フォースは必要というわけではない。何より必要なものは、ジェダイたらんとする心。
そう自らの心に折り合いをつけた、翌週の日曜日。遂に私に”個性”が発現した。
そして死にかけて、入院する羽目になった。どうやら、フォースとの繋がりがなくとも嫌な予感というものは当たるらしい。
いきなり入院? と思われるかもしれない。だが、”個性”とはそれほどの危険を秘めているのだ。私は頭ではなく心でそれを理解したよ。
では、私の身に何が起こったのか。順を追って説明していこう。
まず、私は”個性”を発現したタイミングを先に述べたが、実のところこれは正確ではない。なぜなら、私の”個性”は主体である存在の「使う」という意識によって引き起こされるタイプ……俗にいう発動型に分類されるものだったからだ。
つまり、入院沙汰になった日よりも前に目覚めていた可能性が否定できない、というわけだ。
これが異形型……人間という生き物から外れた身体的特徴が、目で見てわかる形で表出する類であれば正確にわかったのだろうがね。
では、そんな私の”個性”が発覚したのがどういう状況だったかというと……これは、私にとってかなり恥ずかしい話なのだが。
その日、私はヒロミの買い物に同行していた。そして店から帰宅する前に、店内の食事処で休憩をすることになり、ソフトクリームなる氷菓子を買い与えられた。
これが思っていたよりも食感といい、冷たさといい、甘さといい、とても優れていて……その……ありていに言って、大層美味な代物であった。この星は共和国に比べて文明水準は低いが、やはり食事に関しては匹敵するのだなぁと、そんなことを考えていたわけである。
だがそのさなかに、私はふと思ってしまったのだ。もっとたくさん食べたい、と。
その瞬間、知らず知らずのうちに目覚めていた私の中の”個性”は仕事をした。意思を持たないそれは、本体である私の意思をただ純粋に遂行し、ソフトクリームを……増やして見せたのである。
そう、私の”個性”はものを増やすというシンプルなものであった。ヒロミが「拡大」という、ものを大きくする”個性”を持っているので、それが遺伝したのであろう。
これを見て、私は喜んだ。うっかり喜んでしまった。
ヒロミは驚いていたものの、それよりも娘に”個性”が出たことが嬉しかったのだろう。私よりも目を輝かせて、大層喜んでいた。
この星では、そう珍しくもない親子のやり取りである。ささやかな日常の風景と言えよう。
だが次の瞬間、喜びから一転して急転直下の絶望を見せられるとは誰も思わなかっただろう。
突然全身から力が抜け、一瞬にしてやせ細った私。そのまま意識が薄れていき、倒れ、舗装に受け身もできず倒れる痛みに、二度目の死を覚悟した私。
……を、目の前で見ることしかできなかったヒロミの心境たるや、察するに余りある。私は子をもうけたことがないので、本心から彼女の心境を理解することはできないが……それでも、推し量ることはできるから。
まあ、私が死にかけたのは、ジェダイとしては慎むべき強欲を抱いてしまった罰なのかもしれないが。それでも、事情を知らないヒロミには申し訳ないことをしたと思う。
幸い、私の命に別状はなかった。数日の入院だけで済みそうだったから、周りも新しく”個性”を目覚めさせた子供を祝福する空気が漂っていた。
そして、私を診断した医師いわく。
目覚めた私の”個性”は、先にも述べた通り私自身の意思によって効果を引き起こす発動型に分類されるのだが……その代償として、私の中の栄養を消費するらしいのだ。そしてそれは、より強く、長く、広く”個性”を発動しようとすればするほど、比例して消費量は増えていく。
だが当然、人間が身体に保持していられる栄養などたかが知れている。一定水準を下回れば、生命活動に支障をきたすことも自明の理。
これが私が死にかけた原因である。
……なお、その辺りのことをより詳しく調べるために、”個性”の試運転を求められたのだが……私はここでも、餓死しかけた。加減がわからず、ついやりすぎてしまったのである。
病院内にも関わらず、栄養失調で死にかけるというのは、なかなかない経験だろう。……いや、この星では珍しくはないのか?
ともかくそういうわけで、私は短期間で二度も餓死しかけたわけだが……二度目に関しては、実のところ後悔はまったくなかったりする。
だって、仕方ないだろう。
何せ思いついてしまったのだ。気がついてしまったのだ。
この”個性”があれば、
ちょうど折よく、周りも使ってみるようにと言うものだから、その仮説を実証しようと思ってのことだったのだが……。”個性”というものが、これほど扱いに慣れと訓練が必要なものとは思わなかった。
シゲオなどは息をするように、手足を操るかのように、重力を自由自在に制御して見せるのだが。あれは実は、匠の技だったのだろう。
フォースが使えれば、もう少し嫌な予感を覚えることができたのだろうが……いや、それは言い訳か。
単にわたしの予測は甘かったのだ。いやはや、まったく修行が足らない。お恥ずかしい限りである。私を担当していた医師が干されてしまわないか、心配だ。
だがそれよりも何よりも、ただひたすら泣きじゃくる両親には心底参った。
鬱陶しいとか、そういう方向で参ったわけではない。生まれた瞬間から大人の意識があった異端の存在を、大っぴらにしていないとはいえ隠しもしない存在を、これほど愛してくれる二人に対して、心底申し訳なかったのである。
……前にも述べたが、ジェダイは通常幼少期、生後六か月以内にジェダイテンプルへ集められ、修行を始める。だがその後、ジェダイとなるものたちは親と再会することはない。どこの誰であるかを知らされることも。
それはつまり、すべてのジェダイは親の存在を……ひいては家族というものを、それらから向けられる愛というものを知らないということでもある。
かつての私もそうで、ゆえに私は親というものをよく知らない。長じてからの日々の暮らしや、任務の中でその一端に触れることはあったが……それも多くは知識であって、経験ではない。私は、親の愛というものを知らなかったのだ。
そしてそれを知るジェダイは、私の世代ではただ一人。選ばれし者たるアナキン・スカイウォーカーだけであった。
『さみしいよ。お母さんに会いたい』
お互いにまだパダワンだった頃、彼は私にそうこぼしたことがある。当時の私は今よりも精神的に幼く、マスターから与えられる教えこそがすべてであったから、彼の言葉の意味を理解できなかった。
なぜなら、人間は知らないことを理解することなどできないから。特に子供は世界が狭いため、そうした共感能力が鈍い場合が多い。
『執着はいけないよ、スカイウォーカー』
だから当時の私は、そう返した。深く考えることなく、教えの通りに。
彼がその答えに反発したのも、当たり前のことなのだろう。あのときの彼の悲しそうな顔は……今思い返せば、母と会えないことへの寂しさではなく、彼の心を最初から理解しようとしなかった私への失望がそうさせたのだろう。
……それでも、両者のマスターが仲が良かったこともあって、その後も私は彼と交流が続いたのだが。それは単に運が良かっただけなのだろう。お互いの趣味が同じだった、というだけの幸運なのだ、きっと。
――ようやくわかったよ、アナキン。君の気持ちが、心から理解できた。
だから今、私は素直にそう思えた。
真っ直ぐな愛情を、なんの打算もなく、惜しむことなく注ぎ続けてくれる存在の、なんと大きなことだろう。大人としての自意識がある私ですらそう思うのだから、れっきとした子供であればなお大きいものなのだろう。
まあ逆に親が親であることを受け入れていなかったり、放棄していたり……あるいは思い違いや間違いがあれば、それだけマイナス方向に振り切れてしまうのだろうが……いずれにせよ、子供にとって親の存在は非常に大きなものなのだろう。それが原因となって罪を犯してしまう者もいるくらいには……。
「よかった……コトちゃんが無事で本当によかった……」
だからこそ、私は恵まれているのだろうと思う。病床で私を抱きかかえ、泣きながらも微笑むヒロミの姿に、そう思った。
だが思えば、私はこの両親に何かを返せているだろうか。
いや、親が子を養うことは義務であるからして、必ず返さなければならないものでもないのだろうが……受けた恩は返すべきであろう。
……というか、そもそも私はまっとうな子供ではない。それでも気味悪がることもなく、一心に愛を向けてくれるのだから、もっと感謝すべきだろう。
そのためには……うん。まずは、もう少し二人に歩み寄るべきか。
今まで口では父や母と呼んでいたが、私はどうもそれを受け入れかねていた。自意識が大人ゆえの弊害だろう。だからこそ内心では名前で呼んでいたわけだが……まずはこれを改めるとしよう。
それはジェダイとしてはよろしくないことだが……しかし、コトハとなって三年以上、彼らに家族として愛されてきたのだ。それを不要と断ずることは、今の私には難しかった。
「ただいま、ちちうえ、ははうえ」
だから退院した日、帰宅した私は覚悟を決めた。まず二人にそう言って、身体を預けたのだ。
子供らしいことは何もできない私だが、家族との接し方もよくわからない私だが……このときはなんとなく、そうしたいと思ったから。
果たして二人はくしゃくしゃに顔を崩すと、涙目になりながらも両側から私を抱きしめてくれた。それがなんとも面映く、私はごまかすようにして笑う。
……この温もりを、アナキンは知っていたのだな。なるほど、これは捨てがたいものだ。
そしてジェダイが禁ずるはずだ。これはとても離れがたいものだ。この温もりを他者に奪われたとき、人はきっと、容易く暗黒面に転がる。
だが、同時に思った。これを得ることを否とし、ひたすらに禁欲を貫くジェダイは、なるほど人の気持ちがわからないとときに揶揄されるはずだな、と。
……私はジェダイだ。ジェダイだった人間だ。けれども……この日私は、初めてそのありように対して微かな疑問を抱いたのであった。必ずしも、ジェダイが常に正しいわけではないのかもしれない、と。
***
なお。
”個性”を用いたミディ=クロリアンの増量は、私が思っていたよりもうまくいったらしい。私はほどなくして、フォースとの繋がりを取り戻すことに成功した。
久々にこの身で帯びたフォースは、どこか温かく、優しい気配が……そう、何やら両親の温もりのような感覚だった。
……それで終わればよかったのだが。
すぐに揃いの姿の男女数人に囲まれた母上が、死にそうな顔で悶え苦しんでいるフォースヴィジョン(フォースにより未来を見る能力。あるいはその際に見た未来の映像のこと)を見る羽目になるとは思わなかったよ。
おかげでジェダイが愛を受け取らない理由を、この身でもって理解できたとも。
ただ、それをすることになったのが繋がりを取り戻したその日の夜というのは、さすがに作為的なものを感じたぞ。
繋がりを再び得られたことはとても喜ばしいことだが、初手からこれが飛んでくるのは私でもどうかと思うんだ。
フォースよ、今少し手加減はできなかったのか?
気まぐれかつ今後使えるかどうかもわからないスターウォーズ用語解説第一回
「コルサント」
スターウォーズの舞台である、「遠い昔、遥か彼方の銀河系」を領有する銀河共和国の首都惑星。のちの銀河帝国もここを首都とした。人口は驚愕の一兆人以上。
スターウォーズ世界における人類種起源の地と言われており、それゆえに地図の中心に設定されている。XYZ座標は堂々の「0,0,0」。
共和国における時間や日数の単位も、コルサントの1日が基準となっている。
ヒロアカ的には、轟くんの出身である「