さて昼休みはあっという間に過ぎ、午後である。
午後はまず勝敗の関係ないレクリエーションが行われ、その後に最終種目として一対一の戦闘形式でトーナメントが行われるらしい。
レクリエーションの内容は大玉転がしや借り物競争など、一般的な体育祭らしい内容である。
このためにアメリカから本場のチアガールを呼んだとのことだが……なるほど、ミネタとカミナリは彼女たちを見てあのようなことを思いついたのだろうなぁ。
まあそれはともかく、レクリエーション前にトーナメントの組み合わせが発表された。
それによると、私は一番手。相手はアシドであった。
「ゲッ、増栄ちゃんと一回戦!?」
「やあ。いい試合にしよう」
「う、うん! 負けないよ!」
一方、ヒミコの相手はカミナリであった。
「上鳴くん……がんばろうねぇ……」
「ひぇっ。お、お手柔らかにオナシャス……」
私に矛先を向けたことが癇に障ったらしく、ヒミコは気配を消して後ろからカミナリを脅かしていた。
だが、もしも私とヒミコ、二人とも勝ち上がった場合、私たちは戦わなければならなくなる。こんなときまでフォースは私たちを近い場所に配置しようとしているのだろうか……。
別に彼女と戦いたくないわけではないのだが、それなら一回戦から一緒にしてもらったほうがあとあと気が楽だったのだが。
というか、こうして見るとほぼA組の独壇場だな? 別に意図していたわけではないのだがな。互いの手の内がある程度わかっているからこそクラスメイトと組んだところはもちろんあるので、まったくの偶然というわけでもないと思うけれども。
一応、ハツメというサポート科の生徒が一人いるが……彼女は勝つことより目立つことのほうが重要らしいので、勝ちあがることはほぼないだろう。
彼女の対戦相手はイイダのようだが……こちらはある意味で荒れるだろうなぁ。
ああ……早くもイイダが声をかけられているが、生真面目で素直な彼のことだ。すぐに騙されるのだろうな……。
あれはとめたほうがいいのだろうか? しかしハツメ自身には勝ち抜くつもりはまったくないようだし、どう転んでもイイダに勝利が与えられることには変わりがないのだよなぁ……。
だが迷っているうちに私はヒミコに回収され、人目のないところへ連れていかれてしまった。すまないイイダ、あとで謝る。
「コトちゃん……はあはあ……」
「んぅ……」
私はそこで、レクリエーションの間吸血され続けた。
昨夜は今日に備えて早く寝た分、あまり吸血する時間を取れなかったからな。何より、先の騎馬戦で私が肌を晒した件で独占欲が溢れたらしい。
あと、先ほど昼休憩の前に私が一人で別行動したことも気に喰わなかったようだ。私がそうしたのは気を遣ってのことだったし、それはもちろんありがたく嬉しいことではあったらしいのだが、それはそれこれはこれらしい。年頃の少女の心とはなんとも複雑だな……。
まあレクリエーションに参加するつもりは最初からなかったし、別に構わない。どうせ瞑想くらいしかすることはなかったしな。
少々治療と造血で”個性”を使うことにはなったが、先ほどかなり多めに補給したからこれくらいなら問題ない。
ただ、人が近づいてきたときにこそ激しくするのは本当にやめてもらいたい。誰かに気づかれたらどうするつもりなんだ、まったく。
「あはぁ……♡ 声我慢してるコトちゃん、カァイイ……好き……♡」
「……ありがとう。君には負けるけれどね」
私がどんな顔をしているか知らないが、まったく物好きだよ君は。
***
そしてトーナメントが始まる。
《ヘイガイズアァユゥレディ!?》
マスター・プレゼントマイクの言葉を受け、スタジアム全体が震えるほどの大歓声が上がる。
《色々やってきましたが! 結局これだぜガチンコ勝負! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ! わかるよな! 心技体に知恵知識! 総動員して駆け上がれ!》
そして彼の言葉に応じる形で、私はステージに向かう。
《一回戦! ここまでの成績、二位、一位! この幼女、強すぎる! ヒーロー科、増栄理波!》
次いで、向こう側からアシドが姿を現す。
《
彼女からは緊張の色も見えたが、気負いはない。何より、勝つという気概で満ちていた。どうやら、衆目にさらされていることによる悪影響はなさそうだな。
《ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする、あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!》
ふむ? 「落とす」という表現を使うということは、逆に言えば空中にいれば構わないということかな。これは私やバクゴーのような、飛行できる人間はやや有利だな。
《ケガ上等! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから! 道徳倫理は一旦捨て置け! だがまあもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ! アウト! ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうのだ!》
これは当然だな。ここまで来たもののほとんどが、他人を簡単に殺傷できる”個性”の持ち主だが、それはそれだ。
《レディィィィ……――――……スタート!!》
そして、戦闘開始が告げられた。
「とりゃーっ!」
同時に、アシドがこちらにまっすぐ向かって来る。思ったより速い。どうやら生成した酸の上を滑って移動することで速さを稼いでいるようだ。酸とはいっても相当に弱いものだろうが。
滑走ができることを見ると、粘性なども操作できるようだ。本当、”個性”とはなんでもありだな……。
彼女はそんな高速移動と同時に手から酸の生成を行っている。思考を読むまでもなく攻撃の意図は明らかだ。
ただ、非常に素直な動きである。フェイントはなく、ほぼ一直線。酸は多少厄介だが、「これくらいなら回避されるだろうから一発目は捨てて二発目が本命」という狙いも、左右の手で生成速度が違う酸を見ていれば予測できる。
うむ……普段の彼女の言動から言って、これは完全に彼女の気質によるものだろう。彼女の美点ではあるのだが、戦闘、しかも一対一でとなると、それはマイナスにしかならない。
ならば……と思い、私はあえてアシドの思惑通りに動くことにした。ただし、初手までだ。二手目は直前で動きを変える。
もちろんそこまでは誘い出される動きをする。つまりは身体の動きを利用したフェイントだな。
「ここ――って!?」
「甘い」
誘い出したつもりが誘い出されていたことに気づいたアシドだが、もう私は彼女の懐に潜り込んでいる。
彼女は決して突出して体格がいいわけではないが、それでも私と比べたら相当な身長差がある。懐に入ればもはやろくに動きを追えず、私はそのまま彼女の胸元をつかみ寄せると、アイキドーを用いて後ろに転がした。
しかし、アシドもここまで来た実力者。何やら踊るように身体を動かすと、すぐさま起き上がってきた。柔らかいな。
「くっそー! やっぱ簡単にはいかないか!」
「もちろんだ。次は私から行くぞ」
言いながら、私は視線でアシドを誘導する。
攻撃は、視線を向けたところとは違う場所へ。そしてそれは、相手の視界の外から放てればなおよし、である。
「うわっ!?」
そうしてまんまと攻撃を受けたアシドは、たたらを踏んで後退する。
私はそれを追撃しない。蹴りを放った姿勢のままアシドの復帰を待ち、ゆるりと脚を下げた。
《お手本のように綺麗なフェイント、からの一発ー! だが芦戸も堪えた様子なし! やはり体格差体重差は大きいかー!?》
《……あいつまさか……》
イレイザーヘッド、毎度ながら気づくのが早すぎる。どれだけ観察眼がいいのだ。
「くっそー、負けないぞぉっ!」
アシドが再び攻勢に出る。
私はそれに反撃しない。ジェダイの、あるいはこの星の格闘術の動きをさながら見せつけるように動きつつ、一つ一つを丁寧にいなしていく。
さすがに”個性”による酸は体術で防げないので、回避、あるいは身体の一部を流す、もしくはフォースで動作を遮るなどして防ぐ。
《芦戸、途切れることなく連続攻撃だあー! だが増栄、そのすべてをことごとく凌ぐ凌ぐ凌ぐー!》
《合気道と空手……あと他にも何か混ざってるっぽいな……》
そうこうしているうちに、アシドも私に攻める気がないことに気がついたのだろう。即興かつ今まであまり考えたことがないからか、かなり荒くはあるが……それでもフェイントを入れ始めた。また、”個性”をブラフとして使う頻度も高くなってきた。
それに彼女の身体はかなり柔軟で、可動域が広い。腕だけでなく足で攻めてくることも多く、私に強いる選択肢の数が少しずつ増えていく。
いいぞ、相手をよく見ろ。戦いながら考えるんだ。あらゆる可能性を模索して行け。
《怒涛のラッシュラッシュラッシュゥゥーー!! これには増栄もたまらず下がる!》
《…………》
ただ、それでも付け焼き刃だ。先ほどから視線を特定のほうへ向ける回数があからさまに多く、その先に酸を飛ばす回数も多いのだから。
見たところ、弱めの酸で床の滑りをよくし、そこに私を誘い込もうという魂胆だろう。そう予測するのは簡単で、フォースもまたそうだと告げている。
ならばと私はあえて少しずつその誘いに乗っていき、酸で濡れた一角に踏み込んだ。
その瞬間、アシドの口角が上がった。してやったりという顔である。
が、それはすぐに崩れることになる。
「……あれっ!?」
「残念だがそれはお見通しでね。策を練るのはいいが、破られたときのことは考えておいたほうがいい。備えあれば、というだろう?」
私は一切滑ることなく、しっかり足下を踏みしめてアシドの懐へ再び潜り込んだ。靴の摩擦係数は、増幅済みなのだ。
「受け身はしっかり取れよ!」
今度は転がすという生半可なことはしない。彼女の腹部に手を当てると同時にフォースプッシュをかけ、吹き飛ばす。
「わーっ!?」
もちろん、空中での移動手段を持たない彼女が吹き飛んだら、打つ手はない。
彼女はそのまま舞台の外へ飛んでいき、地面に転がった。受け身は取れたようで何より。
「芦戸さん場外! よってこの勝負、増栄さんの勝ち!」
すぐさまミッドナイトが声を張り上げ、それに応じてプレゼントマイクが結果を大々的に放送する。
《決まったー! 勝者、増栄理波ーーっ!!》
歓声が上がる中、私は舞台を降りてアシドに手を差し出す。
「大丈夫か? 策が成功したイコール勝利というわけではないのだから、あそこで気を抜いたのは失策だったな」
「だよねー! くそー、手加減してもらったのに全然敵わなかった!」
「さすがにあからさまだったな。すまない」
「ううん、おかげで私のダメなところよくわかったし、むしろありがとうだよ!」
そう言ってにっと笑うアシドには、悔しいという気持ちはあれど私を恨むような感情はまったくない。公衆の面前で露骨に格下扱いしたので、何を言われても構わないと覚悟していたのだが……本当に我がクラスの面々は向上心が豊かで、人間ができている。
「でも次は負けないよ! もっと強くなって、私が勝つんだからね!」
「……ふ、そのときは受けて立とう」
《握手を交わして試合はこれにて完全終了! 二人のスポーツマンシップにクラップユアハンズ!!》
そうして私たちは、観客からの拍手を浴びながらステージから退がったのであった。
みんなが戦いに備えてあれこれやってる間、薄い本でお馴染みの「ホラ人が近づいてきたよ……声出したらバレちゃうね? どうしよっか?」「やだバレちゃう……でもなんで? 気持ちいいよぉ……」を実際にしていたやつらがいるらしい。
でも大丈夫! 本番はしてません。血を吸ってただけです。全年齢です。KENZENです。