ジェダイマスターの顔で、アナキンが言う。
『君たちのアイディアが悪いと言っているわけじゃないぞ。僕も発想は正しいと思っている。トガの願望を分散すること自体は、間違ってないと思う』
この言葉に、私は少し安堵した。自分で言うのもなんだが、私と同じくらい好きな人間を増やすという方法が、本当に正しいという自信はなかったのだ。
だからこそ、アナキンが同じ意見であることが嬉しかった。彼と意見が同じなら、大丈夫だと思えた。私はそれくらい、彼のことを信頼している。
『ただ、だからってなんで恋人を増やすなんて方向に行くんだ?』
しかし次の言葉は、私とは真逆のものだった。
「……ヒミコが私に向けるものと同量の『好き』なんて、他に何があると言うんだ?」
思わず反論する。隣でヒミコがうんうんと頷いている。
対するアナキンは、どこか呆れ顔だ。
『「好き」にも色々あるだろう……友情とか尊敬とか、色々な。君たちに身近な例で言えば、ミドリヤのオールマイトへの「好き」なんてまさにそうじゃないか?』
「それは……確かにそうかもしれないが。しかし、今からそれを育てるとなるといつになるかわからないじゃないか。ヒミコの過剰変身は、もう前兆が起きているんだぞ」
無意識下での変身は、過剰変身の前兆と言っていいだろう。初期段階、と言い換えてもいい。
以前はここから一、二か月ほどしてから、さらに意識そのものの変身……なりきりが加わるようになった。これが第二段階。
その度合いがだんだん強くなっていくのが第三段階で、この状況で強迫観念的に変身を行うと完全な変身をしてしまう。私たちはそう睨んでいる。
だとすれば、既に無意識下での変身が再開している現状、猶予はあまりない。いつまたヒミコが消えてもおかしくない状況が、迫りつつある。
何せ既に一度、行くところまで行ってしまっているのだ。大体の場合、一度ラインを超えてしまったものは比較的容易にそこをまた超え得る。
それは、それだけは、なんとしてでも避けたかった。これこそ嘘偽りなき私たち二人の総意である。
『ああなるほど? つまり、君たちはとても焦っているんだな。一刻を争うと思っているわけだ。……僕はそうは思わないな』
その言葉に、私とヒミコは同時に目を丸くする。
アナキンが一刻を争う事態ではない、と判断している理由がわからなくて。どうしてそんな認識になっているのだろうか?
『僕はまだ、どう少なく見積もっても半年は猶予があると睨んでる。場合によっては数年単位で待てるんじゃないか、ともね』
「……なぜ、そう思う?」
『わからないのか? あれだけ感動的な再会シーンを特等席で見ていたのに?』
「……?」
覚えの悪い弟子をからかうように、アナキンが小さく笑った。
そうされても、わからないものはわからないのだ。私は首を傾げるばかりである。
ヒミコも似たようなものだが……私よりは何か思いついたものがあるのか、やや神妙な顔つきで考え込んでいる。
『本当にわからないのか? 君の大事な大事な恋人のことだろうに』
「む」
だがそこまで言われてしまったら、私も退くわけにはいかない。私が、私が一番ヒミコのことを知っているのだ。わからないなど、口が裂けても言いたくない。
ふむ……ヒントは……「感動的な再会シーンを特等席で見ていた」という言葉にすべて詰まっていると見てよさそうだ。やや迂遠な言い方だが、しかし直近であった出来事でこれに該当するところは、私の身体を乗っ取ったヒミコがクラスメイトたちに再会したとき以外にはない。
ではあのとき、ヒミコがどうしていたかだが。正直あのときは、再会を喜んで感情を爆発させるヒミコの姿を見られることが嬉しくて、あまり細かいところまでは覚えていない。
ここから何を読み解けばいい? あのときヒミコがしていたことと言えば、それこそ再会を喜ぶことしか……。
……再会を喜ぶことしか?
「……まさかアナキン……ヒミコの中にあるA組のみんなへの『好き』は、既に私に対するものに匹敵すると?」
まさかな、と思いつつも、アナキンの態度からしてあり得る。だからそう問い返したのだが……答えは満足げな笑みと一度の頷き。是だ。
「た、確かに、あのときのヒミコは私と再会した瞬間に匹敵するくらいのはしゃぎ方だったが……っ、でもそれは……そう、それは、複数人に対するものであって。個人というわけでは」
『必ずしも絶対的な一人を立てなければいけない、というわけじゃあないと思うけどな。……まあ、確かに時間に余裕があるって僕の意見に明確な確証はない。けれど、それを確かめる手段はあると思うぜ』
「なんでそうもはっきりと断言できるんだ……!? フォースヴィジョンでも見たのか!?」
『いいや? そんなものに頼らなくとも、今まで手に入る情報で推測できるはずだ。――部分的な変身で確かめられるはずだ、ってね』
「「……!?」」
あまりにも衝撃的なアナキンの言葉に、一瞬呆けてしまう私たち。
しかし彼があまりにも自信満々に断言したので、根拠がないとも思えなかった。だから二人して、頭を必死に回転させて考える。
部分的な変身。ヒミコが私同様にフォースが使える理由として、入学初期の頃に説明した建前。そして、実際にはヒミコにはできない技。
そう、できないのだ。そんな変身の仕方は、ヒミコにはできない。
だが……そう、”個性”は成長する。そのきっかけは訓練が一般的だが、些細な出来事で劇的に成長することもあり得る。ちょうど、ヒミコがさらわれた夏にオチャコたちが体現したように。
であれば、今のヒミコなら。悠久の時を超えるという唯一無二の体験をした彼女なら、なるほど確かに部分的な変身もできるかもしれない。
だが、なぜそれが時間の余裕があるかどうかを確かめる手段になるのかまでは、わからなかった。
しかしどうやら、ヒミコは何か察するものがあったらしい。ハッとした顔で、確認するかのような口調でぼそりと口を開いた。
「……私の”個性”は、『好き』の多い少ないで結果が変わるから……?」
「どういうことだ? それはあくまで精度の話だろう?」
「それ以外の部分も、『好き』の多い少ないの影響がある、のかもしれないです……。たとえば……そう、普段通りの全身の変身を1として……その変身相手と同じくらい好きな人であれば、同じ割合で0.5ずつに振り分けて……上半身と下半身で別々に変身できる、とか……」
「……!?」
……そうか。そうか、なるほど。そういう考え方ができるのか!
『その通り、僕はそう見た。だから……コトハに変身している最中に、さらに身体の半分を別の人間に変えられるなら』
「コトちゃんへの『好き』と同じくらい『好き』だって判断できる……?」
『ああ。それがなかったとしても、少しでも変身できる相手がいるのなら。それは「好き」を多少なりとも分散させられている、ということになるだろう?』
「よくわかった……。そして君は、A組のみんなであればその可能性は高いと見ているんだな? あの日、ヒミコがあれほど感情を動かしたみんななら」
『そういうことさ。付け加えるなら、コトハの状態から一部でも変身状態を変えられる相手なら、今後コトハと同じくらい「好き」になる可能性は十分あると思わないか?』
確かに。
確かに、それは。
試してみる価値がある。
「……ヒミコ!」
「はい!」
感情に身を任せて振り返れば、既にそこには私に変身したヒミコがいた。
彼女はその状態で手近な椅子に腰を下ろし、全身の余計な力を抜いて身を預けた。リラックス、とまでは行かないが、しかし緊張と言うほどでもない状態。
その状態でさらに目を閉じて……彼女は自らの身体に宿る”個性”を操作した。
「…………。んん……?」
何も起こらない?
最初はそう思ったが、どうやら違うらしいとわかった。しっかり目を凝らしてよく見れば、ヒミコのつま先がどろりと溶けるように、泡立つようにうごめいていたからだ。
だが私に変身するときとは異なり、あまりにも規模が小さすぎる。変身する速度も、いくらなんでも遅すぎる。少しずつ範囲が上へ上へと広がってはいるが、まるでカタツムリが這っているかのように鈍い。
……いや、今まで試したこともないことをしているのだから、仕方ないか。むしろ初めてなのに、少しずつとはいえ部分的な変身ができているのだから順調と言うべきなのかもしれない。
順調……そう、順調のはずだ。ヒミコの変身は発動時に必ず身体が溶けるのだから、これは順調なはずなのだ。
あまりにも進行が遅いせいで、これは本当に変身できているのかと不安に駆られるが……辛抱するしかない。
そして、このままそれらしい挙動をするだけで実際には何も起きなかったらどうしよう、とはらはらしながらも見守り続けること、およそ三分。
「……できました。できました、コトちゃん……!」
そこには、腰から下が透明になっている私――に変身したヒミコ――がいた。
妙な気分だ。目の前に自分がもう一人いるだけでも十分奇妙だが、その半分がさらに自分ではないというのは、どうにも落ち着かない。
しかし見た目の奇矯さはともかく……これは、ひとまず成功と言っていいだろう。時間はかかったが、しかし確かに。
「ああ……できた、な……」
『ほらな?』
一方のアナキンは腕を組んで、得意げに鼻を鳴らしている。
こういうところは子供の頃と変わらない。いささか悔しいものがあるが、しかし今回は彼が正しかったのだと認めるしかない。
念のためその後も時間をかけて色々と試してみたが、どうやらA組のみんなであれば、私に変身中であっても部分的な変身ができるらしい。
もちろん変身の精度は好意の多寡に左右されるので、その程度は誰に変身するかでかなり差が出た。所要時間も相当に差があった。
その辺りのところから好意の差が目で見てわかる形ではっきりしてしまうので、誰がどれくらい好きなのかは敢えて触れないでおくが……しかし、全員に部分変身することができたことは間違いのない事実だ。
「……私。私、コトちゃん以外のことも……ちゃんと『好き』、だったんですね……」
感慨深げに、私のままのヒミコがつぶやく。改めて透明になった下半身をしげしげと眺めながら、ぺたぺたと触りながら。
「ああ……。しかもこれ、腰から下全部が変身できているということは、つまり君はトールのことを……」
その様子を見つめながら、私もため息をつくように言葉を漏らした。
そう。トールへの部分変身は、私と同量にできたのだ。
これができた相手は、他にいない。トールだけだ。それが意味することは、一つだろう。
『どうやらそうらしいな。つまり、君たちには既に「もう一人居る」わけだ』
そうだ。これはきっと、そういうことなのだ。
実を申せば、作者自身この展開になったのは想定外だったりします。
構想当時はもちろん、少なくともIアイランド編辺りまではこうなるなんて一切思ってなかったんです。ボクもトガちゃんと理波のカップリングのみで最後までやるんだって思ってたんですよ。
まさか原作でもあまり触れられない同化願望を物語のメイン要素として組み込んだ結果、こんなことになるとは・・・って自分でも思ってます。
ただ、ここまで積み上げてきた各設定を鑑みたとき、これ以外の結論は出せなかったのです。
「トガちゃんは原作通り好きな人そのものになりたい」
「でもフォースと同化願望が重なるとマズい」
「理波は一度失いかけたトガちゃんをまた失うことを何よりも恐れている」
「トガちゃんももう二度と理波と離れたくないと思っている」
「今の二人は曲がりなりにもダークサイダー」
いずれもここまでに何度か描写してきたものです。
これらを踏まえると、確証はなくとも今の二人が目の前の問題の原因を察せられたなら、とにかくそれをどうにかしようとする姿以外は考えられなかったんですよね。
つまりある意味では、今回の件もキャラが勝手に動いた形なんです。
ただ、いささか急な展開であったことは否定できない事実。
ボク自身はそれが間違っていたとは思っていませんが、しかしよりよい方向へ進められるであろうご指摘をいただけたため、展開を方向転換する形で書き直すことといたしました。
透ちゃんと、彼女のことが好きな方・・・書き直し前のバージョンのほうがいいという方には申し訳ありませんが、今後のことを考えるとこの形が恐らくボクにできる最善であろう、と。
とはいえ次の話で触れますが先に少し言っておきますと、透ちゃんとそういう関係になる可能性が消えたわけでもないです。
数ある友達の中で、理波と同じくらいに好きであるという点は間違いなく特別ですからね。時間も十分ありますし、ね?