《さあ二回戦第四試合だ! 今回の体育祭、トップクラスの戦力の持ち主同士! まさしく両雄並び立ち、今! 轟
マスター・プレゼントマイクの声が響く中、トドロキとミドリヤが相対した。
相変わらずトドロキからは、暗黒面の濃い気配が漂っている。彼がフォースユーザーだったら、この周辺は闇のフォースでうすら寒くなっていただろうな。
《スタートォ!!》
ともあれ、試合は始まった。
トドロキの”個性”は炎と氷を操る強力なもので、大規模な攻撃が可能だ。そんな彼に対して、ミドリヤはさてどうするつもりかと思いながら開始を見守っていたが……。
開始と同時にミドリヤは全身をあの緑色のスパークで覆うとともに、斜め前へ飛び出した。直後、彼のいた場所へ向けて一直線に大きな氷の列が通過する。
トドロキは大体いつも開始と同時にあの攻撃を放つが、今回はせざるを得ないと言ったところか。ミドリヤのフルパワーを好きに使わせたら、いくら彼とはいえただでは済まない。
そんな初撃を回避されたトドロキだったが、さすがに冷静だ。即座に二撃目をミドリヤに向けて放つ。同じように地面を這う氷が次々に形成されていき、ミドリヤを襲う。
あれに巻き込まれれば、セロの二の舞だ。ミドリヤはすぐさまきびすを返し、攻撃を避ける。
「……自損覚悟の打ち消しはしねぇのか」
その姿に、トドロキがかすかに眉をひそめながら声を出した。
だが、二つの大きな氷の列に囲まれたミドリヤに、逃げる場所はもはやない。だからトドロキは、焦ることなく三度目の氷結を開始し――。
「これだあぁぁっ!!」
「!?」
《おおおお! 緑谷、フィールドに作られた氷を破壊! 強引に轟の攻撃範囲から離脱した!》
――直後、ミドリヤがその強烈な蹴り(それはツユちゃんのものに似ていた)でもって最初に作られた氷の列のほとんどを破壊したことで、顔色を変えた。
ミドリヤはそのまま氷の列があった場所を垂直に抜けて、氷がまだ張られていない側へ抜ける。その手には、今しがた破壊して飛び散った氷の一部を握っていた。
「ふんぬ!」
《でもって投げたーー!! ありゃ氷か!?》
《一回戦でも二回戦でも、破壊した舞台の破片を武器に使ったやつがいたからな……まあ思いつくわな》
彼はその氷を、緑色のスパークと共に思い切り投げた。強化された身体から放たれた氷は、もはやただの投擲に収まらない威力を秘めている。
「ち……っ!」
トドロキはその氷を、眼前に氷の壁を形成することで防いだ。
だが氷が飛んできた方向は、彼から見て左側。戦いとなると左の熱を使わない彼にとっては、やりにくいだろう。そんなやり取りが数回続いた。
「おお!? 緑谷やるじゃん!」
「さっすがデクくん! あの氷結とどうやって戦うのかって思ってたけど……」
「ああ! 轟くんが作った氷を逆に利用するとは……!」
「けどよ、轟は強烈な範囲攻撃をポンポン出してくるんだぜ。緑谷のパワーは確かにすげえが、このままじゃジリ貧なんじゃ?」
「ポンポンじゃねえよナメんな」
キリシマの言葉をまるで蹴飛ばすようなセリフを放ったのは、探るまでもなくバクゴーであった。
「お? 爆豪おかえり!」
「フン。筋肉酷使すりゃ筋線維が切れるし、走り続けりゃ息切れる。”個性”だって身体機能だ、奴にもなんらかの限度はあるはずだろ」
バクゴーはそう言いながら、不遜な態度でキリシマの隣にどっかと腰かけた。
態度は問題だが、言わんとしていることは至極まっとうである。キリシマをはじめ、みなも納得顔で頷いていた。
「じゃあ緑谷は瞬殺マンの轟に……」
「耐久戦! ってことかぁ!」
キリシマの言葉を継いだハガクレにうむと私も頷く。
それを証明するかのように、ミドリヤは破壊した氷をぶつけて氷結をギリギリのところで凌ぎ続けていた。だが、何度も続けているうちに、じわじわとミドリヤに氷が迫っていく。
トドロキも耐久戦に持ち込もうとしていることは理解したようで、ここでさらなる攻勢に出た。氷結を伸ばしながら前に出たのである。
ミドリヤはその攻撃を、やはり砕いた氷を投げることで相殺するが……氷とともに前へ出ていたトドロキは、ノーマークのままミドリヤへ攻撃を仕掛けることができた。
トドロキは氷を坂のように形成することで、接近を直前まで悟らせなかったのだ。砕ける氷の坂を踏み台にして跳躍し、上からミドリヤに襲い掛かったのである。
ミドリヤはこれを後ろに跳んで避けようとしたが、トドロキの手にしていたものを目にして表情を硬くする。
形状はかなりいびつだが、トドロキは氷の棒を手にしていた。それを思い切り振り下ろしたのである。想定よりも長いリーチの攻撃を前に、ミドリヤの回避行動は不足だった。氷の塊がミドリヤの身体を打ち据える。
《轟、緑谷のパワーにひるむことなく近接へ!! 遂に攻撃がヒィーット!!》
「ぐ……!」
「まだだ」
さらにその接触部分から、勢いよく氷結が始まる。トドロキの”個性”も私と同じく、触れているところから効果が及ぶらしい。だが氷に関しては、それそのものが”個性”の触媒になるのだろう。あれでは迂闊に受けられないな。
しかも、氷越しとはいえ対象が近いからか、凍る速度が尋常ではない。このままでは、ミドリヤは氷の中に囚われてしまう。
しかし直後だ。凄まじい暴風と衝撃が吹き荒れた。一回戦の比ではない。そのため、私はもちろんミネタも吹き飛びそうになる。
「うわっ!?」
「なんだ!?」
「ミドリヤがフルパワーで腕を振るった。もはや自損せずには凌げないと考えたのだろう」
「わー……すっごいですね出久くん……舞台の上、リセットされちゃいましたよ」
「え? うわマジだ」
「ふふ……やっぱりいいなぁ、出久くん……一生懸命で、ボロボロで」
ヒミコの言い方に少し引っ掛かるものを覚えつつ、舞台の中央に戻るミドリヤを見やる。
彼の左腕は、やはりひどい状態になっていた。あれでは振るうどころかろくに動かすこともできないだろう。
しかし、舞台はもちろん身体に氷の影響がほとんど残っていないところを見るに、最低限の目的は果たせたようだ。代償が腕一本、というのはいささか不釣り合いにも思うが。
そしてトドロキは、ミドリヤの豪腕によって吹き飛ばされていた。だが吹き飛びながらも、自身の背後に氷の壁を作り続けたのだろう。ギリギリではあったが、舞台の上に残っていた。
他には何もない。ミドリヤの咄嗟の攻撃によって、舞台上に形成されていた氷はすべて吹き飛んでしまった。
「これで状況は元通りか……」
「一進一退だぁ! ねね、もしかしてこれ、緑谷勝つのもあるんじゃない!?」
「けど轟は炎のほう使ってないし、依然として轟が有利なことには変わりないんじゃ?」
オジロの指摘はもっともだ。だがしかし、である。
「いや、有利不利の話をするならミドリヤのほうが有利だ。少なくともトドロキが氷結しか使わないのであれば、今後もそれは揺らがない」
「ん!? そうなの!?」
「ミドリヤは左腕を負傷した。確かにこれは大きい。だがそれ以上に……ここからではわかりにくいが。あまりの低温に、トドロキは身体がついていっていないようだぞ」
「え……?」
みなは首を傾げたが、トドロキが次に放った氷結攻撃が、明らかに小さくなっている様子を見て「あっ」と声を上げた。
迎え撃ったミドリヤにもかなりあっさりと対応され、そのまま流れるように近接戦へと持ち込まれてしまう。彼の全身が強化されているとはいえ、トドロキの動きが悪くなっていることは間違いない。
《緑谷ここで前へ出た! 腹に一発入れたぞぉ! 轟判断ミスか!? これはイタイ!》
「氷小さくなってるよ!?」
「動きも鈍くなってねぇか……!?」
「……! そういうことかよ……!」
それを見て、色々と察したのだろう。バクゴーが吐き捨てるようにこぼした。
「どういうことだよ爆豪?」
「見てわかんねぇのかアホ面! 身体に霜が降りてからだ……そっから半分野郎の動きが目に見えて悪くなった……!」
「! 低体温……!」
「やっぱ轟にも限度はあったか!」
「……で、それでなんで爆豪は機嫌悪くしてんの……?」
「揃いも揃って目ン玉腐ってんのか!?」
バクゴーの暴言にミネタが半泣きになる。本当に態度が悪い。
仕方なく、助け船を出すことにする。
「つまりだ。トドロキのあの弱体化は、左の炎で熱を供給すれば打ち消せるはずだろう? なのにそれを使わない。お世辞にも有利ではない状況なのにも関わらずだ。バクゴーはそれが気に喰わないのだよ。……なめぷ? とかいうやつだからな」
『なるほど!』
「チッ……!」
ほぼ全員からの納得をいただいたが、当のバクゴーからは、なんでこれくらいわからないんだと言いたげな舌打ちが聞こえてきた。
まあ、それについてはともかく……彼がトドロキに怒るのもわからなくはない。全力の相手に勝つことを望む彼にしてみれば、トドロキの態度は……それこそ当初の私以上に気に喰わないものだろうから。
そして……そう思ったのは、幼馴染のミドリヤも同様だったのだろう。
「全力でかかって来い!!」
彼は凍えながらも立ち上がったトドロキに、弱点を指摘してから大きな声で啖呵を切ったのである。
そこからの出来事は私にとっては非常に驚愕に値するものであり、同時に尊敬に値するものであった。
今まで以上に憎悪をたぎらせたトドロキに、ミドリヤは負傷した左腕をよそに猛攻を仕掛けた。技術的にも身体的にも、今のミドリヤはトドロキに敵わないはずである。しかし、低温によって大きく身体機能が落ちたトドロキにはなんとか勝るらしい。
そして攻めながら、ミドリヤは自身の想いを口に出した。
――
拳がトドロキをとらえる。
――そのためには一番になるくらい強くならなきゃいけない。
トドロキがたたらを踏んで後退する。
――君に比べたら些細な動機かもしれない。
放たれた氷は、ミドリヤに当たらない。
――期待に応えたいんだ……!
そのままカウンターの蹴りが、トドロキを襲う。
――笑って応えられるようなカッコいい
「なりたいんだ!! だから全力で! やってんだ、みんな!」
トドロキの身体が吹き飛ぶ。地面を転がる。そこに追撃はかからなかった。
「君の境遇も、君の決心も、僕なんかに計り知れるもんじゃない……でも! 全力を出さないで一番になって完全否定なんて、フザけるなって今は思ってる! 君がなりたい
「うるせえ……!」
トドロキがかろうじて立ち上がり、氷結を放つ。しかし……もはやその氷はあまりに小さく、ミドリヤをけん制することしかできない。
そこに、再びミドリヤの拳が入った。
再び地面を転がったトドロキに、ミドリヤはやはり、追撃を放たない。トドロキが起き上がるのを待つ。
その背中を見ながら、私は理解した。ミドリヤは、トドロキを救けようとしているのだと。
「俺は……俺は! 親父を――……!!」
「君の! 力じゃないかッ! 炎も、氷も、どっちも君のッ!」
「――――!」
「僕はオールマイトじゃない! 君だって、エンデヴァーじゃない! 遺伝がどうとか関係ない、君は君のなりたいものを目指せばいい! それでいいじゃあないか!!」
そして、ミドリヤが、そう強く断言した瞬間だった。
トドロキの動きがとまった。顔が強張り、次いで崩れかけて。同時に――その身体から暗黒面の帳がほどけ始めた。
ああ、心底驚いたとも。ミドリヤの言葉の、どの点がトドロキの心の奥に届いたのか、わからなかったから。それでも間違いなく、届いていたから。
思わず身体を乗り出し、二人の姿を凝視した。トドロキの心の中で、何が何と結合し、反応を起こしたか。それが知りたくて。
だが直後に、トドロキの身体から膨大な量の火炎が巻き起こる。それはまるで、暗黒面の帳が弾けた様のようで。
「敵に塩を送るなんて……どっちがフザけてるって話だ……! 俺だって……!」
その中から、トドロキのか細い……けれどもはっきりとした声が、聞こえてきた。
「ヒーローに……! オールマイトのようなヒーローに!」
直後、文字通り降ってわいたようなエンデヴァーの声援(?)はこの際どうでもよかろう。
確かなことは、この瞬間からトドロキが炎も使い始めたということ。そして氷結によるデメリットを克服したということだ。
炎と氷が渦巻くトドロキの姿を見て、ミドリヤが笑う。どこかおののくような色合いを残しつつ……しかしどこか嬉し気に。
「どうなっても知らねぇぞ」
そして両者は、同時に動き出した。
トドロキは温まった身体から、初手に匹敵するほどの氷を放ちながら。
ミドリヤは無事だった右手にエネルギーを集中し、拳を握りながら。
「膨冷――
「
生み出した氷を飲み込んでなお余りあるほどの、白熱した炎が放たれる。
一撃で目の前の壁をすべてを吹き飛ばすほどの、渾身の拳撃が放たれる。
――熱波!!」
――
かくしてスタジアムは、すべてを覆いつくすほどの巨大な爆風に支配された。
このカードはおおむね原作通りに。
この時点でフルカウルを習得している二次創作は珍しくないですが、ボクの手にかかるとこんな感じの展開になりますよ、といった感じでございます。
体育祭の緑谷VS轟は、デクの「誰にでもお節介をついつい考えてしまう」ヒーロー性と、「誰かを助けるために何かを捨てなければならないとき、自分を最初に捨てに行く」異常性が同時に現れる、非常に重要な回だと思ってます。
なのでこの段階で彼の異常性を知る機会を設けるか否かは、物語の展開にも相応の影響を及ぼすだろうと考えているのですが・・・それがどう今後に影響していくかは、正直まだあんま思いついてなかったりします。
現時点でヤクザ編までしか構想がないのであれなのですが、後々に尾を引くのか、さほど影響しないのか・・・考え続けたいところ。