いくつかの地点で戦いが繰り広げられている、蛇腔総合病院の跡地一帯。
その中の一か所、すべての戦闘からほどよく離れた空白地帯にて、死柄木兄妹に置いてけぼりを喰らった殻木球大は、声を枯らして弔に声援を送り続けていた。
彼の専門分野は”個性”であり、恐らくこの分野に関する見識と技術はノーベル個性学賞を受賞したシールド博士をも上回る。
だが、それ以外に関してはからっきし。彼が持つ「摂生」の”個性”――運動能力と引き換えに高い生命力を得る――の影響もあって動くことは特に苦手だ。
だからこそだろう。彼の周囲には、ニアハイエンド脳無が三体控えている。
この三体の脳無は、ミルコ率いるヒーローたちとの戦いが始まるより早く一目散にここまで来た。
ハイエンド以外の脳無は、自主的に考えて行動できない。だからこれらは、殻木のために弔が派遣してくれたものだ。そんな弔の不器用な優しさがまるで敬愛する魔王のようで、殻木にはたまらなく嬉しかった。
だがそれも長くは続かなかった。戦いは、すべての地点でヒーロー側優位に進んでいるからだ。
ニアハイエンド脳無の群れは大規模崩壊を無事に逃げきったヒーローたちに駆逐されつつあるし、襲もまた理波相手に押し切れないでいる。
そして魔王の後継である弔ですら、エンデヴァーをはじめとしたトップヒーローたちによって少しずつ追い込まれ始めていた。いくら弔の肉体強化改造が半ばだったとはいえ、これは殻木にとっては誤算だった。
「くそう……くそう……! やっぱりあのとき手に入れるべきは、クラウドじゃなく抹消じゃった! 惜しかったなァあのときは……!」
抹消ヒーロー、イレイザーヘッド。”個性”「抹消」。その目で見たものの”個性”を、次に瞬きするまでの間限定とはいえ一切発動させないという”個性”の持ち主。
それは、師匠から”個性”としてのオールフォーワンを受け継いだ弔にとっても、天敵と言うほかなかった。
今の弔に使えるものは、ハイエンド脳無同様の超パワーだけ。それだけでエンデヴァーをはじめとしたトップヒーローたちを相手取るのは、さすがに不足と言うしかなかった。
だが逆に言えば、今のヒーロー優位はイレイザーヘッド一人によって支えられていると言っても過言ではない。そこさえなんとかできれば……一瞬でもいい、抹消が途切れてしまえば。
殻木自身にそんな力はない。だが、傍に控えるニアハイエンドなら、なんとかできる。彼は己の発明なら、技術の結晶ならできると自負していた。
しかしそれをしてしまえば、殻木の守りはゼロになる。守りに一体くらい……などと一瞬浮かんだが、すぐに却下した。
イレイザーヘッドの周辺は、それなりの人数のヒーローが固めている。三体全部を投入したとしても、絶対に抹殺できると断言できかねる状況だ。それにできたとしても、時間がかかるようでは意味がない。
弔のために万全を期すなら、ニアハイエンドたちはすべて出すべきだ。しかしその状態で一人でもヒーローが来てしまえば、戦闘力のない殻木はすぐに捕まってしまうだろう。それは嫌だ。
嫌だ……が、しかし。それでも、と殻木は覚悟する。
彼の脳裏にはオールフォーワンと過ごした日々が、さながら走馬灯のように次々と浮かんでは消えていた。
だからこそ、彼は決意した。視界の端、彼に向かって駆けてくるヒーローたち――よりにもよって先頭はミルコだ――を見て、覚悟を決めたのだ。
自身の提唱した個性特異点を、この世でただ一人認めてくれた魔王。己を友と呼び、なにくれと気にかけ手助けしてくれた魔王に、本懐を遂げてもらう。そのためならば。
「ワシらの夢が、魔王の夢が終わってしまう……! それだけは許してなるものか!」
――そのためならば、ワシの命なんぞ捨てても惜しくはない!
プルスウルトラ。さらに向こうへ。理波が言った通り、それはヒーローだけの特権ではない。
殻木もまた、極限の状況下で壁を一つ乗り越えてしまった。
「行けニアハイエンドたち! イレイザーヘッドを抹殺するんじゃあ!」
かくして指示が下される。
直後、三体のニアハイエンドたちは近づいてくるヒーローたちを無視し、一斉にこの場から飛び出していった。まっすぐ、イレイザーヘッドのいる場所に向かって。
戦局が、また揺れる。
***
橙色と赤色が交錯する。何度も何度もぶつかり合い、ときに離れ、くるくると踊るように閃きながらも、二色の光はすぐにまたぶつかる。甲高い音が荒野に響き渡る。
私が負った傷はなく、カサネが負った傷は無数。しかし彼女に既に傷はなく、完全な泥仕合になっていた。
殺すのであれば、こうはならなかっただろう。首を刎ねておしまいだ。
それができる機会は何度かあったし、それくらいの力量差がまだ彼我の間にはある。
しかしそれは、様々な理由で選択したくなかった。
「カサネ、君はなぜ私と戦う」
「うるさい! オマエもアイツも、どいつもこいつもみんな! オマエらヒーローはみんなボクの敵だ!!」
「それが君の信条なのであれば、私に否定はできないな。だが、君の、なんだな?」
「チッ、何が言いたいッ!」
「ヴィラン連合の敵、とは言わなかったな? つまり君の中では、君の目的とヴィラン連合の目的が一致していない。違うか?」
「……ッ! だ……ま、れぇっっ!!」
剣を覆っていた赤い光が減退していく。と同時に、カサネの膂力が上がっていく。私の言葉に集中を乱されて、憤怒が100%に近づいている。
だが彼女の場合、それは必ずしも強化には繋がらない。怒りによって冷静な思考ができなくなり、戦いに支障をきたすから。
「また動きが単調になってきているぞ……そこだ!」
「ぐ……っ! くうううぅぅ……っそォ!!」
重く速い
瞬間移動で回避はされたが、完全にとはいかずカサネの腹に傷が走った。もっとも、既に再生が始まっているが。
しかしそんなことはおかまいなしに、カサネが攻撃を再開する。多少の傷などすぐに治るからこそ、それを無視して前に出てくる。なんという破滅的な戦い方だろう。
私はそんな彼女から片時も目を離さず、セーバーで次の攻撃を受け止めた。
「私にはわかるぞ、カサネ。迷っているのだろう?」
眼前に迫った銀色。うっすらと赤く光るその向こう、赤い縁取りの金色の瞳を正面から見据える。
「……っ、オマエにっ! オマエなんかに!! ボクの何がわかるって言うんだ!!」
「わからないさ。わかるはずもない。私は君という人間のことを、ほとんど知らない。それでも、フォースが教えてくれる。君という人間の心の奥底にあるものを。フォースはすべてのものにあり、すべてを結びつけるものだからな!」
会話の合間に叩き込まれる攻撃をかいくぐり、アタロの勢いと回転を加えた立体機動を重ねた一撃を振るう。
高まった威力を御し切れず、カサネの身体が弾かれた。剣に宿っていた赤い光が消えた一瞬の合間を縫って放った一撃が、彼女の態勢を崩した。
そのままたたらを踏んで後退する……よりも早く、彼女の身体が掻き消える。瞬間移動で私の背後に回り、それと同時に態勢も修正されている。
けれども、次に何がどう来るかはわかる。フォースがそれを教えてくれる。
「君は、トムラのようにすべてを破壊しようとは思っていない」
「……黙れ……!」
後ろに回したセーバーが、剣を受け止める。速やかに重心位置を変え、正面から相対する位置へ移行する。
「何より君は、エリを悲しませたくないと考えている!」
「黙れええぇぇぇぇっっ!!」
正面切って放った言葉への返答は、まるで驟雨のような激しい連続攻撃だった。
だが、もうこれ以上のミスはすまい。私は全能力増幅中であることを幸いに、その一つ一つを同じ速さと力で、しかしより冷静かつ慎重に受け流し、回避し、あるいは受け止めながら、言葉を続ける。
「君たちが勝てば、今の社会は崩壊する。しかしそうなったとき、エリが喜ぶと君は思っていない! そうなったあとの社会で、エリが笑顔を絶やさず生きていけるとも思っていない! ああ、私もその意見に賛成だ、全面的にな!」
一際大きな音を響かせて、カサネの手から剣が離れていく。私の言葉に心を揺らされたことで、防御がおろそかになったのだ。
そしてこの勢いを殺すことなく、私は続けてセーバーを振るう。橙色の切っ先が、カサネの喉元に突き付けられた。カサネの後方に剣が落ち、地面に突き刺さる。
「……ッ!!」
「……ここまでにしないか、シガラキ・カサネ。君にはもうわかっているはずだ。トムラたちがやろうとしていることは、かつて君が……君たちが受けた仕打ちと同じことだと。エリや君のような、手前勝手な理不尽に泣く子供を作るつもりか? それを原点とする、他ならない君が」
「……!? な、んで、それを……オマエが知ってるんだ……!?」
「言っただろう? フォースが教えてくれる。我らは常に、フォースと共にある」
「フォース……ボクの……超能力……?」
思わず、と言った様子でつぶやいたカサネ。その身体から、少しだけ力が抜けたのが見て取れた。
どうやら、なんとかなったようだ。依然として予断は許さないが、少なくともこれで多少の会話はできるはず。
その思った、瞬間のことだった。
《こんなところで終わってたまるか……! ――そうさ、これは始まりなのさ。さあ、身体を貸してごらん》
「「……!?」」
私とカサネは、同時に同じ方角へ顔を向けた。
それも、弾かれるようにだ。一瞬のことではあったが、私たちが受け取った感覚は思わずそうしてしまうくらい、おぞましいものだった。
「……弔?」
「いや違う、
ああそうだ、この気配は断じて彼ではない。
いや……正確には彼
では彼を彼ならざるものへ変えようとしているものは何だ? 今、彼の気配の上に覆いかぶさり始めたこの気配は誰だ?
決まっている。この特徴的な闇色の気配の持ち主は、この国には一人しかいない。
「君もわかるはずだ。むしろ君のほうがはっきりとわかったのではないか? 私は
「……っ、ウソだ……」
だがカサネは、信じられないと言いたげに喉を震わせている。
「ウソだ、そんなことあり得ない!
「フォースは嘘をつかない。受け取った我々が読み違えることはあるが……しかしこれは、まぎれもない現実だ」
「ウソだ……ウソだ……! こんなの、こんなの……!」
「カサネ、目を背けるな!
「……うああああぁぁぁぁッッ!!」
私が遮るようにかぶせた言葉を受けて、カサネが猛然と動き出した。
後ろに手を向けフォースプルを使い、剣を引き寄せる。そのまま白銀の斬撃が、私を襲ってくる。
私はこれを本当にギリギリまで引きつけつつ、回避しながらカサネの身体に手を伸ばした。
そして私が彼女の肩につかみかかった、その瞬間。
私の身体は、カサネと共にこの場から掻き消えた。
さあ、終盤でございます。
色々な意味で。