バレンタインの夜は、なんというか大変だった。ほとんど一晩中愛し合っていたし、おかげで室内は淫靡な匂いと血の匂いが混ざり合ってひどいことになっていた。
結果として換気に一時間近くかかったし、二人の血で血みどろになった寝具の後始末など考えたくもない、S-14Oにはいつも以上に苦労を掛けてしまうな。
こんなに激しく求め合ったのは、クリスマスのとき以来ではないだろ……いや待てよ、あれがたった一か月半前のことか。最近だな。なんてことだ。
ま、まあ、お互いに大変満足の行く夜であったことは事実だ。たまの外食くらいの間隔だと考えれば、まあ。あんな夜を毎日、となるとさすがに色々な意味で難しいし。
……うむ、この話はやめよう。
ということでバレンタイン後についてだが、実はあのあと……色々と私たちが力尽きている間にオチャコとイズクのほうでも進展があったらしい。翌日は朝から視界に相手が入っただけでも顔を赤くし続けていたのだから、一目瞭然だ。
二人が互いを必要以上に意識し合っているということはもはや誰の目からも明らかであり、ヒミコも含めたガールズトーク大好き三人娘が普段以上に楽しそうにしている姿が印象的であった。一部の男が血の涙を流す勢いで歯ぎしりしていたが、それは余談だろう。
ただ、どうやらまだ正式に恋仲になったわけではなさそうである。イズクはオチャコのことをどう思っているのかを自分なりに噛み砕こうとしているし、オチャコはその答えが出るときを待っている雰囲気だ。
イズクも私並みに、しかし私とはまったく異なる理由で恋愛から縁遠い人生を送ってきたようだからなぁ。オチャコの好意にそれまでまったく気づいていなかったし、完全に寝耳に水だったのだろう。文字通りに考える時間がほしいというわけか。
「ふふ、いかにも先輩です、みたいな顔してますよ?」
「……悪かったな、どうせ私は顔に出やすい性質さ」
「そうじゃなくって……コトちゃんなんて私から告白されたとき、本当の本当になんにもわかってなかったじゃないですか。それなのにすっかり経験者目線してるんですもん、訳知り顔でうんうん頷いちゃって。それがすっごくカァイイなぁって思ったのです」
「……その件については黙秘させてもらいたい」
ヒミコに理解させられる以前の話は、禁則事項にできないものだろうか……。
いや、うん、それはどうでもいいのだ。それはさておきである。
そういうわけなので、イズクとオチャコの仲が今後さらに進みそうな気配を見せていたわけだが、さすがに半月も経てば二人とも落ち着いてきた。あくまで表面上ではあるが、少なくとも学業や仕事に支障をきたすようなことはなくなった。
これに伴い、茶化すというかはやし立てるというか……ともかくそういう空気は鎮静化していった。
いや、二人の行く末を見守る段階に入った、と言ったほうがいいかもしれない。ミナなどは定期的にもどかしそうにしていたし、実際そういう趣旨のことを口にしていたが……この手の話は時間以外に解決する手段がないものである。少なくとも私はそうだった。
だから私としては、二人が心安らかに過ごせるように配慮しつつ静観するのみである。
一方トールはというと、こちらもヒミコにきちんと告白していた。私はそのときあえて二人の傍にはいないつもりだったのだが、なぜか私も一緒に聞いてくれと言われたので、恋人が告白される場面を目の当たりにすることになった。
というのもトールとヒミコの関係は、年始の一件で周囲からはそういうものなのだと思われているのだが、よくよく考えれば面と向かって告白はしたことがないことに気づいたらしいのだ。そしてするのであれば、私に対しても筋を通すべきだと彼女は考えたというわけだ。
だからこそ、このときのトールの告白はどちらかというと、決意表明のようななものだった。
「ひみちゃん、大好きです! 愛してます! ……でも正直、恋人になってくださいって言うのは早いかなとも思うんだよね。まだひみちゃんの認識は友達っぽいなって……」
「……そですね。透ちゃんにはごめんなさいですけど、そういう意味での好きにはまだなれてないです」
「やっぱり? ……だからね、今はこれ以上は言わないでおくんだ。私、これからもがんばる! ひみちゃんに振り向いてもらえるようにがんばる! から! 改めてこれからもよろしくお願いします!」
「んふふ……はい。待ってますね、透ちゃん」
そして二人は、お互いににっこり笑って抱き締め合った。隣で見ていても、美しい光景だったと思う。友人として、トールの想いが成就するといいなとも。
もちろん、ヒミコの右隣を譲るつもりはないが。それでも、右と左からヒミコを囲む日が来ても、それは構わないと改めて思った。普段から元気いっぱいなトールがいてくれたら、私たちの日々はもっと明るく楽しいものになると確信できるから。
……何はともあれ、二月はそんな感じで穏やかに、かつどことなくチョコレートの甘さを伴う残り香を漂わせながら過ぎていった。学年最後の筆記テストもつつがなく終わり、ほどなくインターンも再開。A組はもちろんB組も、さらなる成長を求めて精進する日々であった。
そんなある日のこと。ちょうど三月に入ったタイミングのことだった。
いつものように、寮の一階にある食堂スペースで夕食をみんなで楽しんでいたときのことである。BGM代わりにつけっぱなしにしていたテレビから、悪い意味で人間の興味を引く音が鳴り響いた。
「え、何?」
「なんだなんだ?」
突然のことに、全員の意識がテレビに向かう。私も同様である。
映し出されていたのはニュース番組だったのだが、画面の上部には「緊急速報」の文字。
そして続けて表示されたのは、白昼のオセオン市街地でテロが発生、大量の犠牲者が出たという文章。これには全員の顔が強張った。
この緊急速報に続く形で、ニュース番組のほうも慌ただしくなった。それまでやっていた国内のニュースをばたばたと終わらせると、オセオンで発生した事件のみに注力する形になったのである。
「オセオン……ってどこの国だっけ?」
「大西洋にある国だ、上鳴くん。イギリスやアイルランドの南西、フランスの真西辺りにある島国で、島内でクレイドと国境を接している」
「ただ、日本とはほとんど縁がない国ですわね。国交はありますし、仲が悪いわけでもないですけれど……」
デンキの疑問に、成績優秀者の二人が解説する。
二人の言う通り、オセオンは日本では知名度が低い国だ。歴史の古いイギリスやフランス、イタリアなどに比べると観光地としての訴求力は低いし、経済的な重要度にも差がある。
ユーラシア大陸とアメリカ大陸との間にあるという立地を生かした中間貿易も行われてはいるが、それで食べていくにはユーラシア大陸に近すぎる。必然、欧州に数えられつつもその国力や知名度はどうしても劣る。そんな国だ。
そうこうしているうちに、ニュース番組のほうがことの仔細を報道し始めた。どうやら何らかの薬品が散布された結果、一般市民たちの”個性”が暴走。それによって多大な被害が出たようだ。死者多数かつ、その数は時間を追うごとに増え続けている、と。
問題の薬品自体に殺傷能力はなさそうだが、しかし”個性”の暴走によって心身に多大な影響が出るので実質致命的な毒物と見ていいだろう、とも。
「ひどい……」
「なんでこんなことができるんだよ……!?」
何人かが絶句し、それ以外のものは義憤に駆られて声を荒らげた。まったくもって同感である。
そしてニュース番組は、これらの事件を起こしたものがヒューマライズという思想団体だと述べた。事件そのものの報道はここで一旦打ち切られ、そこからはヒューマライズという団体についての解説が始まる。
「個性終末論……頷ける部分が一切ないとは言わねぇが」
「世迷い言。科学的根拠などない」
「ああ! 別にそういう考え方があること自体は否定しねーが、それで普通に生きてる人を無差別に襲うなんて間違ってる!」
「わっ、切島アンブレイカブル出てるアンブレイカブル」
これまた同感である。
個性終末論……すなわち”個性”は世代を経るごとに混ざり合い、深まり合い、どんどん強力になっていくが、ホモ・サピエンスという生物種の進化はこれに追いつけず、いずれは誰にもコントロールできなくなって絶滅に向かうだろう、という仮説である。
本来は個性特異点と呼ばれていたらしいこれは、”個性”というものが世に出始めてから四半世紀ほどが経った頃、とある医師によって提唱されたという。
しかしフミカゲが言った通り、この仮説に科学的な根拠はない。実証はいまだされておらず、提唱された当時も真面目に取り合ったものはほぼいなかったらしい。
ただ私は一定程度ではあるが、この仮説を支持している。この現代、私の世代以降の子供にはそれまで以上に強力な”個性”の持ち主がそれ以前の世代に比べて多いからだ。”個性”など存在しない星から来た私には、それがよりはっきりとした形を持った脅威に見えるのだ。
A組で言えば、ショートがこの「強力な”個性”」に該当するだろうか。彼が「頷ける部分が一切ないとは言わない」と称したのは彼自身もそこは認識しているからだろう。
トドロキ家の個性婚のことを知っているイズクとカツキも、内心で「彼/こいつが言うと少し説得力ある」と思っている。彼らも完全な与太話とまでは思っていないのだろう。
とはいえ、この個性終末論はそれだけなら別にさほど過激な思想ではない。終末論の一種ということでオカルトめいた色を帯びてはいるが、人類の滅亡に対する警鐘と取れなくもないからな。
だが、これが「”個性”とは人類種に発症した病である」という思想と結びつくと、途端に危険度が増す。この思想から「病は根絶しなければならない」「そのために”個性”を持った人間を絶滅させなければならない」という考え方に飛躍しかねないからだ。
実際、ヒューマライズとはそういう飛躍をした、してしまった団体なのだろう。彼らは無個性こそが純粋な人類であり、彼らだけが生き残るべきだと主張しているようなので、間違いないはずだ。
「ええ……ってことは何? このヒューマライズとかいう連中、地球上の約八割の人間を殺そうとしてるわけ? ”個性”を暴走させる形で?」
番組が一通りの解説を終えたところで、キョーカが嫌悪感を隠すことなく口にした。これに全員が押し黙る。
否定する材料は何もなかった。何せ現代、地球の人口は約八割が大小の差こそあっても何らかの”個性”を持っているのだから。
「エグすぎんだろ……」
「これが人間のやることかよぉ!?」
「信じられない……!」
「許せないよ、こんなの!」
「なんとかできないかなぁ!? 見てるだけなんてそんな……悔しいよ!」
「うん……!」
そしてこの気持ちは、みんなも同感なのだろう。立ち上がり、拳を振り上げながら声を上げたトールを筆頭に、全員が全員決意を固めた顔をしている。
「みんなの気持ちはよくわかるけれど……私たちは学生よ。免許だって仮だわ」
「……梅雨ちゃんくんの言う通りだ。それにオセオンは時差十時間近くもある遠隔地……俺たちの出番はないだろう」
「それは……そうかもしれないけど……!」
もちろん、現実はツユちゃんとテンヤの言う通りなのだろう。本来、こういうものは大人が対処すべきであるし、遠方の人間がどうこうできるものでもない。
しかしそれでも。それでも、である。
「ふふ……梅雨ちゃんも飯田くんも、言ってることと顔つきが正反対ですよ?」
ヒミコが言う通り、二人とも悔しそうな顔をしている。他のものと同じように、だ。二人もそれは自覚しているのか、痛いところを突かれたという顔をしている。
だがそれは、みんな大なり小なり同じである。現実を前にして納得できるような聞き分けのいいものなど、きっと雄英のヒーロー科にはいないだろうな。
……もちろん私も。そうだと信じたい。
何故、などと考えるまでもないだろう。こんな非人道的な手法など、ジェダイとしてもヒーローとしても、何よりこの星に生きる一人の人間としても、到底看過できることではない。
確かに”個性”は危険な代物だ。こんなものがあるからこの星はどこもかしこも治安が悪いし、日常的に悲劇がどこかで起きている。
それでも、それでもだ。だからといって、まさに今現在を平穏に生きている人間の自由を否定していいはずがない。それをを侵害するなど、誰であっても許されることではない。そんな権利は誰にもありはしない。
だから、だろうか。
今は暗黒面の側に立っている私だが……それでも今は、この報道を聞いて真っ先に感じたものは、心の中で燃え上がる光だった。
そんな私を、ヒミコが嬉しそうに私を見ている。彼女の心の声が聞こえてくる。
『んふふ、それでこそ私が大好きになったコトちゃんです。そういう生き方しかできない不器用なところも含めて、大好きですよ』
そういう生き方しかできない、か。なるほど、言い得て妙である。
バレンタインの余韻を残しつつ、劇場版第三作ワールドヒーローズミッションの始まり。
ここからは甘さ控えめ、シリアス多めでお届けしてまいります。
・・・ところでこの劇場版第三作の影響で、ヒロアカ世界が現実とは別の世界線であることがはっきりと確定してしまうのですが、まあそこは細かいことはいいんだよの精神でお願いします。
というかあの世界にはブリテン島の南西にそこそこな大きさの島が存在していることになってるわけですが、大西洋の海流とかどうなってるんでしょうね。