1.光と闇の狭間で
ヒーローとヴィランの全面戦争が終わった、その夜のこと。
死柄木弔を収監するためだけに特別に用意された、彼一人のみの小さな刑務所が、内側からの圧力に耐えかねて崩壊した。
彼が抜け出すために力を振るったわけではない。そもそも、彼が目覚めたわけでもない。しかし、確かに彼によって破壊されたのである。
原因は、弔に撃ち込まれた個性破壊弾だ。断言するには情報が少ないが、しかし状況からしてそれに違いないだろう。警察やヒーロー公安委員会の上層部は、共にそう同じ結論を下した。
経緯はこうだ。深夜、人の数が少なくなったタイミングで、公安警察のエージェント――その身分を知っているものはごく一部に限られる――が刑務所を訪れた。
彼は
ここまではいい。私刑のような形であることの問題はあるものの、彼の行動はそもそも政府要人からの指示だったからだ。各機関の上層部も、それを承知していた。
この決定はとある大臣がやや強硬に動いた面はあるものの、死柄木弔という存在の危険性は共有されていたため、致し方ないと誰もが消極的ながら賛成した結果である。
だから、ここまではいい。問題は、個性破壊弾が撃ち込まれたあとのことである。
弾に問題があったわけではない。弾は確かに、その効果を発揮していた。時を同じくしてやはり個性破壊弾を撃ち込まれたギガントマキア、荼毘の両名は問題なく”個性”を破壊されていることから、これは間違いないと見ていい。
しかし弔だけは異なる反応を見せた。彼の身体は、弾を撃ち込まれてから暴走を開始したのだ。
全身の肉という肉が泡立ち、膨らみ、質量を激増させた。急激な変化によってたわみ、あるいは意思とは無関係に動き回り、周囲を破壊し尽くした。この勢いはとどまることを知らず、建物は内側から破壊された……というわけだ。
残されたのは、限界を超えて破裂し周囲にまき散らされた、死柄木弔だったものの肉の残骸。それから個性破壊弾を使い、逃げきれないまま潰されたエージェントの死体だけであった。
調査の結果、死柄木弔の死は確実と判断された。どこかに転移したとか、生き延びていたとか、そういう痕跡は少なくとも何も出なかったためだ。
だから個性破壊弾が、どうしてこの結果をもたらしたのか。それだけがわからなかった。
だが協力を請われ、押収されていた死柄木弔の改造に関するデータを閲覧したデヴィット・シールド博士は、こう評した。
「まるで、大きな建物から柱だけをすべて消失させたような有様」
と。
博士いわく、弔の身体に施されていた殻木の改造は、その大半が”個性”に由来したものだという。
それらは”個性”として機能しているわけではないが、しかし弔に移植された”個性”を身体に定着させるための役割があった。彼の身体と極めて密接、かつ複雑に繋がり合っていたのだ。
個性破壊弾は、弔の本来持つ崩壊と移植されたオールフォーワンだけでなく、身体全体に張り巡らされた繋ぎの部分も破壊してしまった。むしろ繋ぎの部分から破壊してしまった。
これが改造が完了し、魔王の器として完成していたら話は違っていただろう。
だが全面戦争は、その完成に至る前にすべてを終わらせるため計画された作戦。弔の改造は当然、終わっていない。ヒーローたちが勝てたのも、そのためと言っても決して過言ではない。
だからこそ、今回の悲劇は起こった。個性破壊弾は”個性”そのものだけでなく、”個性”オールフォーワンの定着がまだ不完全だった肉体の維持に必要な部分までも、意図せず破壊してしまったのである。
ゆえに弔の身体は制御を失った。結果として、移植されていたオールフォーワン……そこに内包されていた無数の”個性”が暴走を開始。まるで奪われたことへの復讐を遂行するかのように弔の身体を無茶苦茶に動かし……そして、”個性”の破壊が完了した時点で決壊した。
以上がシールド博士の出した結論である。
これを聞いた人間の反応は、主に二つに分かれた。一つは、殺すつもりなどなかったものたち。大罪人とはいえ、こんな形でその命を終わらせることになってしまい、慙愧の念に打ちのめされたものたち。
そしてもう一つは……危険人物の死刑が意図せず完了したことを受け入れるものたち。経緯はどうあれ、罪は罪。何よりも、秩序が維持されることこそ肝要だと考えるものたちだ。
しかし後者の人間のすべてが、同じ理由で受け入れたわけではない。中には弔の死を手放しで喜んだものもいた。
「社会のゴミにはお似合いの最期だったな。何はともあれ、これで全部解決のハッピーエンドだ」
「喜んでる場合じゃないでしょ。もしこれを知ったら、重音ちゃんがどう動くかわかったもんじゃないスよ?」
上司の中でそんな反応を示す一人に対して、ヒーローながら立場上裏の話に触れる機会のあるホークスは、ちくりと言わずにはいられなかった。
ホークスは理解していた。鬼怒川重音という少女が闇から光に帰還した最大の理由の一つは、オールフォーワンの裏切りであることを。
そう、彼女は死柄木弔を恨んでいたわけではないのだ。確かに日常的に口ゲンカは絶えなかったが、それでも身内だという認識でいたことは間違いないだろう。
ただし死柄木弔の死自体は、さして問題ではない。
いや、もちろんそれがきっかけとなる可能性は十分以上にあるが、それよりも何よりも、諸手を挙げてその死を歓迎する大人たちの態度のほうが重音には劇物となり得るだろう。そういう大人の理不尽こそ、重音にとっての地雷なのだから。
万が一重音が知ってしまったら……彼女がまた闇に堕ちてしまうのではないか。ホークスはそれを懸念していた。
「重音とやらは、弔に比べて常識の範囲内に収まっている。何より、あれは例の子供相手に一度も勝てていないのだろう? ならば対処は可能だ、問題ない。第一、あんな学のない子供にそんな情報をどうやって仕入れられるんだ?」
しかし、ホークスが望んだ回答は返ってこなかった。咎められた上司は半ばあざ笑うかのようにそう言って、ホークスの肩に軽く手を置くのみであった。
もちろんそんな反応を示したものは一部ではあったが、程度の差こそあれ重音を軽く見ているものは多かった。このことに、ホークスは愕然とした。
重音にはフォースがある。その達人である幼女たちが、相手の記憶や内心を読むことに長けていることを知っていれば、そんな悠長なことを言っていられるはずがないのに。
確かに重音の力は、未完成の弔と比べてもなお下だ。だとしても、本気を出した重音に真正面から対抗できる人間は多くない。
そもそもの話、重音はどちらかと言えば魔王ではない。拳一つで他人を簡単に殺せる力を、瞬間移動で突然持ち込んでくる。そういう暗殺者としての立ち回りこそ、重音の本領と言える。
単独で国を転覆させるほどの力はない。しかし狙った人間一人を秘密裏に消すことはたやすいのだ。その上で白兵戦での無敵性も極めて高いのだから、決して軽々に扱っていい人間ではない。
付け加えるなら、彼女に対抗できる人間は子供である。上司が言った「例の子供」に至っては、まだ十一歳の幼女だ。そんな子供にわざわざ重責を担わせるような振舞は、平和への想いが強いホークスにとって非常に受け入れがたいものであった。
そして案の定、ホークスの懸念は現実のものとなる。
弔が死んで、その原因がおおむね特定された翌日。一部だけとはいえ、警察の中にその情報が共有された日の夜だった。
重音はそもそも、フォースヴィジョンによって弔の死を感じていた。そんなとき心の中を隠そうともしない輩と顔を合わせば、理波ほど読心に長けていなくとも察してしまえるというもの。
だから重音は、その身に課せられたメイデンを一瞬で吹き飛ばすほどに激怒した。怒髪天を衝く勢いはとどまるところを知らず、彼女の身に宿る”個性”によって限界を超えて強化された闇のいかづちが、周囲一帯を焼き払う結果になったのである。
すべての経緯を知る唯一のヒーローとして、慌ててその場に駆け付けたホークスは見た。瓦礫の山の中、降り注ぐ雨を見上げて呆然と立ち尽くす少女の姿を。
しかし、嗚咽と怒号と火災の音が響く中、それでもホークスは気づいた。この地獄のような光景の中で、死者はいない。怪我人もごくごくわずかだということに。
その意味を察して息を呑んだホークスに気づいた重音が、振り返る。夜の闇の中に浮かび上がる赤い縁取りの金色が、揺れながらホークスを見据えた。
「重音ちゃん……」
「……ッ」
思わずかけられたホークスの声に、重音の表情が歪む。感情が激しく揺れ、赤い光がその身体から弾けて現れた。
重音はその勢いのまま、ホークスに詰め寄った。殴りかからんばかりの勢いで。
しかしその足を途中で押しとどめ、彼女は歯を食いしばる。食い込んだ爪で血が出ることもいとわず、拳をきつく握りしめる。
それでも堪え切れずに、その場を思い切り踏みつけた。地面が音を立てて割れる。
「……ッ、わかってる! ボクだってわかってる!!」
何度も何度も地団太を踏みながら、重音は声を張り上げた。頭を振り乱しながら、涙をまき散らしながら、ホークスに怒鳴る。
「転弧お兄ちゃんは殺されたってしょうがないことしてきた! わかってる、よくないことばっかりしてた! そんなのわかってるよ!! でも……でも、だからって……だからって、そんな、あんな死に方……!
それに……ッ、喜ぶななんて言えない、ボクにそんな資格ない……ない、けどっ! 『社会のゴミにはお似合いの最期』!? それはっ、それだけは……! ボク……ッ! ボク納得なんてできないよっ!!」
光と闇の狭間で、重音は揺れていた。どうしようもなく身体を突き動かす邪悪な衝動を、けれど必死に堪えている。
それがわかるからこそ、ホークスもくしゃりと顔を歪めた。
目の前の少女は生まれてから今まで、ずっと周りの勝手な都合に翻弄されてきた。そのせいで闇に堕ちて……それでも光に戻ろうとようやくもがき始めたところに、この仕打ちだ。天は彼女に恨みでもあるのだろうか。
「ホークス……! ボク……ボク、やっぱり無理だ……無理だよ……! デクとかルミリオンとか……っ、オマエとか……っ! 信じてもいいってヒーローがいるの、わかってる……でも……! でも、信じきれない! オマエたちのこと、オマエたちのいる場所のことっ、どうしても信じきれないっ!!」
「……ごめんな……ダメな大人ばっかりで、本当にごめん……」
「ヒーローも……! 警察も……! みんな! 全部全部、大っ嫌いだ!!」
赤い翼が、そっと重音の身体を包み込む。それを振り払うだけの精神的な余力は、重音には残っていなかった。
ホークスの身体に縋りついて、重音が泣きわめく。叫んで、声がかれるまで泣いて、泣いて……。
そんな少女に「まだやり直せる」などと声をかけることは、ホークスにはできなかった。ヒーローであり、ヒーロー公安委員会所属の裏エージェントという顔も持つホークスがそんなことを言っても、説得力がないと彼自身が思ってしまったから。
けれども、ずっとそうしているわけにはいかない。立場上、重音がしでかしたことは看過できないからだ。
二人のもとに、警察やヒーローが近づいている。重音を再度拘束するためだ。
それを理解しているからこそ、ホークスは剛翼から一際大きな羽根を抜いて刃として構えた。それ以外にも、複数の羽根が重音を包囲する。
敵対の姿勢。しかしその内心は……。
「……ッ、あああああっっ!!」
それが見えてしまったから。
だから重音は一際悲痛な声で叫ぶと、天に掲げた両手の指先から稲妻を放った。
フォースライトニング。闇の力によって引き起こされる、フォースのダークサイドの技。
しかしそれを成した重音の瞳は、既に普段の赤色で……放たれた稲妻は、見かけだけの張りぼてのようなものでしかなかった。
おまけに、すぐ目の前にいるはずのホークスにはかすりもしない。精々が眩しいだけだ。
だからこそ、ホークスもまた重音の意図を察することができた。ここが彼女の妥協点なのだ。ヒーローたちが輝くこの社会を嫌いその枠組みに反発する心と、救けようとしてくれる本物のヒーローがいる事実に直面した心との、妥協点。
それを察することができてしまったから……ホークスは躊躇してしまった。
「ダメだ重音ちゃん、待っ……」
「待たない!!」
一瞬の遅れ。その合間を縫って、重音の身体が掻き消える。
瞬間移動によって、この場から立ち去ってしまったのだ。
――雨が引き続き降りしきる中、ホークスは深いため息をつく。
「……現実ってやつは、どうしてこうも上手くいかないもんかね。なーにがハッピーエンドだっての。こういうんはハッピーなんて言わんとに……」
羽根をすべて元の位置に戻しながら、空を仰いだ。
重音が消えた雨の向こう。そこに雲があるのか、ないのか。視力に関する力を持たないホークスに、それはわからない。
多くの人間にも、決してわかることはない。今はまだ、誰も知らない。
フォースは黙したまま、ただ静かに宇宙に遍在するのみである……。
メリークリスマス!
はい、ということで予定通り早めに仕上がりましたので、本日より更新を再開してまいります。
いよいよ今度こそ最終章、全7話でお届けしてまいりますので年内にすべて終わる予定になっております。
今度は嘘じゃないんでね! 本当の本当に最終章です! エピローグです!
なおここまで読んでいただいたなら察していただけたのではないかと思いますが、今章は重音が主人公になっています。
光と闇に翻弄され続けた彼女の行く末を、どうか見守ってください。
そしてあわよくば感想、評価、ここすきなどいただければボクがとても喜びます。