さて保健室である。
ここにいるのは雄英の屋台骨とも言われる養護教諭、マスター・リカバリーガールだ。彼女の”個性”は「治癒」であり、彼女にかかればほとんどの怪我は短時間で回復することができる。
だからこそ実戦さながらの実技試験や授業ができるわけであり、まさに彼女なくしてこの学校は成り立たないだろう。
そんな彼女にかかれば、ミドリヤの怪我もあっという間に治ってしまった。
「わ、すごい! 治った……あ、で、でも、なんか、
「私の”個性”は、人の治癒力を活性化させるだけ。治癒ってのは体力を使うんだよ。大きな怪我が続くと、体力消耗しすぎて逆に死ぬから気をつけな」
「逆に死ぬ!!」
なるほど、彼女とて万能というわけではないのだな。フォース・ヒーリング(文字通り回復技だが、劇的な効果を得るには熟練の技がいる。他人に使うとなるとさらに難しい)とよく似ている。それでも破格であることは間違いないが。
今回、ミドリヤの怪我は利き手の人差し指だけである。それでも「だけ」と言うにはかなり悪い状態だったので、相応に体力を消耗したようだ。
「まあでも、今回はそっちのお嬢ちゃんの応急処置が適切だったのと、”個性”のおかげで思ったよりは体力も残ったみたいさね。あんた、あの状態にもかかわらず制服に着替えてから来るつもりだったんだって? 礼を言っときな、そんな悠長なことしてる場合じゃなかったよ」
「う、や、やっぱりそうなんですね……ありがとう増栄さん、本当に……」
「どういたしまして」
「それにしてもお嬢ちゃん、”個性”は『増幅』だったかい? 私の”個性”とは相性よさそうだねぇ」
今回はリカバリーガール監修の下、彼女による治癒の前に、私の”個性”も使っている。
具体的にはミドリヤの身体の回復効率を増幅しており、同じ治療効果を得るために必要な体力が減っている状態になっていた。そこにリカバリーガールの”個性”がかかることで、彼女の”個性”のデメリットが目に見えて発生することなく治療が完了した、というわけである。
「とても汎用性が高くて、色んなことに応用ができるすごい”個性”ですよね!」
「それについてはお褒めいただきありがとうだが。君、あの怪我で手を握りこんだりするのは本当にダメだからな?」
「あんたそんなことしてたのかい……」
「ウッ、そ、それについてはまことに申し訳なく……」
私の言葉に縮こまってしまったミドリヤ。
そんな彼に、菓子を渡しながらリカバリーガールが言う。
「ほら、お食べ。少しでも体力を戻すために、私の『治癒』をかけた患者には渡すようにしてるんだよ」
「あ、は、はい……ありがとうございます……」
普通の菓子で、そこまで劇的に変わるようには思えないが……ないよりはマシか。
しかし体力などという概念的なものを、都合よく増やすことができるのはフィクションの世界だけだ。現実はそんなにシステマティックにはできていない。
……が、何事にも例外はある。
「……あ、でも増栄さんの”個性”なら体力も増幅できるんじゃ?」
「できるし、経験的に一時増幅分が別要因で消費され尽くしても実害は出ないと思われるが……体力のような曖昧なものは効率が悪いんだ。緊急時以外は極力したくないのが本音だな」
「……あ! いや、今僕にしてほしいとか、そういうつもりじゃなかったんだ! ただ、二人がチームアップしたら、どんな人もノーリスクで救けられるんじゃないかって思って……」
「わかっているよ。君がそこまで図々しい人間ではないと思っている」
うーん、彼は間違いなく善人だが、自信のないところはかなりの優先度で要改善だな。今まで理不尽な目に遭うことが多くて、成功体験が少ないのだろう。なんとか重ねさせてあげたいところだ。
「……そういえば、マスター・リカバリーガール。一つお聞きしたいことがあるのですが……”個性”で治療を行うときも、やはり医療知識はあったほうがいいですよね?」
許可を取ってから聞こうとしたのだが、途中で視線で続きを促された。彼女もやはり、教師でありヒーローなのだな。察しがとてもいい。
この学校の教師は全員プロヒーローだが、たまに世間で見る不甲斐ないヒーローとは違い本物だな。まだ半日程度だが、そう思わされる出会いばかりで嬉しい。
「それはもちろんさね。適切な処置を施して『治癒』するのと、何もなしに『治癒』するのとじゃ結果に大きな差が出る」
「やはりそうですか……わかりました。となると、今後のためにもそちらの勉強もしたほうがよさそうかな……」
うむ、また一つ目標ができた。
この星にはバクタ溶液のような高い医療技術はないからな。人を物理的に治療する能力は、あるに越したことはない。
そしてその他の知識がないとは言わないが、共和国の知識が使えるかどうかは調べねばなるまいし。
「ふむ……そういうことなら、あんた保健委員にでもなるといいよ。さっきの体力そのものを増やすって話も気になるし、たまに手伝ってもらうこともあるかもね」
「委員……なるほど確かに。わかりました、そのときはぜひお願いいたします」
と、そんな話もしつつ。
すべきことは私もミドリヤも終わったので、ほどなく保健室を退室することとなった。
「はー、それにしても、増栄さんって本当にすごいね。飛び級してるってことは、僕より年下なんだよね……?」
「今年の八月で十一歳だな」
「今年の八月で十一! す、すごいな……天才なんだなぁ……」
ミドリヤが遠い目をした。その目の中に、かすかに羨望の色が混じる。だが嫉妬はなかった。
……そうか、今は私がそういう目で見られる立場になるのか。私の才能などたかが知れていて、こんなものは人生二回目だからこそできているにすぎないのだがな。
そう思ったら、自然と私の口からは否と言葉が出ていた。
「いや、それは違うよミドリヤ」
「え?」
それに彼は、思ってもみなかったのか目を丸くする。
「私に才能なんてものはほとんどないよ。ただ、尊敬できる友にどうにか並びたくて、ひたすら努力を続けてきただけだ」
「……尊敬できる、友に並びたくて……努力を……」
私の近くには、天才がいた。英雄アナキン・スカイウォーカーがいた。
そして私はそれを羨みつつも、決してよしとはしなかった。そんな卑小な人間にはなりたくなかった。だから努力した。彼の隣に、並び立ちたかった。ただ、それだけのことなのだ。
……とはいえ、現実は非情だ。私にできたことはその決意を抱き続けることだけであり、私はどれほど努力しても彼の足下にも及ばなかった。もちろん知っての通り、決して彼の
「……そうか。僕も……もっと早くからがんばってたら、もしかしたらかっちゃんとも……」
「? どうかしたか?」
「う、ううん、なんでもないよ! その、自分の不甲斐なさにちょっとね……。それにしても、増栄さんがそこまで言うなんて……その人、
「ああ、
「あ……そ、っか。ごめん……言いにくいこと聞いちゃったね」
「気にしていないさ」
私が気にしているのは、あくまであのときアナキンの友人として彼を救けられなかったことであって、アナキンが死んだことに関してではない。
何せアナキンの死は私の死後のことだ。私は当時、既に影も形もなかったのだから、どうにかできたはずがないのだ。
それに何より、確かにアナキンは既に死んでいるが、死してなおピンピンと幽霊をしている。ミドリヤが思っているほど深刻ではない。
なので、この件についてはあまり気にしてもらわないでほしいところだ。
まあ、下手に訂正しても説明がとても大変なので、これ以上は何も言わないが。
***
そんなこんなで保健室から戻り、着替えも終えた私たちが教室に戻ると、そこにはイイダとウララカがヒミコと会話していた。
「楽しそうだな、ヒミコ」
「コトちゃんお帰り! それに緑の人も!」
「おかえりー! よかった、元気そうや!」
「へ、あ、う、うん、ただいま!?」
笑いながら近づくヒミコとウララカに、赤くなるミドリヤ。
「緑谷くん、指は治ったのかい?」
「飯田くん……うん、リカバリーガールと、あと増栄さんのおかげで。待っててくれたの?」
「うむ! 女子を教室に残して帰るのはどうかと思ったし、君とはもう少し話をしてみたかったからね。麗日君もそうらしい」
「え!? そ、そうなんだ、こ、光栄だなぁ」
「えへへ、入試のときもすごかったもんね! えーと、デク君でよかった?」
「デク!?」
「え? だってテストのとき、爆豪って人が……」
「あの、本名は
ウララカにぐいぐい来られて、赤くなるにとどまらず挙動不審の域にまで達するミドリヤ。
……なんというか、女性経験がなさすぎるな、彼は。これも成功体験の少なさが原因か?
私くらい幼いと大丈夫なのだろうが……これは別の意味で心配になるぞ。
「蔑称か」
「えー、そうなんだ! ごめん!」
そんなミドリヤの解説に、イイダは目に見えて渋い顔をし、ウララカは心底申し訳ないという顔をし、ヒミコはそれよりもすっかり治った彼の指をなぜか残念そうに眺めていた。
……君はいつも自由だな、ヒミコ。
まあそれはともかく。
ウララカがにかっと笑いながら、ぐっと握り拳を作ってミドリヤに声をかけた。その瞬間のことであった。
「でも……『デク』って……『頑張れ』って感じでなんか好きだ私」
「デクです」
「緑谷くん!!」
いっそ清々しいまでの手のひら返しを見せたミドリヤに、イイダがすごい勢いで突っ込んだ。
「浅いぞ! 蔑称なんだろ!?」
「コペルニクス的転回……」
イイダはなおも驚いた様子のまま、ミドリヤに問うていたが……当の本人はよほど嬉しかったのか、顔を覆って感極まっていた。
「……個人的にはイイダに同意だが、本人がいいならまあ、いいのではないだろうか」
「く……! それはそうかもしれないが!」
なお、爆弾を炸裂させたウララカ本人は、ミドリヤが口にした単語の意味がわからずきょとんとしていた。
そしてそんな様子を眺めながら、ヒミコがくすくすと楽しそうに笑っている。
彼女のそんな様子を珍しいなと思いつつ、私は提案した。
「……まあ、なんだな。とりあえず、教室は出ようか?」
「そ、そうだな。あまり長居はよくないだろう」
そうして私たちは学校をあとにした。
「みんなは駅まで?」
「う、うん。そう言う麗日さんも?」
「うん!」
「奇遇だな、俺もだよ」
三人がそう言って、何か期待するようにこちらを見た。
「残念ながら、私たちはこちらだ」
「ありゃ、そうなんや」
「そういえば、渡我くんが言うには二人のご実家は遠いとのことだったが」
「ああ。だから私たちは集合住宅の一室を間借りしている」
「そこでルームシェアをしてるのですよ」
「ルームシェア?」
「えー、いいなぁ、楽しそう!」
ウララカが羨ましいと言いたげに手を動かしていたが、さてどうだろうか。私たちが家でしていることと言えば主に修行だし、世間一般で言う「楽しさ」はないのではないだろうか。
あと、ヒミコから定期的に血を吸われることも、人によっては楽しくないだろうなぁ、と……。
「んふふ、楽しいですよ。一緒にご飯作るのとか、勉強したりとか、すごく」
そのヒミコがにまりと笑う。あれは本心だな。
私としては、その気持ちの何割かは好きな人間と同居していることによる心理的補正だと思うのだが、さすがにこれを言っていい状況かどうかの判断くらいはつくので言わない。
「なるほど! 二人の成績がよかったのも、そうやって切磋琢磨してきたからなのだな!」
「まあ、そういうことになる、のかな?」
イイダの納得は残念ながら的外れなのだが、ヒミコは私と一緒にいたいがために勉強も鍛錬も凄まじい勢いで頑張っていたので、完全に間違いというわけでもない。
「いいなー、いいなー!」
「お茶子ちゃんならいつでも歓迎するのですよ。今度お泊まり会でもやります?」
「ホントー!? やったー!」
ヒミコの言葉に喜ぶウララカは、なんというか彼女も素直だな。裏表がないというか。
しかし喜ぶ彼女はさておき、向かう先が違うならこれ以上の同行は不可能だ。
なので、ここで私たちは別れた。フォースと共にあらんことを、と声を掛ける。イイダとウララカには首を傾げられたので、ミドリヤ相手にしたものと同じ説明をすることになったが。
ともかくそうして別れ、二人になってしばらく。私は思っていたことを口にした。
「楽しそうだったな、ヒミコ。君から人を誘うなんて思わなかったぞ」
「はい! みんないい人です。お茶子ちゃんはとってもカァイイし。ここに来てよかったかも」
彼女は、ふふふ、と先ほどまでとは異なる笑みを浮かべる。暗黒面の気配が、表に出始めていた。
言っていることだけを聞けばまともなのだがなぁ。
まあ、私としてもヒミコが私以外の人間にも興味を持つことは賛成なので、発言そのものには素直によかったなと返せるのだが。
「特に出久くんがいいですね。血の匂い、ボロボロで。お気に入りです」
その根っこにあるものがこれなので、思わず苦笑する。
しかし、そうか。彼はヒミコにとっては私に近しい枠なんだな。だから怪我をした彼をあんなにも見ていたわけか。
そういえば、私がアナキンに転がされているときや、”個性”の使いすぎでボロボロになってしまったときこそ、普段よりも激しく吸血されていたような。
……なるほど? なんだか妙に腑に落ちた気分だ。
「相変わらずだな君は」
「もー、そこは嫉妬するとこですよ?」
「いや、そんなことを言われても」
「でも大丈夫ですよ、私はコトちゃん一筋なので!」
聞いちゃいない。まあ、こういうところもヒミコのらしさだろう。
と、そうしているうちに、彼女が私の腕に腕を絡めてきた。さらに手も絡めて、限りなく距離がゼロになる。
路地に伸びる影に至っては、完全に一つになっていることだろう。
私がそれを拒否することは、ない。
いや違うんですよ。別に原作より少しでも状況を改善させようとかはまったく思ってないんですよ。
でもこのジェダイがなんか勝手にお節介焼くんですよ。
そんで原作主人公って序盤は一人だけ目立ってステ低いから、その対象になりやすいだけで・・・。
それはそれとして、トガちゃんとお茶子ちゃんはなんていうか、出会いが違えば普通に仲良い友達になったろうなって思います。
特に本作のトガちゃんは原作と違って一応自重を知っているので、裏表のないお茶子ちゃんの素直な物言いには自然と好感抱くんじゃないかなって。