キリシマとトコヤミの試合はかなり長引いた。硬化という防御に特化した“個性”を持つキリシマの守りを、昼間のダークシャドウでは抜くことができなかったのである。
ただし、キリシマもダークシャドウに阻まれ攻撃が通らず、泥仕合の様相を呈した。観客も少しテンションを落ち着かせられるくらいの時間が経過したのだ。
だが……恐らくは永遠に硬化し続けられるわけではないのだろう。次第に硬化が緩んでいっていることを見抜いたトコヤミが、機を見て猛攻を開始した。
そして攻勢に出られると対処が難しくなるのがダークシャドウである。それを凌ぐだけの力があればまた別だが、“個性”も限界まで酷使したキリシマにはもはやなすすべがなかった。
結果、それまでかかった時間がまるで嘘のように、あっという間に決着へなだれ込んだ。
かくして、キリシマは惜しくも敗退と相成ったのである。
とはいえ、どちらも十分に健闘した。一般客はもちろん、ヒーローからもちらほらと称賛する声が聞こえたので、負けたキリシマも展望は明るいのではないだろうか。
さて、問題は次の試合である。バクゴー対ウララカだ。
プレゼントマイクのアナウンスに従う形で舞台に上がる二人を見たツユちゃんが、つぶやくように言った。
「次、ある意味最も不穏な組ね」
「ウチ、なんか見たくないなー」
ジローが表情を曇らせて応じていたが、二人の言い分はもっともであろう。日頃からバクゴーを見ていれば、大体の人間はそう思うはずだ。
ウララカの可憐な容姿もあって、相対するバクゴーの姿はどう見ても悪役である。
ただ、彼から油断や慢心は一切感じない。笑ってもいない。どこまでも本気だ。
むしろ警戒すらしている。それだけウララカのことを、油断ならない相手だと認識しているのだろう。
ちなみにミドリヤはキリシマ・トコヤミ戦の途中で戻ってきたのだが、どうやら彼のアイディアはウララカに遠慮されたらしい。細かい経緯は聞いていないが、みんな本気でやっているからこそ受け取れない、という趣旨のことを言われたようだ。
ウララカも随分と言うものである。イイダ・ハツメ戦で個人的な好みによるジャッジをしたミッドナイト辺りが聞いたら、さぞやテンションを上げることだろう。
まあ私としても、妥協をしない姿勢は好ましいと思うけれども。
《中学からちょっとした有名人! 堅気の顔じゃねぇ! ヒーロー科、爆豪勝己!
そうして私情全開なプレゼントマイクのアナウンスと共に、戦いは始まった。
戦いは、終始バクゴー優位に推移する。当初はウララカも、体操服を浮かせて爆風に紛れ込ませることで撹乱したが……バクゴーは罠にひっかかりながらも、そんな小細工は効かないとばかりに対処してみせた。
……フォースセンシティブに近い反射神経だな。あるいは本当にそうかもしれないが。
その後は、なんとか接近しようと前へ進み続けるウララカを、バクゴーが爆破で迎撃、吹き飛ばし続けるという図がしばらく続く。絵面は非常にヴィランらしく、ジローは目を覆ってしまっていた。
ウララカは愚直に攻め続けているように見えるが、他に手がないとも言う。イイダに問われたミドリヤも言っていたが、ウララカには退くという選択肢がないのだ。
それはこの試合を放棄するつもりがない、という意味だけではない。バクゴーは近接戦においてはほぼ隙などなく、スロースターターだから動けば動くほど爆破も強くなっていく。
だが、迂闊に接近されるわけにはいかないのはバクゴーのほうだ。それだけウララカの“個性”は強い。事故でもなんでも、手に触れられたらその瞬間に無力化されるからだ。
だからこういう試合運びになる。近づくしかないウララカと、吹き飛ばすしかないバクゴー。どちらも相手を真剣にとらえ、勝つために全力だからこそ。
それをわかっているから、観客席から飛んできたブーイングに私……ではなく、ヒミコが怒りを露わにする。
「何が実力差ですか……! 女の子いたぶってですか……そんなわけないじゃないですか……! お茶子ちゃんバカにするのもいい加減にしてよね……!」
そんな彼女の姿に、周りのクラスメイトがぎょっとする。
ヴィランらしい姿が漏れているので、無理もないが……今回ばかりは私も彼女に全面的に同意だ。
とりあえずヒミコにはもう少し鎮まるようテレパシーを飛ばしつつ、周りに解説をする。
「ウララカはやけを起こしているわけではない。彼女は策を立て、それに沿って動いている。そして……彼女は既に、己の得意分野にバクゴーを誘い込んでいる。ここからバクゴーが逆転するには、“個性”の限界まで一瞬で持っていかなければならない」
「え、そ、そんなに追い詰められていますの……!?」
「そうは見えねーけど!?」
《今遊んでるっつったのプロか? 何年目だ? 素面で言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。就職サイトでも見てろ》
「相澤先生……!?」
そこに、まるで補足するようなタイミングでイレイザーヘッドが口を開いた。辛辣だが、間違いない事実だろう。
何せ、観客席(こちらは私たちとは違い、高所に設置されている)にいるのなら、
「爆豪の距離ならともかく……客席にいながらブーイングしてたプロは恥ずかしいね」
隣のブースから聞こえてきたモノマの声に、思わず頷く。
彼のように、学生でも人生一度目の人間が気づけるのだ。プロとしてヒーローを名乗るならば、学生の仕掛けは見破ってもらいたいものだな。
「……あれは」
「マジかよ……いつからだ……!?」
観客も気づいたようだ。まあ、ウララカが攻める手をとめて声をかけたのだから、さすがに誰もが気づくか。
クラスメイトも驚愕している。みなの視線の先は、バクゴーとウララカ……よりも上。
虚空。そこには、大量のコンクリート片が浮かんでいた。
「あえてバクゴーに爆破を連発させ、舞台を破壊する。その破片を浮かし続けていた、というわけだ。バクゴーに意図を読まれないよう、低姿勢で攻め続けることでな。おかげで場には常に爆煙があって、気づかれることなくここまで来た」
「そんな捨て身の策を……麗日さん……!」
「君がそれを言うのか……」
「えっ?」
「個性把握テストといいUSJ事件といい、君も大概捨て身の策を取ってきたと思うのだが」
「う゛、た、確かに……できることが少なかったとはいえ、相当無茶してたね……」
ミドリヤはそう言うと、視線をさまよわせながら頭をかいた。
彼の心意気は買うのだがね。アナキンではないが、何事もバランスだよなあ。
と、それよりもだ。今は試合に集中しよう。
私たちをよそに、ヒミコが声を張り上げた。
「行けーお茶子ちゃん! やっちゃえ!!」
そうして、ウララカはずっと維持し続けてきた己の”個性”を解除した。途端にコンクリート片は惑星の引力に引かれ、一斉に落下し始める。
《流星群ー!?》
《気づけよ》
さらにウララカは、攻撃と同時に前へ出た。既に身体は限界に近いであろうに、自分に“個性”をかけながらだ。なんという精神力だろうか。
だが。
「オラァッ!!」
大爆発。
そう形容するしかない規模の爆炎が、バクゴーの手から放たれた。あれほどの爆発を起こすために、どれほどの爆薬がいることか。
そんな赤い光に呑まれ、バクゴーに向けて落ちていたコンクリート片は軒並み吹き飛んでしまった。
「……うそ」
ヒミコの茫然とした声が、ぼんやりと響いた。
クラスメイトたちも、一様に口を開けて驚愕している。
かくいう私も、結構驚いた。まさかこれほどの爆発を起こせるとは。
……いや、起こせるようになったのか。私が「出力を伸ばしてみたらどうか」と言ったから。そこをここ二週間、鍛えていたから。
「デクの野郎とつるんでっからなてめェ。何か企みあるとは思ってたが……危ねぇじゃねーかオイ」
そう言うバクゴーの手元では、
入学当初の彼なら、あの爆発を起こしたらしばらく爆破を起こせないくらいに反動があったかもしれないが……。
「……! 一撃て……」
《会心の爆撃!! 麗日の秘策を堂々――正面突破!!》
だが、それでもウララカは諦めていなかった。心が折れてもおかしくないというのに、なおも前へ進もうとした。
「いいぜ……こっから本番だ!
バクゴーも、彼女の覚悟を理解したのだろう。満身創痍のウララカを全力で迎え撃つ。
まさかの名指しだ。普段、誰に対しても罵倒も同然なあだ名で呼ぶ彼が、名字とはいえウララカの名前を呼んだ。つまり、それだけウララカのことを敵として完全に認めたということなのだろう。
……が。
「お茶子ちゃん!!」
あらゆる意味でもう身体が限界だったのだろう。ウララカの身体が崩れ落ちた。
すぐさまミッドナイトがバクゴーを制止しながら舞台に上がり、ウララカの状態を確認するが……その中でもウララカは立ち上がろうともがき続けていて。
本当に心の強い子だと思う私の隣で、ヒミコが喉を枯らすのではないかという勢いで声援を飛ばす。
「麗日さん、行動不能! よって二回戦進出は爆豪くん!」
……しかし彼女の声援も虚しく、ウララカには敗退が告げられた。
直後、立ち上がっていたヒミコが、すとんと。落ちるように席に座る。
彼女はそのままぼんやりとした顔で、搬送されていくウララカを見つめていた。
その姿がやけに痛々しくて、私は思わず彼女の手を握る。
ヒミコはすぐに握り返してきて、繋がった手を通じて彼女の心境が流れ込んできた。それに対して、心の赴くままにすればいいと答える。
だが、周囲はもはや過ぎたことと言わんばかりに進んでいく。舞台はセメントスによってあっという間に修復され、選手入場が告げられる。
普段以上に、そして今日一番の特大の暗黒面の気配を撒き散らしながら、トドロキが舞台に上がる。迎え撃つのはセロだ。
……私はこの試合、嫌な予感しかなかったのだが。おおむねその通りになった。
トドロキはスタジアムの屋根をも大幅に超える大規模な氷を生み出し、セロはその中に身体の大半を飲み込まれてしまったのである。
当然ミッドナイトはトドロキに軍配を上げ、一瞬で倒されたセロに向けて観客は「どんまい」と連呼する。
これがこの試合の幕引きであった。あまりにもあっけない終わり方。観客がセロにコールするのもわからなくはない。
ただ……私には。
舞台の上にできた特大の氷を自らの左半身から炎を出して溶かすトドロキの姿が……どことなく、頼るものも何もない暗闇の中でさ迷う幼子のように見えた。
隙あらばイチャついていくスタイル。