開始早々、案の定スタートゲートで大渋滞が発生した。あれでは一歩も身動きが取れないだろう。
そしてこれも案の定だが、その先頭を突き進んだトドロキにより、ゲート周辺にいた生徒のほとんどが凍結に巻き込まれて行動不能に陥った。
これによって凍結に巻き込まれなかった後続も進行を妨げられたわけだが……我らがA組の面々はそれをものともせず、通り抜けていく。
あるものは爆発の推進力で飛び、あるものは自ら創り出した棒を用いて跳び。他にもそれぞれの”個性”を用いて、あるいは機転によってあっさりと妨害を潜り抜けた。
その様子を、マスター・プレゼントマイクが実況する。……そしてどうやら、彼の隣で解説をするのはマスター・イレイザーヘッドらしい。
まあでも彼の態度から言って、プレゼントマイクから無理やり解説を押し付けられたのだろう。あの二人は確か同期な上に、出身も同じくここ雄英だったはずだ。お互い他の教師より気安い間柄だからこそ、白羽の矢が立ったのだろうな。イレイザーヘッドとしては不本意だろうが。
それでも、なんだかんだでちゃんと解説する辺り、彼は律儀というか……やはり光明面の人だ。尊敬するよ。
さて、周囲の状況の解説を終えたところで、私たちが今どうしているかだが。現状は他のクラスメイト同様、凍結による妨害を回避したのち、おおよそ中間くらいの立ち位置で走っている。
小さい分歩幅も小さい私は相当せわしなく足を動かしているのだが、ヒミコは悠然と走っているので、これについては本当に小さいと不便だなと思う。
「さて何やら見えてきたが……」
「あー、あれって入試のときの」
「0ポイントの仮想ヴィランだな」
見るのはまだ二度目だが、平気な顔してあれを学校行事に出すこの学校はどうかしていると思う。万が一潰されようものなら、大体の人間は即死だと思うのだが。
《まずは手始め……第一関門! ロボ・インフェルノ!!》
ああ、やはりあれが一つ目の障害物なのだな……。しかもあの巨体を誇る仮想ヴィランが、見た感じ最低でも十体はいるようだが……本当にこの催し、ヒーロー科以外はお呼びではないという感じだな。
……む。あの巨体でかすんでいるが、他のタイプの仮想ヴィランも全種類配置されているのだな。0ポイントに気を取られていると、その足元にいる小型のものたちに足下をすくわれるというわけか。
「どうします?」
「このまま突っ切ってもいいが……アナキンなら『それじゃあ面白くない』とか言いそうだな」
「言いそうですねぇ。ふふ、何かやっちゃう?」
「……頑張って戦い抜くと宣誓してしまったからな。できる限りのことはさせてもらうさ」
ヒミコと会話しながら、私は2ポイントの仮想ヴィランに組みついた。四本足で動き、サソリのような長い尾をもたげさせているタイプの機体だ。
仮想ヴィランは私を振り落とそうともがくが、私はこの機体の手足では届かない箇所に組み付いているので一切妨害を受けることがない。
私は構わず仮想ヴィランの装甲部分を剥がし取り、現れた配線に手を伸ばした。
と同時に、物陰からヒミコが周囲のカメラに向けてテレキネシスを使い、私を視界に収めるカメラの視線を逸らす。さすが私の半身、こうしてほしいと思ったことを読み取って動いてくれる。
まあ、カメラマンがみなロボットだから可能なことだがね。
それはともかく。
「フォースハック」
触れた配線に向けて、フォースを流し込む。
これはフォースによって、電子回路に影響を及ぼす技である。腕があるものが使えば、機材なしにハッキングが可能な技であり、極めたものならこれだけでどんなドロイドも手中に収めることができてしまう技。そして、私が最も得意とする技でもある。
得意とは言っても、持ち前の機械技術によって特例的にマスタークラスへ至ったマスター・パラトゥスほどできるわけではないが。
それでも私は、この技によって機械類を機材なしにハッキング、あるいはプログラミングできる。さすがに時間をかけて新しいものを組むときは端末を使うが、簡単なものやよく使う決まりきったものならこれでやったほうが早い。
……うむ、あまり複雑な内容ではないな。そして遊びというか、余裕を残したプログラムになっている。これなら、色々と書き加えてしまってもいいだろう。
「よし。行くぞヒミコ、乗れ!」
「ん!」
私はそうして改造した機体にひょいと駆け上がると、ヒミコの手を取って持ち上げ二人乗りの体勢になる。
前に私、後ろにヒミコだ。彼女は嬉しそうに、私の腰回りに抱き着いてきた。
と、それと動く前に。他の壊れた仮想ヴィランから配線を持ち寄って、シートベルトの代わりとしよう。
《あーー!? 1-A増栄、まさかのロボを乗りこなしてるゥーー!? 同じく1-Aトガ、それに便乗ーー!!》
《あいつらの”個性”で、何をどうしたらそんな芸当ができるんだ……》
《担任のお前がわからなかったら、誰があいつらをわかってやれるってんだよコノヤローッ!》
実況と解説も混乱しているようだ。決定的なところは映らないようにしたから、無理もない。
だがそれには目もくれず、私は仮想ヴィランを走らせる。
風防は少し迷ってつけなかったのだが、つけなくて正解だったな。このままだと、風防が必要な速度に達する前に機体の足回りが壊れる。
この仮想ヴィラン、やはり元々倒しやすいように諸々設計を甘くしているのだろうな。全力で動かそうとすると、あちこち問題が浮き彫りになる。
と、そうこうしているうちに見えてきたのは、深い谷であった。その前で、数人の生徒たちが動くのをためらっている。
《オイオイ第一関門チョロイってよ! んじゃ第二はどうさ!? 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! ザ・フォーーーール!!》
プレゼントマイクの実況がよく聞こえる。
同時に全貌が見えた。なるほど、ところどころに足場は残っていて、綱によってそれが繋がっているな。要するに大袈裟な綱渡りということか。
まあ、バクゴーのように飛ぶ手段を持っている生徒にとっては、ほとんど意味をなさないだろうが。彼のように飛ばずとも、トドロキやイイダなど、クラスの実力者は速度を落とすことなく安定して綱を渡っているな。
では私たちはどうするか、だが……簡単だ。
「ヒミコ、跳ぶぞ。しっかりつかまっていろ」
「んふふ、もちろんなのです」
私の身体を抱きしめる彼女の腕に、少し力が足された。応じて密着が強くなる。彼女の胸が、私の後頭部を優しく包み込む。
それをよそに、私は二人の身体の浮力を一時増幅させる。機体を走らせる速度は、落とさない。むしろ上げる。
《増栄、ロボの速度を落とさない! まさか、まさかァァ~~!?》
そのまさかだとも、プレゼントマイク。つけていてよかったシートベルト、だ。
「ここだ!」
フォースで機体を操り、谷に落ちる直前で全力で跳躍させる。さらにその瞬間に合わせて、機体の浮力も一時増幅!
これによって跳躍と同時に浮力を得た機体は、その馬力を十全に活かしてすさまじい距離の跳躍を実現する。そして今回の一時増幅は早めに切れるように調節したので、跳躍しすぎてコースアウトする前に浮力は元に戻った。
「ウッソだろ……」
「マジかー……! 増栄ちゃんマジかー……!」
かくして再び重力に囚われた我々は、物理法則通りの軌道を描いて第二関門を一跳びに通り抜けることに成功した。もちろん、着地の瞬間に一瞬だけ機体の浮力を増幅して、衝撃を軽減することも忘れない。
《や、や、やりやがったーーッ!! マジでやっちまいやがった!! ジャンプ一つでザ・フォールクリア! 嘘だろー!?》
《要所要所でしっかり”個性”を使ってるな……派手にやってるように見えるが、ありゃちゃんとした科学知識と徹底した”個性”制御力がないとできない繊細なパフォーマンスだ》
うーむ、さすがイレイザーヘッド、慧眼である。
《先頭は相変わらず轟が一足抜けた状態! それをロボにまたがる増栄たちが猛追する! あとはほとんど団子だな! そして早くも最終関門! かくしてその実態は……一面の地雷原!!》
ほう、地雷。問題はどのくらいの威力があるのか、だが……。
《ちなみに地雷! 威力は大したことねぇが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!》
《人によるだろ》
……ふむ? ということは……む、よく見ればわかるようになっているな。これなら降りてもいいが……このまま突っ込んでも問題はなさそうだな。
先頭のトドロキこそ最も地雷を警戒しなければならないから、彼の速度も目に見えて落ちた。ならば、一つ仕掛けるとしようか。
……と、その前に。
「ダメですよ爆豪くん、このロボは二人乗りなのです!」
真後ろからバクゴーが機体に攻撃を仕掛けてきた。ヒミコはもちろん私がそれに気づかないはずはなく、さらりと攻撃は回避する。
「チッ! 喰らっとけよなァ!」
そしてその横を、バクゴーが悪態をつきながらも通過していった。
攻撃が当たって私たちを妨害できればよし。回避されても自分が行く道は開くことができる、という考えだったのだろうな。彼はやはり頭もいい。私も見習わなければ。
そしてバクゴーは、そのままトドロキを追い抜いた。競技が始まったときより、明らかに爆破の勢いが強い。彼はどうやらスロースターターらしい。
《ここで先頭が変わったー! 喜べマスメディア! お前ら好みの展開だああ!! 後続もスパートをかけてきた! だが引っ張り合いながらも……先頭二人と続く二人が優勢かああ!?》
対するトドロキは、慎重に走りながらも、凍結を利用してバクゴーを妨害しようとしている。個人的には道を作って全力で走ったほうがいいように思うが……まあ、それは私たちには関係のないことだ。
「飛ばすぞ、ラストスパートだ」
「はーい!」
既に限界が近そうな機体に鞭を打ち、全力で走らせる。当然、足が地面につく端から地雷が起動し派手な音と振動が伝わってくる。
だがそれなりの重さがあるロボットを吹き飛ばすほどの威力はなく、私たちに影響はほとんどない。ガタは来ているので、地雷を踏むたびにどこかしら装甲が剥がれ落ちたりはしたが、決定的に壊れることはなかった。
私たちはそのまま一切速度を落とすことなく、足の引っ張り合いをしていた前二人をさらっと追い抜くことに成功する。
《抜いたーー! 再び一位が入れ替わる!!》
追い抜く瞬間、二人からはあり得ないものを見るような目で見られたので、ヒミコと二人揃って手を振っておく。
もちろんそんな私とヒミコを、この二人が見逃すはずがない。彼らは互いに妨害し合っていたのがウソのように、息を合わせて私に攻撃を仕掛けてきた。
ふむ……この辺りが潮時か。
「降りようか」
「はーい!」
迫りくる氷結と爆風を前に、私たちは決断する。
そしてシートベルト代わりに使っていた配線を外すと同時に、パージする形で機体を蹴って前へ飛び出した。
《増栄、トガ、ロボを乗り捨てたー!! こいつぁシヴィーー! だがそのまま最終関門をイチ抜け!! ナイスタイミングだ! 爆豪&轟の攻撃は不発!!》
不発ということはない気もするがな。元々酷使していたからか、二人の攻撃を受けた仮想ヴィランはほぼほぼ木っ端みじんになってしまったのだから。
ただ、そのせいで私たちの姿をそれなりの時間見失ったことも事実であろう。ここまで来たら、あとはフォースと”個性”を用いて進むだけのことだ。
だがその直前。
《少し遅れて爆豪・轟! 最終関門を今抜けそうだが――……A組緑谷、爆発で猛追ーーっ!! つーか……抜いたああーーっっ!!》
ミドリヤが、やって来た。
無自覚にイチャイチャを全国に向けて見せつけていくスタイル。
なお、フォースハックはレジェンズに登場する技です。マスター・パラトゥスことカズダン・パラトゥスも、レジェンズのキャラですね。
ただ、名前は調べた範囲ではそれっぽい名称が見当たらなかったので、それっぽく命名しておきました。ハッキングなのでハック。まんまです。
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