「でも……それってつまり、私はやっぱり、透ちゃんのことお友達って思ってるわけですよね。コトちゃんのような『好き』じゃない、んですよね?」
元の姿に戻りながら、ヒミコが口を開いた。迷いのある、と言っているような寂しげな顔だ。
そしてこぼされた言葉に、アナキンは肩をすくめた。
『……そういえば言ってたっけな。彼女に申し訳ないんだな?』
「はい……。だって、何かの拍子に透ちゃんの心の奥が見えちゃったとき、私たち絶対気まずくなります。そのたびにごめんなさいって、思います。それは、ちょっと、ヤです……」
ヒミコの言葉は、私の言葉でもある。
先にも話し合った通り、私たちはトールの気持ちに気づいてしまっている。本人は実にうまく隠しているので恐らく誰も気づいていないだろうが、フォースによって察せてしまう私たちにはわかってしまうのだ。
そしてそれは、私たちの言動によって誘発されることが多い。スキンシップなど、好きという気持ちを相手に伝え相手も受け取る行為の瞬間にだ。
理由は単純。人の心は、自身が見聞きしたものに対して必ず何らかの反応をするからだ。それは訓練や慣れでかなり抑えられるが、もちろん簡単なことではない。私が会話を通じて相手から情報を抜き取るのは、その応用である。
だからこそ、私たちが何かをするところを見てしまったときの心の動きが、見えてしまう。ヒミコをまっすぐ見てしまう彼女には、それを避ける手段がない。それは、今後も起こり続けるだろう。
そしてそこに居合わせた場合、もはや私たちはそれを無視できない。もう、お互いのことしか見えていなかった頃とは違うのだ。
先ほどまでトールのことも引き受けてしまおうと話し合っていたのは、それを避けるためでもあったのだが……急ぐ必要がなくなった上に一応の答えまで出た今、白紙に戻ったと言っていい。合理的に考えるなら、トールを私たちの中に加えることに意味はない。
しかしそれでは、私たちのこの感情はどこにどう向ければいいのだろうか?
『はっきり言っておくぞ。さっきの状態もそうだが、今この状況で彼女に話を持ち掛けるのはものすごく失礼な話だからな?』
「はい……ひどいことするところでした。最初から二番手だってわかってるのに、断られないとわかってて付き合ってほしいなんてサイテーなのです」
その最低な話を提案した身なので、私はそっと顔を逸らす。
少し落ち着いて考えてみれば、その通りとしか言いようがない。本当に先ほどまでの私たちは周りが見えていなかったのだろう。
いや、ヒミコは見えていたか。見えていた上で、他に思いつかなくて消極的に同意してくれていたのだろうな。
これに見かねたように、アナキンは小さくため息をついた。
『人との交流が増えればこういうこともある。けどフォースユーザーには相手の強い気持ちが見えてしまうことがあるから、気にしなくていいことまで気にしてしまう。だからこそジェダイは、必要以上に誰かに深入りすることを禁じていたわけだが』
その言葉に、なるほどと納得する。
前世の私は深く気にせず、それが掟だからそうしていた。だが色々な人と深く関わるようになった今、掟の意味が強烈な実感と感触を伴って私たちを苛んでいる。
恐らく、この件に対する明確な答えはない。話の中核が同じであっても、相手によってすべきことが変わるだろうから。
そしてその内容は、千差万別。だからこそ、ジェダイはこれを禁じたのだろう。心の問題、悩みにすべて正面から向き合っていては、ただでさえ人数が少ないジェダイは組織としてうまく機能できなくなってしまうから。失敗したときのリスクが、とても大きいから。
私たちは共和国ジェダイに失敗に学ぼうとして、共和国ジェダイが強引にではあっても克服した問題を再発明してしまったようだ。
「……いっそのこと、透ちゃんもしまっとくちゃんなんてやめてくれればいいのに」
沈黙の中で、ヒミコがぽつりとこぼす。
「いっそのこと、私のこと好きなんだって、普段から言ってくれればいいのに。私たちに遠慮しないで、混ぜてほしいって言ってくれれば……そうすれば……」
確かに、と思わず頷く。
もちろん、過去に飛ぶ前のヒミコにそれは逆効果だった可能性が高い。当時の彼女は、間違いなく私しか見ていなかった。
私もきっと、似たようなものだと思う。だからトールの選択は間違いではない。
けれど今なら。今の私たちなら、きっとトールに求められれば拒まない。お互い、それだけの積み重ねがある。
だから。
「……そうすれば、きっと。今なら、
「フォースユーザーの直感なら、そう捨てたものでもないだろう。……しかし、そういうことを後腐れなく、正確に伝えられる人間なんて」
『何を言ってるんだ。こういうことこそ正面から話し合うべきだろう? ジェダイとはそういうものじゃないか。組織の合理化の果てに失った、理想の一つだろう?』
「それは……そうだが」
ジェダイは交渉人でもあった。調停役でもあった。
言葉を尽くして、人と人の間を取り持つ。それによって、共和国の自由と正義を守っていた。
確かに原点を省みるならば、ここは避けるべきときではない。挑むべきときなのだろう。
ちら、とヒミコを見る。まだ不安そうな顔だった。
しかし確かに前を向いていて、その目にはある種の覚悟の光も見て取れた。
「……はい、やってみます」
『いいや、違うな』
アナキンはそれを、即座に遮った。
『やるか、やらないかだ。やってみる、なんてものはない』
二人分の視線を受けながら、彼は言葉を続ける。
それは。
『人の心がかかっているんだぞ。試しにやってみるだなんて、そんな半端な気持ちでやるものじゃあない。そんなんじゃ、君たちにとって真実重要なことなんだって誰も思わないぜ』
それは間違いなく、偉大なジェダイマスターの金言だった。
と同時に、である。私たちの脳裏にヴィジョンがよぎった。まるで私たちを試すかのような、歯抜けで曖昧なものだったが。
しかし、それを見せられて。アナキンにここまで言わせて、尻込みなんてできるはずがない。そんな、愛する人に誇れない自分ではいたくなかった。
だから私たちは、まず自分たちの間で言葉を尽くすことにした。お互いの中にあるものを隠さず、言葉にしてぶつけ合うことで、今の自分の本当の気持ちを明らかにするために。
何より、その気持ちを伝える方法をはっきりさせるために。
そして出た、結論は――――
***
朝。一足先に談話スペースにいた私たちは、降りてきたトールを出迎えた。
「おはよー! 二人とも今日は早いね?」
「おはようございますー」
「ああ、おはよう。……まあその、ちょっと、な」
「?」
トールが首を傾げる。
無理もない。ただ朝の挨拶をしただけなのに、私が意味ありげに顔を逸らしたのだから。視線の先で、朝食の準備をしているテンヤとモモの委員長コンビが見えた。
それはともかく、私は今回どちらかというと見ている側だ。夜遅くまでヒミコと話し合った結果、今回の作戦では彼女が主体になったほうがいいと判断したからである。
そして一度するとなったら、ヒミコの行動力はとても高い。彼女は一切迷いを見せることなく、トールを招き寄せた。
「透ちゃん、一つお願いがあるんですけどいいですか?」
「? うん、私にできることなら!」
「あのですね、実はですね……透ちゃんのこと、チウチウしたいのです」
「え。う、うん、いいけど……こんな朝一番に?」
その申し出に、トールが一瞬硬直した。
それでもすぐに容認したのは、今までに何度もしていることだからだろう。あとは、それがヒミコにとっての愛情表現であると知っているからでもあるか。
ただ、今回はその「今まで」とは明確に違う。「今まで」は、切れ味のいい刃物で指などの表面を軽く切って、そこから吸う形だった。あるいはサポートアイテムの注射器で吸い上げて、それを飲むか。
いずれにせよ、ほぼ痛みを生じさせないやり方だった。他のみんなにもそうしている。
だが今回は、違う。違うのだ。同じではいけないのだ。なぜならそれは、愛情表現としては最上級ではないのだから。
「あの、でもですね……今回は、かぷっとして、チウチウしたいのです……」
――ダメですか?
ヒミコがそう問いかければ、トールは再び硬直した。今度は先ほどよりも長い。
その内心でどのような想いが渦巻いているかは、あえて見ないようにしているのでわからないが……しかし色々と荒ぶっていることは間違いないだろう。
かぷっとして、が最上級の愛情表現であるとまでは知らないはずだが、特別なことだと察することは難しくないからな。
「そ……それは、その。わ、私はいいけど……でも、いいの?」
生唾を飲み込んで一拍置いてから発された言葉は、少し足らない。わざとなのか偶然なのか。恐らくは後者かな?
しかしその視線が私に向いているのだから、トールは「かぷっとして」の意味を正確に理解したようだ。
よかった。察してくれなかったら話が進まないところだった。
だから私は内心の安堵を隠しながら、一つ大きく頷いて返す。トールが目を大きく見張った気配がした。
「いいんです。透ちゃんなら、いいんです」
先の問いが私に宛てられていたことを理解しつつも、無視してそれに挟まるようにヒミコが応じる。その顔には、深い慈愛が浮かんでいた。
これに赤面しながら応じたトールは、小さく頷いているところをヒミコにくいと引っ張られる。そのままされるがままに、ヒミコの膝の上へ横抱きに乗せられることになった。
「へ!? え、ちょ、ひ、ひみちゃん?」
「いただきまぁーす」
「ぅい……ッ!?」
わたわたと声を上げようとするが、もう遅い。ヒミコは一切ためらうことなく、トールの首筋に牙を突き立てた。
上げられたうめき声は、生物としてはある種当然のもの。その痛みに耐えるために、トールは自身を抱き寄せていたヒミコの身体を抱きしめる。
無理もない。「かぷっとして」とは文字通り噛みついてのことであり、明確に痛みを伴うのだから。
だがその様子は……傍から見ると、愛を交わしているように見えなくもない。
ヒミコにとって最上級の愛情表現なので、あながち間違いではない。だからこそヒミコは今までこれを私にしかしたことがないし、トールが私に確認を取ってきたのもそのためだ。
もちろん、私自身葛藤が一切なかったとは言わない。
それでもあの日、私と同じ想いを抱えて、一緒に涙を流した間柄である彼女なら、構わないと素直に思う境地には達している。話し合いの結果、そうなれたのだ。
「ン゛ア゛ッーーーー!?」
と、視界の端でミノルが雑巾を引き裂いたような汚い悲鳴を上げてひっくり返った。「や、やりやがった……遂に百合の間に挟まりやがった……ッ!」などとうめいているが、どうせいつもの発作だろう。
これをきっかけにして、談話スペースにいた面々が何事かとこちらに目を向けてきた。そして全員が全員、驚いて目を丸くしている。
そんな中でもヒミコのチウチウは終わらない。それはクラスメイト全員が談話スペースに揃うまで続けられた。
「……ぷはぁ。美味し……♡ ……んふふ、透ちゃん、ありがとうございました」
「ん゛……、く、う、うん……喜んでくれたなら、何よりだよ……」
普段からチウチウされている私には、かかった時間に反して実はそこまで血を吸えたわけではないとわかる。
だがそれよりも、大事なことがある。
「わ……っ、ひ、ひみちゃん……?」
まだ痛みにうめいているトールを、ヒミコが抱き寄せる。透明な頭を腕の中に抱きしめて。
そして、困惑している彼女に向けて、ヒミコはささやくように告げた。
「……透ちゃん。イイですよ。しまっとかなくて」
「……え……」
「だって、私。透ちゃんのこと――コトちゃんと同じくらい、大好きですから。その気持ちをぶつけられたって、迷惑だなんて思いません」
「……っ!?」
「もちろんそれは今はお友達として、ですけど……でも。お友達から始まる恋愛だって、世の中たくさんあります。
だから、ね? と告げながら、ヒミコはにぃっと笑った。いつもの笑みだった。
それでもまだ信じられないのか……いや、これは私に遠慮してくれているのか。トール、本当に君はいい人だよ。いい人がすぎる。
であれば、ここは私の義務か。非常に複雑な表情と思われるトールに、私は頷く。
「ああ、構わない。私も納得した上でここにいる」
「……っ、い、いい、の……? 私……私、本当に……?」
「そう言っている。……とはいえ、実際に君の気持ちを受け入れるかどうかは君の努力次第だ。フォースはあくまで、そういう日が来る可能性がある、としか言わなかった」
「……! ……っ、うん……、うん……っ! 私……私、がんばるね……! そういう未来、引き寄せられるくらい、がんばる……っ!」
そうしてトールはくしゃりと顔を崩して、それでも喜色を浮かべながら、ヒミコに改めて抱き着いた。
……実際問題、未来がどうなるかはわからない。
それでも、可能性は間違いなくある。何せ人間、心の底から愛しているのだと気持ちをぶつけられ続けて、ずっと何も思わないでいられるなんてあり得ないのだから。
もちろん程度の問題はあるが、本心から相手のことを想っての行動は、確かにそれだけの力を持っている。私はそれを、よく知っている。他ならない私自身が、そうやって愛を抱くに至ったのだから。
「……ケロ。おめでとう、と言えばいいのかしら?」
やがてトールが落ちついたタイミングを見計らって、ツユちゃんが声をかけてきた。
彼女の周りには、クラスメイトが勢ぞろいしていた――まあカツキは離れたところで食事を進めているが。
「……う、ん。そんな感じ!」
「よかったわね、透ちゃん。……でも、そろそろ朝ご飯にしましょう? 学校が始まってしまうわ」
「あ!? そ、そうだね! ……行こっ!」
「はい。コトちゃんも」
「ああ」
そうして、ようやく今日という日が始まり出す。
「ねーねー葉隠ー、つまりそういうことだったってことー!?」
「あー、まあそのー、実はそうだったんだよねぇ」
「言ってよー! そしたらあれやこれや聞いて回ったのにー!」
「だからなんだよなー!」
朝食を囲みながら、食卓は賑やかに盛り上がる。その様子を眺めながら、私もヒミコも安堵の息をついていた。
「ここにきて……百合ハーレム……だと……!?」
まあ、ミノルは過度な苦行は悟りに不適切として放棄したブッダを堕落者と断じた五人の沙門のような怒りと失望を顔に浮かべていたが。いずれにせよ、誰も触れなかった。
触れたくなかったとも言う。私としてはまだそうなったわけではないとはっきり言っておきたかったのだが、「同志に相談だ……」などとうめきながら床で悶絶している人間になど、関わり合いになりたくないというのが人として当たり前の心理だと思う。
「でもさ、なんでそういうことになったん? その、言い方アレかもやけど理波ちゃんおるやん? 理波ちゃんだって……」
ではその間私たちが何をしていたかと言えば、一婦多妻とも言うべき状況を許容するに至った理由を説明していた。
「……私の普通は世界にとって普通じゃなくて。だから、この世界がだいっキライでした。誰も私のこと、見てくれない。知ろうともしてくれなかったので」
いつもより真面目なトーンで語るヒミコに、多くの視線が集まっている。彼女は、両脇に座っている私とトールにはあえて触れないまま話を進める。
「でもコトちゃんに会って、そうじゃないんだって知ったんです。初めて私を救けてくれた人です。だからコトちゃんは私にとって特別で……だからこそ、コトちゃんしか見えてなくて。
それでも、そんな私をみんなちゃんと見てくれました。受け止めてくれました。好きでいてくれました。嬉しかったです。コトちゃんだけじゃないって思えたんです。
だから、ここに戻ってくることができたんです。みんなにまた会いたかったから。もしかしたら、他にも私をちゃんと見てくれる人がいるかもしれないって、そう思えたから……」
話す内容は昨夜、作戦を話し合う過程で導き出された私たちの結論である。
一晩かけて色んな意見を二人でぶつけ合って、最終的にそうだと気づけたのだ。ヒミコにとっては大嫌いだったはずのこの世界を、好きになりたいと……そう、思えているのだと。
「だから――私はもっと好きになる。この世界のこと、この世界に生きてる人たちのこと。みんな、みーんな。
でも全部はちょっと……ううん、絶対時間が足りないので。それなら、今本気の本気で私のこと好きでいてくれる人に、きちんと向き合おうって、そう思ったんです。いつかに
そして改めていつものように笑うと、ヒミコは堂々と宣言した。
もう彼女の中に、迷いはない。そんな彼女が頼もしかった。
そんなヒミコが大好きだからこそ、私も彼女の隣を分け合う可能性に素直に頷けたのだ。
……私の結論がヒミコに比べて軽い気もするが、彼女が結論付けると同時に私の中の葛藤も消えたので、仕方がない。まあ、愛は理屈ではないということなのだろう。
しかし、さて。これから先、私たちは一体どうなることやら。
フォースが見せた可能性は、いくつもあった。
つまり三人になるかもしれないし、二人のままかもしれない。あるいはもっと増えるかもしれない。
未来がどうなるかはわからないが……しかし、間違いないことが一つ。
ヒミコが過剰変身することは、きっともうないだろう。物証はないけれど、そう思った。そう、信じられた。
だからこそ、賑やかに笑顔が交差する食卓が何より眩しくて、嬉しくて。
私も久しぶりに、本当の意味で、心の底から笑うことができたのだった。
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EPISODE Ⅻ「もう一人いる」――――完
EPISODE XIII へ続く
書き直し後における透ちゃんの扱いは、しまっとくちゃんをやめるところで一旦ストップ。
理波やトガちゃん側もまだそういう意味では好きにはなれないけれど、彼女にそういう気持ちをぶつけられる分には一向に構わないし、自分たちがそういう気持ちを抱く可能性もそれはそれで構わないと受け止める覚悟を固めることができました。
だからしまっておかなくて大丈夫だよ、と伝える流れとなりました。
15話のテーマでありサブタイトルでもある「私はもっと好きになる」を残しつつ、書き換えた流れに沿う形になんとかできたんじゃないかな、と思います。
まあとはいえ、本編中で透ちゃんが二人の間に加わることはもうないと思います。
また、彼女がフォースユーザーになることもない予定です。
仮にそれらの事態になるとしても、本編中ではなく完結後のおまけなどになるでしょう。
というわけで、EP12「もう一人いる」はこれにておしまいです。
最初に言った通り、根幹に関わる部分に大きな変化があった今回の章。
まさかの終盤書き直しという顛末もありましたが、いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけたら幸いです。
まだ幕間が二つ残っていますが、どっちも直接的には理波と関係ない話なので、ここでひとまずの区切りです。
幕間については書き直し作業がないので、明日二つ連続で再投稿いたしますね。