反省会は結局、下校時間ぎりぎりまで話が盛り上がってしまい、私たちは追い出されるように学校を出ることになった。
私が途中で戻り、訓練施設の使用許可などの話を持ち込んだことも話が続いた要因だろう。
それと、私とヒミコが使う謎の力……フォースについて話題に上がったことも大きい。
まあこれについては迂闊に本当のことを話せないので、カバーストーリーを披露したが。
つまり増幅で超能力を一時的に目覚めさせているのであって、”個性”ではないという話だ。そして概念的なものであるため著しく効率が悪く、永続増幅……すなわち常に使えるようにするには餓死の可能性がある、と締めくくって「じゃあ自分も目覚めさせてくれない?」という話が出ることを事前に防いでおく。
これについては、ヒーロー公安委員会からも「仮に永続化できるのだとしても、世間的にはできないと押し通せ」と指示されていたりする。
そうでもしなければ私という人間の価値が暴騰するし、”個性”に並ぶ新たな能力が社会に広がることで起こり得る悪影響も考えれば、できると断言するわけにはいかないということなのだろう。
そして私が後天的にフォースユーザーを増やせることを、どうも公安は認識している節がある。少なくとも私を調査していた関係者(フォースで気づいたので、我が家に来たわけではない)は、そういうものだと承知して動いていた。
どういう情報を元にその答えへ辿り着いたかはわからないが、その上で「仮に永続化できるのだとしても」という言葉を用いているのだ。つまりあちらとしては積極的にかばいはしないが、その分私がよほどのことをしない限りは、フォースに関しては黙認するというスタンスなのだろう。
まあジェダイを復興したい身としては、この指示がいずれ面倒なことになってくる予感が既にあるのだが……しかし現段階で、子供の私にできることは限られている。社会的に一人前とみなされるまでは、従っておくべきであろうと考えている。
ちなみにヒミコについては、公安もいまだに把握していない。あくまで”個性”である変身の範疇ということにしてごまかしている。つまり、あの能力は身体の一部だけを私に変身させることで強引に使っているのだ、という風にだ。
そして今のところ、部分変身は私を対象としたときしかできず、それも目で見てわかるレベルには達していないということになっている。クラスメイトにもそう説明した。
私などはこの話自体だいぶ強引だと思うのだが、”個性”が元来なんでもありだからか、特にクラスメイトからはまったく疑問に思われずに済んだ。言い出した私が言うのもなんだが、少し釈然としないものがある。
ともあれ、そんな調子で会話が盛り上がったのは事実だ。これなら最初からどこかの飲食店か、あるいは私たちの下宿先でやったほうがよかったかもしれない。
そして明くる日。授業後の吸血だけでは足りなかったのか、昨夜はヒミコからいつもよりかなり長く求められたので、少々気だるい朝である。
「事情は理解するが、君はもう少し加減というものをだな……」
「あは、気分が盛り上がっちゃって、つい」
「ついではない。まったくもう……おかげでシーツのクリーニングで余計にお金がかかるじゃないか」
「そう言うコトちゃんだって……昨日は遂に私のことチウチウしてくれたじゃないですか。うふふ、すごかったです……幸せすぎて死ぬかと思っちゃった♡」
「いや。いや違うぞ。その、あれはそういうつもりではなく……そう、終わろうとしない君をとめたくてだな……って、聞いていない……。というか落ち着けヒミコ、その顔は夜まで取っておきたまえ」
などと話しながら、登校する私たち。
だが校門が見えるところまで来たところで、顔をしかめることになる。
なぜなら、そこには大量の報道陣が待ち構えていたからだ。校門前を埋め尽くす勢いで、立錐の余地もない。
聞こえてくる声から察するに、オールマイトについて聞きたいようだが……公道を占拠するやり方は感心しないな。それに、アポイントメントを取っていれば学校側もそれ相応の対応をするだろうに。彼らが一体何をしたいのか、はなはだ疑問だ。
「あ、生徒の方ですね! オールマイトの授業などについて、お話を聞きたいのですが!」
「あなたたちは私たちに何も聞かない、近づかない」
「……私たちは、あなたたちに何も聞きません、近づきません……」
だがそうして近づいてきた何人もの報道陣に、ヒミコが迷うことなくマインド・トリックをかけたのには驚いた。
彼女はそのまま流れ作業のように他の報道陣を籠絡していき、最終的には人垣を割って道を開かせそこを悠々と通っていった。もちろん、私の手を引きながらだ。
「……ヒミコ」
「あんなのは無視しちゃえばいいんですよ。それに、ますたぁも言ってました。大事なのは使いどころを見極めることだって」
「無視にしたってやり方というものがあるだろう……! フォースはもっと慎みを持ってだな……」
「コトちゃんは真面目ですねぇ」
「これに関しては君たちのほうが異端なんだからな!?」
「やだなぁ、今この星にフォースユーザーは私とコトちゃんしかいないじゃないですか。割合は半々です」
「ぐ……、それは、確かにそうなのだが……」
「それに、ジェダイって1000年以上前に滅んでるんでしょ? じゃあ、細かいルールなんてどうでもよくないです?」
彼女の言うことには一理ある。既に影も形もない組織の定めていた規則など、現代でどれほどの意味を持とうかという話だ。
しかし私の最終目標は、ジェダイの復興である。だからこそ、私の一挙手一投足がジェダイの規範となり得る。私はそこを考えて行動しなければならないのだ。
……そう言えば、アナキンやヒミコは「まったく同じ形に復興する必要はない」と返してくるのだが。
言わんとしていることは私もわかるのだが、しかしやはり、どうにも私の魂に染み付いたジェダイの教えは、変えたくないのである。
……とりあえず誰かに見られる前に報道陣はそっと正気に戻しておいたが、本当こういうことはあまりほいほいやらないでもらいたいものだ。フォースは社会では認知されていない上に、ヒミコが扱う場合は色々と説明が面倒なのだから。
***
「急で悪いが、今日は君らに学級委員長を決めてもらう」
朝のホームルームで、マスター・イレイザーヘッドが宣言する。同時に生徒たちがどっと沸いた。みんな、よほど学級委員長をやりたいようだ。
ほぼ全員が挙手して騒がしくなる中、イイダが多数決で決めるべきだと言い出し、マスターが「時間内に決めりゃなんでもいい」と返したことで、投票が始まった。
「私は”個性”の都合上、マスター・リカバリーガールとの接点が多い保健委員をやりたいので、委員長には立候補しない」
「トガも興味ないので、票はいらないです」
と、私たち二人は早々に辞退させてもらったが。
ならば誰を推すべきか、である。
私としてはこの状況に誘導したイイダか、昨日の訓練で見事な作戦勝ちに持ち込んだヤオヨロズのどちらかというところだ。
しかしヒミコは間違いなく私と同じ人間に入れようとするだろうから、私が入れた先は二票がほぼ確定する。それは人数が極めて少ないとはいえ、選挙をないがしろにする行為だ。
なのでフォースを全力で用いて、ヒミコからの探りを防ぎながら票を投じた。彼女もフォースを全力で用いて、私の内心を探りに来たからおあいこである。むしろフォースの訓練になったと思う。
これで入れた先が被ったなら、それはもうどうしようもなかろう。
で、結果だが。
ミドリヤとヤオヨロズが三票を獲得し、他の立候補者は全員一票ずつとなった。
委員長と副委員長はじゃんけんでということになり、ミドリヤが委員長、ヤオヨロズが副委員長という運びに。
まあ、その委員長がものすごく及び腰になっているので、私は辞退したほうがいいのではないかとも思うが。あれほど腰が引けるなら、なぜ彼は立候補したのだろうか……。
「ヤオモモ惜しかったねー」
「ねー。私、百ちゃんに入れたんですけど」
「じゃんけんですもの、仕方ありませんわ」
「いやどうかな、見てから勝ち手を出せるような”個性”があってもウチは驚かないけどね」
昼食、食堂にて。
今日はヤオヨロズら女性陣と一緒である。彼女がこの手の食堂を利用したことがないというので、案内と先日の演習中の謝礼を兼ねてだったのだが、他の面々がそれに便乗してきた形だ。
ただし、ウララカはミドリヤたちと一緒なので不在である。
「あとの一票誰かな? もしかして増栄ちゃん?」
ハガクレが首を傾げながらこちらを見たが、残念ながら私ではない。
「いや、私はイイダに入れたから違うな」
今日の午後のヒーロー基礎学は座学という予感があるので、食事量は控えめだ。おかげで普通に受け答えをする余裕がある。
それでもサラダと丼と定食とうどんとラーメンが一つずつ、並んでいるのだが。
「じゃー男子の誰かかー。うーん……わかんないや!」
私の返答を受けたハガクレは考え込むそぶりを見せたが、すぐに考えることをやめた。なんともあっけらかんとした娘だな。
アシドも同じようなリアクション。似たもの同士で、気が合ってそうだ。
「まあ、あまり考えても仕方のないことですし、副委員長の職務をがんばりますわ」
「そうね、それでいいと思うわよ」
けろ、と鳴いてツユちゃんが締めくくった。
その後はやはり私の食事に関する話になったが、そこで女性陣の注目を集めたものは、私の”個性”についてであった。
私の身体は小さい。彼女たちより若いことを差し引いても、小さい。その私が、なぜ”個性”もなしに高い身体能力を発揮できているのか、という問いが出てきたのだ。
これについては昨日の反省会で少し触れたが、時間が足りなかったので改めて説明しておこう。
「私の身体能力は、私という存在の体力やら脚力、腕力などの身体能力そのものを永続増幅した結果だ。これにより、身体つきはそのままに、高いパフォーマンスを発揮できるようになっているのだよ。細かい理屈は私にも謎だが」
もちろんそれだけではなくフォースがあるのだが、表向きはそういうことにしている。実際、間違いではない。
ただ年齢的に、下手に身体機能を増幅して間違いが起きても困る。だからこれについては骨や筋肉の密度といった科学に基づく具体的なものではなく、あくまで脚力や腕力と言った概念的な身体能力だけに留めて永続増幅している。このため、私は本当に見た目通りの体重だ。
概念的な増幅は、以前ミドリヤに言った通り非常に効率が悪いので、ここまで持っていくのに毎回危ういところまで栄養を失っているのだが……まあ、そのときの具体的な私の体調についてはあえて言わずともよかろう。
と、いう話をしたところで、なぜか目の色を変えたのはジローである。彼女は食事を終えた私を手招きすると、こそりと耳打ちしてきた。
「その……増栄の増幅ってつまり、身長を伸ばしたりとかも……?」
「可能だ。……もしや、伸ばしたいのか?」
「や、その……そう、とも言うし、そうじゃない、とも言うっていうか……」
「?」
やけに歯切れの悪いジローに、私は首を傾げるしかない。
そんな私とジローの間に、ヒミコが手刀を入れて話を切ってきた。
「コトちゃんはまだわかんなくていいことですよ」
「そ……そうそう、なんていうか、あれだよ。もう少し大人になったらわかるから!」
そうだろうか。私はかつて大人だったことがあるので、わからないことはあまりないはずだが。
……あ、いや、はっきりとわからないと断言できるものがあったな。
「……それはもしや、女性特有のものが関わっている話か?」
「あー……まあ……その……」
「ん……まあ、そんな感じかな……」
なぜかジローだけでなく、ヒミコまで歯切れが悪くなった。
だがこういう反応をするということは、そういうことなのだろうな。かつての私は男だったから、雌性にかかわる話はどうしてもわからない。
そしてこの手の話は、往々にして二次性徴以降に問題になるものだ。また、生々しくなることもあり得る。
私の身体にはまだ来ていないから、下手にこの手の話題は踏み込まないほうがいいぞと、そういうわけだな。
「よくわからないが、二人の配慮痛み入る」
「あ……う、うん。……ちょ、トガ、これどうしたもんかな? 絶対なんか勘違いしてるでしょ」
「何かあったらそのときは私が間に入るのですよ……」
よくわからないが、ヒミコにもこうして内緒話ができる友人が私以外にできたことは喜ばしいことだな……。
そう思って、ふっと笑みが漏れたときのことだ。
「……! コトちゃん」
「ああ、私も感じた」
フォースから強烈な悪い予感が伝えられ、私とヒミコは同時に椅子を蹴った。
「ケロ!?」
「お二人とも急にどうされたのですか?」
「侵入者だ」
「それもかなり悪いの」
『え!?』
私とヒミコの言葉に、みなが驚愕した瞬間である。
食堂はおろか、学校全体にけたたましい警報が鳴り響いた。
ちょっと一話の中に情報を盛り込みすぎたかもしれない。
でもこの主人公マジで恋愛スペースキャットなので、自分の言ってることが百合な話ってことに気づいてないんですよ。普通に日常のこと話してるつもりなんですよこいつ。
そのくせ無自覚なまま的確にトガちゃんの胸キュンポイントを撃ち抜き続けてる。地雷原でタップダンスするより難しいはずなんですけどねぇ。
え、峰田?
今回の百合シーンは帰宅後の夜のことなので、彼の出番は次回予告だけです。すまんな!
峰田のキャラ性はあの作品では無二なので、百合の間に挟まらない程度に絡めていく予定はあります。