山岳ゾーン。山岳救助訓練を主に行うエリアであり、小さいながらも文字通りの山あり谷あり。なかなかに険しいフィールドが再現された場所だ。
当然人が多く展開するには向いていない場所だが、例外もある。ここは訓練用の施設であるため、一定以上の生徒が同時に存在できるように開けた場所もいくつか存在するのだ。
そんな場所に飛ばされた生徒は、八百万、耳郎、上鳴の三名だ。全員が肉弾戦に向いた“個性”ではないため、大勢に囲まれてしまっては苦戦は必至の組み合わせ……ではあるが。
上鳴の“個性”は、大容量の電撃を放つことも可能な強力なもの。その最大放出がなされれば、チンピラが何十人で取り囲もうが物の数ではない。
ただし無差別に電撃が放たれるため、当初は味方も巻き添えする懸念から動くことができなかった彼だったが……。
「できた!!」
その問題も、八百万によって解決された。
八百万百……“個性”、「創造」。生物以外のものを、なんでも作り出せるというものだ。
そのためには正確な知識がなければならないが……知識を身に付ける場所に困らない環境で生まれ育った八百万にとって、それは問題にならない。
そうして彼女が作り出したものは、絶縁体のシートだ。それも、簡単には傷つけられない分厚さの。
「厚さ100ミリの絶縁体シートです。上鳴さん!」
「――……なるほど」
告げるとともに、八百万は耳郎と共にシートの中へ身体を潜らせる。
彼女たちが完全にシートの中に隠れたことを確認した上鳴は、鼻血をぬぐいながら気合いを入れて、全身に力を込めた。
「これなら俺は……クソ強ぇ!」
電撃。遅れて、音が奔る。
周辺一帯をまとめて焼き尽くすほどの高圧電流が、彼らを取り囲んでいたチンピラたちを一掃する。
光と音が消えたとき、そこで立っていたのは生徒たちだけであった。
「うェ~~~~い」
ただし、上鳴は“個性”の使い過ぎによって、一時的に思考能力が死んでいた。
まあ、こればかりは仕方がないことである。人体にとって、電気とはそれだけ影響が大きいものなのだから。
「……八百万、その、服が……」
「ご安心を、すぐに創りますわ」
一方、大きなものを創造したために、八百万のコスチュームは破れ上半身がほとんど露わになってしまっている。
耳郎はそんな彼女の身体……主に胸部装甲を見て、彼我の戦力差におののくばかりであった。
そうして八百万が服を整えなおしたころには、すっかり弛緩した空気が漂っていた。
だが、それが問題であった。彼女たちは、まだ気を抜くべきではなかったのである。
なぜなら、今この戦場を整えたのは敵のほう。地の利は圧倒的に相手側にあり……それはすなわち、いくらでも戦力を伏せておけるということでもある。
地面から、巨漢が現れる。八百万たちに気づかれない位置、気づかれない動きで。
その身体から、パリパリと電気が漏れる。彼もまた、電気系の“個性”の持ち主だった。
そんな電気をまとった太い腕が、思考能力低下中の上鳴の首をさらおうとした……瞬間。
「痛づっ!?」
その二の腕に、どこからともなく射出されてきたワイヤーフックが突き刺さる。
突然の攻撃に男は思わずうめき、結果として八百万たちは奇襲に気づくことができた。
「ウェ!?」
「な!?」
「上鳴さん、危ない!」
八百万が他の二人の袖口をつかみ、強引に近くへ引き寄せる。これによって男の目論見は失敗に終わり、
「喰ーらえぇーい透ちゃんエルボーっ!」
「ぐへはぁッ!?」
刺さることで固定されたフックを基点に、巻き上げられるワイヤーごと引き寄せられながら高速で接近してきた見えない何かの攻撃によって、吹き飛ばされた。
「葉隠!?」
「やっほー! 間に合ってよかった!」
突然現れた姿の見えない何者か……葉隠は、己の正体を言い当てた耳郎にピースサインを向けつつ、同時にワイヤーフック自体を腕から切り離し、空中でくるりと回転すると見事な着地を決めた。
「……っとぉ! へへ、十点!」
「葉隠さん! ありがとうございます、私たち伏兵に気づかず気が緩んでいましたわ……」
「いいのいいの、みんな無事でよかった!」
頭を下げる八百万に、ニコっと笑いかける葉隠。
……だったが、次に思考能力の落ちた上鳴を見て、ぷんすかと怒り始めた。
「上鳴くんどしたのその顔!? 誰にやられたの!?」
「うぇ、うぇ~~い?」
「あ、いや、コレは違くて……こいつの“個性”のデメリットっていうか……」
「こ、んの……! ガキどもがぁ……!!」
またしても空気が弛緩し始めた……が、葉隠に蹴り飛ばされた男が復帰してくる。かなりの勢いを乗せた蹴りだったが、意識を刈り取るまでには至らなかったらしい。
そんな男に、一同はさっと意識を引き締め対峙する。同じ轍は踏まないとばかりに、すぐさま切り替えたのである。
「死ねェェーー!」
ただ、いくら警戒を強めたところでどうしようもない攻撃というものは存在する。
光には劣るとはいえ電撃はその筆頭であり、対策が何もない状態で放たれれば回避はもちろん防ぐことなど不可能だ。
だが……そこに上鳴が割って入る。まだ顔は緩んでおり、思考能力も当然回復していない。
けれど、まったく回復していないわけでもない。だから彼は、敵が身にまとっていたものを見て次の攻撃をかろうじて予測し、とっさに身を挺した。全身を広げ、後ろにいる仲間の姿を隠すように。
「……!? そ、そんなバ――」
「う……うェェーーイ!!」
そしてその一瞬の行動が、最後の勝敗を分けた。
上鳴電気……“個性”、「帯電」。その名の通り、全身に電気を帯びることができる“個性”。
すなわち彼は……彼に、電撃はほぼ効かない。ましてや一度放電され、空気によって減衰した電撃など。
そして、
「……っ、ナイス上鳴!」
耳郎の“個性”と、サポートアイテムによって放たれた爆音が、男を襲う。指向性を与えられた音は、的確に彼だけを攻撃し、その身体能力を、思考能力を剥いだ。
耳郎響香……“個性”、「イヤホンジャック」。音をとらえ、あるいは放つことができる“個性”。そして音を防ぐことは、電気ほどではないが難しい。
「うああぁぁ!」
「葉隠さん、合わせてください!」
「りょーかい!」
「「せー……のっ!」」
「がはぁ!?」
そして最後に、八百万と葉隠が振るった鉄パイプが、左右同時に男の身体を叩いて完全にダウンさせた。
だが今度は誰も油断せず、残心を続ける。それでも敵の気配を感じられず、ほどなくして彼女たちは警戒を解いた。
「危なかった……葉隠が来てくれてホント助かった……」
「んへへ、どういたしまして。間に合ってよかったよー」
「最初の攻撃、すごい勢いでしたが一体どのように?」
「途中までトガちゃんと一緒だったんだけどね、こっち助けに行くって言ったらワイヤーフック貸してくれたんだ。ほら、戦闘訓練で使ってたやつ!」
「あー、あれかぁ。なるほどね」
「便利ですわね。今度構造を教えていただけないかしら……?」
そうして四人は、山岳ゾーンを下山し始めるのだった。
***
その少し前。雄英高校、校長室にて。
自らのデスクに着き、授業中の教師からの定時連絡を受け付けていた校長の根津は、二人の教師からの連絡が途絶えたのみならず、連絡が完全に遮断されていることに気がついた。
「……これは、何かあったね。定時連絡が途絶えたのは、相澤くんたち……場所はUSJか」
そうつぶやく彼の“個性”は、「ハイスペック」。思考、知識、その他諸々……いわゆる頭脳に関する分野の能力が飛び抜けて高いというものであり、ゆえに彼は先日の侵入者の狙いをほぼほぼ正確に予測していた。
マスメディアの侵入は、陽動のために別の侵入者に引き込まれたもの。そして騒動を起こした侵入者が狙っていたものは、職員室から紛失していた授業のカリキュラムだった……と。
ではそんなものを盗んでどうするのか、だが……カリキュラムというものが、どんな授業がいつ、どこで、誰によって行われているかが記されている書類だと考えれば、目的はおのずと予測できる。
一番マシなものとしては、今年度から教師に就任したオールマイトの授業風景を見るため。
だがその可能性は低いだろう。侵入者に気づいた生徒から寄せられた映像から見るに、その侵入者はそんな人間には見えなかった。
では最悪な目的は?
それはやはり、授業中の生徒を襲撃するため、だろう。次点で、教師でもあるヒーローへの逆恨み。
だが後者は、前者と両立が可能な目的だ。そのため、何よりも優先されるべきは生徒の安全であることにかわりはない。
そこまで読んだ根津は、学校の警備体制を見直すとともに、カリキュラムの一時変更を決断した。すなわち、新しい警備体制が整うまでの間はオールマイトをフリーにする形にだ。
この一時的な警備体制は、ひとえに雄英高校の広さが原因である。雄英高校はとにかく広い。それは敷地という意味でもそうだが、関連施設が校外にも存在するという点でもだ。
そのため、授業が校外で行われることも雄英ではそこまで珍しくない。そしてその場合、移動にはバスが用いられるほど校舎との距離があることがほとんどである。
しかし当たり前だが、この超人社会であっても、それほどの距離を即座に踏破できる“個性”の持ち主は限られている。同じタイミングで、複数のクラスが校外で授業を行なっていたとしたらなおさらだ。
そしてもちろん、学校である以上は授業そのものを削るわけにはいかない。
ゆえに、オールマイトである。彼なら常人の何倍も早く、現場に駆けつけることができる。彼ならどんな相手であろうと、後れを取ることはない。だから彼を校舎に配置し、何かあったときはすぐに駆けつけられるように待機してもらう。
それが、新しい警備体制が整うまでに採ることになった方策である。
「オールマイト。パターンAだよ、出動を。場所はUSJ!」
そうして根津は、別室で控えていたオールマイトへ連絡を入れる。
また、彼からの了解を受けると同時に、他の教師陣にも連絡を取る。オールマイトはあくまで先遣なのだ。いくら彼がナンバーワンヒーローであろうと、一人でできることには限りがある。
今はそれ以外にも理由があるのだが、それはさておき。
ただ校舎側のセキュリティもあるので、教師全員を駆り出すわけにはいかない。そのため誰をどう動かすかをすぐに決める必要があるが……それは根津にかかれば造作もないことだ。
「いやあしかし、通勤がてらヒーローをしようとするオールマイトに、控えるよう説得したかいがあったというものさ。あのときの私、グッジョブなのさ」
己のすべきことを順次こなしながら、根津は学校から文字通り飛び出していったオールマイトの背中に、思わずつぶやく。
そう。
これは根っからのヒーローであるオールマイトが通勤時に活動可能時間を使い切らないように、根津から熱心な説得が行われたからだ。
まあ、根津お得意の長話でもあったので、オールマイトを密かに辟易とさせたのだが。しかし最悪に備えたいという根津の熱意はしかと伝わったので、オールマイトはあの侵入騒動以降、ちゃんと通勤時のヒーロー活動を控え、授業にもあまり出ないようにしていた。
生徒たちには寂しい思いをさせたかもしれないが、彼らの未来が失われることこそ最悪なのだから。
そしてそんな事態を避けるため、ヒーローたちが動き出す。
「待っていてくれ少年少女たち……! 私が行く!」
かくして本来より早く、本来より元気なオールマイトがUSJに向けて走っていく。
そして、時間はまた少しだけ遡り――。
オールマイト、原作より早く出撃。主人公が提供した映像を、学校側が重く見た結果です。校長が頑張りました。
その分はからずも原作より動ける状態での出撃になりましたが、そこは話の整合性を取ろうとした結果そうなっただけですね。別に救済しようとかは考えてないです。
好きなキャラではあるので、戦える時間もうちょっと長く取りたいなとは思ってますが。
ちなみに、他のゾーンに飛ばされた生徒の動向は、原作とほぼ同じなのでカットします。
一応他のところも主人公たちの影響がないわけではなく、緑谷の負傷が少なく済んでるし、青山が常闇のところにいるって設定だったり、爆豪たちが敵を全滅させるのが少し早かったりするんですけど。物語の展開自体は変わらないので冗長になると判断しました。
次から主人公に視点が戻ります。