日曜日を丸々使って替え玉のホロクロンを造り上げた私だが、日が変われば月曜日。当然ながら授業があり、出席しなければならない。
私としてはもちろん、一刻も早くヒミコのために動きたい。しかし授業を休んだとしても、昼間動くとなるといくらなんでも目立ちすぎる。
そもそもの話、体育祭で目立ってしまった私は世間に名も姿も知られてすぎているのだ。欠席することによる学業面でのデメリットもある。
なので、昼間は普段通りに授業に出ることにした。I-2Oたちにはその間にも準備を進めてもらうとする。
どうやら私は感情が顔に出やすいらしいので、周りから何か言われやしないかと少し不安だったが……どうやら、替え玉ホロクロンの作成のために夜更かししたことが幸いしてか、追求されることはなかった。
騙しているようでなんだか気が引けるが、しかし私にとって好都合であることは事実なので、それについてこちらから触れに行くことはしないでおく。
そういうわけで始まった月曜日。この日のヒーロー基礎学は、先立ってマスター・イレイザーヘッドが言っていた通り、メディアへの対応についてだった。ゲストとして呼ばれていたのは、Mt.レディである。
まあ、メディア演習と銘打たれた授業の内容は、ヒーローインタビューの練習だったわけだが。
この点に関しては、ヒーローとしてやっていくつもりがない上に、目立つつもりもさらさらない私には意義が薄い。
無意味とは言わない。どういう意図をもってマスメディアが近づいてくるのか、どういう対応を期待されているのか、といった部分は参考になる。こういうことを知っていれば、避けようとするときに有用だからな。
とはいえ、私が目立つつもりがないことをイレイザーヘッドはよくよく承知しているのだろう。授業の前半はMt.レディによるメディア演習だったが、後半は一転してイレイザーヘッドによるメディア避けの心得だった。こちらのほうが私には有益であったことは言うまでもない。
しかしどちらにしても、私にとって今日の本番はこのあとだ。授業を終えたあと、寮に戻って夕食も終えたあとのことである。
ただ、すぐに行動を起こしても怪しまれる。なので、いつものように就寝した後に改めて動くことにする。
今日の私当番は、モモだ。なのでちょうどよかった。
何せ彼女は元々育ちがいいため、規則正しい生活が当たり前だった人種だ。雄英のヒーロー科に入ったことで中学以前よりは長く起きているようになったものの、他のクラスメイトに比べれば就寝時間が早いのである。
抜け出す気しかない今の私にとって、同衾する相手が早くに眠ることは都合がいいのだ。
「今日はもう明日に備えて寝ましょうか」
「うん……今日も世話になる」
そして眠そうにしていれば、気の利くモモは早い時間でも誘ってくれる。そのままいつも通りのやり取りを経て、モモと一緒にベッドに入った。
と同時に、私はフォーススリープを発動。モモには即刻眠りに落ちてもらった。
彼女が完全に眠っていることを確認した私は自室に戻り、いつでも動ける状態で待機していたI-2Oを例の装置で圧縮収納。彼を連れ、人目を避けて寮を、ひいては雄英の敷地から抜け出すのだ。
時期は十二月の下旬。寝巻で外に出るのは自殺行為なので、厚着をして。
他にも有用であろう装備をいくつか身に着けた私は、いよいよ部屋を飛び出した。まだ談話スペースに人がいる時間帯だから、寮の玄関口からではなく部屋の窓からである。
まず向かう先は駅だ。いくら私が飛べるとはいえ、ホークスのような速度で、長時間飛べるわけではない。ホロクロンがある東京国立博物館まで距離がある以上、節約できるところは節約すべきだ。
駅までの道中は、ワイヤーフックを使って高い建物の屋上を伝い、軽く飛びながら進む。
まだ夜としては早めの時間帯だからか、人の姿がたまに見て取れるが……フォースクロークも組み合わせれば、一般人に気づかれることはまずない。監視カメラについても、この辺りのものはI-2Oがすべて特定しているので、移動経路はすべてカメラの死角となっており問題はない。
そうやって少し進んだときである。大きめのビルの屋上に降り立った私は、さざめくフォースの気配に目を見開いて動きをとめた。
眼前に人の姿が浮かび上がる。見慣れたフォースの霊体は、我が友アナキン・スカイウォーカーだ。
「アナキン?」
『こんな冬の夜に、ご苦労なことだな。……どこへ行く気なんだ?』
その彼が言う。わかっているだろうに、なぜ今になって?
内心で首を傾げながら、私は答える。
「どこって……決まっている。東京国立博物館だよ。ヒミコのホロクロンを取りに行くんだ」
『……それは、この星においては犯罪に当たる行為だと理解してのことか?』
「……!」
だが、返ってきた言葉に私は思わず言葉を失った。
確かに、彼の言う通りだ。私がやろうとしていることは、不法侵入および窃盗である。ネットワークを用いた情報の収集は法整備の兼ね合いや大義名分もあって、ある程度グレーゾーンと強弁することもできたが……今回のことは、言い訳のしようのない犯罪だ。
それを理解できないわけではない。ただ、目を逸らしていただけで。
『今回は敢えて言わせてもらうぞ、コトハ。君がやろうとしていることは犯罪だ。今までと違って大義名分も何もない、正真正銘の。しかも”個性”まで組み合わせてやるつもりだな? だとすると、君はこれからヴィランになりに行こうとしているわけだが……それでいいのか? 本当に?』
口が動かない私をよそに、アナキンはなおも言葉を続ける。決して鋭い言い方ではないけれども、確かに私の行いを糾弾するような色を含んでいる。
『この星の自由と正義を守るために、ジェダイを復興するんだろう? その君が、ここでそれに反した行為をするのか?』
「……ッ」
まったくもって、その通りだ。正論である。言い返せない。
けれども。いや、だからこそ?
さらに続けられた言葉に対して、私の口から出た言葉は到底論理的とは言えないものだった。
「じゃあどうしろって言うんだ!? ヒミコを見捨てろって言うのか!?」
『あえて邪道を使う必要はないだろう、ってことだよ。君ならそれができるはずだ』
「そんなことをしていたらいつになるかわからないじゃないか!」
そうだ。正攻法が使えないわけではない。
でも、それは一体いつのことなんだ? 少なくとも、一か月や二か月では済まない。一年を見ても、まだ足りないだろう。数年はかかるはずだ。
そんなにも長い間、ヒミコと一緒にいられないなんて。そんなの、そんなのは、嫌すぎる。
ただ彼女を待つだけなら、きっとそれでもできた。だけど、すぐ近くに彼女はいるんだ。眠っているだけで、この星のどこかに。
それがわかっていて、何もできないなんて、そんな、そんなのは……生殺しじゃないか!
『社会秩序よりもたった一人の人間を選ぶつもりか、コトハ? それが君の、ジェダイとしての道なのか?』
「ううううう……! うるさい、うるさいうるさい! 私はッ、私は……!」
なのに、アナキンは理解してくれない。淡々と、私の心をえぐりに来る。
前世から続く友人のそんな態度が、悲しくて、悔しくて。どうして私のことをわかってくれないんだと、怒りが渦巻いて。
気づけば私は、アナキンに向けてフォースプッシュをかけていた。
だが、フォースの申し子である彼に対して、こんな不安定な状態で放つ技が効くはずもない。彼はさっと小さく手を振っただけでこれを打ち消し……そして、にやりと笑った。両手が、まさに人を迎え入れるように左右へ広げられる。
『それが君の選択なんだな? ……では、あえてこう言わせてもらおう。暗黒面の世界に、シスの領域へようこそ』
「……っ!?」
そして放たれた言葉に、私は冷や水を浴びせられたような感覚を味わい硬直した。
呼吸が乱れる。冬の夜空に溶ける白い吐息がどんどん浅く、しかしどんどん増していく。顔から血の気が引いていくのがわかる。
何かから逃れるように利き手に視線を落とせば、それは寒さとはまた別のもので激しく震えていた。
私が?
私が、今、暗黒面に?
そんな。そんな、こと、は。
そんなこと、……そんなこと、ない、なんて。
言える、状況では……ない?
「あ……。あ、あ、あああ、あああああ……っ!?」
気づいてしまったら、もうダメだった。恐怖と、後悔と、絶望に耐え切れず、私はその場で膝を折る。
私は、私はなんということをしてしまったんだ……!?
『……それが、メイス・ウィンドゥの腕を切り飛ばしてダース・シディアスを助けてしまったときの、僕の心境だ』
戦慄する私をよそに、アナキンが言葉を続ける。今までとは異なり、優しい声音だった。
すがるように顔を上げる。穏やかな顔の、「ジェダイマスター」がそこにいた。
『それまで自分が忌避していたはずのものに、知らず自分がなっていた。その事実を突きつけられるというのは、とても苦しいことだ。何を言えばいいのかもわからなくて、それどころか自分が何を考えているのかもよくわからない。ただただ恐ろしくて、取り返しのつかないことをしてしまった後悔で潰れてしまいそうで。……わかるよ、僕もそうだった』
「ア、ナキン……」
『わかるよ……わかるんだ。僕も、パドメなしには生きられない。その一心だったからな』
「…………」
『彼女のためならなんだってできた。彼女を死なせないためなら……。そんな僕に、ヨーダは「死の定めを受け入れよ」と言い、シディアスは「シスには死を免れる技術がある」と言った……』
ああ。
ああ、どうしよう。
わかる。わかってしまう。
彼の気持ちが、当時の彼の心境が、余すことなくわかってしまう。
そんな、そんなことを言われたら。言われてしまったら、ジェダイを信じられるはずがない! シスにすがってしまうに決まっている!
『だから僕は、どうしようもなくなったあのとき、シディアスの手を取ることを選んだ。選べてしまった。その選択をしたことを悔いつつも、それでいいんだと思う自分もいた。君も今、そうなんだろう?』
もう私は何も言えなくて、ただこくりこくりと頷くことしかできない。視界が涙で歪んでいる。
そうなのだ。自分のしていることが、どうしようもなく悪であると理解しているのに。理解が及んだというのに。
それでもなお、それを自覚できた今でもなお、私は、私の中には、それをどうでもいいと思っている自分がいる。
今も、私の心の何分の一かは明らかに、踏み越えてはいけない一線の先へ進もうとしているのだ。それが何より度し難い。
『だよな。わかるよ。何せ、どっちを選んでも絶対に後悔するんだ。方向性は違っても、同じように苦しむんだ。でも、そのどちらかしか選べない。どちらも選ばないなんてことは、不可能だから。それならば……ってことだろう?』
「……そんな、でも。でも……じゃあ、私は、私はどうすれば……どうしたらいいんだ……」
救いを求めて、手を伸ばす。でも足に力が入らなくて、くずおれた態勢から前のめりに倒れ込む。
視界の端に、白い雪がちらりと見えた。その中心で、風を無視して佇むアナキンの手が、私の手をつかんでゆるりと立ち上がらせる。
『好きな方を選べばいい。心の赴くままでいいんだよ』
「……でも……」
『いいんだ。君は僕とは違う。仮にこのまま進んだとしても、僕みたいに罪もない大勢の人々を殺してしまうような取り返しのつかない事態にはならないんだからな』
そして彼は、ジェダイの顔でシスのようなことを言い出した。
彼は私をとめたいのか、そそのかしたいのか、一体どちらなんだ。そんなことが思わず脳裏をよぎって、自然と乾いた笑いが喉の奥から漏れる。
『僕はパドメを助けられなかったからな。彼女を失ったんだと認識したときの痛みも苦しみも、理解できる。でも、トガはまだ死んでないんだ。君はまだ彼女を助けられる。そこも君と僕の違いだよ』
「じゃ、じゃあ、さっきの話は……」
『いや? 間違いなく本気だったさ。でも心情的には君の味方だとしても、全面的に味方したらそれこそ暗黒面に一直線じゃないか。だから釘を刺しておこうと思ったのさ』
「き、君というやつは、本当にもう……」
全身から力が抜けた。いきなり緊張から突き放されて、へたり込むしかない。
とはいえ、釘を刺しておくという判断は正しい。先ほどまでの私は、間違いなく何も疑うことなく犯罪に手を染めようとしていたから。
だから、というわけではないのだろうが。嘘ではないと証明するかのように、アナキンはすぐに表情を引き締め直すと、私の額を指で弾いた。
『ただし! このまま進むっていうなら。あくまでトガのためにヴィランになるというなら、今君が覚えた後悔は絶対に忘れるんじゃないぞ』
「後悔を……忘れない……」
実体がないはずなのに、確かに感じた痛みを手でさすりながら、言われたこと半ば無意識におうむ返しにする。
『そもそもの話、普通の人間はいつも光の中にいるなんてできるはずないのさ。逆もまた然りだ。大体の人間は、常に光と闇の間を行き来している。振れ幅は人それぞれだけど、誰であろうと光も闇も捨てきれないからそうなるんだ。
ただ、何度も繰り返し闇に踏み込めば光が占める量は減る。逆もまた然りだ。けれど困ったことに、光と闇には得意分野があるんだな。それぞれの力でなければ解決できないことは、少なからず存在するわけで……それに味を占めて繰り返し踏み込み続ければ、人はいずれどちらかに偏った存在に成り果てる。
ここまで言えばわかるな? 君は今、確かに闇の中にいる。でも、光を手放していないことも事実だ。だからこそ苦しんでいる。心の痛みでもがいてる。その苦しみに慣れるなよ。光を手放さないよう、常に自分を省み続けろ。これからもジェダイとして秩序の側に立つのであれば、トガのために犯すことのすべてにきちんと向き合い続けるしかないんだ』
「……私に、できるだろうか……」
『さあ? でも、ここまで言ったけど、君に光を捨てるのは無理だと僕は思うね』
「……何を根拠に……」
『君も、
「それは」
そう言われたのはいつのことだっただろう。最近のことなのに、とても遠い遠い……前世のことのようにも感じられる。
あのときは、その言葉の意味をよく理解できなかった。でも今なら、よくわかる。
私はアナキンと同じように、愛する人のためなら悪とされることすらできてしまう人間で。
同時にアナキンと同じように、愛する人のためなら悪を討ち倒すこともできてしまう人間で。
……それはつまり、私もアナキンも、どこにでもいる普通の人間ということなのだろう。
ちょっとフォースが使えるだけの、普通の人間。きっと、そういうことなのだ。
『なあコトハ。シスの暗黒卿、ダース・ヴェイダーだって光を捨てられなかったんだぜ? だから大丈夫さ』
「……ヴェイダー卿を持ち出すのは反則だろう……それを言われてしまったら、これ以上の反論なんてできないじゃないか」
『君がよく使う言い回しじゃないか。ダシに使われていることへの、お茶目な意趣返しってやつさ』
「よく言うよ、まったくもう……」
だから、私はようやく安心することができた。
だってアナキンは、選ばれしものだった彼は、いつだって私の憧れで、目指すべき存在で。前世では、いつも彼の隣で戦う自分を夢見ていた。
そんな彼に、自分たちはどちらも普通の人間なのだと。同じなのだと、暗に認められた。
であれば。同じだと言うなら。
きっと、彼と同じことが、私にもできる。そう、信じられそうだから。
『……行くんだな?』
「うん。私は……やっぱり、一刻も早くヒミコに早く会いたい。だから、行くよ」
『オーケー、好きにしろ。必ず
「わかった。大丈夫、約束する。絶対、絶対絶対、戻ってくる」
だからぐいと涙をぬぐって、しっかりと二本の足で立つ。
そんな私から距離を取りながら、薄れていくアナキン。
けれど、彼に振り返ることはしない。彼も同様だ。
そうして一人になった私は、両手で頬を強く叩いて己に喝を入れる。寒さで神経が敏感になった肌が、痛みでじわじわと熱を帯びていく。目が覚めるような、そんな痛みだった。
さらに深呼吸を一つして。
私は再び、夜の闇へと飛び出した。
はい、ということで闇堕ち回でした。
前章では一応気にしていたのに、目当てのものが手の届くところにあると確信してしまい、もう我慢できなくなっちゃってる理波ちゃん。
ヤオモモにはあとでちゃんとごめんなさいしような。
今章に入ったら初っ端から全力で突っ走ろうとする姿勢には皆さんも疑問に思ったかもですが、もちろん理波が今回やろうとしてることは大義も何もないストレートな犯罪です。
そりゃあ触れないわけにはいかないわけですよ。
だってそれはジェダイではないからね。まあアナキンはそれもまたよしと思ってるからこそ、釘を刺しつつも背中を押してるわけですが。
何せフォースは、光と闇の均衡を保とうとするものなので。
EP1で早くも感想で言い当てられた通り、理波のライトセーバーの色はこの瞬間の暗示でした。
光の三原色において緑(ジェダイ)と赤(シス)が合わさった色である黄色。そこから赤に比率を偏らせることで、オレンジになる。
お前はいずれそうなるのだと、無言のうちにフォースが伝えていたというわけですね。