そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、いよいよ体育祭当日。
私たちは体操服に着替え、控室で開催を待っていた。
そう、体操服だ。体育祭はヒーロー科以外も全員参加であるため、公平を期すため我々はコスチュームの着用が禁じられている。
逆にサポート科……サポートアイテムの開発者を養成する科の人間は、自身が開発したアイテムに限って持ち込みが許されている。
私もライトセーバーを持ち込みたいところだが、あれは表向き父上の発明品ということになっているので、まあ無理だ。持ち込んだとしても、光る棒状態のセーバーでは使い道は限られるし、本来の出力にしたら危険すぎる。諦めるしかない。
そんな中。
憎悪系暗黒面の主ことトドロキ(今日はまたいつにもましてすさまじく憎悪が濃い)が、不意にミドリヤへ話しかけた。
彼が何を考えているのか、いまだ暗黒面に疎い私にはよくはわからないが……とりあえず、マスター・オールマイトに目をかけられているミドリヤに対して何やら対抗心があるようだ。「お前には勝つぞ」と堂々と宣言していた。
私の後ろで、バクゴーの機嫌が悪くなったのは感じたくなかったが。
「みんな……他の科の人も本気でトップを狙っているんだ。僕だって……遅れを取るわけにはいかないんだ。僕も本気で――獲りに行く!」
対して、ミドリヤはネガティブなことから言い始めたが……そう締めくくって見せた。彼もまたやる気は十分と言うことらしい。
うむ……こういう素直かつ健全な対抗心のぶつけ合いばかりなら、私も何も思うところはないのだが。
これでなぜ憎悪を膨らませられるのか、心底謎である。今日はトドロキから目を離せない一日になりそうだ。悪い意味で。
……あと、バクゴーは本当にミドリヤが何を言っても機嫌を損なうのだな。そんなに彼が嫌いか? この二人しか来なかった災害(もしくは犯行)現場とか、控えめに言って地獄では?
「みんな準備はできているか!? もうじき入場だ!」
そんな中イイダの安心感たるや。バクゴーとトドロキは彼の真面目さを見習うべきだぞ。
「…………」
なおヒミコは、部屋の隅のほうでいつもなら絶対しない作り笑いの準備に余念がなかった。作り笑いが久しぶりで、感覚が鈍っているらしい。
まあ、親御さんも見ているだろうしな。いつもの笑い方を両親にすら嫌悪されている彼女にしてみれば、今日ほど目立ちたくない日もなかなかあるまい。
二度目だが、それで欠席を選択肢に入れなかったのは本当によくやると思う。そんなに私が好きか。好きなんだろうな。
「あれ? 被身子ちゃんどしたの?」
「? 何がです?」
「いや、だってなんか……顔、ヘンだよ?」
そんなヒミコの作り笑いを、ずばり変と言い切るウララカは本当に裏表がないな。一瞬ヒミコの顔が引きつったぞ。
まあでも、ウララカのそういうところはいいところでもあるのだろうな。
「やーその、人前に出るので、笑顔の練習を」
「無理しなくていいと思うよ? いつもの被身子ちゃんのがかわいいもん!」
「――っ!?」
何せそうやって言い切ってくれるのだから、間違いなく長所だろうよ。
「そーだよトガちゃん、自然体が一番だよ! ほら、リラックスリラ~ックス!」
そこにハガクレも入っていった。透明なのに、なぜかにっこり笑っていると誰にでもわかる雰囲気だ。
当のヒミコは、二人の物言いに困惑しているようだった。私のほうに視線とテレパシーで助けを求めてきた。
いや、ここは私の出る幕ではないと思うが。
そう思いつつも、いつもより少し臆病な彼女に、友人を信じてあげろと伝える。
取り繕っていないヒミコを、素直にかわいいと言ってくれているのだ。それは彼女自身、フォース越しにわかっているだろうに。
「……ふふ。うん……そーですね。……うん、ありがとうお茶子ちゃん、透ちゃん」
そして彼女は、数秒もじもじとしたあとに。
二人に対して、いつも通りな……けれどとびきりの笑顔を見せた。
うん。
私も、君はそうしている姿が一番魅力的だと思うよ。
そして、よかったじゃないか。君の本当の姿を受け入れてくれる友達が、ここには最低でも二人いるんだ。だからもう、変に怖がる必要なんてない。
君は、普通に生きていいんだよ。これからも、ずっと。
***
《雄英体育祭! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル! どうせテメーらアレだろこいつらだろ!? ヴィランの襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! ヒーロー科! 1年! A組だろぉぉ!?》
マスター・プレゼントマイクの実況の中、私たち二十人はスタジアムの中へと足を進める。
途端に巻き起こる、怒涛の大歓声。全周囲から飛んでくる声はもはや物理的な圧があり、ビリビリと私の小さな身体を揺らしてくる。
「わあああ……人がすんごい……」
「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか……これもまたヒーローとしての素養を身に付ける一環なんだな!」
「めっちゃ持ち上げられてんな……なんか緊張すんな……! なァ爆豪」
「しねえよただただアガるわ」
ミドリヤとバクゴーはこういうときでも対照的だなぁ。
しかし、キリシマの言う通り随分と持ち上げられている。これではB組がただの引き立て役みたいではないか。
他の科もそうだ。催しごとに、所属する科によって扱いに差があることは仕方ないときもあるだろう。しかし、全校生徒が参加する催しでこれほど露骨に扱いに差をつけるとは……。この星が競争社会とはいえ、いささかやりすぎに思う。
というか、これはあれか。先日のUSJ襲撃事件で落ちた学校の評判を、少しでも取り戻そうという一環か? 巻き込まれた生徒は同年代の中でも特に有望株だと言い切ることで、事件の注目点をそらすため……とか。何はどうあれ、学校側に落ち度があったと見られることは間違いないわけだし。
……そんなことを考えてしまう自分に、やれやれとも思う。周りのみなのように、素直にこの状況を楽しめるならよかったのだろうが。人生二度目というのも、たまに困りものだな。
「選手宣誓!」
おっと。主審を担当するマスター・ミッドナイトが呼んでいる。
催しの趣旨から外れたことを考えている場合ではないな。
「ミッドナイト先生、なんちゅう格好だ……」
「さすが18禁ヒーロー……」
「18禁なのに高校にいてもいいものか」
「いい」
「静かにしなさい!」
トコヤミの疑問はもっともだが、ミネタも力強く答えるんじゃあない。
「選手代表! 1-A、増栄理波!」
さて出番だ。
「選手宣誓は増栄さんか……!」
「あいつ入試一位通過だもんな……納得だぜ」
「ハ……ヒーロー科の入試な」
「は、はい……」
「対抗心むき出しだな……」
仕方ないと思うぞ。これほどあからさまに扱いに差をつけられれば、大抵の人間はそうもなる。
とはいえ、居並ぶヒーロー科の中から私が進み出たことに、少々周りには困惑の気配が広がっているようだ。気持ちはわかる。誰がどう見ても私は幼女だものな。
「……あの、すいません。マイクが高くて届きません」
実際、背伸びしてもこうなるし。
スタンドに収められたマイクは、一番低いところにあってもなお私の口元より高かった。
それを見たミッドナイトは微笑ましいものを見た顔をするとともに、スタンドからマイクを外して顔の前に持ってきてくれる。
ともかく、選手宣誓である。内容については、アナキンとヒミコに手伝ってもらって整えた。
整えたのだが……本当にこれでよかったのかは、正直私にはわからない。アナキンは「せっかく幼女なんだから、その見た目は有効に使えよ」と言っていたが。そもそも有効に働くのだろうか?
「…………」
ふう、と一つ。軽く呼吸を整えて、私はマイクの前で手を上げる。
そして、
「――せんせい!」
わざと思い切り舌足らずな声を張り上げた。後ろのほうで、ヒミコ以外のクラスメイトたちが目を丸くしたのが感じられる。
「ぼくたち! わたしたちは! すぽーつまんしっぷにのっとり! せいせーどうどう! このたいいくさいを! ほんきでたたかいぬくことを! ちかいます! せんしゅだいひょお! いちねんえーぐみ! ますえことは!」
こんな声が出せたんだなぁ、とクラスメイトたちが(あのバクゴーやトドロキですら)困惑しているが、私も困惑している。いや本当、どこからこの声が出ているのだろうか。
そして周囲の反応だが……ミッドナイトは今まで以上に微笑ましそうにしている。あまりにも視線が生温かい。なんだかアナキンに騙されたような気がしてきた。
だが彼女の態度は、おおむね会場全体の総意のようだ。そしてそれは、選手である生徒たちも同様である。私の幼女感全開の宣誓を聞いて油断していないものは、ごく一部に限られている。
セロが言った通り私は一般入試の首席で、そこが基準でこの役目を仰せつかったのだが。その辺りのことに考えが及んでいない生徒は、まず間違いなくこの体育祭を勝ち上がることは不可能だろう。どれほどやる気があろうとだ。
……というか自分で言うのもなんだが、人間は本当、見た目でほとんどのことを判断してしまう生き物なのだな。こんなあからさまな演技で騙される人がなんと多いことか。
「あは、コトちゃんカァイイ」
「……ありがとう」
で、なぜ抱き上げるんだいヒミコよ。
微笑ましさがさらに増した気がするが、君はこの雰囲気を後押しするつもり……ではなかろうなぁ。完全に素だ、これ。
大丈夫か? 公共の電波に乗っているんだぞ。この絵面、大丈夫か?
「それじゃあ早速第一種目行くわよ!」
この雰囲気を見なかったかのように進めるのだな、ミッドナイト……。いや、その果断さは必要なことだろうが。
「いわゆる予選よ! 毎年ここで多くのものが
彼女の言葉に合わせて、空中に映像が投影される。さながらルーレットの絵柄のように、さまざまなものが一瞬見えるが……。
「さて運命の第一種目! 今年は……コレ!!」
最後に現れたのは、「障害物競走」の五文字であった。
「計十一クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周約四キロ!」
そして続く説明に応じる形で、スタジアム内にあったやたら頑丈そうな扉が開いていく。その上には、スタートを知らせるランプ。
「我が校は自由が売り文句! ウフフフ……コースさえ守れば何をしたってかまわないわ! さあさあ位置につきまくりなさい……」
その説明のさなかから、生徒たちがスタートゲート前に殺到していく。
うーむ、ゲートのあの狭さ、あれは間違いなく開始直後につまるな。縦に大きいから、空中を移動できるものなら大丈夫だが……その最初に動いた集団の中に、トドロキが見えるのだよなぁ。彼の周辺にいる生徒たちは、残念ながらここでおしまいだろうな……。
などと考えているうちにも、スタートラインの頭上のランプが消えていく。三つ、二つ、一つ……そして。
《スターーーート!!》
ランプが消え――前のほうにいる生徒たちが、一斉に走り出した。
いよいよ、体育祭が始まったのである。
いや本当、トガちゃんとお茶子ちゃんはこういう風に笑い合えるチャンスがあったと思いたいんですよボクは。30巻の二人のやり取りがどこか切なくてね、もうね。
なので、二次創作ならええやろと思いそうしました。本作の二人は仲良しです。
思えばこのEP3はこのやり取り書いた辺りで、プロットさんがお亡くなりになったんだよな・・・(すべて書きあがってから連続投稿しています
ところで、このEP3では閑話として掲示板回を用意しているんですけど、投稿のタイミングっていつがいいですかね?
時系列に合わせて都度入れるのと、全部話が終わってから一気に出すのとどっちがいいでしょう。
アンケート貼っておきますので、よろしければご回答いただければと思います。
締め切りは、障害物競走が終わった段階とします。それまでになにとぞよしなに。
体育祭、閑話の掲示板回の位置は
-
時系列に合わせて本編と並行
-
体育祭が全部終わってから一気