ヒミコの深層心理でうごめく「好きな人と同じになりたい」という欲求は、三大欲求に近い根源的なものだろうと思う。しかし「ある」のであれば、私の増幅の対象にできる。
そういう理由から、マイナス増幅が現状一番可能性の高い解決策だ。あるなら減らせばいい。単純だが、わかりやすい方法だな。
もちろん、そのためには私の体内の栄養を消耗する必要がある。だからすぐに解決、とはいかない。
実際、無理だった。昼食のとき、試しにヒミコに一時増幅をかけてみたのだが……消耗の具合から言って、恐らく概念的なものを対象にするときと同様の消耗になるだろう、と感覚的に察知できたのだ。それはかなり重い代償だ。
さらに言えば、別の問題も浮上した。どちらかと言えばこちらのほうが問題だった。
何せ、ヒミコから変身願望を一時的に減らした結果、変身の精度も下がったのだ。私への変身ですらそれなりに精度が下がったので、当然他の人間への変身はひどかった。
ヒミコいわく、変身をきちんと練習し始める前くらい、とのことで……やはり彼女の「好きな人と同じになりたい」という欲求は、”個性”と密接に関係しているのだろう。
なお、その状態でもチウチウは変わりなくしたそうにしていたので、こちらはやはり”個性”とは異なるものなのだろうな。
そんなことをぼんやりと考えていたら、公衆の面前でチウチウされそうになったのでさすがにそれはとめた。目撃したミノルは、相変わらず気軽に死んでは気軽に復活していた。
話を戻すが、今後の活動のことを考えれば、ヒミコの”個性”がほぼ使えないというのも困る話だ。
私自身は”個性”に満ちあふれた今の地球に思うところがあるのだが、しかしそれがこの星の日常である以上、対抗手段としての”個性”は必要だ。ましてや、彼女の「変身」でなければできないことだってあるわけで。
結果として、マイナス増幅案は一時凍結である。ヒミコの生死に関わる問題なので完全には却下できないが、やはり問題は抱えているのでそういうことになった。
では他に何かないのか?
ということで、授業前の更衣室で思いついた案に話は戻ってくる。
『特定の一つにのみ依存することを執着と言い、不特定多数に依存することを自立と言う』
父上いわく超常以前のとある精神科医の言葉らしいが、これはもしかしてヒミコに当てはまらないだろうか?
何せヒミコが変身したいと思うものは、同じになりたいと思うものは、好きだと思ったものだ。今の一番はもちろん私だが、しかし程度を無視するなら私以外の人間に対しても思ったことはあるという。
であれば……そうであるならば、だ。
もちろん、その「誰か」そのものになる可能性はある。新たな危険が増えるだけで終わる可能性もだ。
おまけにこれは、対症療法でしかない。根本的には解決しないのだ。
それでも、何も対策をしないわけにはいかない。たとえ危険を冒すとしても、この思いついてしまった可能性を試さずに何かあったとき、私はきっと一生後悔するだろう。
どちらを選んでも、何かあったとき後悔することは間違いないのであれば。
せめて、明確に自分が悪かったのだという納得ができる後悔のほうが、まだ幾分かマシだ。
「……と、言うのが君たちを見て思いついた案なのだが、どうだろうか。君の意見を聞きたい」
というわけで、授業も新年会も終わった夜。いつものように二人で部屋に戻ったところで、私は思いついたことを説明して意見を求めたのだった。
「…………」
「ひ、ヒミコ?」
ところが最初の返事は、ぷくりと頬を膨らませてこちらをじっとりとねめつけるというものだった。そんなヒミコもカァイイが、しかしそれはそれである。
「……コトちゃんは、私に浮気しろって言うんです?」
「そういうわけでは……いや、確かにそう思われても仕方ないかもしれないが」
「これだからジェダイはダメダメなのです」
「……そんなに人の心を度外視した案だったろうか。私だって、断腸の思いではあるんだぞ」
ヒミコが怒っているのもわからないわけではない。私と同じくらい好きな人間、というものがあるとすれば恋仲以外はないだろう。それは私も承知している。
そう、承知しているのだ。にもかかわらず、私はヒミコに「恋人を増やすのはどうか」と言っているのである。そんなの、可能ならやりたくないに決まっているじゃないか。
だって、今の私はもうヒミコなしには生きていけない身体なのだ。もしも恋人が増えたなら、当然彼女と一緒にいられる時間は減る。
それは、正直に言ってとてもつらい。胸が張り裂けそうなほどである。
けれど。そう、けれども。
だとしても、未来永劫ヒミコが失われるよりは、何倍もマシなのだ。あの空虚な一か月間のことを思えば、まだ耐えられる程度には。
「……わかってるのです」
言葉を重ねて懇切丁寧に説明すれば、ヒミコはなんとか頷いてくれた。頬を膨らませたままで、明らかに不承不承といった態度ではあったが。
「……わかってるのです。コトちゃんだって、本当はヤなアイディアなんだってことくらい。それでも二人の未来のためを想ってのことなんだってくらい、わかってるのです」
「それでも納得はできない、か?」
「はい。……でも、一番納得できないのは……今の話聞いて、『行けそうな気がする』って思っちゃった自分自身なのです」
「……それの何が問題なんだ?」
「だって。……だって、私の変身問題は急ぎの話で。だって、早く何とかしないと……今度こそ、私消えちゃうかもしれない……そんなのヤ、絶対ヤです。私消えたくない……コトちゃんにはなりたいけど、消えるのは絶対ヤです。
でも、じゃあ、急いでコトちゃん並みに好きになれそうな人って言ったら、A組のみんなしかいないじゃないですか」
言いながら、ヒミコは眉をハの字に歪める。浅い呼吸を繰り返しながら、震える声と共に私を抱き寄せて、首元に顔をうずめた。
「そこはいいんですよ。だって、A組のみんなのこと、私ちゃんと大好きです。……でも、
「まあ……そう、だな」
「そんなの……自分勝手すぎません? そんな子に『個性事故を防ぐために恋人になってください』なんて……そんなの、どうかと思います」
「それは」
それは間違いなく、ぐうの音も出ない正論だった。まさか闇寄りの存在であるヒミコの口から、そんな正論が出るなんて。彼女もすっかり光の側の人間なのだなと妙に感慨深い。
逆に言われるまで気づかなかった辺り、私はやはりまだ暗黒面にいるのだろう。出会った頃に比べると、立場が逆になってしまったな。
ただ言い訳をさせてもらうなら。
ヒミコがいなかった一か月間、私にずっと寄り添ってくれた大切な友人が。
あのとき
当時は私にも余裕がなかったし、本人も表沙汰にしようとは思っていなかったから、お互い察してはいても触れずにいた。
しかし今は状況が違う。ヒミコの抱えている問題をなるべく早くどうにかしたい今、私の思いついた案が「行けそうな気がする」のなら。
そうであるなら、彼女にも機会はあってしかるべきなのではないかと……そう、思ったのだ。
「……コトちゃんのバカ。そこは、私を最優先してくださいよぅ。少なくとも今私が付き合ってるのはコトちゃんだけなのに。恋人なんですよ? なのに……なんでそんな、妙なところでジェダイっぽい公平感出しちゃうんですか」
「それは。……それは、そう、なのかもしれないけれど」
どうしても見過ごせそうにないんだ。誰にも見えない
そう、伝えようとしたところで――
「……でも、そんなコトちゃんだから私、好きになったんですよね。そんなコトちゃんだから、大好きなんです」
「ん……っ、んぅ……♡」
――不意打ち気味に、首筋に噛みつかれた。一切遠慮のない、迷いのない行動だった。
ちう、と音を立てて血を吸われる。当然、すっかり開発されている私の身体は、たちまち強い快感にさらされることになる。
普段であれば、そのままベッドインするところだ。しかし今夜は、少しだけ事情が違うらしい。
「……私だって。私だって、
「……ヒミコ……」
「だって『視』えちゃうんですもん。フォースなんてなかったら、知らないままでいれたのに……。でも、視えちゃうんです。まっすぐ見てくれてるのが視えちゃうの。それを知らんぷりなんて、やっぱりできっこなくて」
直前まで噛みつかれていた場所が、うずく。もっと気持ち良くしてくれと、身体が駄々をこね始めている。
その煩悩をなんとか理性で殴り飛ばして、私はヒミコの頭をそっと撫でた。
「……一緒だな、私たち」
「……うん……」
誰も知らない彼女の心境を、同じく見聞きできること。それを見聞きして、同じ心境に至ること。
ヒミコにとっては……好きな人と同じでありたい彼女にとっては、それが何より嬉しいのだろう。難しい表情をしていた顔から、力が抜けたのが見て取れた。
「過去に飛ぶ前の君だったら、きっと最後まで見ないふりができたんだろう。あるいはそこまで他に興味を抱いていなかった、と言うべきか。君の言葉を借りれば、私しか見ていなかったように思う」
「……それは。……はい。やっぱり、千二百年は永かったってことだと思います」
実際に起きてたのは百年ないですけど、と言い添えたヒミコだったが、十分だろう。
以前少し触れた通り、それは人間の寿命を超えた時間であり、人間の精神に変化をもたらすには余りある。
ヒミコも魂だけとはいえ、それなり以上の経験をしたのだろう。それが彼女の考え方に、物事の捉え方に、影響を与えたのだ。
何せ、ヒミコが現代までの千二百年を耐えるためのモチベーションの何割かに、クラスメイトの存在があったのだから。
「……ねえ、コトちゃん? 本当にいいんです? 私が他の人を見ても。コトちゃん以外の人
「……よくはない。それは間違いなく本音だ。でも、私たちにはあまり時間がないし……それに、彼女ならいいと思っているのも私の嘘偽りない本音なんだよ」
しばらくの沈黙ののち、おずおずと尋ねてきたヒミコに対して、かぷり、と首筋に噛みつくことで内心を吐露する。
ただ、チウチウできるほどの強さではない。甘噛みというやつだ。マーキングと言い換えてもいい。
「これがどこの馬の骨とも知れない輩なら、もちろん全力で拒むけど。でも……彼女なら……君を挟んだ反対側を、
「……っ♡ ……はい……」
それを受け入れて、小さく喘ぎながら、ヒミコが頷いた。
「……私も。はい。透ちゃんなら、もっと好きなれるって確信できます。ここにいてくれても、きっと大丈夫だって……思えるんです。
だって、コトちゃんに『どう?』って聞かれたとき、最初に浮かんだのは透ちゃんでした。透ちゃんならイイかも、って……そう、思っちゃったのです」
だから、と。彼女は言う。
「……いいん、です……よね……? コトちゃんと同じくらい、まで好きになれるかどうかは、まだわかんないですけど……でも、透ちゃんの気持ち、開いてあげても……いいんです、よね……?」
「うん……少なくとも私は、構わないと思っている」
だから、私は言う。
二人の心が、一つになった瞬間だった。
不思議な感覚だ。キスをしているわけでも、ましてや交わっているわけでもないのに、そういうときと同じように一体感がある。今の私たちは、まるで二人で一人みたいだ。
「……コトちゃん」
「うん。行っておいで。私のことなら大丈夫だから」
「……はい!」
そうしてヒミコは私から離れて、勇ましい笑みを浮かべた。
『あー、盛り上がってるところ失礼?』
「ひゃっ!?」
「アナキン?」
が、そこにアナキンが割って入って来た。完全に二人の世界だったので驚いて視線を向ければ、いつものようにどこからともなく出現した彼が半透明で佇んでいる。
「急にどうしたんだ?」
『弟子二人が暴走しかけてるから、ちょっとお節介をね』
「「暴走?」」
そんな彼の言葉の意味がすぐにはわからなくて、私とヒミコは同時に声を上げて同時に首を傾げ、同時に互いの顔を見合わせた。
ということで、「好きな人になっちゃうなら好きな人を増やせばいいじゃない」作戦です。力業とも言う。
でも実際問題、他に方法はないんじゃないかなと思うんですよね。少なくともどこにも実害を出すことなく効果を得る方法としてはこれくらいしか。
最初に触れてた「終盤に物語の根幹にわりと大きめに関わることが起こります」はこのことです。
物語の整合性を考えたとき、どうしても「もう一人いる」という結論に達した次第でして。
ただ今更二人の間に女の子を挟むのは読んでいる皆さんにとっては寝耳に水でしょうし、だからこそ大丈夫かなと思ってたわけです。
いやまあ、一応それっぽい描写はちょいちょい入れてはいますけどね。それでもここまでずっと二人の世界を描いて来たので、どうなんだと言われても仕方ないとはわかってるんですが。
なのでアナキンに出てきてもらいました。存在そのものが説得力の塊なので、正直デウスエクスマキナ感もありますがそもそも適任者自体が他にいないのである。
この件については、当初本文中にある通りになる予定でした。トガちゃんを中心にした複数愛ですね。実際その流れで投稿していました。
それ自体を間違っていたとは思っていないんですが、しかし万事一切それが正しとも思ってもいませんでした。
そんなときにいただいたご指摘が、全面的に「その通りだ」と思えるものでありまして・・・そしてそれを採用することでこの先のお話もよりよいものにできそうだと思いましたので、2/21をもって物語を書き替えることといたしました。
書き換えの対象はこの13話の終盤部分、それから14話、15話の全体の予定です。そちらが書き上がるまで、当該部分を削除いたします。書き上がり次第改めて投稿していきます。
なおその先にあった幕間は書き換えの予定がありませんが、話の挿入というものが個人的にあんまり好みではないので、ついでに消しました。こちらは14話、15話が投稿した翌日にまとめて再投稿する予定です。
以上の点、読者の皆様におかれましては作者の勝手で申し訳ありませんが、何卒ご了承いただきたく。
可能でありましたら、今後ともお付き合いいただけると幸いです。