それはヒューマライズの事件が解決してから、およそ一週間後。すべてのヒーローが帰国し、雄英ヒーロー科によるインターンもそろそろ本格的に再開されようとしていた時期のことである。
現ナンバーワンヒーローのフレイムヒーロー・エンデヴァーはこの日、ヒーロー公安委員会からの呼び出しを受けて出頭していた。案内された場所には警察の人間も相当数おり、それがエンデヴァーの警戒心を強めさせた。
「……それで。インターン生の対応もしなければならない今、仕事中の俺を呼び出したからには相応のわけがあるんだろうな」
「もちろんよ。……よろしくお願いします」
エンデヴァーに応じた公安委員長は、すぐさま傍らに立つ警察幹部へと話を振った。彼はエンデヴァーに名乗るとともに、警視の立場を明かして一礼する。
無言で続きを促された彼は、そのまま本題に入った。
「まず最初に、謝罪させてください。実は我々は先立って、あなたのDNAを鑑定すべく頭髪を回収しております。許可を得ずそうしたことについて、申し訳ありませんでした」
「……DNA、だと? 何が目的だ」
「警察から潜らせているエージェントから、ヴィラン連合の幹部、荼毘の頭髪はじめいくつかの皮膚組織を入手しました。そちらと照合するためです」
よどみなく帰って来た言葉に、エンデヴァーの顔が険しくなる。
「結論から申します。荼毘は――エンデヴァー、あなたの息子である可能性が極めて高い。それもほぼ断定できるレベルで、です」
だが続けられた言葉に、表情が抜け落ちる。
が、すぐに怒りで染まる。顔が歪み、その身体から無数の炎が吹き上がった。
「荼毘が……俺の息子だと……!? 冗談だとしても性質が悪すぎるぞ……この俺を怒らせて何がしたい!!」
「我々も違っていてほしかったですよ。今でも違っていてくれと思っています。ですがDNA鑑定の結果が、そのように出たのです。こちらがその結果になります」
対して警視は、あくまで淡々と資料を開示していく。エンデヴァーが渡された書類に手をつけようとしないので、スクリーンに投影される形だ。
そこに連ねられた文字情報は、いずれも専門的な要素が絡むため知識のない人間が即座にすべてを理解することは難しい。それでも何が、どれくらい一致しているのかくらいは、日本で義務教育を終えた人間ならおおよそ理解ができる。
エンデヴァーもそこから漏れることはなく、またトップヒーローとして長年活躍してきた彼のヒーローとしての部分が、これらの情報を正確に理解させた。させてしまった。
荼毘の正体が、今は亡きはずの長男……轟燈矢であるということを。
だからこそ、エンデヴァーの身体から熱が引いていく。炎が消えて、その巨体がわななく。
ヒーローも、一人の人間だ。完璧な存在ではない。だから。
「……あ、あり得ない……息子は……燈矢は……十年前に死んだ……!」
だから、彼はか細い声で目の前の現実を否定した。
「遺骨だって……ある……!」
「下顎部の一部が、でしょう?」
そして、即座に否定を否定される。
そう、エンデヴァーの。轟家の手元にあるのは、ごくごく一部の骨だけだ。それ以外のものは、見つかっていない。火事によって、それしか見つからなかったと……そう、思われていた。
だが真実は違った。それが今、明らかにされたのである。
「潜り込ませたエージェントが言っていました。荼毘の中にあるのはエンデヴァー、あなたやその家族への強い強い憎しみのみだと。
だから我々は、あなたを中心に調べました。あなたが過去に解決した事件の関係者か、もしくは個人的な恨みを持つ近しい人物が荼毘の正体ではないかと疑ってのことです。だからエージェントには、どうにかして荼毘のDNAを調べられるものを入手してもらいました」
あれはクリスマスのことでした、と警視は語る。
警戒心が強く、自身が認めるもしくは用がある人間の前にしか姿を現さない荼毘も、ヴィラン連合内部での付き合いは必ずしも無下にはしない。気分が向いていれば、応じることもある。
だからこそ、異能解放軍のためではなくヴィラン連合のためのクリスマスパーティは絶好のチャンスだった。もちろんその場に同席できるはずはなく、潜入しているエージェント……ルクセリアはパーティ後の片付けを手伝う形で、荼毘が被っていたクリスマス帽子から頭髪を入手した。飲み食いに使っていた食器類もだ。
彼はその後慎重を期し、数日をかけて目的のものを警察庁へ送付。警察庁もまた、この苦労に報いるためありとあらゆるものを調べた。時間を出来る限り取り、ありとあらゆる可能性に当たった。
エンデヴァーとのDNAの比較は、その過程で行われたことだ。ありとあらゆる可能性、その一つ。
死んだはずの人間が実は生きていて、裏社会に潜んでいる……などというのは、フィクションでもよくあるお約束の一つだ。超常以降の架空が現実になった今の時代、それはフィクションでもなんでもなく、現実として十分すぎるほどにあり得ることだった。
そして――それが当たった。当たってしまった。
荼毘は、エンデヴァーの息子・燈矢である可能性が極めて高い。ほぼ断言できる確度で、それが証明されてしまったのである。
つまり荼毘の目的は、エンデヴァーに対する復讐。ルクセリアの読心でそれ以外の思考が見えないとまで評された荼毘のことだ、本当にそれだけが今の彼を支える生きがいなのだろう。
そんな彼が、何を思ってヴィラン連合にいるのか。何をしようとしているのか。そして何かしようとしているのであれば、いつ動くのか。
ヴィラン連合の、超常解放戦線の動く予定がおおよそ決まっている以上、荼毘も恐らくそのタイミングで動く。ヒーローとヴィランの全面戦争が想定される今、その予想は難しいことではなかった。
では待ち受ける全面戦争のときに、荼毘が何をするか。どう動くか。
数多くの犯罪者と向き合い続けてきた優秀な警察官たちはいくつか予想を立て、その中から最も秩序に、ヒーローに対するダメージが大きいものを弾き出した。
「彼らとの戦いのさなか……警察もヒーローも、すべての秩序を願うものたちの目が、労力が超常解放戦線に向けられているまさにその最中、あなたに真実を叩きつける。世間に真実を暴露する。それが彼の目的であると、我々は推測しています」
その可能性が、エンデヴァーに正面から叩きつけられる。普段燃え滾っているはずの炎は、もはや燃え尽きる寸前だった。彼のそんな姿が、皮肉にも警察の推測を裏付けているようなものだ。
しかしだからこそ、警察とヒーロー公安委員会はこれをしなければならなかった。推測だけでこれほど焦燥するのなら、本人から間違いない事実としてぶつけられていたら――恐らくエンデヴァーは、そこで戦えなくなるだろう。本番の前に、これを克服してもらわなければならなかったのだ。
誰がどう言おうと、エンデヴァーは今の日本のナンバーワンヒーロー。その手腕、その戦闘力、その功績はすべて、誰が見ても間違いのない事実で……この国における最高戦力であることは疑いようがない。
だから、警察とヒーロー公安委員会はエンデヴァーを立たせる。
立たせなければならない。日本という国の秩序のために、平和のために。来たるべき、戦いのために。
そのためなら。
「……あなた」
「……れ、冷……?」
やれることは、すべてやる。
たとえ個人に恨まれようとも、それが社会の平和のためになるのなら。
世間に色々と言われることもある警察、ヒーロー公安委員会ではあるが……それでも確かに、彼らの目指すものはただただひたすらに、この国に住む人々の安寧なのだ。
かくしてエンデヴァーは、数日の沈黙ののち再び立ち上がった。立ち上がるしかなかった。
他でもない彼の妻と子供たちが、そうさせた。それが自分たちの責任であると、それぞれが理解していたから。
***
エンデヴァーの……轟家の騒動と時をほぼ同じくして。
ヒューマライズ事件の際、ヴィランながら避難誘導に協力してそれなりの人数に感謝されたジェントル・クリミナルは、拠点の一つであるアパートの一室で次の計画を練っていた。
そんな彼の下に、一通のメールが届く。
「ジェントル! コラボのおさそいですって!」
「なんと。この私に目をつけるとは、なかなかお目が高い人物がいたものだ。早速拝見させていただこうじゃないか」
「でもでもジェントル、このメール怪しいのよ。ウィルスとかが仕込まれてるわけじゃないのだけど、送信元が特定されないように工夫がされているの。なのにそれがわざとわかるようになってるの!」
「ふぅむ……?」
ジェントル・クリミナル自身は、この手のことにあまり詳しくない。今でこそネット―ワークなどに明るいヴィランと認識されているが、それはラブラバの手腕あってこそ。元々のジェントル・クリミナルは、動画の投稿だけでも三歩進んで二歩下がるような毎日を送っていたくらいに苦手であった。
しかしだからこそ、彼はラブラバの技術を高く買っている。最終的な決定を下すのは彼だが、そのためのラブラバの助言は基本的に疑わないのが彼のスタンスだ。
「怪しくはあるが、メール自体の危険性はなさそうなのだね?」
「ええ、そうなの。ある程度ハッキングとかに詳しい人間にならわかるようになってるから、誘ってることは間違いないと思うのだけど……余計に私じゃ判断がつかなくって」
「構わないよ。君の手腕を疑問に思ったことはない、君が危険性はないと判断したのなら私はそれに従おう。なぁに、虎穴に入らずんば虎子を得ず、さ」
「ジェントル……!」
ジェントル・クリミナルの大袈裟な言葉に、大袈裟に反応したラブラバが抱き合うというお約束の一コマを挟みつつ。
二人はそれから、改めてメールを開封することにした。
「……ジェントル、これって」
「ううむ……確かにコラボのおさそいではあったね。いやしかし……まさか、まさかだ」
そしてその中身を見て、二人は困惑で顔を見合わせることになる。
なぜならその中に書かれていたのは――公安警察からの捜査協力の依頼、だったのだから。
「ハッキング対策に力を貸していただきたい、って……警察は何を考えているのかしら!」
「警察とは言っても、公安警察だろう? 確か、公安警察は国の秩序を守るためなら、ときに違法捜査も辞さない組織と聞いたことがある。ヴィランである我々にこうして接触してきたということは、それだけ何か切羽詰まった何かがあるということなのだろうねェ……」
口ひげを指先で撫でつけながら、ジェントル・クリミナルは考える。
公安警察から話が来たということは、これでたとえ有意義な結果を残せたとしても公になることはないだろう。それは、歴史に名を残す偉大な人物になるという目標を持つ彼にとっては、あまりにもうまみがなさすぎる話であった。
しかもこの話は、彼の力はほとんど必要がない。求められている技術を有するのはラブラバなので、彼はほとんど付属品のようなものなのだ。
だからこそ、彼がまず相棒の意見を求めたのはある意味自然な流れであった。
「……ラブラバ、君はどうしたい?」
「え……わ、私?」
「ああ。この案件、私はほとんど役に立てないだろう。私はコンピューターには疎いからね。つまり、君に多大な負担を強いることになる」
「そんな! 私、ジェントルのためならどんなことだって……」
「そうだろうとも、君の愛と献身は私がよくわかっている。けれどねラブラバ、だからこそだ。だからこそ、私は君に無用な苦労を掛けたくないのだ」
「ジェントル……!」
ぱちり、とウィンクをして彼は続ける。
「この案件、主体は君になるだろう。だからこそ、君の意見を……君がどうしたいかを尊重すべきだと思うのだよ。君がやりたくないなら受けないし、もしやりたいのならこのジェントル・クリミナル、全力で君をサポートしよう。どうだい?」
「私……私は……――」
――彼女の返答が差出人に届けられたのは、四日後。
中身は、条件付きで是、であった……。
幕間一つ目は、地獄の轟家とそれとは正反対なジェントル一味のお話でした。
原作とは違って、公安警察からルクセリアが潜入していることで荼毘の正体が事前で発覚。
そして発覚したからにはこれくらいやるだろうということで、エンデヴァーには一足お先に地獄を見てもらいました。
大丈夫、じっくり考える時間があるだけ原作よりマシだからね!
ジェントルのところに公安警察からコラボ依頼が行ったのも、この兼ね合いです。
原作からしてラブラバが超やばい実力者であることは明らかですが、本作のジェントルは原作より上のことをやっているにもかかわらずいまだに尻尾をつかませていないので、警察からの評価は良くも悪くも原作より上です。
なのでそこを見込んでのハッキング対策。何に対するハッキング対策なのかは、まあ、そういうことですね。
これにより、原作より早くラブラバVSスケプティックの電子バトルが行われることになります。