洞窟には、当然だが明かりなど何もなかった。それをスマートフォンのライトで照らしてみれば、なるほどそこは迷宮であった。
何せ、明らかに人の手によると思われる痕跡がたくさんある。やけに平らな床や壁。他にも、いっそ不自然なほどに生物の気配がないなど、自然の洞窟ではあり得ないことがいくつもあった。
やたらと分かれ道が多い点も、その一つだ。これを迷宮と言わずしてなんと言うのか。パワーローダーもさぞ困っているだろう。
「……こちらか」
しかし私にとって、絶望的なものでもない。
なぜならこの洞窟、フォースが濃いのだ。地下深いからこの上で生活していても今まで気づかなかったが、那歩島のミニチュアテンプル周辺くらいはある。
であれば、フォースの力を借りれば進むべき道はおのずとわかる。惑星イラムにおけるギャザリングと、同じようにすればいいのだ。
別に難しいことではない。何せ、ギャザリングは既に前世で乗り越えたことがある。私にできない道理は存在しない。
そうやって歩くこと、およそ十分。
「……ここ、か?」
緩やかに曲がりくねる道、やけに急な坂道を下るなどして、私は遂に開けた場所に到着した。
とは言っても、地下の洞窟である。外から光が入ってくる余地はなく、スマートフォンでは全体を照らすにはまるで足りていない。
それでも、見えるものは確かにある。開けたその場所で、一際存在感を放つもの。
「湖……と言うほど大きくはないな。泉か」
それは、十分すぎるほどの水……いや、湯をたたえる泉だった。温泉である。
見たところ、淀みはない。流れもあるようだ。恐らくは、外に繋がる水路がどこかにあるのだろうな。たとえば、パワーローダーが掘り当てたという温泉とか。
また、透明度が異常に高い。恐らく酸性かアルカリ性か、どちらかが強いのだろう。生物が住める環境ではないのだろうな。
「これは……」
そして、その泉の底。向けたライトの、か細い光の先で浮かび上がったものに、私は歓喜した。
それは。そこにあったものは、間違いなく。
「スターシップ……!」
銀河共和国で造られた、天翔ける船。それが、はっきりと姿を見せたのである。
慌てて泉に駆け寄って水底にライトの光を向けてみれば、水の上からでもわかるほど大量の改造が施されているスターシップの姿が見えた。
改造のおかげで、だいぶ原型からかけ離れているだろうスターシップ。しかし円盤状の船体はあまりにも特徴的であり、おかげで機種の特定は難しくなかった。
「……コレリアン・エンジニアリングのYT-1300シリーズだな。懐かしい。だが、ということはこれが、銀河に名高いアウトロー、ハン・ソロの愛機……『銀河一速いガラクタ』ミレニアムファルコンか」
前世の私が生まれる数十年前に販売された軽貨物船であり、手頃な価格に高い耐久性、何より改造が容易な拡張性が評価されていたシリーズだ。アヴタス・イーダが生きていた当時も人気は根強く、前世ではそれなりに見る機会があった船だ。
とはいえ、ここまで大量の改造が施された機体は初めて見る。機械に造詣がないものには、ガラクタの塊にしか見えないのではないだろうか。「銀河一速いガラクタ」は言い得て妙な二つ名だな。
それでも見るものが見れば、これらの改造が宇宙の過酷な長旅に耐えるためのものが大半であることがわかる。それでいて、恐らく速さも捨ててはいないだろうことも。
その二つを両立させるとは、この改造を施したもの……恐らくハン・ソロは、他の追随を許さない腕利きだったのだな。
しかし機体のあちこちには、損傷もいくつか見えている。恐らくは、宇宙デブリなどの衝突の痕。ほとんど直線で移動してこれたとはいえ、約8700万光年の距離だ。さもありなん。
けれども、その距離を踏破するにはこの船は小さくて頼りない。これだけでここまで来たとは少し考えづらいところだ。
……と、このままいつまでも眺めていたいほど芸術的な船であるが、私の目的はこの船そのものではない。
なので私は、スマートフォンのライトはそのままに傍らに置く。次いで静かに目を閉じ、深呼吸を数回。
余計な力は抜く。起立は維持しつつも、最低限に抑えて。
そしてその状態を保ったまま――私は泉に向けて。正確には、底に沈むファルコンに向けて、両手と意識を集中させる。
「――――」
フォースがみなぎる。世界のありとあらゆるものと繋がったような、特有の感覚が全身にくまなく広がっていく。
その感覚に身を任せて、私は力を解き放つ。
すると、水底のファルコンがかすかに動いた。それは次第に大きくなり、やがて緩やかに船体が浮上し始める。フォースによるテレキネシスが、船体を持ち上げているのだ。
驚くことではない。フォースにかかればこの程度、何も難しいことではない。
むしろ当たり前のことだと、そう世界に示すのだ。やればできる。これはそういうものである。
……まあ、前世の私に同じことができたかというと、恐らく無理だったろうが。生まれ変わって以降の過酷な鍛錬の果て、前世以上のミディ=クロリアンを得るに至ったからこその芸当だ。
などと考えているうちに、やるべきことは終わっていた。既にフォースの迸りは落ち着いていて、ゆるゆると息を吐き出しながら目を開ければ、ファルコンが地面の上に鎮座していたのだ。
船体から滴る水は、やはり非常に澄んでいる。だからか、船体そのものには汚れらしい汚れは見当たらない。傷以外はきれいなものだ。
「……さて、いよいよだな」
遠巻きに船体を少し眺めたあと、私は迷うことなくファルコンに近寄った。
改造がいくら多かろうと、出入り口まで変わっていることはない。問題は、千年単位で使われていなかったであろうこの船が、まともに動くかどうかということだが……。
「……ああ、やはり燃料がもうほとんど残っていないな。電源が大元からシャットダウンされているのも、下手に消耗しないようにするための措置か」
扉の開閉ボタンを押しても、ファルコンはうんともすんとも言わなかった。機体そのものの電源が完全に落ちているようだ。
これでは中に入れない……と、普通ならなるのだが、私はフォースユーザーである。おまけに私が一番得意な技は、機械類への干渉を行うフォースハックである。電源を外からオンにすることは、難しいことではない。
船体に光が灯る。まだエンジンは点火していないが、それでも約千年ぶりに起動したファルコンは甲高いあくびを奏でながら、隅々にまでエネルギーを満たしていく。搭載されているすべてのプログラムが励起し、スタンバイに入った。
これを確認するとともに扉を開き、中に足を踏み入れる。起動したために灯された明かりに照らされた船内の様子は、生活感こそないものの、まるでつい最近まで使われていたような雰囲気すらある。
一方で、埃やごみの類は見当たらない。浸水も一切ないようで、きれいなものである。
そんなところを、まっすぐコクピットに向かう。そこに、ヒミコがいるはずだから。
普段なら、船内にもあちこち見える改造の気配に、メカニックとしての私が好奇心を刺激されてうずうずするのだろう。だが、今はそれすらも二の次だ。
静寂に満ちた船内を、靴の音を響かせながら奥へと進む。船内の構造そのものはさすがに改造されてはいないようで、迷うことはなかった。
「……ああ」
やがて足を踏み入れたコクピット。そこに並べられた複数のコンソールを見て、私は今まで一度も抱いたことのない感情を抱いた。
恐らくは、郷愁と呼べる感情。既にこの星に根を下ろす覚悟はできているが、それでも今世の二倍は生きていた土地ゆかりのものそのものを見て、何も思わないなど私にはできなかったのだ。懐かしくてたまらない。
ああ、そうだ。私はこういったものに溢れる世界で生きていた。今生では見る機会が一切なかったものを、もう一度見ることができた喜びで思わず顔が緩む。まるで生まれた家にようやく帰ってきたような、そんな喜びだった。
だが、いつまでもその喜びに浸っているわけにはいかない。今は単独行動をしている身だからな。ヒミコと顔を合わせたらしばらく行動不能になることは明白なので、それ以外のことはなるべく手早く済ませなければ。
私は気合いを入れ直し、メインコンソールに歩み寄った。永い時間が経っているだろうに、やはり埃ひとつないシートに腰を下ろす。
……下ろしてから、今の私の身体では座った状態でコンソールに手がまったく届かないことに気づき、無作法を承知でシートの上に立ち直した。
そして見つける。
「……ヒミコ……」
メインコンソールの上。計器の一つに飾られた、私たちのペンダントを。
「やっと、やっと見つけた……!」
思わずそのペンダントに手を伸ばし、そして……見えない何かによって弾かれた。
「……これがフォースによる封印か」
弾かれて痛みが走る手を押さえながら、改めてペンダントを眺める。フォースとの感応を高めてじっくりと観察すれば、微かだが確かに、複数の色が入り混じる膜のようなものがペンダントの周辺を覆っている様が見て取れた。
こちらもファルコンに負けず劣らず、芸術的だ。あちらは機械的に、こちらはフォース的にではあるが。その完成度の高さは共通する。
であればこそ、これを成したレイとベンの二人は相当に優秀なフォースユーザーだったのだろう。さすがはアナキンの孫夫婦と言ったところか。
では私にこれを解除できるのか、だが……やるしかないので、やる。
やってみる、などと思うものか。私は必ず、ヒミコと再会するのだ。
だから、教えられていた手順に沿って封印へと手を向ける。目を閉じ集中して全身にフォースをみなぎらせ、封印へと干渉する。
ライトサイドのフォースによる、ダークサイドのフォースの封印。この解除に必要なもの……それは、封印を形成しているライトサイドのフォースを打ち消す規模の、ダークサイドのフォースに他ならない。
しかしそれだけではダメだ。それだけで解除できるなら、ただ腕の優れたダークサイダーだけで事足りてしまう。
だから必要なものはもう一つ。ライトサイドのフォースも同時に必要になってくる。
つまり本来であれば、別々の性質を持ったフォースユーザーたちがいなければならない。この封印を単独で解くのであれば、光と闇の間で揺れ動いているものが必要なのだ。
……ここまで来ると、すべてはフォースによって導かれているのではないかとまで思う。
だって、私はつい先日、暗黒面に堕ちたのだ。しかし光を捨てることなく、堕ち切ってなるものかとあがいてもいる。
つまり私は今、光でも闇でもない。どちらかと言えば闇寄りかもしれないが、間違いなくどちらでもないのだ。
しかし私が明確にそれを自覚できたのは、本当に昨日のこと。その直後にこれとは、偶然にしてはできすぎているだろう。
私は、もう一度闇に頼ることなど躊躇わない。
そう考えるにつれて、私のフォースが闇に染まっていく。自分でもわかるほど明確に。
きっと今なら、フォースブラストも使える。もしかしたら、フォースライトニングすらきちんと撃てるかもしれない。
けれど、完全に闇に浸ることはしない。半分ほどフォースに闇が広がったところで、思考を切り替える。
今していることは、執着による独りよがりなものであると。これ以上の狼藉は許されるものではないと。
もちろんそうしたところで、ヒミコに会いたいという気持ちを偽ることはできない。だからこそ、フォースはさらに闇が広がった。
けれどそこまでだ。半分より少し多いくらいが闇に染まったが、しかし残りは光を失うことなくそこにあり続けている。
――まるで、私たちのセーバーの色のようだ。
そして、ふとそんなことを考えた。その瞬間のことだった。
ぴしり、と何かにひびが入る音が聞こえた。応じる形で、ゆるりと目を開く。
封印がひび割れていた。
そのひびを崩すために、力をさらに押し込んでいく。文字通り、無理やり穴をあける行為である。
だが、そういうシンプルなやり方が一番明快で、単純だ。元より、封印を暴くとはそういうことだ。
だから私は気にすることなく力を使い続け――そして、遂にそのときは来た。
音もなく、しかしフォースユーザーには聞こえる音を響かせて、封印が砕け散った。封印を形成していたフォースはそのまま溶けて、宇宙のフォースへと還っていく。
これを見届けて、私は手を引っ込める。胸が、心臓が、うるさいくらいに鳴っていた。
わかる。
もう、既にわかる。感じる。
このペンダントの中に。このペンダントを依り代にして。
そこに。
ここに、彼女がいる!
「……ヒミコ?」
けれど反応はなく。心配になって、思わず声をかけた。
それでも反応はなかったので、少しだけフォースを飛ばしてみる。朝、いつも身体をゆすって彼女を起こしていたときのように。
『んぅ……』
すると、かすかに声が聞こえてきた。
ヒミコだ。彼女の声だ。毎朝聞いていた、彼女の声。寝起きで、少しだけ不機嫌なときの声!
そういうときは、どうすればいいか私は知っている。
だって、もうずっと。
ずっと、ずっと、この一年間、一緒に寝起きを共にしてきたのだから。
「ヒミコ」
『……ぁ……』
だから、もう一度呼びかける。名前を呼んであげる。
そうすれば、
『――コトちゃん!!』
ほら。
「ヒミコ!」
『おはようございます!!』
すぐに機嫌を良くして、笑いかけてくれる。
笑いかけて、それで、それから。
『コトちゃん……!』
「ヒミコ……!」
それから、私たちはどちらからともなく、抱きしめ合うんだ――。
レイア以外のハン・ソロ一家が勢揃いで来てるんだから、そりゃあ地球にあるスターシップはミレニアムファルコンですとも。
スターウォーズには印象的な宇宙船がたくさんありますが、やはりそのアイコンと言うべきはファルコンを置いて他にはありますまい。
ボク個人としてもファルコンには思い入れがあり、「フォースの覚醒」における「チューイ。我が家だ」というハンのセリフは全シリーズ通しても屈指の名ゼリフだと思ってます。
その段階では期待値高かったんですけどね・・・。
まあそれはともかく。
古いし損傷もあるし燃料もないしで、現状ファルコンがすぐに飛ぶのは不可能です。できないことはないですが、やるとかなり危険です。
でも一番重要なのは、このファルコンが貨物船であることですね。
トガちゃんが言っていた「お土産」はこの船に搭載されています。
何があるかはのちのちのお楽しみということで。