銀河の片隅でジェダイを復興したい!   作:ひさなぽぴー

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2.ピースサイン

 春雨に打たれながら、とぼとぼと。髪も服も重く濡れそぼり、けれどそんなことも気にする余裕もなく重音は郊外の細い道を歩いていた。

 

 どうやってここまで来たかは覚えていない。ホークスが心の底から案じてくれていることを読んでしまって、これ以上彼には迷惑をかけられないと思って彼を振り切って……そこから先の記憶が曖昧だ。

 

 とはいえ、そこはあまり重要ではない。今、重音の心はひどく傷ついていた。

 

 信じられると思ったヒーローがいた。過去の自分のような子供をなくしたい。そう思ったから、投降した。

 けれど、やはり信頼できる人間は社会に少なくて。結局また、家族を亡くしてしまった。それがどうにも怒れて怒れて仕方がない。

 

 おかげで”個性”「憤怒」は、ずっと100%が維持され続けている。消える気配がない。

 だが、そこには悲しいや悔しいと言った感情も同居している。誰かを害するつもりなどなかったのに、色々と破壊し傷つけてしまったことへの後悔もあった。

 

 そんな複雑に入り混じる様々な負の感情を処理できなくて、重音の思考はぐちゃぐちゃだ。情緒が幼く社会や人間関係の知識や経験にも乏しい重音に、これをどうにかするすべなどあるはずもなかった。

 

 どうすべきかと考えても、答えは一向に出ないまま。彼女はただ、夜の雨にけぶる道を歩くことしかできないでいた。

 その歩みにも力はなく……足下にしか向かない赤い瞳は、迷える幼子のそれでしかなかった。

 

「……?」

 

 そんな重音の、亀のような歩みがふととまった。のろりと顔を上げ、とある方角へ顔を向ける。

 

 音が聞こえた気がしたのだ。どこか聞き覚えのある旋律だった。それが雨音の彼方から、かすかに届いた気がした。

 

 だからほとんど無意識のうちに、重音は足をそちらに向けていた。まるで何かに導かれているように、よろよろと近づいていく。

 そうして辿り着いたのは、何の変哲もない安アパート。その三階の一室から、音が漏れ出ていた。薄そうな壁だというのに、夜だというのに、いかにも周りのことなど考えていない様子だ。

 

 けれどそんな騒音も同然の音色に、重音の心は激しく揺さぶられた。

 思わず音の聞こえる窓の近づけるところ限界まで近づき、壁に身を寄せて。すがりつくように、窓を見上げる。隙間から漏れ出た人工の光が、彼女の顔をわずかに照らす。

 

 過ぎ去っていく時間の中ですっかり薄れてしまった彼女の記憶が、音に引き上げられたかのように蘇ってきた。短かすぎる時間を共に生きた、大切な姉の記憶が。

 記憶の中のその人に重ねるように……そう、己の名前のように、重音は口ずさむ。現実の旋律が、それを拾い上げる。

 

「もう、一度……遠くへ行け、遠くへいけと……ボクの中で……誰かが歌う……」

 ――どうしようもなく熱烈に。

 

 それは姉が、重音に教えてくれた歌。音楽というものを一切知らない重音に、何度も何度も口ずさんでくれた姉のお気に入りの歌。

 当時その場所には楽器の音は何もなかったけれど、それでも確かに、この聞かせどころとも言うべきフレーズははっきりと覚えていた。

 

 だってこの曲は。あの地獄のような灰色の牢獄の中で、みんなで一緒に口ずさんだ歌だから。

 

「いつだって、目を腫らした君が……二度と、悲しまないように笑える……」

 ――そんなヒーローになるための歌。

 

 涙が溢れる。滝のように流れる涙をいとわず、嗚咽が混じるか細い声で歌い上げる。

 

 あのときはわからなかった、歌詞の意味。それが今、理解できる。

 すべてとは言わないけれど。言えないけれど、でも確かに、あの頃は首を傾げていたフレーズの意味が、わかる。

 

 ああ、だからお姉ちゃんはこの曲が大好きだったんだと。そう、納得することができた。

 

 そして曲そのものへの理解が深まったからか。こうやって口ずさんでいるだけで、不思議と傍に姉が、蓄羽(おきは)がいるような気がして。

 

「さらば……掲げろ、ピースサイン……! 転がっていく、ストーリーを……!」

 

 それがどうしようもなく嬉しくて。けれどどうしようもなく悲しくて。

 矛盾する二つの気持ちが、矛盾なく同居している現実を理解できなくて、重音は泣いた。泣きながら、歌い続けようとする。

 

 けれど、今の重音が覚えているのはサビの部分だけ。何せあの頃の彼女は素直じゃなくて、あまり積極的に歌ってこなかった。

 おまけに、もう何年も口にした覚えがない。おかげで他の箇所は記憶が曖昧で、次にどんな言葉を調べに乗せればいいのかわからなくて、不甲斐なくて……。

 

『守りたいだなんて言えるほど、君が弱くはないのわかってた。それ以上に僕は弱くてさ、君が大事だったんだ』

「……!?」

 

 そんな重音の耳に、誰かの声が聞こえた。誰かの歌う声が届いた。子供の声だった。

 

 慌てて周りに目を向けるが、そこに人影は一切なく。

 

『「独りで生きていくんだ」なんてさ、口をついて叫んだあの日から、変わっていく僕を笑えばいい、独りが怖い僕を』

 

 にも拘らず、歌声だけははっきりと聞こえてくる。

 それどころか、どんどん近づいてくる。はっきりと輪郭が明らかになっていく。

 

「……お、姉ちゃん……?」

 

 そうだ。この声は。

 もうずっと、聞いていなかった声。すっかり思い出せなくなっていた、この声。

 

 この声の、持ち主は。

 

『蹴飛ばして、噛みついて、息もできなくて……』

「お姉ちゃん!? いるの!? ねえ、いるんでしょ!?」

『騒ぐ頭と腹の奥が、ぐしゃぐしゃになったって……』

 

 大急ぎで振り返るも、返事はない。それでも、歌は続いている。

 

 姿はない。それでも、声は誘っている。

 

『衒いも、外連も、消えてしまうくらいに――今は触っていたいんだ、君の心に』

 

「……っ!」

 

 だから、彼女は誘われるままに。

 

 意を決して、空を見上げる。

 

「『僕たちは(ボクたちは)!』」

 

 そうして始まる、二つ目のサビ。流れてくる音楽にあらかじめ乗っている男性の声に便乗するように、二つの声が重なる。二人の少女の声が重なっていく。

 聴衆のいない、たった二人だけの合唱。ありていに言ってしまえば、カラオケですらない稚拙な歌声。

 

 それでも……今ここで雨に濡れながら声を上げる少女にとって、これはただの歌ではない。

 眠る前に姉が口ずさむ子守歌であり、心身を苛む苦痛を和らげる鎮痛剤であり、その苦痛に立ち向かうための鼓舞であり、何気ない時間を慰める娯楽でもあり。

 

 何より、共通点が一つ。それはあの灰色の地獄の中、みんなが知る、お互いのための祈りであったということ。あの日彼女たちは、この歌をかすがいにして寄り添い合う家族だった。

 

 それを今、ここで歌う。愛した家族と共に歌い上げる。

 

 物理的には今、ここには独りしかいないけれど。それでもここにいるであろう家族のために。あるいは今まさに苦しんでいる自分のために。

 どんなに遠く離れていても、必ずお互いのもとまで届くように。そういう願いの込められた、幼く純粋な祈り。

 

 それを今、あの頃とは違って素直に歌うことができることの意味を噛みしめながら。

 涙に濡れた声が、少しずつ弾んでいく。雨が、弱くなっていく。

 

 されど夜が明けるには、まだいささか以上に早く。

 闇の中。やがて歌が終わり、聞こえてくる曲は機械的に次のものへと切り替わる。二人だけの時間は、そうやって実にあっさりと終わりを迎えた。

 

「……お姉ちゃん……? そこに……いるん……だよ、ね……?」

 

 けれど、さながら歌の余韻が響くかのように。

 かすかに残った光が染み渡るように。

 

 一瞬、ごくごくわずかなまばたきの刹那の間、重音の前にその姿が垣間見えた。

 あの場所ですべての子供がいつも着せられていた、揃いの簡素な患者着。打ちっぱなしのコンクリートもいとわず、共に駆け回った素足。

 

 そして何より、あの地獄の中でヒーローを体現して見せた、ナンバーワンを模した笑顔。

 

「お姉ちゃん!」

 

 幻のようなその姿に、重音がすがるように手を伸ばす。そんな彼女に、現れた蓄羽は何も喋らない。

 

 ……いや、喋ろうとはしている。しかし彼女がどれだけ口を動かしても、それが音となって響くことはなかった。

 それでも彼女は、私が来たとでも言いたげにピースサインを向け、もう片方の手で重音の手を取った。いつかのときのように。

 

 感触は、ない。ただ空を切る感覚だけがそこにあった。

 

 だとしても……それが錯覚であったとしても。すぐに消えてしまったとしても。

 

「……わかったよ、お姉ちゃん。一緒に行こう。みんなで一緒に」

 

 重音は今ここに現れた姉を信じた。姉の手が引くほうへ、行くべきだと。そう信じた。

 だからもう、重音の歩みに迷いはなかった。

 

 暗闇の中、雨は続いている。弱くはなっていても、確かにまだ降り続いている。

 

 そんな中を、重音は歩いていく。

 

 今はまだ、独りの歩み。けれど間違いなく、光に向かうための歩みであった。

 

 その背中を見送って、うすぼんやりとした人影が闇の中に浮かび上がる。

 百八十センチを超える背丈の、精悍な顔つきの男の姿。ローブを身にまとう彼の耳元で、今にも消えそうな声がかすかに響いた。

 

『あ……がと……、ス……イウォ……カーさ……』

『気にするな。一度くらいこっち側にお節介をしても、誰も怒りはしないだろうからね』

 

 声にそう答えて、肩をすくめるフォースの申し子……アナキン・スカイウォーカー。

 

 けれどその隣に、少女が現れることはついぞなかった。声ももう、響いては来ない。

 なぜなら彼女はもう、宇宙のフォースの中に散った意識だ。たとえアナキンが力を沿えたとしても、もうこれ以上はどうあがいても無理なのだ。むしろここまでやってのけたことこそ、ザ・ワンズに匹敵する奇跡の御業と言うほかない。

 

 でも、それでいい、と彼女は思っていた。

 

 もちろん、今重音の隣に自分がいないことに思うところはある。

 それでも、自分には。あのとき一度折れてしまった自分に、今を生きている重音の隣にいる資格はないと思うから。

 

 だから……蓄羽は宇宙のフォースの中に溶けるその瞬間まで、ひたすら願う。祈る。

 今は独りで歩くしかない妹の隣に、いつか共に未来を盗み描ける誰かが現れてくれることを。

 

 そのときが、遠くない未来で待っていることを祈って。

 

(フォースと共にあらんことを。……で、いいんだっけ)

 

 そうして、彼女は再び永遠の眠りについた。

 




ヒロアカの物語が進めば進むほど、ピースサインの歌詞が解像度を上げていくの何かのバグだと思ってます。あれが作られたの、もう結構前なのに。
ピースサインに限らず米津さんのタイアップ曲って大体そういう感じなので、彼の作品を歌詞に落とし込む能力が異常なんでしょうね・・・。

あ、一応少し先のことを言っておきますと、重音の曇らせはここでおしまいです。
ここから先は上向いていきます。本当だよ。
大人ウソつかない。たまに間違えたりはするけど。
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