蛇腔総合病院が消滅した。
破壊された、ではない。文字通り塵になって消えたのだ。
更地になった、という表現も生ぬるい。わずかな例外を除き、構造物は有機物・無機物の別なく塵に帰った。
地面すらも消え去り、海抜が低くなった。今後、蛇腔という土地は等高線を書き換える必要があるだろう。
その例外の一つ。たった数分前まで地下だった場所。今は完全に山の上になってしまった場所に、仮死状態から目覚めたヴィランの王の器、死柄木弔は立っていた。
「……寒。なんか羽織るもんねーかな……」
きょろきょろと、どこか無邪気に周りを見渡す弔。その背後にゆらりと小さな人影が立ち上がったかと思うと、すぐに跳躍して弔の頭を勢いよく殴りつけた。
「
「このバカ弔! ボクたちまで巻き込まれるとこだったじゃん!!」
「ちゃんと外しただろ。『崩壊』、自由に操れるようになったんだぜ?」
「そういう問題じゃない!! ドクターはともかく!!」
「うるせェ」
「誰のせいだよ!!」
弔のなおざりも同然な対応に、襲がぷんすかと地団太を踏む。赤い光を伴っていないそれは、しかしかろうじて残っていた床を思い切り砕いた。彼女の怒りは既に最高潮だった。
「ワハハハハハ!!」
「「うわ」」
と、そこにまた別の声が割り込んだ。狂ったような笑い声。
それを発した男……殻木球大は、歓喜に打ち震えながらまくしたて始めた。
「完敗じゃった! この日のために多くの過程を積み重ねてきたのじゃろう! じゃが今! 奇跡――あるいは
「……ドクターどうしたんだ」
「もうダメだーって思ったタイミングで弔が起きたんじゃん。よっぽどヒーローが怖かったんじゃないの」
「ヒーローひでぇことしやがる」
「それね」
高らかに哄笑する殻木をよそに、自分勝手な結論を出す死柄木兄妹であった。
『ワ……れ……』
「「……?」」
そのとき、弔は頭の中で何かが聞こえた気がして頭に手をやった。襲もまた、フォースを通じて何かを感じて弔を見上げる。
だが、二人がそうしたときにはもう何も聞こえなくなっていた。
「なんだよ、俺の顔に何かついてるか?」
「いや……今なにか……声が聞こえたような……」
「あー? 気のせいだろ、後ろがうるさいってのに聞こえるわけない。……ていうか寒ィ、なんかねーのか」
「超パワーアップしたんだからそれくらいガマンしときなよ。……それより、さ。起きたら……その。始める、んでしょ……?」
「そうだった。おいドクター、端末くれよ」
「おうおう、早速やるんじゃな!? ほれ、ドカンと派手にやってやるといいぞい!」
複雑な表情で、妙に歯切れの悪い襲に指摘されて、弔はぽんと手のひらを拳で打った。
そして、依然としてテンションが振り切れた状態の殻木から無事な端末の一つを受け取り、それに向けて口を開く。
「おいでマキア。みんなと一緒に。今ここから、すべてを壊す」
かくして、動かないはずだった巨人は動き出す。
殻木は知らない。ここまでの流れは、ヒーロー側にとってほぼすべて既知であるということを。
このあとに待ち受けているものを覆すために、彼らはすべてを賭けているということを。
まだ終わっていない。何も、終わってはいないのだ。
だから、来る。ヒーローたちがやってくる。
炎を背負って、彼が来る。
「死柄木!!」
「寝起きに早々ナンバーワンかよ」
――ヒーローとヴィランの全面戦争は、ようやく中盤戦に移行した。
***
どうやら崩壊は落ち着いたらしい。空から周辺を見下ろしながら、ようやく私は胸をなでおろした。
フォース伝いに悲鳴は聞こえなかった。我々フォースユーザーの胸を穿つような、悲痛な叫びは聞こえなかった。
それはすなわち、短時間のうちに多くの生命が失われるような事態にはならなかったということだ。
フォースを飛ばして周りを調べてみても、私が見知ったフォースがなくなっている気配はない。ヒーローたちに、死者はない。
つまり――少なくとも今、我々は一つの予知を覆した。地獄の様相を呈するこの光景の中にあって、それは間違いなく希望だった。
この先に待ち受けるニアハイエンド脳無との戦いで、やはり覆しきれずに失われる生命もあるかもしれないが……しかし、それは意味のある死だ。
ただトムラの目覚めに放たれた無造作な攻撃で、意味もなく失われるものではなく、後に、未来に繋げられるものだ。
であればやはり、今ここで死者がいないことは、間違いなく我々にとっては希望だと断言していいだろう。
「エンデヴァー、一人で先に行くなんて……!」
「仕方ないでしょう。死柄木襲がいる以上、弔ごと世界のどこにでもワープできてしまう。まずはこの場に留め置かなければならないし、そのために初手で最高戦力を投下するのはそれなりに合理的な判断です」
リューキュウの言葉に、イレイザーヘッドが返す。私はイレイザーヘッドに賛成だ。
「おいアヴタスって言ったか。本当にニアハイエンドとやらは来るんだな?」
「来ます。まだ起動はしていないのですぐにではないですが……あちらのほうに、崩壊に巻き込まれていない個体がいくつもあります。トムラが起動するのも時間の問題でしょう」
ミルコの言葉に、私はとあるほうを指し示す。
そう、ニアハイエンド脳無は、その多くがトムラの崩壊に巻き込まれず無事だ。この事実は、彼が己の”個性”をかなりの精度で操れるようになっていることを示唆しているが、今はそれどころではない。
彼がまた崩壊を使ったら、今度こそ何がどうなるかわからない。だからこそ、トムラとの戦いにはイレイザーヘッドが不可欠だ。
しかしイレイザーヘッド自身の戦闘力は、脳無には及ばない。大半のヒーローが及ぶものではないが、ともかく彼に抹消を使い続ける以外の負担を強いるわけにはいかない。
だからこそ、間もなく起動されるニアハイエンド脳無たちは、生き残ったヒーローたちで対処する必要がある。
イレイザーヘッドの護衛も必要だが、彼のために強すぎる雑兵たちは排除しなければならない。予知ではこれに対処できる人手がかなり減ってしまったことで、ここから一気に戦局がヴィラン側に傾くのだから。
「よォし、なら脳無は私がやる! お前らついてこい! 起きる前になるべくたくさん蹴っ飛ばすぞ!」
「あっ、ちょ、ミルコさん!」
「しゃーねぇやったろうや!」
「おう!」
私の説明を「長ェ!」と一蹴したミルコが、この場にいたヒーローたちの大半を引き連れてニアハイエンド脳無のほうへと向かった。
残ったメンバーは小さく苦笑するが、すぐに気を引き締め直してエンデヴァーが向かったほうへと走り始める。私もこちらだ。
「マニュアルさん、俺はなるべくヤツから隠れた状態で『抹消』を使うつもりですが……状況次第じゃ思いっきり身をさらした状態になる可能性がある。付き合わせてすいませんが……」
「謝る必要なんてありませんよ! 大丈夫、これだけのヒーローがいるんです。なんとかなりますよ」
中核になるのはイレイザーヘッドとマニュアルだ。水を操るマニュアルがいれば、”個性”発動中は目を開け続けなければならないイレイザーヘッドの弱点を解消できる。この二人だけは、何が何でも死守しなければならない。
「アヴタス、耳にタコなのはわかってるがもう一度言うぞ。死柄木襲の相手ができるのはこの場ではお前だけだ。任せる……が、本当に俺の抹消はいいんだな? 出会いがしらの数秒は消せるんだぞ」
「はい、マスター。優先すべきは、不特定多数を一気に殺傷できるトムラのほう。マスターの力はそちらに集中させてください」
「……くれぐれも無理はするなよ」
「もちろんです」
イレイザーヘッドの隣を走りながら頷く。
と、そこにヒミコからテレパシーが飛んできた。
『コトちゃん! ギガントマキアが動き出しました! もしかしなくても弔くん起きたんですね!?』
『……動いたか。ああそうだ、お目覚めだよ。これから総力戦だ。そちらはやはり君に任せることになりそうだが、大丈夫か?』
『実は今っ、追いかけられてるんですけど! でも私は大丈夫です! マウントレディが中心になってっ、押しとどめようとしてくれてます……!
『頼む。ギガントマキアの乱入だけは防がなければならない』
『はぁい、任せてください!』
どうやらあちらも、ほとんど予知通りに推移しているようだ。あちらの死傷者は恐らく現時点ではこちらより多いだろう。
予知より少ないこと、そしてその数がこれ以上増えないことを祈るばかりだ。
「皆さん、ギガントマキアが起きたようです」
「……! 来るか、デカいの……!」
グラントリノが苦々しい顔をする。他の面々も似たようなものだ。
「大丈夫です。ヒミコ……トランシィがなんとかします。こちらには来させません」
「……それインターン生だろうが。信じていいんだろうな?」
私の断言に、ロックロックが問うてくる。
だがこれに私が答えるより早く、プレゼントマイクが間に入った。
「Heyロックロック! 吸血ガールは事前に、『好き』な血をこれでもかって平らげてんだゼ! 今のあの子は色んな”個性”を同時にたくさん使いこなすSurprise Box! やってくれるに決まってんだろ! 何せうちのイレイザーお気に入りの一人だからな!」
「……そうかよ。ならいい。悪かったな」
「いえ、当然の懸念かと。お気になさらず」
「山田……お前は毎度毎度一言余計なんだ」
「こいつぁシヴィー!! たまにはデレてくれてもいいんだぜイレイザー!?」
「黙れ」
彼独特の明るい語調と、ダシにされたイレイザーヘッドの会話に、私も頬を緩める。
ヒミコ、君は認められているぞ。ヴィランになりかかっていた、あの頃の君はもういない。名実ともに君は秩序の側の人間として、私の隣にいていい人間なのだと……そう、みんなが認めているぞ。
それが私は、今何よりも嬉しい。
『全体通信こちらエンデヴァー! 病院跡地にて死柄木弔と交戦中!! 地に触れずとも動ける者は包囲網に加われ! そうでないものは市民の避難を――』
だがそのとき、エンデヴァーから通信が入った。現在位置からも、既に彼が戦い始めたことは見えている。
明らかにエンデヴァーが押されているところを見るに、やはりトムラにも超再生は搭載されているのだろう。灼熱の炎とそれがもたらす周囲の高温をものともせず動いているのだから、身体が焼けた端から治っていると見て間違いない。
一方で、どうやらカサネのほうは戦いに参加していない。まるでトムラの強化具合を楽しむかのように、無邪気に野次を飛ばしているように見える。
カツキが言うところの舐めプというやつだが、今ばかりはカサネの詰めの甘いところがありがたい。あそこで彼女も参戦してニ対一となれば、エンデヴァーと言えどどうにもならないだろうから。
「こちらリューキュウ! すぐに合流します! エンデヴァー、それまで耐えてちょうだい!」
『無論だ!』
急ぎ合流するべく、竜に変身したままのリューキュウが通信に応じる。
そしてなるべく多くの人員をエンデヴァーと合流させるため、乗れるだけリューキュウに乗ろうとしたタイミングであった。
トムラの飢餓感が伝わってくる。何かが欠けているという彼の焦燥が伝わってくる。それが何か、まではわからないが……。
『ワンフォーオール……!?』
しかし、エンデヴァーがその単語を口にした。
言葉自体は、誰も知らないようなものではない。この国のものではないが、それなりに知られた物語の一節を彩る言葉の一部だ。
だがこの言葉は、この超人社会においては別の意味を持つ。特にオールマイトにまつわる秘密を共有している人間にとって、彼らを真っ先に連想させる程度には。
しかしそもそも、この状況で出てくる言葉ではない。だからこそ、全体通信が繋がったままのヒーローたちから口々にそれが何を意味するのか問いかける声が聞こえてくる。余裕がないらしく、エンデヴァーからの応えはないが。
けれどその「別の意味」を知る側に当たる私とグラントリノは、耳を疑って一瞬硬直してしまった。まさかそんな、という想いで耳を凝らす。
が、もはや当たり前というべきか。その想いは、トムラによって巻き起こった轟音によって砕かれた。エンデヴァーが戦っている場所周辺から、誰かが飛んでいったのが見えた。
『避難先の方角に向かってる! 戦闘区域を拡大しろ!! 街の外にも避難命令を!!』
そして理解する。今飛んでいったのは、シガラキ・トムラであると。エンデヴァーもまた、それを追いかけようとしている。
となれば、先ほどの「ワンフォーオール」が意味するものは、ただ一つ。デクの身柄だ。
最前線にいないはずのデクが、最前線にいると予知されていたのはこれが理由か。なるほど、彼ならこの状況にあって自ら危険に飛び込んでもおかしくはない。
周りに被害を及ぼすことを嫌う彼なら、まず最初に自分が矢面に立つことを選ぶ。彼はそういう男だ。
「だとすると……デクが危ない……!」
私が思わずつぶやいた言葉を、フォースが裏付けている。
すなわち、シガラキ・トムラがまっすぐデクの下へ向かっている、ということを。
事態は今、風雲急を告げようとしていた。
群訝と違い原作とほぼ同じ状態、けれど原作より格段にマシな状況な蛇腔。
現状最大の違いはドクターが捕まっていないことと、弔に対して個性としてのオールフォーワンのオリジナルが移植されたことを、ヒーロー側が誰も知らないことに二点です。
ただそれが明らかになっていようといまいと、ワンフォーオールに向けて一直線に動けばデクくんが狙われているということはわかるので、大勢にはあまり関係ないかなぁという感じ。
では蛇腔側が明確に原作から離れていくのはいつになるのか。それは今後の更新をお待ちくださいませ。