銀河の片隅でジェダイを復興したい!   作:ひさなぽぴー

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幕間 相澤先生の憂うつ

 抹消ヒーロー・イレイザーヘッドこと相澤消太は、雄英高校の教師の中でも少々特異な存在である。

 なぜかと言えば、それは彼がわずか三年という教師歴の中で、実に154回もの除籍処分を実行しているからだ。

 

 雄英のヒーロー科は、基本的に二クラス四十人が一学年の定員。つまり一クラスは基本二十人であり、それをたった三年間で154回も除籍したという記録は、誰がどう考えても普通ではない。

 しかも去年度に至っては、担当していたクラスの全員を除籍してしまっている。自由が校風だから教師もそうする自由がある、と言うにはいささか常軌を逸した経歴と言えるだろう。

 

 だが、それはひとえに子供を案じるがゆえだ。

 半端に夢を追わせることほど残酷なものはない、が彼の信条。そしてそこには何より、自己犠牲と命を捨てることは同義ではない、という信条が根底にある。死んでしまったらそこですべて終わりだということを、深く実感しているから。

 

 だから彼は、教師に就任する際に校長へ直談判し、()()()()()()()()をもぎ取った。

 生徒に一度、「最高峰のヒーロー科に合格しながら除籍処分にされた」という社会的な死を与えることで、本気を引き出すために。そして見込みがあれば、すぐさま復籍させられるように。

 

 ゆえに、除籍処分154()。そう、彼が処したという記録は、人数ではないのだ。

 

 ただ……そうした特殊な権限を持つがゆえに、彼の受け持つクラスには入試時や素行調査などで何らかの懸念事項があった生徒が配属されることが多い。

 彼なら、そのような生徒を本当に除籍したとしても、「ああまたいつものか」としか思われないから。彼なら「しょうがない」と思われるから。

 

 ……そんな彼であっても、今年の受け持ちに問題児がこれほど集まるとは予測していなかった。

 

 あの一般入試は、普通にしていればヴィランポイントとレスキューポイントに露骨な差のある合格者は、そう大量に出るものではないはずなのだ。それがあからさまな偏りがある生徒は、素行の良し悪しとはまた異なる問題を抱えていることが多いと、相澤は経験則で知っている。

 今回の相澤のクラスには、そんな生徒が何人もいる。うち三人に至っては、どちらかのポイントがゼロという始末。おまけにそれ以外にもエロの権化もいる。今年は例年にも増して心労の多い年になりそうだと相澤が思ったのも、仕方ないと言えよう。

 

 中でも特に目を引く生徒は、約六年前の仕事で遭遇した不思議な力と思しき力の持ち主である。おまけにその生徒は、入試でヴィランさながらの活躍を見せた今年度きっての問題児でもある。

 

 そんな生徒を受け持つだけでもかなり苦労すると想像できるが、彼女の監視役も密かに受け持つことになってしまった。仕方ないとはいえ、ため息の一つも出るというものだ。何せ子供を疑うなど、あまり気持ちのいいものではない。

 

 けれども相澤は、その役目を引き受けた。なぜなら彼はヒーローで、教師なのだ。誰かを助けることは当たり前のことであり、義務。生徒を、子供を信じることもまた当たり前のことで、義務だ。

 件の少女……トガヒミコもそんな子供の一人だ。確かに使っている能力が申請された”個性”と異なるのは不審だが……少なくとも事前の調査では出自などに問題はなかった。ならば、相澤は生徒の無実を信じるだけだ。もちろん、それを表に出すことはないが。

 

 ただ、相澤がいつもやっている入学式無視の個性把握テスト。ここで早くも懸念していたことが現実になった。

 

 トガの持つ力は、間違いなく不安要素だった。だからそれを己の力で消せるのかどうかは、”個性”の詐称よりもまず確認しなければならないことだった。

 また、かつて見たヴィラン組織の力と同じかどうか、見極める必要もあった。そしてそれを彼女がどう使うかも。そのためには、例の力を見る回数は一回でも多く取りたかった。

 

 だから、あえて厳しく”個性”のためのストック補充を禁じた。普段ならば一度誰かがやるまでは見逃すのだが、今回は最初から禁じたのだ。

 

 果たして、トガはその力を使って見せる。”個性”もなしに、超人的な身体能力を発揮したのだ。あるいは、離れた場所のものを動かすなどの力を躊躇なく見せた。

 

 そしてその力を抹消することは、かなわなかった。これで少なくとも、”個性”とは異なる力が使えることは確定。

 例のヴィラン組織で使われていたものと同じかどうかまでは、数回見るだけでは確信できなかったが……それでもなんとなく、同じのような気がした。

 

 だが、このテストでは本人の思想や素行は詳しくはわからないからと、残りを普段通りに続けようとしていた相澤を別の問題が襲った。

 

 どうもトガと同じ力を使っているやつがいるっぽい。そのことに気がついたとき、表には出さなかったが相澤は頭を抱えたくなった。増栄お前もか、と。

 

 相澤のこの発見は、すぐに根津校長に報告された。そうして慌てて増栄理波という生徒の調査をしたところ、興味深い話が知れた。

 

 増栄理波……”個性”、「増幅」。身体のどこかが触れたものの何かを自身で選択し、増幅することができるという”個性”。極めて汎用性が高く、できないことを探すほうが難しい”個性”だ。

 彼女はそれを用いて己の中の超能力を一時増幅し目覚めさせることができる、とされていたのだ。表向きは明らかになってはいないが、少なくともヒーロー公安委員会はそれを承知して認めていた。

 

 だとすると。

 

 増栄の情報を聞いた相澤たちには、恐ろしい仮説が浮上した。

 つまりトガのあの力は、増栄によって与えられたものなのではないか? というものだ。

 

 何せトガは、調べた範囲では間違いなく例のヴィラン組織とは無関係。出生もDNAも、その育ちに至るまで、不審な点は見当たらない。”個性”の申請も、決して間違ってはいなかった。

 そんな少女が”個性”とは異なる力を使えるというなら、目覚めたよりも他人から与えられたと考えたほうが妥当だ。そういう伝説のヴィランも、かつては実在していたのだから(もっともそのヴィランは今もなお生きているのだが、それを知る者は現時点ではヒーロー側にはいない)。

 

 そして、トガと増栄は同郷だ。学校も同じ。

 学年は違ったが、いかなる縁か今はルームシェアまでしていて、非常に親密である。どうも友情を超えたものすら感じるが、だからこそ力を与える理由も一応説明できてしまう。

 トガに強要されて、という可能性ももちろんあるが……二人の関係性を見ていると、それはないような気がした。

 

 さらにだ。もしこの仮説が正しいのであれば、増栄はあの超能力を、自身の栄養以外はほとんど制約なしに、誰でも扱えるようにできる可能性も高い、ということになる。

 これは何よりも大きな問題だ。トガの”個性”詐称疑惑や十歳児を色恋の目で見ていること、ヴィランっぽい振る舞いなどよりもよほど大きな。

 

 ”個性”とは異なる力を他者に与えられる、十歳児。ヴィランに知られれば、誘拐待った無しの案件である。

 実際、かつて相澤らが壊滅させたヴィラン組織も、非合法手段のほとんどを用いて()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして大量の犠牲の上にではあるが、()()()()()()()()()()()。もしも逮捕を免れた残党がいたとして、増栄の存在を知られたとしたら、まず間違いなく彼女は危険に晒されることになる。

 

 だが、この仮説には問題もある。増栄の経歴に不審な点が一切ないことだ。

 彼女の両親はかなり過保護で子供から目を離すことはなかったと言うし、彼女が”個性”に目覚めた時期は、例の組織が壊滅する直前。

 であれば、増栄が超能力に目覚めたのは偶然と考えるのが妥当だろう。

 

 仮に組織が関与していたのだとしても、やたら急いだような飛び級がこの超能力の影響で許されたことは間違いないはずだ。公安委員会も、可能な限り増栄に自衛できる手段を与えるべきだと判断したのだろう。

 

 そんな、人によっては厄ものな幼女を受け持つことになっていたと気づいたとき、相澤は深いため息をついた。

 

 だが合理性を重視する彼はトガのみならず、増栄も同様に監視対象に加えることを自発的に決意する。

 こちらは身柄を守るためという意味合いが強い。事情はどうあれ、増栄理波が十歳の幼女ということは事実であり、ならば大人として守らなければならない。

 なに、どちらかを見ようとすれば、どうせもう片方も自動的に見ることになる。何せあの二人が別々に行動していることなど、ほぼあり得ないのだから。

 

 そうして増栄の情報は関係各所にも周知され、相澤の今年度初日は終わった。日付はとうに変わっていたが。

 

***

 

 だが、このクラスは本当に曲者だった。授業初日から随分と派手にやってくれたのである。

 

 一番気にしなければと思っていた増栄とトガを差し置いて、初っ端から爆豪と緑谷がやらかした私情しかない危険な殴り合い。そのVTRを見た相澤は、ため息しか出なかった。

 それに、トガが見せたヴィラン同然な言動も問題だ。生徒たちはあれが演習の設定に忠実になりきっていたものと考えているようだが、絶対違うという確信が相澤にはあった。伊達に三十一年も生きてはいない。

 

 やはりトガは要注意人物、除籍もやむなしか。そう思った相澤だったが……直後、”個性”の反動で苦しむ麗日を助け、心配するトガの顔は本気に見えた。まったく判断の難しい少女である。

 

 しかし彼女だけが懸念事項ではない。ゆえに相澤は、感じるような気がする頭痛を無視し、ハラハラしながら増栄の戦闘訓練を眺めた。

 

 だが予想に反して、彼女はヒーローとしてほぼ理想的な行動のみをしてくれた。トガとは違ってこちらの性根は善人なのだろうと思われて、ほっと一息つく。戦い方が父親と似ている部分もあって、ほっこりしたまであるくらいだ。

 

 授業後も、訓練施設は使えるのか。使えたとして、そのためには何が必要かを質問しに職員室まで来ていた。一年生でそれを必要と考え、存在すると知り、実際に使おうと考える生徒はなかなかいるものではない。

 

 何より彼女は理性的で、理屈で動く。生徒の中では一番年下のはずなのに、一番年上なのではないかと思えるほどだ。

 

 だからこの時点で相澤は、もしトガが超能力を使えるようになった元凶が彼女だとしても、悪い女(ヴィランという意味ではない)に引っかかっただけなのかもしれない、と考えるようになっていた。

 

 だが、今回のヴィラン襲撃事件を経て、相澤は増栄への考えを改めていた。

 つまりどういうことかというと、

 

「普段は模範的な優等生だが、いざというときはやたらアグレッシブ。一番面倒なタイプだ」

 

 という風にである。あの鉄火場のさなか、暴れるヴィランを利用して敵を攻撃するというトレインじみた判断を、そうするしかなかったとさらりと言ってのける辺り、良くも悪くもやるときはやるやつだと。

 

 そんな、本人が聞いたら自分はクワイ=ガン門下ではないと言うような認識を胸に、相澤は病院のベッドで医者の回診を待っていた。

 そして、考えを巡らせる。

 

 今回の事件の襲撃者側には、増栄とトガが使う超能力――フォースと言うらしいが――を使える人間がいる可能性が高いと二人は証言したらしい。

 だがあの事件のさなか、彼女たちはひどく驚いていた。それはまるで、自分たち以外に超能力の使い手はいないと確信していたかのような反応であり……あれが演技なのであれば、二人揃って簡単に千両役者になれよう。であれば、少なくとも二人と襲撃者とも関係がないと見ていい。

 

 ただそれは同時に、逃したヴィランの背後に何かがいる可能性を高める推測でもある。もしそうであれば、二人が気づいたようにあちら側も、二人が同じ力を持っていると気づいたかもしれない。

 だとすれば、二人がヴィランに狙われる可能性はさらに増したと見ていい。まったく、ヴィランというやつは本当にろくでもないことしかしない。

 

 ただ今回の事件では、増栄だけでなくトガもまた、彼女なりに他人を思いやることができる人間だと証言が取れたことは大きいだろう。教師としては、その証言をした生徒共々トガを信じたかった。

 

 まあ、トガについては増栄への非常に強い依存心も垣間見えたのだが……それは逆に言えば、増栄さえいれば、増栄が道を踏み外しさえしなければ、トガが道を踏み外すことはないとも言える。そういう意味では、どちらも注意深く見守っていかねばならない生徒であることには変わりはないだろう……。

 

 そこまで思考を重ねて、相澤は二人を疑っての監視はあまり必要ないと判断することにした。前述の理由での注視、あるいは二人をつけ狙うであろうヴィラン対策という意味での注意は必要ではあるだろうが、悪性は低いと。教育でどうにかできる範囲だと。

 

 ……もっとも、上がどう判断するかはまだわからない。何より、相澤の意見が全面的に通ったとしても、教育担当は相澤自身なわけで。

 結局彼は、やれやれどうしたって仕事が増えることになる、と肩をすくめた。

 

 ただ、それでも彼は教師という仕事の職責から逃げるつもりはなく。

 

「……あのフォースとかいう力について、知る必要があるな。六年前の事件については塚内さんが骨を折ってくれてるから、そろそろ何かしら連絡があってもおかしくないが……」

 

 教える立場であるなら、当然性質などは知っておかなければならないだろうと、相澤消太はさらなる苦労を背負いこむことを決意したのだった。




前話にあんなに感想が来るとは思ってませんでした。感想というか大半はご指摘ですけど、それでもまさか普段の3倍以上とは・・・。
なんというか、皆さんちゃんと読んでくれてたんですね・・・ブクマ数とかUAPVに反して感想あんま来ないから、そんなに気にされてないのかなってちょっと思ってたんですけど。
そんなことないらしいとわかったので、より一層励もうと思います。
感想をくださる皆さん、誤字脱字を報告してくださる皆さん、いつもありがとうございます。改めて感謝を。
いただいたご意見も目を通させていただいております。ありがたく参考にさせていただきます。

何はともあれ相澤先生視点の話でした。証拠になるものがほとんどヒーロー側にないせいで文章的には推測ばっかりになりましたが、そんなに間違ってない。
そしてちょっとだけ、フォースをどうこうしようとしてたヴィラン組織についても言及。地球のフォースが暗黒面に偏ってるのは大体こいつらのせい。

あ、「除籍・復籍権限を持ってるから問題児と予想がつく生徒は相澤先生に回されがち」というのは推測です。原作からして、A組のほうが扱いづらい生徒多いように見えるし多少はね?

ちなみにEP3ですが、騎馬戦のポイントやトーナメントの組み合わせの整理で色々手間取ったので、開始まで少し時間をください。
半分くらいは書きあがってるんですけどね。一通り書いたら投稿再開しますので、それまでお待ちください。

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