重音が新たにディグナスを名乗り始めて、およそ一週間ほど。
雄英高校が例年通りに体育祭を開催し、どこぞの幼女が恋人との激闘を制して二度目の優勝を飾ったその裏で、重音はジェントルと共にネットにその名を挙げた。
ライブ配信によってリアルタイムに行われたジェントルチャンネル今回の案件は、とある癒着の摘発だ。同時に、オールフォーワンの間接的な協力者を成敗するものでもある。
ターゲットは、とある地方の地主一族。彼らはその地域でも名の知られた資産家であり、寄付をはじめとした様々な便宜を図っており、表向きは篤志家として知られている。
しかしその裏では、便宜による見返りをしっかり受け取っており、また出資者としての立場から相手を利用するなどして富を得ていたのである。
彼らが得た富の一部は、殻木球大が運営していた病院グループに流れていた。そういう意味でも、彼らはオールフォーワンの間接的な協力者と言える。
だがそれ以外にも、彼らは協力者と呼べることがあった。それが地下闘技場の運営とそこで行われる違法賭博の胴元である。
地下闘技場とは、”個性”も含めてなんでもありというルールのもとで戦いが行われる場だ。もちろん非合法であり、国には認められていない。
そんな場で行われる勝ち負けは当然のように賭けの対象だったが、これも当然非合法。ゆえにこそこの賭博に天井はなく、ときに目を疑うような大金が飛び交うこともある。
そういう賭博の胴元が、儲からないはずもなく。件の地主一族は便宜を図った見返りに、これらの運営を見逃してもらっていたというわけだ。
彼らが狡猾だったのは、見逃してもらう相手を警察などの治安機構ではなく、地元の人間に重点を置いた点だ。徹底的に地元の発展に貢献することで、地元住民を味方につけたのである。
警察は基本的に、通報などがあって初めて動く。だからこそ、問題の地下闘技場を周辺の人間が問題としなければ、動くことができない。仮に捜査に来たとしても、周りの住人から情報や証拠が得られなければ、そこまでだ。
もちろん、そんな地域の住人にも警察やヒーローになろうというものはいるもので……時を経てそういうものが増えていったことで、ますます地主一族の足場を盤石なものにしていった。
この地下闘技場が、オールフォーワンたちにとってそれなり以上の価値があった。彼らにとって、実に都合のいい場所だったのだ。
なぜなら脳無の作成やオールフォーワンの力を底上げするには、”個性”がいくつも必要になる。より多様で、より強力な”個性”が。
また”個性”だけでなく、脳無の素体として使える頑健で戦闘志向の人間も、彼らは必要としていた。
そして国や人種を問わず、自らの”個性”を遠慮なく振るいたいと思う人間は一定数いる。
こういう人間の大半はいずれ力を持て余してヴィランになるが、そんな裏社会の腕自慢たちが集まる地下闘技場は、有用な”個性”を求めるオールフォーワンたちにとってはまさに格好の狩場だったのだ。
もちろんオールフォーワンたち自身がそこに足を踏み入れたことは一度もないし、経営に関わったこともない。あくまで素材の調達先の一つでしかなく、何かあればいつでも切り捨てられる場所でしかなかった。オールフォーワンが関わる諸々のネットワークの中では、末端と言っていい。
地主一族もそれは薄々察しており、裏社会の伝説とも言えるオールフォーワンと対立するようなことは一切してこなかった。彼らはほどほどの見返りを表裏双方の社会から得ることで満足しており、不相応な野望を持たないまま、ほどほどの距離感でオールフォーワンたちと付き合い続けた。
だからこそ、警察はこの地主一族の悪事にほとんど気づかないままでいたのである。
それでも三月末に起きた全面戦争によって、オールフォーワンの影響が激減した。後継者の死柄木弔は死に、オールフォーワン自身はタルタロスに収監されたままである。
だからこそ、全面戦争に端を発した警察の捜査が進めば、いずれこの地主一族も検挙されるに至っただろう。
問題は、大量の逮捕者が出たことによって発生した唐突な人手不足だ。同時にヒーローも引退者の続出で数を減らしており、捜査に支障をきたしている状況。地主一族への捜査は遅々として進んでいなかった。
彼らはこれを察して、オールフォーワン関係の証拠の抹消を始めた。当然の危機管理と言えよう。おかげでこのまま警察の人手不足が続くのであれば、逃げおおせることが可能な状況にあった。
ゆえに、ジェントル・クリミナルが動いた。それは彼の矜持に反することだから。
なお、きっかけは実は重音である。彼女が脳無の材料となる”個性”の調達方法について、殻木とした会話を一部覚えていて、そこで名の上がった場所が件の地域だったのだ。
オールフォーワンの腹心がわざわざ兵器の調達方法と関係して挙げた場所だ、何もないはずがない。そう考えたジェントルは、早速ラブラバと共に調査を開始。結果として見事その実態を把握したというわけだ。
「……ま、ざっとこんなもんでしょ」
「うむ、我々の敵ではない」
「ば、バカな……こ、こんなことが……!」
そんな地下闘技場のオーナールームにて。襲ってきた警備のヴィランたちを鎧袖一触に蹴散らして、重音はジェントルと共に言った。
いずれもそれなりの使い手ではあったが、重音はもちろんジェントルも腕を上げている。おまけに、視界内への瞬間移動ができる重音はジェントルの”個性”に邪魔されずに立ち回ることができる。戦闘面における二人の相性は、かなりよかった。
なお、撮影担当のラブラバは相変わらずジェントルの活躍に黄色い声を上げていた。その状態でも、過不足なく撮影を行えているのだから彼女もある種のプロである。
一方で、頼みの悪漢たちが軒並み戦闘不能になったターゲットの男は、必死に命乞いをすることしかできない。
何せこのときは、雄英体育祭が行われている真っ最中。警察やヒーローの動きは極めて遅く、誰も助けには来なかったのだ。視聴者が減るリスクを負ってまでこのタイミングで配信したのも、それを狙ってのことである。
そして当然だが、ジェントルたちが命乞いを受け入れるはずがない。
とは言っても、本当に殺すわけではない。自分たちが集めた証拠をリアルとネット双方で開示しつつ、ターゲットを完全に無力化していくのである。最後に警察に突き出したら終わりだ。
もちろん、そんなことをして捕まえても警察が受け入れるはずもない。
だが無意味でもない。ジェントル・クリミナルは、今やそれくらい影響力を持つヴィジランテなのだ。
先を越されたことで、警察もこの件の追及を急ぐことだろう。そうすれば、いずれ本当の意味で逮捕まで至る可能性は十分にあるのだから。
「……と、まあこんなところかな。我々のやり方を一通り眺めてみて、どうだったかな?」
「悪くない……と、思う」
帰り道。人目を避けて空を行く道中で、重音はジェントルの質問にそう答えた。
「あいつらがやってたことは、ヒーローじゃとめられなかったわけでしょ。かといって、ヴィランがどうこうするのは動機にならないし……微妙な感じがしてるのは、ボクにとって怒りをぶつけるタイプのやつらじゃなかったからってのはわかってるから、そこまで考えたら悪くないんだと思う」
初夏の風を浴びながら、重音は言う。
ジェントルのやってきたことは、彼の動画を見ているから知っていた。その動画という結果に至るまでの道筋を体験してみて、改めて思う。
悪くない、と。今のところ、これが一番しっくりくるな、とも思う。
ヴィランのように自由に、ヒーローのような救済を。闇の力で光を成す。それが自分には合っているのかもしれない、と。
そう思った直後、しかし重音は態度と気配を百八十度変えた。
「……それはそれとして、オールフォーワンはやっぱり殺す」
彼女の物騒な物言いに、ジェントルとラブラバはため息をつくしかない。
ただ、呆れるというよりは納得の色のほうが強かった。こうなるということは二人もわかっていたからだ。
……今回の一件について調べている過程で、彼らは色々な情報に当たった。そこで彼らは、ターゲットが経営する地下闘技場の常連だった男が、福岡においてエンデヴァーとホークスのタッグと戦った黒い脳無の素体に使われていたことを知った。
そう、脳無の材料が正真正銘生きた人間本人であることを知ってしまったのだ。
当然ジェントルたちは、重音に詰め寄った。そんな非人道的なことをしていたのか、と。
だが重音は、怒ると同時に困惑した。彼女は脳無の材料について、髪の毛や皮膚片などから培養したクローン細胞から造られていると教えられていたからだ。
これは本当のことを知れば重音が激怒する、と見越したオールフォーワンによって与えられる情報を操作されていたからだが……改めて警察に収められている脳無の捜査資料を調べ直して、間違いない真実であると知って、重音は本気でブチ切れた。
彼女にとって、本人の意思を無視して何かを強制することは最大級の地雷だ。特にそれによって心身を害することは、絶対に許せない所業である。
かつてナインや弔が殻木に改造されることをよしとしたのは、それが当事者の了解を得て行われたことだったからだ。
だがそうでない人間を拉致し、実験台にし、自由意思はもちろん記憶も何もない、生きた死体に変えるなどというのは……重音の逆鱗に触れるに十分すぎた。
ゆえに重音はここ数日、ずっとオールフォーワンに対して殺意をみなぎらせている。あの男だけは絶対に許せないと、その決意であった。
「その話、ちょーっと俺たちにも聞かせてくんない?」
そんなとき。暗がりから男の声が飛んできた。
ジェントルとラブラバは足をとめて身構え、警戒態勢を取ったが……重音だけは違った。彼女にとってその声はなじみのあるものだったため、警戒心など欠片もなく素直に声に応じた。
「コンプレス?」
「正解! ……それと」
「俺もいるぞ」
「スピナー! 二人とも無事だったんだ」
そう、現れたのはヴィラン連合の構成員だった二人。
ジェントルに勝るとも劣らない伊達男っぷりの格好に、仮面で顔を隠したミスターコンプレス。ヤモリの異形型”個性”による爬虫類の顔の上半分を、ステインよろしく包帯で覆うスピナーである。
「いやー、久しぶりだね襲ちゃん……いや、ディグナスちゃんって呼んだほうがいいのかな?」
「そうだね、その名前はもう捨てたんだ。呼ばないでほしいな」
「オーケー、そうするよ。……いやはや、まさか逃げ回ってる先でディグナスちゃんに会えるとは思ってなかったよ」
「あ、そうだったんだ。ここにいるのは偶然ってこと?」
「ああ。たまたまお前たちのライブ配信を見てな……周りの景色からしてかなり近いところにいるぞってなったんだ」
「で、それなら会っておかないとってことでね。いやー見つかってよかった」
奇術師特有の、思わせぶりな仕草と共に言うコンプレス。
その内心が見えた重音は、先んじて彼の疑問に答えることにした。
「ヴィラン連合はどうするのかって話?」
「相変わらず鋭いねぇ。……で、どうすんの? っつーか、ボスはどうしたのよ」
「……お兄ちゃんは死んだよ。事故だったってさ」
「……ウソ、だろ……?」
「ウソじゃないよ。秘密になってるだけ。まあバレると色々警察……っていうか政府? にとって都合が悪いから、秘密のままだと思うけどさ」
重音の答えに、スピナーが愕然とする。彼はゲームの趣味などで弔と気が合っていたため、余計に信じがたいようだ。
「……なる、ほど。で、ディグナスちゃんも今はヴィジランテ路線。ヴィラン連合は空中分解ってことか……」
「まあ、ね。一緒にいたみんなには悪いけど……ボクもうヴィランやるつもりないから」
だが続けられたその言葉に、スピナーが声を荒らげる。
「そんなあっさり……! 社会を壊すって話はどうなったんだ!? 死柄木の夢は……!」
「ボク的にはナシ。お兄ちゃんの夢ってさ、絶対子供が犠牲になるでしょ。そんなの嫌なんだよね」
「裏切るのか……!?」
「違うよ、抜けるだけ。ていうか、先に裏切ったのはオールフォーワンのほうだし。あいつがボクたちを裏切らなきゃ、ボクだってまだお兄ちゃんと一緒にいたのにね」
「……それも聞きたかったんだよねぇ。オールフォーワンってあれだろ、ボスたちの先生だろ? その辺りのこと、教えてもらいたいところだね」
不意に怒りの様子を見せた重音にスピナーが怯んだ隙間を縫って、コンプレスが飄々と問いかける。
これに対して、重音は一瞬言葉を切った。信じてもらえるかどうかわからない話だからだ。
しかしすぐに気を取り直した。信じてもらえなくても、そのときはそのときだと考えてのことだった。
「……あいつがお兄ちゃんやボクを育てたのは、駒にするためだったんだよ。あいつ、お兄ちゃんの身体を乗っ取ろうとしてた。あの病院の跡地でさ、乗っ取る直前まで行ってたんだよあいつ」
そうして重音は、あの日何があったかを語り始めた。弔の身体を蝕み、奪おうとしていたオールフォーワンの話を。その野望を。
この場に居合わせているジェントルたちもそれは初耳の話だったが、彼らもまた重音の語りを固唾をのんで聞いていた。魔王の所業というものがどういうものか、聞き逃すつもりはなかった。
「は……そん、な、ことが……?」
「……マジ?」
「大マジだよ。乗っ取られたら当然、お兄ちゃんの意識はなくなる。死ぬんだよ。許せなかったよね……あのときたぶん、120%くらいプッツンしてたと思う」
吐き捨てるように言った重音の身体で、赤い光が弾けた。
「でもお兄ちゃんを乗っ取ろうとしてたの、あいつの”個性”であいつ本人じゃないんだよね。あいつはまだ生きてる……だから」
「オーケー、大体わかった。すっかりいい子ちゃんになったのかとも思ったけど、その辺はきちんとヴィランしてて安心したよ」
そして出てきた結論に対して、コンプレスは仮面の下でにんまり笑った。
彼の指摘は自覚していたのだろう。重音は少しばつが悪そうに、けれどはっきりとそれを肯定する。こういうところは多分、もう変えられないのだろうという確信があった。
「やられたら倍にしてやり返す。それがヴィランってもんだろ? ……俺も手ェ貸すぜ。俺らのボスをそんな目に遭わせたやつァ、ぶっ飛ばしてやろうじゃないの。なあ、スピナー?」
「……その……オールフォーワンとやらは、確かタルタロスにいるんだったな?」
「それはそう。……だよな、ディグナスちゃん?」
「そうだよ。今はどうやって入ろうかなって考えてるところ」
「……わかった。その話、乗った」
スピナーも頷いた。
「タルタロスには……いるんだろう? 彼が。ステインが」
彼にとっての原点とも言える存在が、そこにいるから。
かくしてこのとき、一時的にだが、ヴィラン連合は復活を遂げたのである。
重音が脳無の詳細を正確に教えられていないという情報は以前に後書きで補足しましたが、物語もエピローグまで来てやっとそれを本文中で言及できました。
己の力不足を感じる・・・けど、ここまで突っ走ってきたので、このまま突っ切ってやるぞという心持で残りも駆け抜ける所存。
それはともかくAFOは滅びるべきである。