪は口数が多いほうではない。目的を告げたからには十分とばかりに、改めて緑谷と正面から向かい合った。
赤い視線に射貫かれて、一瞬身体を固くする緑谷。しかしそれは一瞬で、すぐにしっかり受け止め視線を投げ返した。
「……俺はずっとてめェを見下してた。無個性だったから。ずっと道端の石コロ程度に思ってた」
そうして放たれた言葉は強烈で、ある程度身構えていたとはいえ緑谷の表情は少し歪んだ。
「けど、実際はそうじゃなかった。そう思い込んでいただけで……いや、思っていたこと自体は事実だが……ともかく、本質はそこじゃなかった。幽霊野郎にてめェに謝れって指示されて、自分を見つめ直して考えて……初めてそれに気づいた」
「……幽霊野郎って誰だい……?」
「スカイウォーカーさんですオールマイト……その、増栄さんのお師匠様の」
「なるほど幽霊! あ、ごめん話の腰を折って」
「てめェら師弟は本当によォ……!」
真剣に話し始めた内容に水を差される結果になり、爆豪は全身で怒気を露わにする。なまじフォースに目覚めているからこそ、それは正真正銘のオーラとなって近場にいる二人を威圧した。
だが今は脱線している場合ではないと、怒りを収めて爆豪は話を続ける。二度目の出だしに深いため息を伴ったのは、彼としては仕方ないのだろう。
「俺は。てめェに敗けるのが心底嫌だったんだ」
そうして放たれた核心に、緑谷はわからないという顔をした。
「てめェにはわからねぇだろうよ。俺だってつい最近になってやっと気づいたんだからな」
「……その、それって、一体……?」
「ナインとかいうAFOもどきと戦う直前のことだ。てめェ、増栄に最悪の事態が起きたとき案はあるのかと聞かれて即答しやがっただろ」
「それだけのことで……!?」
「だけじゃねェんだよ! てめェあんときなんつった? いざってときは、
ボルテージが上がり始めた爆豪の言葉に、今度こそ真剣に応じたのはオールマイトだ。
「緑谷少年、そんなことをしようとしていたのかい……!?」
「あ、あのときはその、それしかないと思って……。これは譲ってもしばらくは力が使えるみたいだし、それに同じ人に憧れて、秘密を共有してるかっちゃんになら……って……」
「あ、ああー、なるほどなぁ……。しかしだね緑谷少年……」
「そこだよ」
「「どこが!?」」
「うるせェいちいちリアクションすんな! 黙って聞いてろ!!」
「「はい!」」
相変わらず、この二人といると会話が何度も脱線することに怒りを覚える爆豪。これに関しては彼のほうに一理あるだろう。
「……わかってんのか。てめェの
「それ、は」
「俺が本当に嫌いだったのは、てめェのそういうトコだ。てめェはいつも、自分を救ける勘定に入れてやがらねぇ。いつだったかガキの頃、俺が川に落ちたとき……無個性のてめェが真っ先に飛び込んできただろう。ヘドロんときとかまさにそうだった。林間合宿のときも……あとは、入試のときもそうだったらしいな? あのゼロポイントのヴィランロボに、てめェは飛びかかったんだってな。あんときゃ受け継いだ直後だったんだろ、なあ?」
「…………」
「てめェのそういうところが……俺よりも遥か後ろにいるはずのお前が、俺よりも遥か前にいるような気がして、嫌だった。見たくなかった。認めたくなかった。だから遠ざけたくて、虐めてた」
「ぁ……」
ここまで話を聞いて、ようやく緑谷にも合点が行った。
なぜなら、爆豪が挙げたその部分こそが、緑谷出久という無力な少年がオールマイトに見出された、最大の理由なのだ。ずっと憧れていたナンバーワンヒーローとの、一番の共通点なのだ。
爆豪はそれを誰かに言われるまでもなく、また自分でも理解しておらずとも、幼い頃から無意識のうちに察してしまっていたのである。それこそが、二人の間に溝を生んだ最大の理由だった。
「オールマイトがてめェをなんで選んだのか……それがわからなくてイラついた時期もあった。けどそれも、結局そこに行きつくんだ。オールマイトにそこまでさせただろうてめェの性根は、絶対俺には真似できねェところだから。……別に真似したくもねェがよ」
「……爆豪少年……」
「つまるところ、俺はずっと敗けてたんだ。てめェを否定することで優位に立とうとしてただけ。雄英入ってそれがはっきり見えたとは口が裂けても言えねェが……思い通りに行くことなんて一つもなかったのは本当だ。少しずつでも一歩ずつ、てめェの強さと自分の弱さを理解してく日々だった」
それを本当の意味で突き付けたのが、縁もゆかりもない幽霊というのは心底気に喰わない。
けれども、感謝の念がないと言うのも嘘になる。もちろん、それは口には出さないが。
今ここで、高校一年生の今時分にそれをはっきりと自覚できたことは、間違いなく意義のあることだとわかるのだ。これが大事件のさなかであったら、遅いのだから。
あと爆豪がすべきは、一つ。最初に幽霊……アナキン・スカイウォーカーに課された試練。
ヒーローとしても、人としてもやらなければならない、けじめ。
「……――あの日、ヴィランと戦う直前。そのことに、やっと気づけた。だから」
それは、
「今なら、本当の本当に、本音で言える。――
謝罪することだ。
「……証人とは、そういうことか」
小さく。
ぽつりと、小さく。本当に微かな声で、こぼすようにオールマイトがつぶやく。
その横で、緑谷の大きな瞳から小さな雫が零れ落ちた。
辛くなかったわけがない。幼稚園から小学校、中学校とずっと一緒で。けれどその間、ずっと虐げられてきたのだ。
前だけを見て、前に向かって走ることに精一杯の今でも。大勢の友達に恵まれた今でも、それは古傷として緑谷の魂に残っていた。
それが、
「……う、ん」
今、
「……かっちゃん……」
痛みを生みつつも、ようやく癒え始めた。
「君の謝罪……確かに、受け取った、よ」
そうして彼は、目の前のライバルを。
その上で、涙をぬぐいながら……しかし、はっきりと宣言する。
「でもっ、これから、もっ……! 敗けるつもりは、ない、から……!」
そして、ニッと笑う。
これを受けて、爆豪もようやく笑った。いつものような、勝気な……挑む者特有の強い笑みだった。
「……ハッ、成績でも戦績でも負けっぱなしのクソナードが一丁前に吼えやがる」
その手のひらで、小さな爆発が花火のように音と光を響かせる。
「上等だデ……出久。一番になんのを諦めたわけじゃねぇ……俺はもっと強くなる。置いてきぼりにしてやるから覚悟しとけや」
「そっちこそ……! ……あ、それと……無理しないで、デクでいいよ」
「俺の辞書に無理なんて言葉ねンだよ!」
二人の会話が続いていく。その光景に、オールマイトは安堵の息をついた。
入学前から知っていたから、特別気にかけていた二人だった。水と油のような関係で、なかなかに改善されない二人だった。
けれど今、間違いなく二人は同じ方角を見ることができている。できるようになった。
今は教職の身であるオールマイトには、それが心底嬉しかった。同時に、羨ましくもあった。
(まっとうにライバルらしくなったな。私にはそういう存在がいなかったから……一人で走って走って走り尽くして、結局最後も一人で終わってしまったけれど。きっと緑谷少年は、そういうことにはならないだろう)
平和の象徴として、この国の柱になるべく身命を捧げる人生だった。そのことに悔いはないけれど……そのために捨てたものは間違いなくあったから。
と、ここまで考えて、オールマイトはこの状況を誘導したであろう人物を想って虚空に視線を向けた。
(……ありがとう、ミスター・スカイウォーカー。あなたのおかげで、彼らはもっと強く、大きく成長できる)
幽霊にどう伝えればいいのかわからなかったので、心の中で言うに留めたが。それでも、感謝の気持ちは伝えておきたかったのだ。
それが真心からのものだったから、だろうか。
海を進む船上に流れる潮風が、一瞬だけ正反対へと切り替わった。オールマイトの垂れ下がった前髪が、わずかな間だけだが勢いよく、現役だった頃のように逆立つ。
その瞬間。
『どういたしまして、ミスター・ヤギ』
「……!」
どこか茶目っ気のある、男性の声が聞こえた気がした。同時に、オールマイトよりも少し若い男の姿が、銀色に煌めいて浮かび上がったように見えた気がした。
とはいえ、瞬きする間にそんな気配は一切消え失せていて。痕跡すら、そこには何もなく。
それでも、オールマイトも驚きはしたものの、すぐに納得する。
納得して、改めて頭を下げたのだった……。
ということで、今回の幕間二つ目は原作より10巻ほど早い「ごめん」でした。
以前にも書きましたが、本作ではアナキンが直接的に反省を促しているのでその余波ですね。
原作では、あらゆる意味で見届け人はA組のみんなが最適解でした。
でも本作ではそういう危機的状況にないので、であればそれができるのはやはりオールマイトをおいて他になかろうということで、こんな感じに。
あとオールマイトがアナキンの姿を認識しかけたのは、別に彼がフォースの才能があるとかではなく、申し子であるアナキンからの歩み寄りです。センシティブですらないオールマイトが相手なので、かなり力業ですが。
と、まあそんなわけで、これにてEP11「愛の夜明け」は本当におしまいです。
次章はいよいよ、トガちゃんとスターウォーズに関する謎の全てが明らかになるとともに、トガちゃんにまつわるあれこれが解決する章となります。
つまり次は、ヒロアカのストーリーラインからほぼ外れたオリジナル展開がメインです。
その代わりと言っちゃなんですが、エッな幕間もある予定! 完成までお待ちいただければと思います。
さて、気づけば今日は大晦日。今年も色々とお世話になりました。
明日からは新年です。2023年もボクと、ボクの作品をよろしくお願いいたします。