トリガーボムの一斉起爆まで、残りおよそ三十五分。日本とアメリカで、一足先にトリガーボムがすべて無力化されたという連絡を受けたところで、ようやく隔壁を突破することができた。
なんと隔壁は三重になっていた。随分とまあ厳重なことである。
だがそれを力づくで破り、奥の間に踏み込んだ私たちが見たものは、赤いレーザーに貫かれるデクの姿だった。
「「デク!」」「出久くん!」
ソウルが真っ先に中に飛び込み、デクへと駆け寄る。私とトランシィがすぐ彼に続かなかったのは、警戒のためだ。明らかにデクは戦っていたからな。
「ロディ……!? なんでここに……っていうか何その恰好……?」
「俺にもできることがあると思ったんだよ……カッコのことはほっとけ!」
「私が連れてきた。そのほうが合理的だと判断した」
あちこちから血を流しながらもデクがソウルを案じるので、二人のことはトランシィに任せよう。
目配せすれば、彼女はそれを察して頷いてくれた。こちらにライトセーバーを投げ渡すと、すぐに私に変身しながらデクの身体を支え起こし、増幅によって応急処置を開始している。
「ヒューマライズ指導者、フレクト・ターンだな」
「……隔壁は下ろしたはずだが。力づくで突破してきたのか。度し難い重症者め……」
対して私は、目の前の男と相対する。全身が青い肌の男だ。肌どころか髪も青い。全身青づくめだ。服は赤だが、その対比は意図的なものだろうか。
宙に浮いているのは、そういう”個性”なのだろう。もちろん、世界規模の犯罪組織の頭目の”個性”がそれだけだとは思わない。本来の効果は別にあり、浮いているのは副次的なものだろうな。
「重症者、か……なるほど、聞いていた通りの思想家のようだ。我々は”個性”という不治の病に侵された重症者ということか」
「いかにも。私は”個性”という病をこの世から消し去る。これはそのための戦いだ」
「ふむ……”個性”は根絶すべきだという意見についてはそれなりに同意する」
「ま、増栄さん……!?」
「おい、アンタそれ本気で言ってんのか!?」
「無論本気だ。私は人間が生きていく上で、”個性”は不要だと考えている。この星の異常なまでの治安の悪さは”個性”に起因しているからな」
私の指摘に、デクとソウルが口をつぐむ。これは数値からわかる客観的な事実だからな。これそのものを否定することは不可能だ。
「ほう……? ステージ5の重症者の割には殊勝なことを言う」
「”個性”があるから被害を受けたもの、道を誤ったものはそれなりに見てきた。たった十一年しか生きていないにもかかわらずだ。この星が超常以来、一体どれほどの不幸を積み重ねてきたのか想像もつかない」
もちろん”個性”があるからこその出会いや幸福も、理解している。トランシィ……ヒミコとの出会いや、出会ってからのすべては”個性”がなければ成し得なかったことだろう。
私でなくとも、”個性”によって命を救われたものはいるだろう。”個性”があるからこそ救かった、という経験もこの星ではありふれている。
そのことも理解しているからこそ、あくまで「それなりに」なのだ。何はどうあれこの星の人々は”個性”に一定の折り合いをつけ、今も社会秩序を保つことは最低限出来ているのだからな。私個人の思想はどうあれ、今を生きる人々の幸福や自由、権利を否定するつもりは一切ない。
だが、フレクト・ターンはそうは思わなかったのだろう。彼から感じるのは、”個性”というものに対する負の感情ばかりである。
「その通り。私もこの病により、生まれてこの方一度も両親から抱きしめられたことがない。心を通わせた友人も、想いを寄せた人も私から離れていった。コントロールできない”個性”など、苦しみを生むだけだ」
「君の生まれ、育ち、立場には同情する。辛かっただろう。そうした幸せを享受できている私が言っても、君の心には響かないかもしれないが……それでも。名目上ヒーローを志すものとして……ヴィランであっても心を寄せることを信条とする父を持つ娘として、私は君の意見をできる限り尊重したいと思う」
私の言葉に、後ろに控えるデクとロディが愕然としているのがわかる。
対するフレクト・ターンは、ゆるりと目を細めた。フォースがなくともわかる。あれは私を見定める目だ。
「だが……なぜだ? なぜ、”個性”の持ち主を殺すという道を選んだ? ”個性”を根絶するに当たって、どうしてよりにもよって最も残酷な手段を志したのだ?」
「子供にはわかるまい……何かをなすためには、常に犠牲がつきものだ。それがたまたま、全人口の約八割が該当するというだけのこと」
「……やはりわからないな……。なぜそこで、望むものの”個性”を消そうという方向に行かなかった?
「……なん、だと?」
私の言葉に、デクがそれまでとは別の意味で愕然とするのがわかった。
わかっている。オーバーホールに端を発する一連の事件は、関係各所に多大な犠牲を強いた。彼がやろうとしていたことが正しいとは、絶対に言わないとも。
だが、だ。それでも、私は彼が目指したもの……”個性”を破壊し永遠に失わせる道具はある意味で、この星の今後を左右し得る極めて重要な発明だったとは思うのだ。
「知らないのか? 銃に特殊な弾丸を装填して使うのだが、この弾丸を喰らうと”個性”が消失する。件のマフィアはこれを量産一歩手前のところにまでこぎつけていた」
「な……ば、バカな……!? そんなことが、できるはずが……」
「いいや、できる。実際に民間人から何人も被害者が出ていたし、ヒーローからも被害者が出た。信じられないのなら、今度日本で捜査資料に当たってみるといい。正規の手段ではアクセスできないだろうがな」
まあ彼らは完成品を受けたわけではない……つまり永遠に”個性”を失ったわけではないのだが。それを言う必要はないだろう。個性破壊弾の由来についてもだ。
これを聞いたフレクト・ターンは、絶句している。その内心は乱れていた。”個性”を消失させる道具に対する羨望、期待、希望などと共に、諦観や嫉妬、憤怒などが混じり合っている。
「施設もない、金もない、零細のマフィアがそこまでやれたのだ。世界中に支部と団員を持つ君なら、もっとうまく、早くできただろうに。なぜそれをしなかった?」
だから問う。フレクト・ターンという人間の、本音を知りたかった。オーバーホールの一件をあえて口にしたのは、そのきっかけとなると期待してのことだ。
だが返答はない。フレクト・ターンは顔を歪めてこちらを睨むばかりだ。その心は既に落ち着きを取り戻しかけているが、少しの間侵入を許す程度には緩んだ。
少しの間であっても、鍛えた私のフォースは無言を無言として受け取らない。フォースとは、宇宙のあらゆるものと繋がる力なのだから。
けれども、そうして得られた答えは私が望むものではなかった。
荒れ狂う心の向こう、奥の底から顔を出した彼の本心は、既に闇で塗りつぶされていたのだ。
その闇の名前は、憎悪という。
「……そうか。つまるところ君は、まっとうに”個性”を世界から消すつもりなど最初からなかったのか。君がしたかったのは救済ではなく……復讐なのだな。この世界の大半を占める”個性”持つ人々に対する」
「……ッ! その口を閉じろ小娘!」
「ダメだ、増栄さん危ない!」
「問題ない」
声を荒らげたフレクト・ターンに応じるように、四方八方から赤いレーザーが射出された。私はこれを、二本のライトセーバーでフレクト・ターンとは関係のない方向へ弾き飛ばす。
これと同じくして、私の後ろから青白い稲妻が迸った。トランシィが放ったフォースライトニングが、一斉にレーザーの発射装置を襲ったのだ。
これにより、すべてのレーザー装置が爆発を起こして機能を停止する。フレクト・ターンの顔が、爆風にあおられてさらに歪む。
「ぬ……むぅ……!」
「フレクト・ターン。”個性”という病は根絶すべきだとする君の意見には、一定の同意をする。だが、致命的に方法を間違えたとも思う。病だというなら、治療するという方向に進むべきだったのではないか? 平和裏にことを成すのは、絶対に不可能だったのか? 君の目指すものは、そのやり方でも達成できるのではないか?」
「黙れ……黙れ! 貴様に私の何がわかる! 自ら死を選ぶことすら拒むこの病の! 一体何がわかると言うのだ!」
激昂したフレクト・ターンが手を掲げる。すると周囲の壁にいくつかの穴が開き、そこから追加のレーザー装置が顔を出した。
すぐさま放たれた赤いレーザーは、私ではなくフレクト・ターンを襲う。だがそれらはすべて反射し、複雑な軌道を描いて私たちに向かってくる。普通の人間に、それらを見切ることは不可能だろう。
「ああ、わからないとも。わからない……が、寄り添うことはできる」
だが反射という段階を挟むということは、必ずしも一斉に襲ってくるわけではないということ。そして一斉に襲ってこないということは、一つ一つ順に対処する余地があるということだ。
だから私は二本のライトセーバーの刀身を適宜増幅し、レーザーを一つ一つ明後日の方向へ飛ばしていく。
最終的に私たちを襲うにまで至ったレーザーは、たったの二本だけだった。それも軽く身体をひねれば、そのまま虚空へと消えていく。
そしてその頃には、やはりトランシィのフォースライトニングがレーザー装置を破壊していた。その後もいくつかレーザー装置が繰り出されたが、すべて同じ結果に終わった。
「フレクト・ターン。今からでも遅くはない。やり直そう。君はまだやり直せる。だから――」
抵抗がやんだところで、説得を試み……ようとしたのだが。返答は鉛玉だった。
ただの人間が一人で扱うには困難な、非常に強い反動がある大きな拳銃から見舞われたそれは、彼の反射する”個性”と相まってか、凄まじい威力が込められていた。
恐らくだが、反動を「反射」して弾丸に勢いを追加したのだろうな。対物ライフルに匹敵するほどの威力で、直撃しようものなら四肢くらい簡単に吹き飛んだことだろう。
しかし、ああしかし、だ。残念ながら、そんな威力の弾丸であっても、結局は小さな金属の塊に過ぎない。
であれば、ライトセーバーを持つフォースユーザーの私に防げない道理はない。橙色の切先が、鉛玉を飲み込んだ。
「……それが君の答えというわけか?」
最初のような冷静さを失い、血走った目と荒ぶる呼吸を隠そうともしないフレクト・ターンに、私は一歩足を踏み出す。心の底からのため息が漏れ出た。
「であれば、私は一人のヒーローとして……君をとめなければならない。なぜなら……」
ここで、私は思わず言葉を切った。
何を言えばいいのかわからなくなった、わけではない。話しながら脳裏で次に出すべき言葉を探る中、ふとよぎったインゲニウムの言葉に気づくものがあったからだ。
ほんの一時間ほど前にかけられた言葉が、足りていなかった最後のピースを埋める音が聞こえた気がした。
「……なぜなら。なぜなら私は、
ああ、そうだ。そうだった。
私が本当に望んでいたものは正義という、掲げる者によって姿かたちを変える曖昧なものではなく……この星が平和であること。この星に生きる人々の自由が保障されていること。その二つが両立する秩序ある世界をこそ、私は望んでいた。
であるならば、私個人の善悪の行方は究極関係がない。そのことに、私はこの緊迫した場面で不意に思い至った。
ああ、ルークの教えは正しかったのだ。大事なことは、誰かを救けようとする心とそれを行動に移す勇気。それさえあれば、闇の力であっても自由と平和のために戦うことはできる。
他ならないヒミコが遠い昔、遥か彼方の銀河系で実践して見せたように。今この場でも、まさに実践しているように。
「デク、ソウルたちを連れて奥へ進め。ここは私がやる」
「……あの反射を突破する手段、思いついたんだね?」
完全に我を忘れているフレクト・ターンを見て、私はデクへと声をかける。彼は既におおよそ治っており、いつでも動ける態勢を維持していた。
彼にそうだと頷いたところで、再びの銃撃。これもセーバーで蒸発させる。
「わかった、任せるよ。行こうロディ、トガさん!」
「行かせん!」
駆け出したデクたちに銃口が向けられる。私に対して完全に無防備になるが、そこはあらゆるものを反射できるという自信があるからこそだろう。彼は自身の”個性”を嫌っているが、それはそれとして信用はしているようだ。この力はすべてを反射すると、そう信じているらしい。
だが、私はそうは思わない。今のフレクト・ターンが、空中に静止していることがその証拠。
重力すらも反射していると言えば聞こえはいいが、本当に重力をすべて完全に反射しているなら、オチャコのゼログラビティを受けたもののように無秩序に空中を漂うはずだ。そうしていない以上、重力の反射には限界がある。
つまり、1G以上の重力。要するに強めのフォースプルを使えば、彼に影響を及ぼすことは可能。それを手元の銃に向ければ――こうやって、銃を没収することができるというわけだ。多少反射されたらしく、私も前方に少し引っ張られたが……そこは身構えていたので問題ない。
私に愕然とした顔が私に向けられる。その隙に、デクたちは奥へと進んでいった。
電子ロックがかかった分厚い扉のようだったが、私に変身したトランシィにかかれば紙束程度のものでしかない。フォースハックを防ぐ装備は、少なくとも今の地球上には存在しないのだ。
ヒミコのライトセーバーを収め、空いた手を前方に掲げる。推測を確信に変えるため、少し試しながら……立ち尽くすフレクト・ターンに声をかける。
「フレクト・ターン、もう悲しい復讐は終わりにしよう。誰も……君すらも救われないやり方ではなく。君も含めた誰もが救われる道を探そう。私もできる限り協力するから」
「う……う、うおおおあああああ!!」
だが、自棄になったフレクト・ターンは猛然と私に殴りかかって来た。振りかぶられた拳が、一直線に私の顔に向かってくる。
「……残念だ」
だから私は、増幅を発動させた。私の”個性”は私の意思に従い、私が意図した通りの結果を引き起こす。
すなわちフレクト・ターンの耳元で空気を瞬間的に増幅し、爆音を響かせるという結果だ。
これを無防備に受けたフレクト・ターンは意識を失い、その場に前のめりに倒れていく。人間は130デシベル以上の音を聞くと気絶する。私はそこを突いたのだ。直前に彼の聴覚を増幅していたから、効果は抜群であった。
その分彼は受け身を取ることすらできないままこちらに倒れてきたので、私はその身体を抱き留めた。体勢を仰向けに変えてやり、白目をむいた顔を私はそっとなでる。
……彼は、自身の”個性”を本当に心底嫌っていたのだな。だからこそ、深く研究することをしていなかったのだろう。それでも十分な強さを誇るものではあったが……それこそが敗因になった。
研究をしていれば、自身の”個性”が決してすべてを反射するものではないと気づけたはずなのだから。
なぜか? 簡単な話だ。本当にすべてを反射するというのであれば、会話が成り立つはずがない。
会話とは、その要となる聴覚とは、耳の内部にある鼓膜をはじめとした各種器官が、空気の振動を
他にも、彼は自殺することすらできないと言っていたが、この歳になるまで普通に生きていたなら間違いなく食事はしていたはず。
つまり胃の中、内臓にまでは反射は及ばないと見てまず間違いない。本当に死にたかったなら、毒を摂取すればよかったのだ。もちろん、自殺を推奨するわけではないが……。
「……お互いに言葉は通じるというのに。分かり合えないとは、悲しいことだな」
思わずひとりごちた私の頭上で、かすかな電子音が聞こえた。
つられて視線を上げれば、そこにはトリガーボム起動までの残り時間が停止した状態で浮かび上がっている。動く気配はない。どうやら、デクたちはうまくやってくれてらしい。
これにて一件落着、か。停止したトリガーボムの回収や解体、あるいはオセオンの警察などの摘発なども残ってはいるが……ひとまずは。
私はこちらに近づいてくるデクたちの明るい声を聞きながら、ふっと安堵の息をついたのだった。
ヒューマライズ事件、これにて一件落着。
と同時に、理波も今の自分にとっての答えを見つけることになりました。
人々の自由と平和を守る、というのはぶっちゃけ歴代の仮面ライダーたちが体現してきた日本的なヒーロー像の思想なのですが、個人のヒーローが掲げる上でデメリット・・・というか問題が一番少ない考え方は、これなんじゃないかと個人的に思っています。
少ないだけでないわけじゃない、というのがポイント。間違うときだってある。この世に絶対正しいものなんて存在しない、ということで。
これに加えて、なるべくヴィラン相手であっても寄り添いたいというのが今の理波の思想です。お父さん大好きだからね、仕方ないね。
フレクト・ターンとの決裂を悲しいと言っていますが、理波の中では完全に決裂したとは思ってなくて、なんだかんだで機会があれば面会しに行ったりとかすると思う。