「それではこれより、表彰式に移ります!」
打ち上がる花火を背にしたマスター・ミッドナイトがそう宣言すれば、指定の位置に着いた報道陣が一斉にカメラのフラッシュを焚いた。彼らとの距離はそれなりにあるが、面と向かう形で表彰台に立つ私には少々まぶしい。
その表彰台に立つのは、私を筆頭にバクゴー、トドロキである。一人足りない。
「三位には轟くんともう一人、飯田くんがいるんだけど……ちょっとお家の事情で早退になっちゃったので、ご了承くださいな」
その一人、イイダであるが……みなから少し聞いた限りでは、兄君がヴィランに襲われたとのこと。心配だ。
しかし現時点で私たちにできることは、無事を祈ることくらいだ。それ以外にはどうすることもできない。
ならば今は、せめて胸を張ろう。誇るのではなく、ジェダイがここにいるのだと示すために。
「ではメダル授与よ! 今年メダルを贈呈するのは、もちろんこの人!」
ミッドナイトの宣言と共に、スタジアムの上にあったオールマイトの気配が
と同時に、彼の身体が声と共に降ってくる。
「私が! メダルを持ってき「我らがヒーロー、オールマイトォ!」
だがその声はミッドナイトの声にかち合い、打ち消されてしまった。
困惑した顔でミッドナイトを振り返るオールマイト。彼に両手を合わせて謝るミッドナイトという構図に、会場から笑いが起こる。
とまあそんなアクシデントもあったが、メダル授与である。
最初にオールマイトが銅色のメダルを持って歩み寄ったのは、トドロキである。
彼の首にメダルをかけながら、オールマイトが言う。
「轟少年、おめでとう。……準決勝で、炎を収めてしまったのにはワケがあるのかな?」
「緑谷戦できっかけをもらって……わからなくなってしまいました」
そのやり取りに、思わず視線を向ける。
今のトドロキが纏う気配はバクゴー戦時よりもなお暗黒面が薄く、もはや光明面に帰還したと言っても差し支えない状態だ。
フォースを感じられなくとも佇む姿からそれを感じ取ったのか、オールマイトは優しく微笑んだ。
「あなたがやつを気にかけるのも、少しわかった気がします。俺もあなたのようなヒーローになりたかった。ただ……俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃダメだと思った。清算しなきゃいけないものがまだある」
「……顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる」
そしてオールマイトはそう告げながら、その大きな身体でトドロキの身体を静かに抱きしめた。
次に、オールマイトがバクゴーの前へ移る。手にしたメダルの色は、銀。
だが、そのバクゴーが非常に大人しいことに、オールマイトは少々困惑しているようだ。
まあ気持ちはわかる。普段のバクゴーを見ていればさもありなん。
「えっと、爆豪少年、準優勝おめでとう?」
「……ンで疑問符ついとんだ」
「いや、いつもの君なら『こんなもんいるか!』とかって言いそうだなって思って……」
「……ハッ」
筋骨隆々の身体で、なぜか怯えたようなコミカルな動きをするオールマイトに、バクゴーは鼻で笑いつつも静かに答えた。
「俺は全力を出した。こいつも全力で応えた。その結果に文句つけるなんてクソダセェ真似するかよ。……だから、これはもらっとく。これは俺の……俺だけの傷だ。この傷を否定するやつァ、たとえアンタが許してもこの俺が許さねぇ!」
そしてバクゴーは、オールマイトが恐る恐る差し出していたメダルを引っつかむと、乱雑に自らの首に提げた。
ナンバーワンヒーローを相手に実に不遜な態度だが、言っていることはとても殊勝だ。負けたことに文句はないと言いつつ、不満はあるというのに。
だがその不満は、己に対してのみだ。だからこそ、今回の結果に価値があると認めているに等しい言い方をしたのだろう。頂点を目指し、常に誰にも負けまいとする彼なら、認められないものは一位であっても断固拒否するはずだ。あのメダルは彼にとって、まさに受け入れるべき傷なのだろう。
しかしそれは、後ろ暗くも恥ずかしくもない傷であるらしい。ゆえに、隠すことなく堂々とさらしたのだろうな。
さながら、次は絶対に負けないという意思表示のように。そのどこまでもブレない有りように、私はまた口元が緩むのを感じた。
「……うむ、その意気だ爆豪少年! 来年を楽しみにしているぞ!」
それをオールマイトも理解したのか、一転して満面の笑みを浮かべると、嬉しそうにバクゴーの身体を抱きしめた。
「……おう」
そのバクゴーは、言葉少なに応じただけだったが。
彼にとっても、オールマイトは特別なのだろう。途端にその心が凪いでいったのが見て取れた。
「さて、増栄少女!」
そして私の前にも、彼が来た。
ただ、私と彼の身長差はほぼダブルスコアなので、まったく視線が噛み合わない。
思わず苦笑してしまったのだが、これを見た教師陣が気を利かせたのだろう。私の足下がせり上がった。
セメントスの仕事だろうな。彼に目礼する。
そんな私の前に金色のメダルが掲げられ、その帯が頭をくぐる。
「優勝おめでとう! 強いな君は!」
「いえ、まだまだです。私はまだ精進が足りません」
「おっと? 謙遜はすぎると嫌味に聞こえるぜ?」
「本心ですよ。なぜなら、私が目指すものはこの星の自由と正義を守ることなのですから。そのためにはまだ、何もかも足りません」
即答した私に、オールマイトは一瞬きょとんとした。
しかしすぐに陽気に笑うと、嬉しそうに私を抱きしめてくる。
「こいつは一本取られた! この国どころか、この星とは……そいつは確かに、今よりもっと精進しないといけないな!」
「はい。なので、今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。マスター」
「……ああ! 任せてくれたまえ!」
私から離れたオールマイトは、いつもの笑みを浮かべてどんと胸を叩いた。それにつられるように、私も笑みを浮かべる。
そうして仕事を終えたオールマイトは、カメラに向けて振り返った。
「さぁ! 今回は彼らだった! しかし皆さん! この場の誰にも
彼の言葉を間近で向けられた観客から、未来への希望を確信するような感情があふれる。報道陣のフラッシュが連続する。
またなんとも、そうした注目が似合う男だな。オールマイトは。
「てな感じで、最後に一言! 皆さんご唱和ください! せーの!!」
だが、最後の最後で彼が放った言葉と人々が放った言葉が食い違い、なんとも締まらない終わり方をしたのであった。
……ちょっとしたコメディのようなワンシーンであったが、個人的にはオールマイトという存在とその他の民衆の見ているものがかみ合っていないのではないか? という懸念を感じたのは、私が穿ちすぎであろうか?
***
「お疲れっつーことで、明日、明後日は休校だ」
すべてが終わり、本日最後のホームルーム。
壇上に立ったイレイザーヘッドは、いつもの調子で口を開いた。
「プロからの指名等をこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」
そうして、体育祭は終わった。
終わったが……。
「みんなー! 打ち上げしようぜぇい!」
イレイザーヘッドが退室したのを見計らって、ハガクレが腕を振り上げながら立ち上がった。そんな彼女の言葉に、ほとんどのクラスメイトが歓声で応じる。
彼らの素直な姿に、くすりと笑みが漏れた。
「じゃあ、私たちについてきてくれ。我が家に案内するよ」
そうして私は、ヒミコと連れ立って先頭に立った。
さて、向かう先は雄英から徒歩十分の場所。どこにでもある住宅街に建つ集合住宅……それが私とヒミコの今の住居である。何の変哲もない集合住宅であり、広さと学校との距離で選んだ場所だ。
ただし、私たちの部屋には複数のドロイドがいる。万が一侵入者があっても、即座に捕縛される運びとなるだろう。
何せ、彼らにはエレクトロスタッフ(スタンロッドのようなもの。製品によってはライトセーバーとも切り結べる)を搭載しているからな。戦闘プログラムも現時点での最高のものを搭載しているので、建物そのものを狙われない限りは問題ないはずだ。”個性”の存在ゆえに、これでも万全とは言えないのがこの星の恐ろしいところだが。
ともあれ、そういう意味で私たちの家は何の変哲もない、と表現するのに若干の抵抗がある場所になっている。
『おじゃましまーす!!』
そこに、A組のほとんどがやってきた。いないのはトドロキとイイダくらいである。
……バクゴーも来たことについて、少々驚いたのはここだけの話だ。
「オ帰リナサイマセ、ますたーガタ。ソシテ、ヨウコソイラッシャイマシタ、オ客様ガタ。ワタクシ、さーゔぁんとどろいどノS-
それを出迎えたのは、私謹製のサーヴァントドロイド。すなわち使用人型ドロイドである。末尾のOはオリジンのOであり、今販売されているサーヴァントドロイドの初号機であることを示す。
彼女は初号機ゆえに、今の私の腕と手に入る材料で実現できるあらゆる機能が検証用に盛り込まれている。ゆえに使用人型でありながら、14Oは戦闘も可能な仕様なのである。
……ところで、ミドリヤは14Oの名前を聞いてそう挙動不審にならないでほしい。フォース越しに見えてしまうではないか……。
「うおーっ、ドロイドだ! すげぇ!」
「かっこいい! 私ドロイドって初めて見たよ!」
「フフフ、ソウデショウソウデショウ。ワタクシ、スゴクテカッコイイノデス」
みなの歓声に胸を張る14O。初号機ゆえに気合いを入れた、かつ色々とイレギュラーなAIを積んでいるのだが、おかげで随分と人間くさくなったのは必要経費と言えるだろう。つまり完全な銀河共和国仕様なのだが、おかげで時折とても面倒くさいのが玉に瑕だ。
ただ、たくさん褒められることでやる気を漲らせるやつでもあるので、今は上機嫌でクラスメイトたちを案内してくれた。
「サア皆様コチラヘドウゾ。準備ハスッカリ整ッテイマスヨ」
そんな14Oが先導した先にあるリビングでは、言葉の通り準備が整っていた。テーブルには様々な料理が出来立ての状態で並んでおり、その周辺では14Oのサポートユニットである球体の小型ドロイドが整列している。
それを見て、また歓声が上がった。
そこからは、特に縛りのないパーティの時間だ。みなで乾杯を交わし、好きなように料理を取りながら談笑する。
腕を負傷しているミドリヤに甲斐甲斐しく介助する小型ドロイドに、ヤオヨロズが丁寧に応対して微笑ましさを提供してくれたり。
ツユちゃんが食事や飲み物を取り分け面倒見の良さを発揮したり。
ウララカの普段の節約を通り越した私生活に、ハガクレやアシドやジローにとても驚愕されたり。
キリシマがセロやショウジらと体育祭を振り返ったり。
トコヤミとオジロが穏やかに食事をしているところに、アオヤマが割り込んでいったり。
ミネタとカミナリが私とヒミコの私室を覗きに行こうとして、14Oに制圧されていたり。
そんな14Oにバクゴーが強い興味を示し、”個性”抜きで軽く手合わせをしたところ互角の乱打戦になって慌ててみなでとめたりした。
「14Oさん、とてもお強いのですね」
「なんでロボなのに電気効かねーの……」
「ワタクシ、デキルどろいどデスノデ」
「おい増栄、ドロイドっていくらすんだ」
「14Oはワンオフの特別機だから値がつけられないぞ。市販品なら、本体価格600万くらいだったかな。ここから目的やオプションに応じて上がる」
「ひょええお高い……」
「……案外安いな」
「え?」「ア゛?」
「特別機って、響きがかっこいいよね☆」
などという会話もあった。
そうやって、しばらくして。場もある程度落ち着いてきた頃を見計らって、ヒミコが声を上げた。
「あの! 実は私、みんなに謝らないといけないことがあって……」
声を上げたはいいが、一斉に目を向けられた彼女はうつむいてしまった。あわせてだんだん小さくなっていく声を聞いて、私はテレパシーでエールを送る。
それに背を押されるようにして、ヒミコは再び顔を上げた。周りからは依然視線が集まっているが……今度はうつむかなかった。
「……私、今回の体育祭、本当にただのお祭りのつもりで参加してたのです。でも……みんなを見てたら、それって一生懸命やってるみんなに申し訳ないなって、思いました。だから……ごめんなさい、なのです……」
少し早口に、そう言い切ったヒミコ。少しだけ沈黙が場に満ちたが……。
「でもさ、今は違うんでしょ?」
最初にそう返したのは、ハガクレだった。
彼女の言葉に、ヒミコはこくりと頷く。
「お茶子ちゃんが爆豪くんと必死に戦ってるの見て……私、ダメだなって……思ったのです。だから……」
「うん、許す!」
「えっ」
ぽつりぽつりと話すヒミコを遮ったのは、当のウララカだ。麗らかに笑いながら断言した彼女に、ヒミコは目を点にする。
「だってそう思った上で、わざわざみんなの前で謝るなんてなかなかできんことだよ。みんなの前でここまでしてくれたんだもん、私はもう許すよ!」
「で……でも。……私、そもそも別に、ヒーローになりたくてここにいるわけでもないし……」
フォース越しに見えてはいても、心で納得できなかったのだろう。まるで罰して欲しそうに、言わなくてもよかったことを付け足したヒミコに、さすがにみんなざわつく。
「その、それは増栄さんのように人助けのために……?」
「……違うのです。私……私は、本当に誰かのためとかそういうこと、考えてなくて。ただ、好きな人と同じことがしたくて、それで……」
けれども、ヤオヨロズの問いにヒミコがそう答えた瞬間、みんなが「ん?」と首を傾げた。困惑しているようだ。
「……それの何が悪いんだ?」
「えっ」
「な。つまり、好きなヒーローのサイドキックになりたいってことじゃね?」
「うん、別に珍しいことじゃないよねぇ?」
「え、あれ? え?」
周りのリアクションに、ヒミコがあたふたと視線を泳がせる。しかしどれだけそうしても、ヒミコを非難するような気配はまったく起こらない。
みんな聖人君子か? ヒミコの「好きな人と同じことがしたい」という発言を、そう捉えるとは。それとも、アシドの言うように本当にこの星では珍しくないのか。
いやまあ、バクゴーだけはもう興味なさそうに……そして不機嫌そうにしているが。彼は例外だ。
……ヒミコ、こればかりは常識の話だ。私にすがられてもわからないぞ。本当にすまない。
「えっと……その、トガさん」
ヒミコにつられる形でどうしたものかと悩み始めた私をよそに、ミドリヤが声を上げた。
「サー・ナイトアイってヒーロー、知ってるかな。あのオールマイトのサイドキックをしてたすごい人なんだけど。その人……あくまで噂なんだけど、オールマイトのファンで。オールマイトに頼んで頼んで頼み込んで、根負けさせてサイドキックになったって噂があるんだ」
彼の顔に、ヒミコの視線がまっすぐ向かう。
それを受けて、ミドリヤはいつものように照れた形で小さく微笑んだ。
「もちろん、彼がそのためだけにヒーローになったとは思わないけど……まったく考えてなかったわけでもないと思うんだ。でもそれって、普通のことじゃないかな。僕だって、できるならオールマイトと一緒にヒーローしたいもの」
「……出久くん……」
「だから、僕はトガさんがヒーローになっていいと思うよ。
ね、と締めくくって、にへっと笑ったミドリヤ。
ヒミコは彼からのろのろと視線を外し、周りを見渡すが……彼の言葉はみなの総意であるらしい。それはみなの態度だけでなく、伝わってくる気配からしてわかろうというもの。
「緑谷の言う通りだぜ! オイラなんて女子にモテたくてここまで来たんだぜ? それに比べりゃトガの動機なんてピュアっピュアなかわいい動機だろ!」
その様子にヒミコがうつむく直前、ミネタがショウジの身体によじ登りながら声を張り上げた。
あまりと言えばあまりな動機に、誰もが……特に女性陣が引いた。
しかし、確かにとも思わされてしまう何かがミネタにはあった。あまりにも堂々と言い張るものだから、一周回って妙な説得力が生まれているのだ。
そんな彼と比べたら、「好き」だけを理由にしていることに罪悪感を覚えているヒミコはそりゃあ可愛いものだろう。
ヒミコ自身も、それで納得できたのだろう。くすくすと笑って、それから頬を勢いよく叩くと、顔をはっきりと上げた。
そこには既に、暗い雰囲気はまったくなく。
「……よし! 私……今から、ヒーロー目指します! ヒーロー志望のトガです! それで……戦いのときも災害のときも、いつだって好きな人の隣にいる、ちょっと過激な女の子になるのです!」
そう宣言した彼女の顔には、いつもの笑顔が輝いていた。
調子を取り戻した彼女に、内心ホッとしながらも私は声をかける。
「だから言っただろう? 大丈夫だと」
「うん!」
そんな彼女を見て、ようやく空気が緩んだ。
そして、アシドとハガクレが両脇からヒミコに抱きつく。
「はいはーい! ホッとしたところで……トガっちが好きっていうヒーローが、私気になるなー!」
「私もー!」
「あ、私も気になるー!」
「俺らも聞いていいやつー?」
「もしかしてラブですかーッ!?」
女性陣だけでなく、男性陣からも声が上がる。
ほとんど同時の詰問に、ヒミコはオロオロしながら顔を隠した。
「そ、それは……ないしょ、ですよぅ……」
『ラブなんだー!』
……そこでなぜ恥ずかしがるのだろう。普段から、散々アピールするように私にくっついてくるではないか。
それとこれとは別なのだろうか? よくわからない。
だが……赤くなった顔を隠すヒミコは、いつもとは違う可愛さがあるなとは、思った。
思いながら私は、賑やかにからかわれ始めたヒミコを、なんだか不思議な心持ちで眺めるのであった。
……その後ろで、ミネタが大仕事をやりきったような感慨深げな顔で頷いていたのは、見なかったことにした。
産声を上げるジェダイが一人とは言ってない。
・・・まあ、EP3書き始めた時点ではこんな結末になるとはまったく想定していなかったんですけどね。
峰田が説得でクリティカル出すのも含めて想定外でした。お茶子ちゃんがついて、緑谷がこねた餅の美味いところを持っていきやがった・・・。
あ、ちなみに次がEP3の最終話です。