「ところで理波、これなんだが」
「?」
イイダと別れ、手ごろなカフェで小休止を挟んでいるときのこと。
父上が取り出したものを見て、私は首を傾げた。
そこには、「I・エキスポプレオープン招待状」と書かれている。すごく見覚えがあるな。
「父上に
そう。この招待状、私のところにも届いているのだ。
「やっぱり理波のところにも来ていたか」
「私のものは、体育祭優勝者への景品と言った感じでしたが……」
「俺のところは、あれだ。サポートアイテム開発者としての招待状だよ」
「……ああ、なるほど。大体わかりました」
I・エキスポとは、様々な国の様々な企業、資産家が出資して造られた人工島「I・アイランド」で開かれる予定の博覧会である。
I・アイランドの設立目的は、国家間のしがらみを抜きに“個性”の研究やヒーローアイテムの開発などを自由に行うことだ。所属する研究者やその家族を守るため、強固なセキュリティと自立移動可能な設備を併せ持っていることから、世界中のどの国家にも属さない都市国家的な場所と言える。
そこで開催されるI・エキスポは、もちろん前述の目的に沿ったもの。すなわちそうした研究や開発の成果をお披露目する博覧会であり、ヒーローとして名の知られた人物や将来性の高い子供はもちろん、開発者として名の知られている人物にも招待状が送られているというわけだ。
今回私たち親子に来た招待状は、タイトルの通りプレオープンの招待だ。一般公開開始の前日に、移動やアトラクション参加に支障が出ないよう配慮された中で巡回できたり、レセプションパーティがあったりするわけである。
「父上宛のものは、ただの学生向けのものとは少々違うのでしょうね」
「そうなんだよ。でも俺はあっちに移住するつもりも特定の研究室に入るつもりもないから、行かないつもりだ。何よりそんな暇ないし」
寺の住職である父上に、休みというものは基本的に存在しない。長期の休みともなればなおさらである。
何せ生き物はいついかなるときでも亡くなる可能性があり、それゆえに宗教者は常に待機していなければならないのだ。今日が例外なのである。
いや、そういう今日も決して休日ではないのだが。
「そういうわけで、こいつは理波に譲ろうと思ってたんだが……」
「私は既に持っているので、持て余しますね……」
「さあどうかな? 中身だけでも見てみたらどうだ?」
にやりと笑いながら言われ、中身を確認してみれば確かに。
父上宛のほうは、自由に使える時間が少ない。私が受け取った分は丸二日博覧会を見て回れるようになっていたが、こちらは二日目に意見交換会や新作発表会が組み込まれている。
確かに遊ぶ時間はないだろう。ないだろうが……確かにこれは、
「……新作発表会などは素直に気になりますね」
「言うと思ったよ」
この星の技術……それも“個性”にかかわるものが集まる場所なのだ。しかも最新作がと言われると、一技術者としては気にならざるを得ない。
父上宛の招待状で行くとなると、ライトセーバーやドロイドなどの質問も来るだろうが……これに関してはむしろ私のほうが答えられる。そういう意味でも都合はいいだろう。
「まあそういうわけだから、こいつは理波にあげるよ。使ってもいいし、使わなくてもいい。好きにしてくれ」
「ありがとうございます、父上。……そういうわけでヒミコ、すまないのだがあちらでの自由時間を減らしてはもらえないか」
元々彼女と行って遊ぶ予定だったのだが、私の都合で会場を巡る時間が減るとなると、私の一存で決めていいものではないだろう。
そう思って確認を取ったところ、
「……わかったのです。でも、その代わり」
『デート一回』
途中で言葉を切り、テレパシーに切り替えた彼女に肩をすくめる私である。
「わかったよ。付き合おう」
「わあい! コトちゃん大好きー」
そして途端に腕を絡めてくるヒミコであった。いつも通りと言えばその通りではあるが。
そんな私たちの様子を、父上は微笑ましく見守っていた。
しかし、はて。余ったほうの招待状は、どうしたものかな。捨ておくにはもったいない。誰かに譲るか?
元は体育祭の優勝者に贈られたものだから、ここは準優勝者のバクゴー……に、譲ろうとしたら「死ねッ!」などと言われそうだ。さてどうしよう?
***
時間は少し遡り、体育祭当日。
飯田の兄、インゲニウムに再起不能の重傷を負わせた張本人、ステインは敵連合の黒霧に連れられてとあるバーを訪れていた。
「よーこそ、先パイ♡」
彼を出迎えたのは、身長百三十センチ程度の少女。媚びを売るかのような猫なで声を出しつつも、その目には相手を小馬鹿にする色が隠しきれていない子供だった。
その後ろに控える青年も、軽薄な態度を隠そうともしない。ステインは、ストレスが加速度的に蓄積していく己を自覚した。
だが、さすがの彼も敵連合には興味があった。オールマイトに撃退はされたものの、天下の雄英に襲撃をかけた組織。偽物のヒーローを断罪し、粛正することをこそ己の使命とするステインにとっては、良くも悪くも気にかかる存在であった。
そう思い、話を聞いてみることにしたのだが……最終的に提示されたのは、組織に加われという勧誘であった。
これには目を細め、試さざるを得ないステインである。
「その一団に俺も加われと」
「そーゆーことー! ね、お願い先パイ、かわいい後輩のためを思ってさーあー?」
「……目的はなんだ」
「「とりあえずオールマイトはブッ殺したい」」
そんなステインの問いに、青年と少女の答えが重なった。
「もちろん他のヒーローもぜーんぶ!」
「気に入らないものは全部壊したいな」
だが、二言目は重ならなかった。
ただし同時ではあった。二人は重ならなかった言葉に互いの顔を見合わせると、次には互いにガンを飛ばし合う。
「ちょっと弔! 今回はボクのターンなんだから、口挟まないでよ」
「
「「は? やんのか?」」
そして勝手に一触即発の空気を出して、軽く拳を交わし合う二人。
そのまとまりのなさすぎる姿に、ステインは深いため息をついた。
「興味を持った俺が浅はかだった……お前らは……俺が最も嫌悪する人種だ」
「はあ?」
「げ」
襲が口元をひくつかせたが、もう遅い。
ステインはためらうことなく身に着けていた短剣を引き抜き、ぎらりと二人を睨む。
「子供の癇癪に付き合えと? ハ……ハァ……信念なき殺意に何の意義がある」
「先生……とめなくていいのですか!?」
殺意を隠そうともしないステインの姿に、黒霧が少し慌てて問いかける。
『これでいい!』
だが、答えは是であった。バーの隅に置かれたサウンドオンリーのディスプレイから、低い男の声が応じる。
『答えを教えるだけじゃ意味がない。至らぬ点を自身に考えさせる! 成長を促す! 「教育」とはそういうものだ』
男の声が言い切るかどうか、というタイミングで。
「死ね」
ステインは、二人に向けて襲い掛かった。
「チッ」
「あーもー、結局こうなっちゃうかぁ」
彼に応じて、弔は露骨に舌打ちを漏らすと前に出る。
対して襲はやれやれと言わんばかりに両手を掲げ……次の瞬間、彼女からパシリと
弔の手が、空を横切る。そのときにはもう、ステインは空中にいた。宙返りの勢いで弔の背を斬りつけると共に、黒霧の眼前へと着地する。
弔はこの攻撃をかろうじて回避したが、黒霧は標的になると思っていなかったのか、反応が遅れた。一閃された短剣に左腕を斬り裂かれ、小さくよろめく。
だが直後、黒霧から離れようとしたタイミングで、ステインの身体は突然吹き飛ばされた。その勢いはかなり強く、ステインが叩きつけられた壁に小さくヒビが走る。
「……!」
「ダメだよせーんぱいっ! 黒霧はだーめっ!」
そこに、突進するように近づいてきた襲が拳を突き出した。技も何もない、ただ前に出すだけのパンチ。
だが赤い閃光を宿したその速さは尋常ではなく、ステインをもってしても全力で回避しなければならないほどであった。
威力もまたすさまじい。壁に叩き込まれた拳は、そのままビル全体を揺らすほどの威力が込められていたのだ。直前で急制動がかかったにもかかわらずである。
シンプルな増強型の“個性”。それは間違いないが、効果量がとんでもなかった。
とはいえ、襲の動きは徹頭徹尾技がない。完全なケンカ殺法であり、行動の起こりから過程、結末に至るまで、歴戦のステインには簡単に予測可能なものであった。
おまけに弔との連携もない。弔の“個性”も相当に危険なものだとは見て取れたが、互いに互いの動きを阻害するように立ち回っていては、せっかくの強“個性”が泣くと言うものである。
だからステインは、黒霧の血を舐めて動きをとめる余裕が十分あったし、弔も襲も蹴散らすには十分であった。
ただ、襲の
何より、
「えーいやっ!」
「ヌゥ……!」
襲が放つ謎の吹き飛ばし攻撃、それに周辺のものを遠隔で投げつけてくる攻撃には辟易とさせられた。
どう考えても増強型の“個性”で説明のつく技ではなく、その点が少々不気味であった。
ステインも裏社会に長くいる身だ。都市伝説とされるかつての
「あーもーっ! なんで当たんないかなぁ! イライラするぅ!」
そんな彼をよそに、襲は一向に終わらない戦いに怒りを募らせていた。
同時に彼女の身体を覆う赤い閃光が勢いを増しつつも身体へと収束していき、さらに彼女の動きが加速していく。
それでも……ある種技術の極致に至りつつあるステインを打倒するには及ばず。
やがて両者は、荒れたバーの中央で対峙したまま動きをとめることとなった。
片や刀を構え、静かに呼吸を繰り返しながら。片や目と肩を怒らせ、赤い閃光を迸らせながら。
「……子供の癇癪を叩きのめしてやるつもりだったが……ハァ……
「……まーね」
「ハァ……いいだろう……お前の勘の良さに免じて……聞くだけ聞いてやる……」
ぎろり、と。
構えた刀の奥から向けられた凍てついた瞳に、しかし襲は臆することなく獰猛に笑う。
「ヒーローを殺したいと言ったな。その理由を言ってみろ」
「ヒーローなんて絶滅すればいいって思ってるんだ、ボク」
即座に返された言葉に、今度はステインが目を細める。
「どいつもこいつも、調子のいいことばっか言って。目立ちたいだけのバカなのばっか。
赤い閃光が、完全に襲の身体に呑み込まれて見えなくなる。漏れていたエネルギーの奔流がなくなり、余すことなく彼女の身体を増強するようになったのだ。
同時に、彼女の身体から闇の力が放出され始めた。見るものが見れば、暗黒面のフォースとわかる力。それが、バーの中に吹き荒れて小さな嵐と化す。
「だからあんなやつら、いないほうがいいんだ。ヒーローなんて……この世界から、一匹残らず! 消してやるんだ!」
「ハァ……犯罪被害者か……そうか」
断言した襲に対して、ステインは刀を下ろした。
「小娘……襲……とか言ったな……お前は
それを見て、襲も不満を隠そうともせず……しかしフォースの奔流を抑え込んだ。途端に赤い光が戻ってきて、次いでパシリと唐突に弾けて消える。
「ボクは先パイと仲良くしたかったのになー。弔が余計なこと言うからなー、あーあー」
「やまかしいぞクソガキがよ……!」
ぶーたれる襲の言葉に、倒れたままの弔が抗議する。
その顔の両脇に、ステインは短剣を叩き込んで刃で挟み込んだ。
「お前はダメだな……徒に力を振りまくただの犯罪者……粛正対象だ……ハァ……」
「……!」
そしてその刃が、弔の顔を覆う手のひらにあてがわれた。
瞬間。
弔から本気の殺意が放たれた。彼は躊躇うことなく短剣の刃に五指でつかみかかる。
途端に彼の“個性”が力を発揮し、短剣の刃は見る見るうちに朽ち果てていく。
「この掌は……ダメだ。殺すぞ」
そう言う彼の瞳は……あてがわれた手の指の隙間からのぞくそれは、今までと異なり研ぎ澄まされていた。
彼は言う。地獄の底からはい出てくるような、昏い声で。
「口数が多いなァ……信念? んな仰々しいもんないね……強いて言えば……そう……オールマイトだな……」
短剣が、遂に崩壊する。
「あんなゴミが祀り上げられてるこの社会を、目茶苦茶にブッ潰したいなァとは思ってるよ」
そして、弔は狂気に満ちた笑みを浮かべた。
襲のものとは違う笑み。歪みを持つことは共通すれど、その歪み方や方向性、何より深さが決定的に違う笑みだった。
ステインはそこに、萌芽する前の信念の小さな種子を見た。
かくして敵連合と“ヒーロー殺し”ステインは、消極的かつか細い同盟を結ぶに至る。
しかしこの脆弱で頼りない同盟こそが、のちの歴史に刻まれる一連の事件の本当の始まりなのだ。
――悪意が牙をむく。
はい。というわけで、劇場版、やります。
今回はその予告と、襲というオリヴィランについての触り回でした。
彼女の個性については、EP4の本文中で語る機会があるのでそちらをお待ちいただくとして。
個性とフォースがあるのにステインに勝てないのか、という点については、ステインが登場タイミング(原作6,7巻という序盤に近い)に比して強敵すぎるという認識でいるから。
そして何より、弔同様成長する敵としてキャラメイクしたからです。
なので長い目で見ていただければ幸いです。