日本史上に残る戦いとなったヒーローとヴィランの戦いのあと。理波が応急処置を施したとはいえ、全身大怪我を自ら負った出久は、他の重傷者たちと同じくセントラル病院へと搬送されていた。
とはいえ命に別状はなく、治療も順調だった彼であるが……入院五日目の朝、彼は目を覚まさなかった。当然院内は騒然としたし、偶然見舞いに訪れたお茶子は気絶するかと思うほど驚くしかなかった。
だが出久の身体に問題があるわけではない。彼はワンフォーオールの求めに応じて心の奥底、八つの意識が宿る”個性”の内側に自ら意識を沈めていたのだ。
そして彼は、そこで衝撃の事実を知らされる。
もはやワンフォーオールは、”個性”を持つ
「私の享年は四十歳……
ワンフォーオール四代目が、代表して語る。ワンフォーオールの真実を語るに相応しい当事者として。
「八木が私について調べた結果、判明した真相だ。つまり老衰とは……複数”個性”を内包した力を持つだけで、命を……寿命を燃やしていたということだ」
「でも……待ってください!
驚いた出久が身体ごと視線を向けた先。他の歴代継承者と同様に椅子に腰かける、しかし他の歴代継承者とは異なりおぼろげな靄のような姿のオールマイトがそこにいる。
その見た目通りに喋れないのか、彼に代わって初代が口を開く。
「そこなんだ、我々が言わなければならないことは。『ワンフォーオール所持に伴う負荷』に気づいた八木くんも、同じことを思った。
でも他は保持期間も短く、戦いの中で亡くなったため比較サンプルが自分しかいない……なので、
そこまで言われれば、出久には察せられた。オールマイトの境遇を、彼は聞いていた。
そう――
「――オールマイトは、”無個性”……!」
彼もまた、出久と同じく”個性”を持たずに生まれてきた。それが彼と、他の継承者との決定的な違いだ。
つまり”個性”とは、それだけで人間という生物の肉体を、器を満たすもの。そこにさらに別の”個性”……ワンフォーオールを注いでしまえば、器はあふれる。これはそういう話だ。
オールマイトは、八木俊典は無個性。肉体に余分な要素はなかった。ゆえにこそ、ワンフォーオールは彼に馴染んだ。
空の器である彼に注がれたワンフォーオールは、彼が保持した四十年という時を経て、遂に花開いた。無敵のスーパーパワーを持つ、絶対的な”個性”として。
そしてその力は、さらに無個性である出久に受け継がれたことで、更なる覚醒へと至った。それこそが、黒鞭をはじめとした歴代継承者の”個性”の発現である。
「人から人へと引き継がれた力は、何の因果か持たざる者が最も真価を引き出せる形となっていたんだ。でもそれは……」
「ワンフォーオールはもう譲渡できない。そういうお話……ですね?」
決まりきった答えを確認するような出久の問いに、初代だけでなくすべての歴代継承者が頷いて応じた。
「君の世代でも絶滅危惧種の無個性で、かつ力を必要とするものが今後現れない限りは」
「要するに坊主……お前が最後の継承者になるかもしれん、ってことだ」
初代が再び口を開き、五代目が言葉を繋げる。
さらに初代がもう一度言葉を受け取った。
「……とはいえ、ワンフォーオールの前提は『オールフォーワンを討つ』ことだ。そしてその命題は、
「そう感じているのは初代だけですけどね……」
「オールフォーワンとは血が近いから、感じられる何かがあるんだろうね」
肩をすくめた初代に対して、四代目と七代目が苦笑気味に言う。
彼らの反応を、出久は無理もないと思った。何せオールフォーワンも、その力を受け継いだ死柄木弔も、並みの手段では無力化できない。
”個性”を封じる拘束具、メイデンもどれほどの効果があるか分かったものではないし、効果があったとしても弔の場合は”個性”なしでオールマイト級の膂力を持っている。どうあがいても、命を奪うか常に意識を落とし続ける以外に無力化はできないように思われたのだ。
「もしも返り咲くとしても、そのときはまた僕が……」
だから、出久は自然とそう言っていた。ワンフォーオール、九代目の継承者として。そして一人のヒーローとして。
しかしすぐに今回の戦いの顛末を思い起こして、言葉を切った。
「……いえ……僕
そして、そう言いなおした。
「ワンフォーオールは殺すための力じゃなく、救けるための力なんだとオールマイトから教わりました。僕もそう思います。素晴らしい力です。
でも……一人でなんでもできるわけじゃない。僕だって別に天才なんかじゃありません。
だから……もしものときは、頼れる自慢の仲間たちと、
一人はみんなのために、みんなは一人のために。二つの因縁ある”個性”の由来を示すかのように。
あるいは、古い時代の幕引きと、新しい時代の幕開けを示すかのように。
ワンフォーオールの定義が今、書き換えられていく。
「うん。だから君についていくんだ」
それを、初代は嬉しそうに受け容れた。他の継承者も同様に。けれど目を細めて。
オールフォーワンから逃れ、ワンフォーオールをただ繋ぐことに必死だった彼らにとって。孤独な戦いを強いられてきた彼らにとって、出久の言葉は、姿は、眩しかったのかもしれない。
「さて……今はひとまずこんなところかな」
「ああ、そろそろ起きないとみんなが心配する頃合いさ」
「……と言うより、既にとても心配している子がいるみたいだ。出久くん、彼女を大事にするんだよ」
「……へ?」
なんのことかと尋ねようとした出久は、七代目が指で示したほう……後方へと振り返る。
そして見えたものに、大きく目を見開いて――
***
――そこに。ベッドのすぐ近くに丸椅子を置いて、腰かけるお茶子の姿を見つけた。
「……麗日、さん?」
「……っ!」
出久が思わずその名を口にしたのと同時に、お茶子は勢いよく顔を上げた。そして、はっきりと目を開いて自身を見る出久の姿に、瞳を潤ませて。
「うわぁっ!? う、麗日さん……!?」
間髪を入れず、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がって出久の身体に縋りついた。
そのままぎゅ、っと。出久を抱きしめる。
今そこにある体温を、鼓動を、息遣いを、全身で確かめるように、出久の首筋に顔をうずめた。
「う、うら、麗日さん……っ、あの、その……!」
「よかった……!」
「へ……?」
「よかった……! よかった、無事でよかった……!!」
震えた声でそうこぼすお茶子。普段の快活な姿からは遠いその様子に、出久は言葉を詰まらせる。
もちろん、その理由がわからないなどということはない。いかに恋愛経験値が限りなくゼロに近い出久であっても、この状況で察せられないほど鈍感ではない。
ましてや、今の二人は一応恋仲なのだ。たとえまだろくに手をつないだことがなかったとしても、確かに二人の距離は以前とは明確に異なるのだから。
「……うん……。心配かけて、ごめん」
だから出久も、おずおずと……けれどしっかりと、お茶子の身体を抱きしめ返した。
「ホントだよ……! デクくんってば、一人でどんどん行っちゃうんだもん……!」
目一杯に抱きしめ合いながら、お茶子の声が大きくなっていく。震えたその声の大きさは、そのまま彼女が抱き続けてきた不安の裏返しだ。
「怖かった……! もう二度と戻ってこないんじゃないかって……もう二度と会えないんじゃないかって……!」
「うん……本当、本当にごめん……」
そうしてお茶子は、声を上げて泣いた。
けれどそこから泣き止むまでの間、彼女が罵倒を口にすることはなかった。出久がそこに思い至ることはなかったが、それでも連ねられる心配する言葉、案ずる言葉の持つ威力は間違いなく、彼の心を的確に刺していた。
「……でも、誰かが困ってるとき、デクくんは率先して行っちゃうんだろうね……」
そしてようやく落ち着いてきた頃、初めて出てきた非難するような言葉に、出久はどきりとさせられた。
違う、と言えればよかったのだろう。けれど、彼の心がそうはさせなかった。きっと今後もそうするだろう、という自覚が彼にもあったから。
「私も一緒についていければいいんだけど……今の私じゃ、絶対隣に並べるって断言できないのが悔しいよ……」
被身子ちゃんはできるのにね、と付け加えられた言葉に、出久もああと納得する。
目の前の恋人の親友が、何があっても大好きな人の隣にいると宣言したときのことは、彼もよく覚えている。そのときは単純に激しい恋心の持ち主だなぁと思ったものだが……今ならその言葉の裏にあった気持ちがなんとなくわかる。
あれは、どんな危険なときでも愛する人と一緒にことに当たるという宣言なのだ。置き去りになんてされてやらない、という。
だが、実際にそれができる人間は多くない。命を懸けて戦うことが職務に含まれるヒーローなんて仕事をやっていれば、なおさらだ。
「でも……そういうデクくんだから、私好きになったんだよね。だからそこを直せなんて言わないよ。第一、実力でデクくんの隣に並ぶの、諦めるつもりないし……」
「う、その……はい、ありがとう、麗日さん……」
「……けどさ。一つだけ、約束してほしいの」
「うん、僕にできることなら」
出久が答えると同時に、彼の身体を抱きしめるお茶子の腕から力が抜けた。彼女の上半身が、出久から少し離れて向かい合う形になる。
あまりにも間近にあるお茶子の顔に、いつものように思わず気恥ずかしくなって……しかし顔を、視線を逸らさないように、出久は努める。それは今絶対にしてはならないことだと、さすがの彼も理解できていたから。
「どんなときでも絶対、生きて無事に帰ってきて? それなら何かあっても私、待てるから……それで帰ってきてくれたら、笑っておかえりって言うから……だから」
かけられたのは、あの戦いの場で言われたのと同じ言葉だった。けれど、続けられた言葉がはっきりと意味合いが違うのだと明言している。
それを口にしたお茶子の瞳は、不安に揺れていた。今にも涙があふれそうな、そんな顔だった。
自然と救けたい、と出久は思った。
けれど同時に、こんな顔を彼女にしてほしくない、させたくない、と思った。この人にだけは……と。
「うん……約束する。絶対、麗日さんのところに帰る。それで……ただいまって、そう言うよ。これから、何回でも」
だから彼は、決意を込めた笑みを浮かべて断言した。
それは、ヒーローが浮かべるものとはわずかに違っていて……けれど、そんな些細な違いを、頭ではわからずともお茶子は心で理解する。
「……よかった。じゃあ……早速、一回目」
だから彼女は、にっこりと笑った。いつもの彼女が浮かべる、いつもの麗らかな笑顔だった。
「おかえり、デクくん」
「――うん。ただいま、麗日さん」
出久もまた、自然に笑うことができた。今度はまっすぐに、目の前のお茶子を受け止めることができた。
それから二人は、同時に声を上げて笑い合って……そのまま再び身を寄せてぎゅっと互いの身体を抱きしめる。
「大好きだよ、デクくん」
「う、ん。僕も……僕も、麗日さんのこと、好き、です」
やがて視線を絡ませた二人は、どちらからともなく顔を寄せて。唇を――
「……!?」
――というところで、どさりという音が二人を正気に戻した。
大慌てで音のしたほうへ、勢いよく顔を向ける二人。
そこには出久の母、緑谷引子が、大きく開いた口を両手で押さえて愕然としていた。足元には、彼女の手荷物が無造作に転がっている……。
「…………」
「…………」
「…………」
全員が硬直し、気まずい沈黙がその場を支配する。
だがそれも、長くは続かなかった。
「いいいいい出久……!」
「いいいいいいやあの、お母さん!? その、これは違……いや違わないんだけど! その、これはあの、アレで……!!」
「そそそ、そうですこれはあの、ああいうアレでして……!」
すぐさま病室は、大混乱に満たされる。
この騒動は、騒ぎを聞きつけた看護師たちが駆けつけるまで続いた。
……ちなみに、これは余談かもしれないが。
最終的に、出久とお茶子は無事に緑谷家公認のお墨付きを得ることができましたとさ。
めでたしめでたし。
もちろん麗日家の公認はまだもらっていないので、まだめでたしめでたしじゃないです。
物語的にも、まだ〆の話が一話分残ってます。
・・・最初に全17話って言ったな? すまんありゃあ嘘だった。
いやウソというか、単純に数え間違えてたという話でして・・・。
ところでこれはあくまでボク個人の解釈なのですが、お茶子ちゃんは基本的に信じて待てる女の子だと思ってます。
待っている間、好きな人のための居場所を守れる強い女の子なんだろうなと。
一方、トガちゃんは基本的に信じられても待てない女の子だと思ってます。
待てないからこそ、好きな人の隣で一緒に戦える強い女の子なんだろうなと。
二人とも恋する乙女で、同じ人を好きになったけれど、ヒーローとヴィランという立場の違いを除いてもこの辺りの性質は対照的で、これはきっとそういうキャラクターデザインなんだろうなぁと。
ここまでのデク茶の恋愛模様は、ずっとそんな解釈のもとで書いてきました。
本作のトガちゃんが一番好きなのはデクくんではないですが、それでも原作からそう解釈したからこそ、好きな人に対するスタンスは崩さずできるだけ対照的になるように書いてきたつもりです。
どちらの恋愛模様も今回で一段落がつきましたが、余力があればダブルデート回とか書いてみたいなぁ。