エンデヴァーからの全体通信で
ワンフォーオール。出久がまだ文字通りのデクだったあの日、平和の象徴オールマイトより受け継いだ”個性”。それが狙われている。
命を? いいや、”個性”そのものの話だ。
根拠は一切ない。ただの直感だった。
だが、死柄木弔が目覚めるときに脳裏に響いた初代ワンフォーオールの声が、それを裏付けているように感じられた。
だから出久は。
誰よりも誰かを救けたいと願い、駆け抜けてきた彼の思考は、硬直した。
もちろん、ためらいはある。周りがしていることと、真逆のことをする罪悪感。ヴィランの王とも言うべき存在になり上がった存在への、恐怖感。そういう感覚は、どうしてもある。
だがそんな状況であっても、己の命を懸けることができる。緑谷出久という少年は、そういう性根の持ち主だった。
きびすを返す。逃げる人々、逃がすヒーローたちに背を向けて、なるべく人のいない方角へ。
そう思った瞬間、即座に隣に人影が並んだ。
「ここで言ったら
「かっちゃん!」
フォースに目覚め、磨いてきた勝己に、出久の心の動きは筒抜けだった。
いや、フォースがなくとも出久の思っていることを読むなど勝己には難しくないだろう。決して仲良しではなかったが、それでも親の次に付き合いの長い相手だし、何よりヒーローを志すものとして、優先順位を間違えるわけにはいかないから。
そう。もしもワンフォーオールが。出久が狙われているならば。
「
「街の人たちの安全を最優先……!」
「ワンフォーオールの直後に『こっち向かってくる』だけじゃ正味根拠は薄いけどな……! とにかくてめェは動くしかねぇ」
彼が囮になるだけで、人々は助かる。これはそういう話だ。
だから出久は駆ける。できるだけここから遠く、離れた場所へ。
「……来てくれるの?」
「相変わらず真っ先に自分の命を勘定から外すやつだなテメェはよぉ! 自惚れんじゃねェ! だからテメェはクソデクなんだ!! 大体なぁ、俺にすら一度も勝てねェやつがあのカスに勝てるとでも思ってやがんのか、九代目さんよォ!?」
「ごもっともで……!」
勝己もまた、その隣に並ぶ。
そんな彼らの背中に、
「おい! どこ行くんだ!?」
「デクくん!?」
焦凍とお茶子の声がかかる。
これには出久も後ろ髪を引かれる思いだった。心強い仲間たちがいれば、囮になっても生き残る確率はもちろん、怪我を抑えられる確率も上がるだろう。
けれど……ああ、けれど。
それでも、だとしても、この先にみんなを巻き込むわけにはいかない。
これはひどく分の悪い賭けだ。掛け金は命のみ。それ以外は受け付けられない残酷な賭け。そんなところに、大切な人々を巻き込むわけにはいかない。
「あっ……、と、忘れ物! 忘れ物!! すぐ戻るから!!」
だから、突き放すように言い放つ。自分でもこれはないなと思いながらも、ついてこないでくれと半ば願うように。
「デクくん……! 待って……待ってよ!」
そんな彼の背中に、お茶子は思わず手を伸ばす。自分では到底追いつけない速度で離れていく、付き合い始めたばかりの恋人の背中に向けて。胸が張り裂けそうになるのを堪えながら、声を張り上げる。
とても嫌な予感がした。もしかしたら、もう二度と彼に会えなくなるかもしれない。そんな気がして。
(あ……)
『戦いのときも災害のときも、いつだって好きな人の隣にいる、ちょっと過激な女の子になるのです!』
その一瞬の合間、お茶子の脳裏に親友の言葉がよぎり、つい足が止まる。その隣から、焦凍が飛び出していく。
(ああ……そっか、そういうことだったんだ。だから被身子ちゃんは)
その言葉の意味を、真意を、お茶子はようやく魂で理解した。
(置いていかれたくないんだ。そうだよね……私もわかっちゃった)
しかし彼女は、けれど、と歯を食いしばる。
先ほど足を止めてしまったことは、失敗だったと言わざるを得なかった。
(ダメだ……今からじゃもう追いつかれへん、見失っちゃう! それに仮に追いつけたとしても、私に何ができる? そもそもこっちだって人手足りてへん!)
悔しい。間違いなくその想いはある。
想い人の力になれないことが。彼の隣に今並べない己の不甲斐なさにだって、忸怩たる想いがある。
それでも、そこで俯きたくはなかった。立ち止まりたくなかった。彼についていけなくても、できることはいくつもある。
なぜなら、ヒーローとは助け合い。ヒーローとは、救うもの。
だからこそ、
(大丈夫……デクくんは必ず帰って来る! だからこれは、ただの役割分担! デクくんがヴィランの足止め、私が避難誘導……そうや、それだけの話!)
あえて愛しい人に背中を向けることを選んで、顔を上げる。
そこにあったのは、ヒーローと恋する乙女、二つの相反する色が入り混じる顔。くしくも先ほど、彼女が思い浮かべた親友が最近よくするようになった顔であった。
「デクくん!! 私!! 待ってるから!!」
その顔のまま、お茶子は声を張り上げた。高らかに宣言するような、一際大きな声だった。
「だから!! ……だから、絶対無事に帰ってきてね!!」
既に出久の姿はほとんど見えなくなっている。音速などという遅いスピードでは、なかなか追いつけないくらいに離れてしまっている。
それでも、
「うん!! もちろん!!」
声は、確かに返って来た。
それだけで、お茶子の心には勇気があふれてくる。
その勇気を胸に、彼女は改めてヒーローたちに並んだ。
「誰も死なせたりなんかしない……みんな守って、みんな救けるんや……!」
正念場は、ここからだ。
***
『みんな聞け!! 死柄木
エンデヴァーからの全体通信を聞いて、私は顔をしかめた。
あの高速の飛行が、ただの跳躍とは。どうやらトムラは随分と人間をやめてしまっているようだ。
しかも超再生持ちが確定したということは、もう完全に脳無だな。大量の”個性”と人を大幅に上回る身体能力を操る、自律思考が可能な存在。考え得る限り最大級の危険と言っていい。
私がそう考えるのと同時に、グラントリノが猛然と飛び出していった。エンデヴァーが言った南西の方角だ。どうやらそちらにデクがいることを察したようだ。
私たちも遅れてそこに続くが、「ジェット」の”個性”を持つ彼ほど速くは移動できない。もどかしいが、こればかりは仕方ないだろう。
「……っ!!」
そう思った瞬間、私はトムラの悪意を感じた。慌てて立ち止まり、フォースバリアを展開する。
直後、何かがバリアにぶつかってかすかな青い光が周囲で煌めいた。
美しい、という感想は欠片もない。なぜならこの光の正体は、バリアに衝突した電波だからだ。
ものすごく強力な電波だ。そんなものが、まるで叩きつけられるかのように飛んできた。
「うっ、インカムが!?」
「ちくしょう!」
結果として、私たちが身に着けていたインカムはすべて故障してしまった。トムラによって我々は通信手段を失ったのだ。
私はバリアによって防いだが、私だけ無事でもあまり意味はない。
ただ、万が一にもライトセーバーを破壊されるわけにはいかなかったから、バリアを展開しないという選択肢はなかった。
「急いだほうがよさそうね……! イレイザーヘッド!」
「ええ。俺のことは途中で降ろしてくれればいい。マニュアルさん、行きましょう」
「了解!」
グラントリノと同じく、飛行が可能なリューキュウがイレイザーヘッドをいざなう。応じたイレイザーヘッドが、マニュアルを伴ってリューキュウに乗り込んだ。
そして彼らが飛び立とうと……した、その瞬間。
私は最短距離で前へ出た。リューキュウたちをかばう位置に身体をねじ込み、両手でフォースプッシュを繰り出した。
直後、何もなかった場所に剣を振りかぶったシガラキ・カサネが現れる。斥力がそこに直撃し、彼女の身体を吹き飛ばした。
しかし彼女は苦もなく空中で姿勢を整えると、見事に着地して見せる。
「出た……!」
「いよいよ、といったところですね。皆さん、ここは私にお任せを」
「……すまん! 任せた!」
遠ざかっていく他のヒーローたちを尻目に、私は腰のライトセーバーをフォースプルで引き寄せ起動。ソレスに構える。
正面には今までと違って不気味なまでに無言を保つカサネが、剣を構え直して私を睨んでいた。
やがて完全に周りから人がいなくなったタイミングで、ようやく彼女は動いた。瞬間移動を駆使した一瞬の攻撃が、私の首めがけて飛んでくる。
だが問題はない。人の身では不可能な期間鍛錬を重ねたヒミコに引っ張られた結果、私のフォースに関する能力は劇的に向上している。
加えて光と闇の力どちらにも触れたことで、場のフォースがどちらに染まっても私に悪影響は出ない。他に要因があればまた話は別だが、一対一の今、そういうものが入り込む余地はない。
「うぅぅらああああぁぁぁ!!」
とはいえ、腕を上げたのは私だけではない。カサネもまた、劇的に強くなっている。
特にその膂力は圧倒的だ。憤怒の”個性”を最初から全開で扱えるようになっているようで、振るわれる攻撃の一つ一つが必殺の威力を持っている。
ともすればかすかに触れるだけでも相応の衝撃を与えかねないそれは、さながらライトセーバーのよう。しかも速さも圧倒的で、息を入れる暇がほとんどない。
これだけのパワーを振るっていれば、どうしても動きそのものは大雑把になるもの。しかしカサネは瞬間移動を駆使することで、この欠点を克服したようだ。かつて保須で敵対したときとは雲泥の差だ。
しかし今の私にとっては、さほど厳しい攻撃ではない。こうなるだろうことは想定済みであり、だからこそ対カサネを念頭に置いてデクと何回も特訓を重ねてきたからな。
現時点でデクが無理なく発揮できるワンフォーオールの最大出力は、35%ほど。一瞬であれば、50%まで引き出すことができる。
おまけに今の彼は、ワンフォーオール固有の超パワーに加えて、黒鞭と浮遊の二つの”個性”も併用することができる。その状態の彼と、何度も全力でぶつかり合った。これくらいのパワーとスピードは、もはや慣れている。
加えて、憤怒を全開にしている弊害だろう。カサネの思考や感情は現状極めてシンプルであり、脅威は感じられない。ただでさえ、フォースによって攻撃をされるタイミングや場所がわかるのだからな。
おかげで危なげなく、カサネと戦うことができる。増幅なしでも、しのぐだけなら十分だ。怒涛の攻撃を一つずつ確実に受け止め、受け流す。
カサネを軽んじているつもりはない。サーナイトアイの予知通りになってもならなくても、まだ温存はしておかなくてはならないのだ。
それは戦いそのものもそうだし、最前線で治療しながら戦える人員が私しかいないからという意味でも、である。
何より、彼女からわずかに感じる光の気配を信じたいという個人的な考えもあった。
いずれにせよ、
「はッ!」
「うぎ……ッ! く……っそッ!!」
攻撃の隙を突いてカサネの膝を切る。
命中自体はこれで五回目。生憎と切断にまでは至っていないが、この傷は五回の中でも一番重い。人体の動きを阻害するに十分な怪我だ。ちなみに伝わってくる感情から察するに、ヒミコがつけたものと同じ場所である。
これ以外の傷は既に完治してしまっているが、それでもこれでカサネの動きは格段に鈍った。気合いだけでどうにかなるような傷ではないから、当たり前だ。
そんな彼女の眼前に、私はライトセーバーの切っ先を突き付ける。
「まだやるか?」
「……ッ、あ……ったりまえだろ……ッ!!」
それを、思い切り剣で振り払われる。動かせないのは今しがた切った膝から下だけだから、こうなるだろうとは思っていた。
ただし、片足の力が入らない状態で振るわれた剣など脅威でもなんでもない。軽く受け流し、返す刀でカサネが剣を持つ手を手首から切り落とす。
「チィッ!!」
が、これは失敗に終わった。回避は不可能と察したのだろう、瞬間移動によって私から離れることで難を逃れたのだ。
直後にまた瞬間移動したのだろう、背後から強烈なプレッシャーを感じた。
この感覚は突きだな。私はこれを、ひらりと跳躍することで回避した。
空中を横切りながら、真下を通り過ぎていくカサネを見下ろしながら……そしてそこから彼女が瞬時に消えるところを見ながら、さてどうしたものかと考える。この少女を無力化するには、どうすべきか。
一応腹案はある。フォースイレイザーだ。
しかしフォースを介した遠隔の増幅発動を許してくれるほど、カサネは生易しい相手ではなくなってしまっている。六月の頃だったらそれも可能だったのだが。
「……む」
だが直後、私は思考を切り替えた。カサネが数回の攻撃ののち、あっさりと離れていったからだ。
攻撃を防いだ際の衝撃を利用して距離を取りつつ着地して、彼女のほうへ目を向ける。まだ先ほど切り付けた膝は回復しておらず、片足を引きずるようにして立っていた。
だがかなり遠い。地平線ギリギリと言っていいだろう。恐らく、彼女の瞬間移動で普通に移動可能な限界距離だろう。周辺が更地になってしまっているからこそ可能な長距離瞬間移動だ。
かと思えば直後、カサネの姿が消えた。地平線の彼方へ移動したようだ。
「あああああああーーーー!! もうっ!!!!」
だが逃げたわけではないことは、直後に響いたカサネの怒号を聞けばわかるというもの。
つまりこれは戦術的な一時撤退だ。彼女はここから、何かをしようとしている。普通に戦うだけでは勝てないと理解して、次の手に出ることにしたのだ。
それはすなわち、ここからが本番だということを意味している。
だから私も、全力で駆け出した。地平線の向こうにいる彼女には、セーバーの長さを増幅して攻撃することができない。最低でも視界に納める必要がある。
「やっぱ100%はダメだ!! これじゃ絶対に勝てない!!」
駆けるさなか、そんな声が聞こえてきた。これも怒号と言うに相応しい大声だった。
そして、私が再び捕捉したカサネは――その身体に、見覚えのある赤い光を纏っていた。
稲妻のような、赤い光。ワンフォーオールのそれに、よく似た光。
「――70%。ここら辺が一番戦いやすいや!」
その光に照らされたカサネの顔が、遠目にもわかるくらい勝気に笑った。今までずっと顔を支配していた憤怒の色は、既になく。
つまるところ、ここからが本番ということなのだろう。
原作と違ってかっちゃんに諸々余裕があるので、シンプルに「お前は俺より弱い」で黙らせることができる状況でした。
さて、ここからはマジでほぼずっと戦闘シーンです。おおむね原作通りなので、そりゃそうもなるんですけども。
でも1巻を初めて読んだとき、こんなにエグいシーンが続く漫画だとは夢にも思ってなかったですね・・・(遠い目