ミノルは成仏しなかったし、何ならしぶとく生き延びたので、骨を拾うのは延期となった。
まあ彼のことは置いておくとして。
あの日曜日が開けた週の半ばから、ヒーローインターンの頻度が急に減ることになった。
なぜなら、期末テストが近いからだ。我々の本分は学生であるからして、至極当然の話である。
だからこそ、みんな空いた時間の多くはテスト勉強に費やしている――そのはずである――のだが……テストが近いとは言っても、本番自体はまだ一週間以上先の話。であれば、インターンの休養も兼ねてのんびりする時間を取ろうとするのも当然と言えよう。
では具体的に、どんなことになっているかというと……。
「ん~まい!」
「お茶子ちゃんたら」
「うま~! これこのまま飲みたいっ」
「私も味見ー!」
「皆さんお行儀がよろしくないですわ。テイスティングはスプーンを使わなくては……さ、耳郎さん」
「……ありがと」
バレンタインに向けた、チョコレート作りである。
そう、今日はバレンタインデー当日。チョコレートの祭典とも言うべき日を迎えて、私たち女性陣はチョコレート作りに勤しんでいる、というわけだ。
教師役は当然ヒミコである。とはいえ彼女も当事者なので、賑やかに作りながらだ。
既に一流の料理人と言っても過言ではない彼女がいるだけに、私たちに過度な緊張感はない。調理、特に製菓の分野はかなり厳密に進めるべきだとは知識として知っているが、息抜きも兼ねてのことなのでこれくらいは構わないだろう。
そもそも今回作るチョコレートはあくまでクラス内のもので、パーティの口実のようなものだしな。
ちなみに一部の男性陣は露骨に本命チョコを欲しがっていたが、残念ながらそれがかなうことはないだろう。
恋愛経験が一つしかなく、その手の心の機微にも疎い私だが、人に好かれたいと必死になればなるほど、人の心は離れていくのだということくらいはわかるのだ。過ぎたるは猶及ばざるが如し、である。
ただ正直なところ、私にとってバレンタインデーは長らく興味の対象ではなかった。私は自分が恋愛をするなど微塵も考えていなかったし、そのつもりもなかったからだ。
忌んでいたとすら言ってもいい。日本に根付いた過程も、商業主義の見本みたいなものらしいしな。
それでも無理に興味がある部分を挙げるとすれば、旬が過ぎて安売りが始まる翌日のほうが気になるくらいのものであった。この国の言葉で言うなら、花より団子とでも言うべきか。
だが、今年からは違う。なぜなら、今の私には愛する伴侶がいるからだ。
だから私も、今日ばかりはおっかなびっくりしながら調理に参加している。私の料理の腕など見た目相応でしかないのだが、それでもその……何かヒミコにしてあげたいと思ったのだ。誰から言われることもなく、ごくごく自然にそう思ったのである。
……まあヒミコへのプレゼントにする食べ物を、渡す本人から直接教導されながら作るという点については思うところがあるのだが……そこは仕方がないだろう。他にこの分野で頼れる人もいればいいのだが、そんな人間はいない。これのためだけに呼び寄せるわけにもいかない。
何より……ヒミコと一緒に作業するというのも楽しいものだから。これでいいのだと思う。
「もー! みんな味見ばっかしてちゃ『めっ』ですよ? チョコレートはテンパリングが味を左右するんですから、温度調整はきちんとしてくださいっ」
そんな中、ヒミコが呆れつつも楽しそうにみんなをたしなめた。参加者のほぼ全員が味見ばかりしていれば、そうもなろうというものだ。
いや、私も彼女たちの気持ちはわかるのだ。もういい加減に認めるしかないので白状してしまうが、私は甘いものが大好きなので。
しかしそれで肝心の調理に失敗していたら元も子もない。だからこそ、みんなもヒミコに言われてすぐ姿勢を正して作業に戻った。
「ちゃんと混ぜる! おいしいチョコ食べたいもん」
「みんなにも食べてほしいものね」
「……だね!」
トールとツユちゃんの言葉に、オチャコがイズクを思い浮かべながら応じる。相変わらず隠すのが下手で、その顔はほんのりと赤い。
それに気づいたミナが、にんまりと笑って会話を続行させた。
「やっぱり人に贈るものはちゃんとおいしく仕上げたい! ……だよねー?」
「……や、その……うん……!」
「だーよねー!?」
「まあねー!」
からかうようなミナの言葉にますます赤くなりつつも、観念して頷くオチャコ。
続いて話を振られたトールはと言えば、対照的に堂々としたものだ。見えなくとも伝わることをいいことに、ヒミコに熱視線を送っている。
「葉隠、隠さなくなってからすごいな……無敵じゃん」
「正直早まったかなと思うときがないわけではない」
半笑いでトールを見やるキョーカの言葉に真顔で応じる私だが、別に本気で言っているわけではない。ヒミコを挟んだ反対側を任せてもいいと今でも思っているくらいには、私はトールという人物を信頼している。
「恋する女の子はいつだって無敵で、最強なのです」
それはヒミコも同様で、苦笑しつつも嫌がってはいない。外も中もだ。トールの攻勢は、効果なしというわけではないらしい。
これに関してはヒミコいわく、
「私は普通の女の子なので、毎日あんなにも一生懸命愛をささやかれたら思うところはあるのです」
とのことで。遠回しに、ジェダイは人の心がわからないと批判されているような気がしてならない私だった。
「くそー、ここまでオープンだとからかい甲斐がないなー……」
「あまり人の気持ちをからかうものではありませんわよ」
「そうよ三奈ちゃん」
「わかってるよぉー。でもさー、コイバナってさー、そういうリアクションも含めてなところあるじゃない?」
「……まあ、わからなくはありませんけれど……」
「何事にも限度はあると思うわ?」
「ですよねー! 何にも言い返せない!」
「私は全然気にしないんだけど。ねぇ耳郎ちゃん?」
「いや、そこでウチに同意を求められても」
あまりにも隠さないトールの態度に、反応を見て盛り上がりたいミナは少々不満らしい。もちろん隠していないからこそ盛り上がることもあるのだが、今はそういう気分ではないようだ。
そしてミナはこの流れで私とヒミコを見……ることなく、そのまま視線を通過させた。私たちのことは、もう恋愛的な興味を引く話題がないらしい。
まあ、私たちももう一切隠していないからな。病院でクラスメイト全員に見られていることもあってか、寮の中ならヒミコも普通にキスをしてくるし、私もそれを拒まないし……私からすることだってあるし。
最初はこれにきゃあきゃあ黄色い声を上げていたミナだったが、最近はもう日常の風景になってしまったからか、目立った反応がない。人間、どんなことにも慣れるものだとつくづく思う。
では私たちを通過したミナの視線がどこに向けられたかというと、やはりオチャコである。彼女はこの話題が始まってからというもの、なるべく反応しないよう、なるべく目立たないように赤い顔で口を一文字に結んで黙々と作業に没頭していた。ターゲットにならないように、ということなのだろう。
そんなオチャコの気持ちを、態度で察したのだろう。ミナは口を開きかけたが、そこで一旦口を閉じて別の話題を改めて口にした。こういうところで、やはりヒーロー科の人間は良識があるのだろうな。
「……そういえばチョコって言えばさー、峰田のやついつまであのキャラ続けるんだろうね?」
ミナが次に矛先を向けたのは、ミノルだった。その言葉に、この場の全員が「ああ……」と遠い目をする。
なぜかと言えば、ミノルは二月に入ってからというもの、やたらと紳士ぶった態度を取るようになったからだ。
理由は言うまでもなくバレンタインデーに本命チョコを欲しいからなのだが、内心が見えてしまう私とヒミコにとっては正直なところだいぶ厄介だ。
何事もストレートに言うヒミコが、やはりストレートに無駄を説いたので寮内では普段通りではあるが……逆に言えば寮の外、つまり他のクラスの人間と接触する機会があるところでは、取り繕った態度を継続しているのである。それを私たちは目撃し続けているわけで……。
「本命チョコがほしいのでしたら、普段の態度を改めてもらわないとですわね」
この時期だけその場しのぎで取り繕ったとしても、すぐに化けの皮がはがれて幻滅されるだろうに。
それが私たちの総意であり、モモがため息交じりにこぼした言葉以上のものはないのであった。
「逆に轟くんはこの時期チョコすごそう。ただでさえイケメンなのに、意外と天然なところあってそれがギャップになってるし」
「わかりますよ透ちゃん。なんていうか、ダース単位でもらってそうですよねぇ彼」
「ケロ……目に浮かぶようだわ……」
「ていうか、峰田……と、あと上鳴以外の男子はみんな一つ二つくらいもらうんじゃない? インターンでみんな何かしら活躍してたし、報道も結構されてたじゃん?」
「確かに! あれだけ活躍してたんだし、なんなら本命が行っても不思議じゃないかもだ!」
「それが目当てのヒーローがいるとは思いたくありませんが、やはり人気商売なところがあるのは事実ですものね……」
ああ、そういえばこの時期はプロヒーローもチョコレートからは逃れられないらしいな……と思ったところで、視界の端で固まっているオチャコが見えた。
どうやら、先を越されてしまうのでは? という可能性に今初めて思い至ったらしい。その状態で硬直したまま、あれやこれやと思考がらせんのようにぐるぐる巡り始める。
そんな思考があまりにもあからさまに見えてしまうということは、それだけ動揺したのだろうなぁ……。
だがそんなオチャコをよそに、みんなの話はとまらない。A組の男性陣で誰が一番多くチョコをもらえるかの予想が始まっており、いつの間にか二位を当てたら(一位は満場一致でショートだったので)プレゼント用のチョコとは別に用意しているデザート用のチョコレートケーキを、一切れ多くもらえるという賭け事じみた遊びに発展していた。
これが余計にオチャコの思考の負のループを加速させていたのだが、私は見逃さなかった。会話を楽しむ傍ら、ヒミコが「これはもしかして、行けたのでは?」とほくそ笑んだことを。
最初からそのつもりで話を広げたわけではないようだが……なんというか、相変わらずだなぁ。千二百年近い時間を経てもなお、そういう性分は治らなかったらしい。三つ子の魂なんとやらか。
だから私は、ひっそりとため息をついた。今日はこのあとに何かが起こるのかもしれない、という予感がし始めていた。
作中の時間は二月。
二月と言えばそう、バレンタインですね。
ではバレンタインといえば? もちろんコイバナでしょう!
ということで実は今章、バレンタイン話は全部で4回あります。やっぱね、こういう恋愛系の話は書いててとても楽しかったです。
シリアスな全面戦争編を控えていますしね、これくらい羽目を外したって罰は当たらないでしょう。彼らだって高校生ですからね、ええ!