荼毘は内心で激しく毒づいていた。
ずっと考えていた復讐。長い時間をかけて念入りに煮込んだ怒りと恨みを、今まさに爆発できそうというタイミングで鍋ごとぶちまけられてしまったのだ。そんなもの、認められるはずがなかった。
だが彼がどれだけ怒りを燃やし、社会を、世界を憎んでも、人間が一人でできることには限界がある。
ギガントマキアは四肢を失い、地に伏した。群がるヒーローたち相手に身体をもだえさせ、息で、声で対抗しているが、ここからできることがどれほどあるだろう。
そもそも、多くの”個性”を盛り込まれた結果、ギガントマキアは無双の戦闘力を有している……が。その代償に、知力を失っている。
ゆえにギガントマキアは、命令を文字通りに遂行することしかできない男だった。融通がまったく利かないのである。
そして彼は、主の死柄木弔に命令されている。
結果として、彼は背中に乗せたヴィラン連合の面々を気遣い続けなければならず、この状況でほぼ唯一にして最大の攻撃である「転がる」ができないでいる。
彼はもうダメだ。だいぶ粘ったが、遂にMt.レディによって身体を固定されてしまった。すぐ目の前にまで、ミッドナイトも来ている。じきに眠らされるだろう。
それを理解したから……できてしまったから、荼毘は怒りを周りのヒーローたちにぶつけながらも内心はまだ冷静だった。
こんなところで終わってたまるか。その一心で、この状況を脱する術を考える。
だがどれほど考えても、ここから逆転するための妙案は思い浮かばなかった。
かくなる上は、上げに上げた火力でゴリ押すしかないか……と考えたところだった。
「フゥ……どうやら大ピンチね。困ったものだわぁ」
大立ち回りを演じていたマグネが、ため息交じりにこぼした。妙に色気のある声色だった。
だがその片腕……かつてオーバーホールによって奪われ、今は義手で補っている腕は、完全にもげていた。まだ戦えないわけではないが、それでも戦力低下は否めない。
「まさかこのアタシがこんなことする日が来るなんて、思ってもみなかったわ。でもま……そうね。強いて言うなら、ヴィラン連合、嫌いじゃなかったわよ」
「マグ姐? 何を」
「おいおいまさか」
「ふふっ、私はどうやらこれまでみたい。だから……せめて、あなたたちの退路は私に任せてちょうだい! ……おおおおおッッ!!」
だからなのか、彼女は一転して野太い声を張り上げる。それはまさに、雄々しき獣の咆哮と言って差し支えのない大音声だった。
直後、マグネが常日頃から抱えている武器……巨大磁石が粉々にはじけ飛ぶ。まるで散弾銃のように周囲に放たれる磁石の欠片。
だが何よりも目を引くのは、それらと共に爆発的に拡散した磁力だった。
マグネ――本名、引石健磁。”個性”、「磁力」。射程範囲内の相手に、磁力を付与することができる。男性ならS極、女性ならN極の磁力が付与される。
そんな力が、マグネを中心とした周囲一帯に無差別にまき散らされた。ヒーローもヴィランも関係なく、今マグネたちがいる戦場にいる全員がこの力を大なり小なり受けることになった。
するとどうなるか。
「うわぁっ!?」
「ふ、吹き飛ばされる!」
「ぬおおおーー!?」
大半のヒーローが、てんでバラバラに吹き飛んでいく。
ヒーローとは、肉体を酷使する職業だ。この超人社会であっても男女における肉体の差は基本的に変わらず存在するため、ヒーローは男性のほうが圧倒的に多い職業である。
もちろんこの場も同様。何より、今戦場の大部分を占拠するギガントマキアもまた男性。そして男性にはS極の磁力が付与されることは、先に述べた通り。
だから
「ギャー! ちょっとなんなのよ!?」
「すまんレディ!」
「やっ、ちょ、変なところ触らないでくれますぅ!?」
また、わずかに存在する
中でも、ギガントマキア同様に巨大化していたMt.レディは大量の男にくっつかれて悲鳴を上げている。
ではヴィラン連合は、というと。
彼らもまた男性中心の組織だ。肉体的に女であるのは、襲ただ一人。そしてその紅一点は今、ここにはいない。
「ぬわーーーーっっ!!」
「ま、マグ姐ーーっ!!」
「なんてこった……俺ともあろうものが先を越されるなんてな……!」
ヴィラン連合たち――と、荼毘によって半ば拉致されてきていた解放戦線のスケプティック――は、それぞれがバラバラに空の彼方へと吹き飛んでいった。
「みんなは戦い続けて! 私の分も! だってそうでしょう!? 私たち、まだ何も壊しちゃいないんだもの!」
そして彼らに向けて、マグネの最後の言葉がかけられる。志半ばで倒れる悔しさをにじませながらも、はっきりと己の意思を託す。
それでも。いや、だからこそ。
「……ッ、っざけんなよ……!」
荼毘の炎は一層激しく燃え上がる。まるで燃料がくべられたかのように。
そんな彼が吹き飛ばされた先は、群訝から少し離れたふもとの街の一つだった。だが今回の作戦に当たって避難対象地区だったために、既にヒーローと警察たちの手によって住人は一人もいなくなっている。
とあるマンションの屋上に設置された貯水槽に落下し、ステンレスのタンクがひしゃげる。溜められていた水が吹き上がる中、幽鬼さながらに身体を起こす荼毘。
周囲には誰もいない。ならばここはもう、逃げるしかない。まだやり直せる。そう判断して、彼は憎悪に顔を歪めながら駆け出した。
幸いにして、避難を完了した街には誰もいない。住人のみならず、避難を指示していたヒーローたちですら、だ。おかげで物資を
その道中、一軒家の屋根に突っ込んで気絶していたスケプティックを回収できたのは不幸中の幸いと言えるだろう。
荼毘は彼の性格がはっきり言って嫌いだが、その腕は利用価値がある。コンピューターを自在に操る手腕は、荼毘にはないのだから。
「ええい離せ! 自分で歩ける!」
「そう言うなよ……あんたどう見ても頭脳労働派だろ? 役割分担ってやつだよ」
無人と化した街の中を走る荼毘。その肩では、米俵のように乗せられたスケプティックがわめいていた。
「私を逃がしたくないだけだろう……! さっき渡してきたデータに何かあるのか!?」
「さすがにバレてるか。ちょーっとテレビの電波に乗せてほしかったんだけど……今は延期かな」
「テレビだと……? 貴様何を考えて……「POWERRRRR!!」ぐわっ!?」
だが次の瞬間、地面をすり抜けて現れた筋骨隆々の拳が、荼毘の鳩尾に容赦なく叩き込まれた。
まったく予期していなかった方向からの奇襲に、荼毘は対応できずに直撃を喰らう。そのままアスファルトを転がり、彼に担がれていたスケプティックも後に続いた。
「がはッ、ぐッ、て、メェ……! やってくれたな……!」
なぜ、とかどうしてここが、とは言わない。そんなことは考えるだけ無駄だから。
だから荼毘はせき込みながらも立ち上がり、その身体からじわりと炎をたぎらせた。
「残念だけど、逃しはしないんだよね!」
そしてこれに応じるように、現れた第三者……ヒーロー、ルミリオンは拳を握って見栄を切る。
「は……ッ、一人で俺をどうにかできると思ってんのか……? 舐められたもんだな……!」
「そりゃあもちろん……思ってないんだよね!」
ルミリオンの言葉に応じて、荼毘の後ろに二人の人影が現れる。ムカデの身体を持つ男……センチピーダーと、青い肌の女性……バブルガール。ルミリオンも含めて、いずれもサーナイトアイのサイドキックたちだ。
「そうかい……じゃあな!」
だが荼毘は即座に反応して見せ、ルミリオンとセンチピーダーたち、それぞれに向けて蒼い炎を遠慮なく放った。
「バカ! 私まで巻き添えになるところだったぞ!?」
「なってないんだからいいじゃねェか……おっと」
直後、真下から現れたルミリオンの強烈なアッパーを、すんでのところで回避する荼毘。
「む、まさか一発で見破られるとはね!」
「炎の隙間から地面に沈むのが見えた。さっきの攻撃も下からだった。考えるまでもないだろ」
「なるほど目がいいんだね! もったいない!」
大して腕を伸ばさずとも手が届くほどの至近距離で、荼毘に攻撃を断続的に放つルミリオン。だが荼毘は、そのすべてを紙一重で回避していく。
ルミリオンは、学生どころかプロヒーローを含めても、高い戦闘力を持つヒーローだ。そんな彼の攻撃をさばけるのだから、いかに荼毘の能力が高いかがわかる。
それでも、ルミリオンに焦りはない。
「チッ」
戦いの後ろから、ムカデが鞭のように伸びてくる。センチピーダーの腕だ。縦横無尽に動くそれが、荼毘の身体を拘束しようと殺到する。
とっさにそちらに目を向けた荼毘が見たものは、まさにセンチピーダーその人。ただし、五体満足どころか軽いやけどの一つも負っていない万全の状態の、だ。
「それなりの火力で焼いたはずだが……あ゛? なるほどそういうことか……」
その荼毘を、さらに複数の泡が光線のように襲う。こちらも無事なバブルガールが放った技だ。
そう、バブルガールの”個性”は、その名の通り泡。荼毘がルミリオンをより警戒していたことをいいことに、二人を大きな泡で包み込んで炎から身を守ったのだ。
前方のルミリオンに、後方のセンチピーダー、バブルガール。彼らの連携は抜群で、荼毘は舌打ちを漏らした。
泡なんて目じゃない、彼らを一瞬で焼き尽くすほどの炎を出すことはできる。だがそれをしてしまうと、スケプティックも間違いなく巻き込む。
どうしたものか……と一瞬だけ考え、荼毘は即座に決断した。
先ほど鳩尾に受けた一撃のダメージがまだ抜けていない。この状態でスケプティックを守りながら戦うのは不可能だ、と。
しかし彼をここで見捨てるのは少し惜しい。だからこそ、
「ぐえッ!? 貴様何を……」
「逃げる」
「は――ぬおおぉぉ!?」
荼毘はスケプティックの首根っこをつかむと、下半身から猛烈な火炎を地面に向けて放ち空へと逃げた。逃げるさまはともかく、炎で空を横切るその姿は、まるでエンデヴァーのようだった。
しかし、ルミリオンたちに空を飛ぶ手段はない。ルミリオン自身は一時的に超速かつ高度を稼ぐジャンプが可能だが、それはあくまで跳躍。自由に空は飛べない。
ゆえに荼毘たちは逃げきれる……はずだった。
けれど、そうはならなかった。超速で放たれたワイヤーによって、荼毘が地上に引きずり降ろされたのである。
「
「てめェ……!? 死んでたハズだ、
ワイヤー自体は途中で焼き切ることができたものの、追撃をかわす過程で民家の一角、生け垣に落下した荼毘がうめく。
彼の驚愕も無理もない。今彼の前に立ちはだかったヒーロー……ナンバースリーヒーロー、ベストジーニストは長らく行方不明だったのだから。
その理由は、ヴィラン連合……超常解放戦線に潜入するための手土産としてホークスの手で生贄にされたから。
そう、彼は一度殺されているのだ。しかも戦線の関連施設でそのまま保管された状態にあった。何かに使えるかもしれないから、と。
だが事実は異なる。彼は仮死状態だった。脳無から着想を得た仮死状態にする手術により、死んだように見せかけていたのだ。
そしてこの作戦が始まる前に、こっそり運び出されて蘇生が施されたのである。
もちろん、長く仮死状態だったジーニストはまだ本調子ではない。というより、ヒーロー活動ができるような状態ではないのだが。
それでも今この作戦において、荼毘の不意を突き精神を動揺させるという役目を最も効率的に行える手練れは、ジーニストしかいなかった。だからこその配置であり、今この瞬間まで身を潜めていたというわけだ。
「欲をかくから綻ぶのだ。粗製デニムのようにな!」
ジーニストが力を振り絞り、強固な耐熱ワイヤーが荼毘を襲う。同時に荼毘の衣服もジーニストの”個性”「ファイバーマスター」の支配下に入り、荼毘の身体を拘束する。
「ワケのわかんねェことを……燃やし尽くしてやッ!?」
これに対抗しようと、荼毘が炎を解放しようとした、その瞬間だった。鳩尾に、再びルミリオンの拳が突き刺さった。
しかしその威力は、先ほどの比ではない。ファントムメナス。複数の障害物を介して弾き続かれる速度を乗せて放つ、ルミリオンの必殺技だ。
「逃がしはしない、って言ったんだよね!」
これにより、荼毘は遂に意識を手放した。ジーニストが満足げに頷く。
……意思の力が、肉体の限界を超えることはある。実際、本来の歴史で荼毘――己を火葬にしてしまった男、轟燈矢はそれをやってのけた。
しかしそれは父と弟にすべてをぶちまけ、社会と人心を震撼させ、あとはすべてを壊すだけとなった段階の彼が起こしたこと。今この世界、この瞬間の彼には、まだそこまで吹っ切れた状態になかった。
もっとも、それを警戒していたからこそヒーロー側はあえて彼への対処に穴を用意していたのだが。わかりやすい逃げ口を作ることで相手の覚悟を固めさせないというやり方は、超常以前どころか紀元前から行われていた戦術だ。
……倒れる荼毘の身体を、ルミリオンが受け止める。それを見ていたスケプティックは、いよいよ後がないことを悟った。
荼毘が落下する途中に手を離され、少し離れたアパートの三階に落ちていた彼は、ことここに至っては何もなせぬまま終わるわけにはいかないと、荼毘に託されたデータを世界に向けて解き放つことにした。
彼ほどの凄腕のクラッカーなら、手持ちのノートパソコンからでも十分テレビ局にクラッキングできる。それだけの能力と自負が彼にはあったから。
だが……。
「バカな……どうなっている!?」
それは違法捜査も辞さない公安と、とあるヴィランのコラボ案件。まるで待ち構えていたかのように、逆にクラッキングがかけられた。
スケプティックの持つ端末の画面が、
「この画像は……まさか!?」
スケプティックの脳裏に、とある記憶が蘇る。それは彼にとって、たった一つの失敗。たった一つの過ち。
かつて彼の運営する会社のサーバがクラッキングを受け、会社の関連広告すべてがこの画像に染まったことがある。これによって彼が、そして異能解放軍が被った損害は並ではなく、取り戻すのにどれほどの時間と労力を要したことか。
それが今、目の前で再現されている。スケプティックを、その技術を嘲笑うかのように行われる逆クラッキング。あのときとほぼ同じだった。
「おのれおのれおのれのれおのれェ……!! 何者だ……どこのどいつだ!! 私の邪魔をするやつは!!」
だからこそ、そんなものを見せられてスケプティックが冷静でいられるはずがなく……ゆえに。
「
音もなく背後から忍び寄っていた泡に気づけなかった。
眼前で弾けたそれを受け、スケプティックは声のみならず身体も悲鳴を上げた。ムカデ由来の神経毒がしみ込んだ泡の飛沫が目に入ったのだ、相応の痛みがあるに決まっている。
悲鳴と共に身をよじり、脊髄反射で目を押さえたその瞬間を見逃さず、
「POWERRRRR!!」
「ぐはぁッ!?」
彼にもまた、ルミリオンの一撃が叩き込まれた。
「……荼毘、およびスケプティック、確保!」
『よくやった、ミリオ。
「はい、荼毘のほうはジーニストが既に収監してくれてます! スケプティックはセンチピーダーたちが向かってますね!」
『大変よろしい。だが気を抜くなよ』
「了解です、サー!」
――かくして、炎は人知れず燃え尽き、灰となった。
『ベストジーニスト。万全にほど遠い身体にもかかわらずわざわざ
「礼は不要だ。私は私に繕えるほつれを繕ったまで」
それがすべて、予知から計算され導き出された結果だとは夢にも思うまい。
一話まるっと使って荼毘が捕まる話を書いたのは、政府や公安の視点からすると荼毘の優先順位が死柄木兄妹とギガントマキアに次ぐからですね。
ということで群訝側の戦いはこれにて一区切りです。
今後の連合メンバーについては、またのちの機会に。
次からはまた視点が蛇腔に戻ります。