「たとえ相手が伝説のヴィランであっても、殺しは我が矜持に反するのでね。その案件、私たちは抜けさせてもらうよ」
オールフォーワンへの復讐について、ジェントル・クリミナルはそう言ってラブラバと共に抜けた。
少し寂しいと思った重音だったが、この件についてはジェントルたちは無関係だ。彼のやり方を否定するつもりもないので、素直に受け入れ別れることにした。
幸いにして重音を見捨てるつもりがないのか、ジェントルは「困ったときは頼ってくれて構わない」と告げて、連絡先を渡してくれた。その点については素直に感謝する重音である。
「で……寄り道にするのはいいが、なんでまたこんな山の中を……」
数日後。重音たちの姿は、とある山の中にあった。都心を見渡せる程度には東京に近い山だが、それでも今いる場所は登山道から離れており、普段はまず誰も寄り付かない地点である。
とはいえ、山登りをしているわけではない。重音の瞬間移動で便乗してきたし、帰りもそれで一瞬なので、彼女たちは至って軽装だ。
「ディグナスちゃん、まだ? おじさんそろそろしんどいんだけどなー」
「もうそこだよ。ほら見えてきた」
先頭を歩く重音が歩みをとめることなく前を指させば、後ろに続いていたスピナーとコンプレスは目を凝らした。
重音がまっすぐ迷うことなく歩く先、わずかに開けた小さな平たい場所。そこには、どこか浮世離れした雰囲気の剣が地面に突き刺さっていた。
「……剣?」
「あれ? あの剣……ディグナスちゃんが持ってた剣?」
「何? ……本当だ、同じデザインだな」
その剣の柄は、鍵をあしらった意匠になっている。スピナーが言う通り、重音が使っていた剣と同じデザインだ。
「ボクのじゃないよ。これはお姉ちゃんの剣」
その柄に手を置いて、重音は寂しげに微笑む。
彼女のそういう表情が珍しくて、付き添いの二人は思わず口をつぐんだ。
「ここにお姉ちゃんが眠ってるんだ」
「……墓石の代わりなのか」
「なるほどねぇ。いやでも、なんでこんな場所に……」
「お姉ちゃんはオールマイトが好きだったから……ほら」
説明しながら、重音は振り返りながら顎をしゃくってそちらを示した。
言われるままにそちらに顔を向け……二人は納得する。ここからは、都心にそびえたつマイトタワー……オールマイトのかつての事務所がよく見えた。
「……でもいいのかい? 墓標なんだろこれ」
「……あんまりよくはない、かな。でもボクの剣、今どこにあるかわかんないし」
投降した際に、重音は当然武装解除されている。そのため、あの剣の所在は不明だった。
調べようと思えば調べられただろう。短期間ではあるが、ラブラバからコンピューターの使い方を教えてもらった。電子制御の”個性”をフル活用すれば、さほど難しくはないはずだ。
だが、それだけが理由ではない。
「それに……あの剣はちょっと人を殺しすぎたから。これからボクが、死柄木襲じゃなくてディグナスとして生きていくには、こっちのほうがいいと思ったんだ」
姉……蓄羽の剣も、決して清らかとは言えない。ヴィラン組織にいたのだ、抜身のままのしろがねは相応に人の血を吸っている。
それでも、自らの意思で行ったか否かは大きい。そんな気がしたから。
あと……これはコンプレスたちには言わない――言わなくても察してくれているような気がするから――が。
今はどうしようもなく、近くに蓄羽を感じていたかった。これからの自分を、生まれ変わった自分を、姉に見ていてほしかった。
「…………」
だから重音は、静かに握りをゆっくりとつかんだ。
目を閉じて、一つ二つと深呼吸をして。全身を駆け巡る自らのフォースを、少しずつ剣へと流し込んでいく。
……彼女は経験則でなんとなく理解しているだけだが。彼女の、ひいては彼女たちが所属していた銀鍵騎士団の武器であるこの剣は、各個人のフォースを広く深く浸透させたフォースウェポンだ。
その性質上、この剣は使い手を選ぶ。基本的には、持ち主以外には真価を引き出せないのだ。
だが重音には、この剣なら自分も使えるという自信があった。根拠は何もなかったけれど、そんな確信があった。
果たして、剣は重音の呼び声に答えた。彼女のフォースが刀身の表面を静かに走り、反発することなく内部へと沁み込んでいく。
しかしそれは、上書きするような形ではない。まるで正面から受け止めるような……複数のフォースが同居するような、そんな形。
「……まるで勇者が聖剣を引き抜くみたいなシチュエーションだな」
スピナーがぼそりとつぶやく。ステインに触れる前は、ひたすら閉じた己の世界に引きこもっていた彼らしいたとえだった。
コンプレスも、それがあながち的外れでもないと感じている。重音が引き抜いた剣は、それくらい得も言われぬオーラがあった。実態は、勇者には程遠いが。
もちろんそれは、普段一般人には感じられないフォースが潤沢に宿っているからだが……その副次的な効果によって、七年近くここにあったにもかかわらず一切錆びても朽ちてもいない剣の佇まいも、無視できないだろう。視覚的な効果というやつだ。
重音はそんな剣を、フォースを浸透させながら振り回す。今までに覚えた剣の術理をなぞるように、さながら舞のように。
しばらくその場に、刃が空を切り裂く音だけが響き続けた……が、ほどなくしてそれをかき消す紫電のような音が響く。
「……ふっ!」
重音の一際強い呼吸と共に、彼女の身体から生じた赤い光が弾け、刀身を覆っていく。剣はすぐにその光に包まれ、ライトセーバーさながらの見た目へと変わった。
彼女がその状態の剣で再び舞えば、先ほどまでとは異なる特有の振動音がかすかに響く。
同時に、周囲の木々や草花が、剣を振るう勢いを受けて揺れ動いた。速度も動きも変わっていないはずなのに。
さらにそのまま彼女が思い切り剣を振り抜けば、そこから放たれた赤い剣閃が空を駆け、複数の木をなぎ倒した。
「……ん。おっけ、問題なし」
それを見て満足したのか、重音は剣を下ろした。
が、すぐに鞘がないことに気づいて後頭部をかく。
「……いっけね、お姉ちゃんの鞘は騎士団出たときに置いてきたんだった」
「おい」
「さすがに抜身の剣はまずいでしょ」
超常黎明期を経て超人社会に至っても、この国の銃刀法は健在である。こんなものを持ち歩いていたら、即座に逮捕されてもやむなしだ。
とりあえず包帯で無理やり包んで隠すことにしたが、それでも絶妙に目立つ見た目であることに変わりはない。
彼女たちはこれを前に、無言のまま一度互いの顔を見合わせる。だがこれ以上は現状どうしようもないので、これで行こうと言わんばかりに顔を縦に振ることしかできなかった。
「ま、まあ別にいざとなったらいつでも逃げれるし。行こう行こう!」
そんな感じで、絶妙に締まらない感じでこの場を後にすることになったのだった。
が、その前に。重音は改めて振り返り、剣が刺さっていた場所に向き直った。
剣がなくなったことで、この場所の目印がなくなる。だから彼女は、先ほど倒した木の一つを剣を振るって丸太へと加工した。
その丸太を、剣の代わりに突き刺す。もちろん、地面の下で眠っている蓄羽の遺体には当たらないが、隣となる位置にだ。
かなり不自然だが、剣が刺さっている様子と比べれば大差ないだろう。重音もその点は気にしていなかった。どのみち人が入ることはまずないエリアにあるのだから。
だから重音は己の仕事にひとまず満足して、剣を包帯に包みなおしながらこの場をあとにする。待ってくれていた二人に声をかけ、すぐさま瞬間移動に移るべく二人の身体を両の手でむんずとつかむ。
そんな三人が消える、直前。
『――――――――』
重音の背中に、声が投げかけられた。ような、気がした。
だから刹那、重音はもう一度振り返る。
「わかってるよ、お姉ちゃん。殺すのはあいつだけだから」
返事はない。重音自身も、それをまっとうできる自信はない言葉だった。
けれども、今なら。この剣を通して、蓄羽が見てくれているような気がする。
彼女が見てくれているなら、きっと自分は大丈夫。そう、信じられるから。
だから、重音は表情を引き締めて、瞬間移動を発動した。
誰もいなくなった山の中。かすかにフォースがさざめいて、光と闇の狭間でたゆたっていた。
***
「……で。行くのはいいが、どうやって侵入するんだ? 外から眺めるだけでもわかるくらい厳重だぞ」
そして翌日。重音たちは、タルタロスの対岸からその威容を眺めていた。
日は既に落ちているが、そこはさすがに国内最大の特殊拘置所。煌々と灯る明かりによって大半が視認でき、その様はまさに不夜城だ。
「どうって、そりゃお前……ディグナスちゃんにくっついてく。それでファイナルアンサーだろ?」
「ミスター……この間あんな啖呵を切っておいてそれでいいのか……」
「適材適所ってやつだよ。なあ?」
「まあいいけどさ……ボクも他に方法があるわけじゃないし」
コンプレスに肩を組まれて彼へジト目を向けつつも、同じ結論しか持ち合わせていなかったため抵抗しない重音であった。
そう、彼女たちの作戦はゴリ押しである。重音の瞬間移動によって一気に内部に侵入し、重音の電子制御によって警備システムをかいくぐる。言ってしまえばそれだけだからだ。
「じゃ、行くよ」
そして、それができる力は重音の中にある。
いずれも彼女が生まれ持ったものでも、修練で身に着けたものでもない。だが既に十二分に馴染んだその力は、フォースを通じて強く彼女の身体に染みついている。もはやそれらはみな、重音の”個性”であり個性であった。
三人の姿が掻き消える。一度空を中継して、タルタロスの敷地内へ一気に侵入した。
と同時に、周囲にフォースを通じて電子制御の”個性”を解放。これにより、重音たちはこの場すべての監視網からすり抜ける存在となった。
「総合管制室はどこかな?」
「その辺にいるヤツから聞き出せばいいだろ」
「スピナーに賛成……おっと、早速第一村人発見だぜ」
「ナイスぅ」
そのまま三人は悠々とタルタロス内を進む。出くわした看守は制圧し、その場で情報を抜いていく。
「あ、あっちだ!」
「ウソだね」
「ぐ……!」
重音は理波たちと違って、マインドプローブは使えない。だが、接触している人間が嘘をついているかどうかくらいは、なんとなくわかる。
それを利用して、少しずつ。しかし確実に、目的の場所へと近づいていく。彼女たちの通った通路には、気絶させられた看守たちがまるで道しるべのように連なっていた。
「お邪魔しますよー、っと」
「!? 貴様ら……ヴィラン連合!? どうやってここに!?」
「仲間を取り戻しに来たか……!」
そして彼女たちは、遂にタルタロスの中枢部へと辿り着いた。
ここまでと同様ほぼ隠れることなく押し入った彼女たちに、室内にいた看守たちが色めき立ちながらも身構える。同時に彼らは警戒態勢を一気にレッド……最大まで引き上げようとした。
だが……。
「無駄だよ。ここの制御はもう全部ボクのものだから」
電子制御の”個性”によって、タルタロスは完全に制圧されていた。フォースの力も乗ったこの”個性”は、重音に植え付けた殻木も想像以上の効果を生み出すようになっていた。
「とりあえず、全員静かにしといてもらおうかな」
そして動くはずのシステムが一切動かない、という事態に動揺してしまったら、もう終わりだ。コンプレスとスピナーが一気に動き、看守たちを制圧する。
ほどなくして、看守全員がコンプレスの”個性”によってビー玉大ほどの球体の中に封じられた。
「さて、と……あいつはどこにいるのかな……」
管制室を占領してすぐ、重音は監視システムに侵入を開始した。キーボードやコンソールはほぼ操作しない。すべてフォースを通じて、電子制御が直接システムを侵していく。
「……あ、ステイン先パイみっけ」
「本当か!?」
「うん。まずはスピナーをそっち送ろう。話長くなりそうだしね」
「……頼む」
ということで、リアルタイムの映像を経由する瞬間移動の応用で、スピナーはステインと対面することになった。
「やっほー先パイ、久しぶり」
「……貴様は……確か……死柄木襲……だったか……」
「その名前はもう捨てたんだ、今はディグナスって名乗ってる」
「ハァ……どうでもいい。何をしに来た」
「ボクは裏切り者を殺しに来ただけで、別に先パイに用はないよ。……まあでも、ボクこれからヴィランやめてヴィジランテやるつもりだから、挨拶くらいはしといてもいいかなって」
「……それこそどうでもいい話だな……失せろ」
「つれないんだぁ。ま、ボクは元々あんまり興味ないからいいんだけど。それより……熱心なフォロワー連れてきたから、しばらく話してあげて?」
「おまっ、いきなり放り出しやがっ……あ、おい!?」
それだけ一方的に言うとスピナーを押し付け、重音はスマホを通じてコンプレスの待つ管制室へ戻る。
「じゃ、いよいよ本命だね」
「頼むわ。ここは俺が抑えとくから、俺たちの分までぶん殴ってやってくれ」
「任せて」
そのまま返す刀で、オールフォーワンのもとへ突入する。
厳重に巻いていた包帯を解いて剣を取り、即座に憤怒を刀身にまとわせて。監視カメラの映像の中、悠然とした態度で拘束されているオールフォーワンの顔を睨む。
概念的に強化され、あらゆるものを切り裂けるようになった剣を上段に振りかぶって、一度静止。
次いで、重音の瞳がざわりと変色していく。ルビーのような透き通る赤の中心から、外に向けて黄金が侵食していく。やがて赤は縁取りにわずかに残るだけとなり、瞳のほぼすべては邪悪な金色に支配される。
されどその闇が、重音を飲み込むことはなく。鋼の意思で律された闇は、フォースのもと彼女に従った。
「せいやッ!!」
そして、気合一声。
と同時の瞬間移動が発動し、
「……!?」
シスの象徴とも言うべき赤い切っ先が、オールフォーワンの身体を袈裟懸けに切り裂いた。鮮血があだ花となって虚空に激しく咲き誇る。
その勢いはとどまることを知らず、赫奕たる憤怒は一切の抵抗を許さないまま魔王の身体を真っ二つにする。胸のごく一部と片腕だけを残した首が、ごとりと床に崩れ落ちた。
「な……、に、が……」
「オマエだけは許さない……!」
「が、ふ、まさ、か。襲、か……!?」
驚愕し、血を吐きながらも、驚異的な執念で残る腕を動かすオールフォーワン。
だがその腕を思い切り踏みつぶして、重音は嗤った。
「よくも裏切ってくれたね? おかげでお兄ちゃんは死んだし、ヴィラン連合はバラバラだよ。それもこれも、何もかも全部全部オマエのせいだ……!」
「まさ、か、し、失敗した、のか……? がはッ!?」
「黙れ。オマエにしゃべる資格なんてない。……これはスピナーの分!」
その顔のまま、重音はオールフォーワンの顔を思い切り殴りつける。
「これはコンプレスの分! これはトゥワイスの分! これはマグネの分! これは――」
何度も何度も、仲間だったものの名前と共に、拳が振るわれる。既に身体を失ったオールフォーワンに抵抗するすべはなく、されるがままに殴られそのたびに血を吐いた。
「そして……これは……!」
最後に重音は、もはや息も絶え絶えでかすかに動くこともままならないオールフォーワンの顔をわしづかみにした。その手のひらが、邪悪なフォースの波動で青白く光を放ち始めている。
「これは……! オマエのせいで人生全部滅茶苦茶にされた……お兄ちゃんの分だッ!!」
「がああああああッッ!?」
怒りがさらに爆発し、それに後押しされた闇の力が遂に雷を放った。
フォースライトニング。破壊と殺戮、憤怒と憎悪を宿した致命的な輝きがオールフォーワンの身体を穿つ。直接接触していることもあって、その威力はジェダイを終わらせた暗黒卿のそれに一時的とはいえ匹敵するレベルのものであった。
そこに容赦は欠片もなく、ただただ目の前の相手を極限まで苦しめながら殺すという意思に満ち満ちていた。
「……――――」
やがて、オールフォーワンの身体が完全に停止する。ライトニングにさらされていた箇所のほぼすべてが炭化し、脱力した身体に魔王の面影など欠片も残っていなかった。
だがまだ終わりではなかった。もはや黒い楕円球としか形容できない場所……頭だったところに、重音は思い切り剣を突き立てたのである。
赤い輝きは一切狙いを過たず、正確無比にそれを破壊した。粉砕されたそれは……しかしもはや散らせる血も残っておらず。ただがさりという乾いた音とともに崩れただけだった。
その最期を見届けて……重音は深い深い息をついた。連動する形で、黄金に染まっていた瞳に輝かしい赤が戻って来る。
「……終わったよ、お兄ちゃん。全部……」
剣を振って汚れを吹き飛ばしながら、ぼそりとつぶやく。
返り血にまみれたその顔に、陰りは、なかった。
これでなぜサブタイが昇格の儀なのかと言えば、シスにおいてアプレンティスがマスターに昇格するために必要なのが師匠の殺害だからです。
弟子が師匠を殺して乗り越えることでその力と知恵を高めると共に、シスの人数が必要以上に増えないようにしてジェダイから身を隠し続けていたんですね。
ちなみにシディアスのおじいちゃんは、師匠の寝込みを襲ってSATSUGAIに成功してます。
汚いと思われるかもしれませんが、フォースを我欲のために使い、その意思を貫徹するためならどんなこともするのがシスなので、問題はありません。
ていうかシスのその教義的に、シスマスターはシスアプレンティスを駒として使いますからね。つまりどっちもどっち。
ということで次回、本当の本当に最終回です。