銀河の片隅でジェダイを復興したい!   作:ひさなぽぴー

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5.繋がる

 職場体験初日は、つつがなく終了した。

 

 内容としては、ヒーロー基礎学で教わった基本的なことを実地で実際に見ることが中心である。マスター・イレイザーヘッドはその辺りかなり実践的にやるようで、パトロールという行為の説明から始まり、犯罪者を実際に捕まえながらそれぞれのケースでどういう対応になるのか、その後の警察とのやり取りなどを説明されながらの半日だった。

 

 そんな状態でありながら、淀みなく犯罪者をあっさりと確保する手腕はさすがである。本人は「教職をやってるうちに多少なまっちまってる」とぼやいていたが、十分な腕前であろう。もちろん、当の本人が納得していないのだから私があれこれ言う資格はないのだが。

 

 ちなみに、災害のような大規模な問題などは起きなかったので、それに関する対応を見ることはできなかった。

 こればかりは仕方ない。起きないことに越したことはないので、不満も文句もない。ヒーローが暇なのはいいことである。

 

 ともあれ、そうして予定時間までじっくりパトロールを済ませたあとは学校に戻り、翌日の簡単な予定を聞いて解散となった。

 明日からは日が暮れてからも職場体験を続行する日があり得るということだが、初日はそこまでしないとのことである。

 

 ということで服を着替え、帰路に就く。

 

「…………」

 

 そこに会話はない。一人しかいないのだから当たり前だが。

 

 いやアナキンがどこにでもいるので、厳密には一人ではないのかもしれないが……フォースセンシティブでなければ見えない、聞こえない彼と公道で会話するつもりはない。

 

 だが、どことなく不思議な気分だ。こうして無言で下校するのはおよそ三ヶ月ぶりくらいか。三か月前など比較的最近のことのはずなのに、なんだか随分と昔のように感じる。

 

 高校入学以前、私は学校であまり人付き合いをしてこなかった。同級生との精神年齢差と、毎年飛び級する関係で親しい人間を作る必要性が低かったことから、基本的に登下校はこんな感じだった。

 

 しかし高校に入ってからは、登校時はもちろん下校時が特に賑やかになった。ここ最近は、クラスメイトたちが帰宅前に我が家に寄っていくことも増えたから、なおのこと。

 アシドやハガクレのどちらかがいると、本来なら不要な寄り道をする機会も多い。先日の中間テストが終わった日などは、みなでジェラートを食べに行ったりもした。私だけでは絶対にしないことだが、それが結構楽しかったりする。

 

 そんな風に、帰り道は必ず誰かといて、彼ら彼女らと他愛のない会話を交わすようになっていた。私は聞き役に回ることが多いが、それでも無言にはならない。

 そして……それを悪くないと思っている私がいる。

 

 ああ、私も本当に変わったものだな。

 

「…………」

 

 何気なく振り返って校舎の向こうの空を見上げれば、雨季が近いとは思えないほどの快晴。いまだ日は暮れ切っておらず、暑いほどだ。

 その向こうでそれぞれ励むクラスメイトたちを思い、私はふっと笑みを浮かべた。

 

「ただいま」

「オ帰リナサイマセ、ますたー」

 

 そうしていつものように、しかし一人で帰宅すると、これまたいつものようにS-14Oが出迎える。

 彼女に荷物を預けつつ、靴を脱いで屋内に上がった。

 

「本日ノオ夕飯ハイカガナサイマス?」

「あー……今日はヒミコもいないし、君にすべて任せるよ」

「! オ任セクダサイ、ますたー!」

 

 嬉しそうに頷いた14Oは、うきうきした様子で荷物を片付けると、台所へ向かっていく。冷蔵庫が開く音がして、「何ニシヨウカナァ、腕ガ鳴ルナァ」と、これまたうきうきした声が聞こえてきた。

 

 私たちの食事は、ヒミコが作ることが多い。私に色々と食べさせたい彼女が、調理を積極的に買って出てくれているからだ。

 もちろん、余人の数倍は食べる私の食事を一人で、しかも家庭用のキッチンで作ることは難しいので、日常的に14Oが色々と手助けしているのだが。

 

 それはそれとして、使用人型として設計された14Oは根っからの奉仕好きであり、今回のように頼られることが大好きな性分なのだ。一人ですべてやるということは、彼女にとって決して嫌なことではないのである。

 

 ……ああ。もちろん私だって、家事の一つや二つはするぞ。その、風呂の用意とか。

 いや、何せ身の回りの面倒な家事をすべて解決するために使用人型ドロイドを造ったので、やることはほとんどないのだよ。掃除なども、14Oの補助ユニットがほとんどこなせてしまうので……うん。

 

 まあそこはともかく。

 

 調理が終わるまでは、宿題をこなすのが日課である。

 そして食事を済ませたあとは、自由時間だ。ヒミコと戯れたり、実家の家族と通話をしたり、あるいは趣味の機械いじりをすることが多い。今はインゲニウム用のパワードスーツ開発があるので、もっぱら機械いじりだな。

 

 なおあのときはあれだけの啖呵を切ったが、あれも実は最大限に見積もってのことだ。本気になればこれくらい、一か月もあれば充分である。

 

 ……のはずなのだが、今日はなぜかあまり気が乗らない。そういう気分ではないのかと思って、だいぶ前から開発に取り組んでいるリパルサーリフトに手をつけてみたが、これもあまり進まず。

 仕方がないのでマンガに手を伸ばしてみたが、これもあまり集中できなかった。妙なこともあるものだ。

 

 そうこうしているうちに時間になってしまったので、風呂を済ませることにした。

 

 だが、一人だと風呂もすぐに終わる。普段ならヒミコとあれこれ話しながらだし、場合によっては吸血が始まるので、それなりに時間がかかるのだが。今日は三十分もかからなかった。なんだか不思議な気分である。

 

 そんなことを考えながら髪を乾かしていたのだが……ううむ、一人ではうまくいかない。実家では母上がやってくれていたし、いつもはヒミコがやってくれるのだが、意外に技がいるのだな……。

 

 とりあえずなんとか形にした……と思うが。鏡の中の私は、不機嫌を隠すことなくむすくれていた。なるべく表情は平坦に保つように日頃から気をつけているのだが。何がそんなに気に食わないのだ。髪型などどうだっていいではないか。

 

 ……いや待て。そもそもの話、わざわざ髪を乾かす必要などなかったな。

 それでは髪が傷むとは何度も聞かされてきたが、それを気にするのは母上やヒミコであって、私はどうだってよかったはずだろう。何をしているのだ、私は。

 

 はあ、とため息をつきながら、ドライヤーを定位置に戻した。

 本当になんだか調子が出ない。今日はもう早く寝てしまったほうがいいかもしれない。

 

 そう思って、早めにベッドに入ったのだが。

 

「……眠れない」

 

 普段ヒミコと二人で使っているダブルベッドは広い。その中で一人、ぽつんと横になっているのは……なんというか、贅沢なことをしている気がしてまったく落ち着かない。

 

 ごろりと寝返りを打つ。そちらに、いつもいるはずの彼女はいない。もちろん、周囲のどこにも。

 ここまで来れば、いかに私でもなんとなく察しはつく。何せ、今頭の中に浮かんでいるのは、彼女のことだけなのだから。

 

「……私は寂しいのか? ヒミコがいないことが?」

 

 常夜灯の明かりがぼんやりと浮かぶ薄闇の中で、つぶやく。

 

 そうやってから思う。ああ、声に出してしまったと。

 

 なら、そうなのだろう。きっとそうなのだろう。

 そんなはずはない、と……思う。思うが……これ以上自分をごまかすのは難しいだろう。

 

 どうやら、私は一人でいることが寂しいらしい。あれだけ仕方ないやつだというような態度で、ヒミコを送り出したくせに。

 そんなつもりはまったくなかったのだが……いつの間にか、私の中でヒミコという存在がそれだけ大きくなっていたようだ。

 

 信じたくはないが、そうでもなければ胸の辺りに走るかすかなうずきの説明がつかない。まさか何かの病でもあるまいし。

 いっそ病であったらよかっただろうか、などと思いながら、本日何度目かわからないため息をつく。

 

 それから身体を寝かせたまま、枕元に置いた端末に手を伸ばした。

 

 まだ、彼女は起きているだろうか。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 周辺のフォースが波紋のように揺らぎ、私はいつか感じた深い繋がりを再び感じて硬直した。

 同時に、背後に直前まで考えていた人物の気配を感じて、驚きを深める。

 

「なに、これ……?」

 

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 その声に、私は身体を起こしながら反対側に上半身を向ける。

 

「……ヒミコ?」

 

 そこには、ヒミコがいた。間違いなく。これは、一体?

 

「……コトちゃん? え、あれ? なんでホテルにコトちゃんが?」

 

 私の声に、彼女もまた上半身を起こしてこちらを向いた。

 

「いや……ここは私たちの部屋のはずだが。そういう君こそ……」

「ええ? ううん、ホテルだよ、ここ……だって、周りそうだもん」

「……? 私の周辺も、いつもの寝室なのだが……」

 

 私たちは至近距離で顔を付き合わせたまま、同時に首を傾げる。

 だが、なんとなく原因はわかっていた。お互いに。

 

「「……フォースで繋がった?」」

 

 だから、私たちは同時につぶやいた。

 

 そうだ。かつて私とヒミコがフォース・ダイアドだろうと仮説を立てたときに、アナキンから聞いた。

 フォース的に同質のもの同士は、距離を無視することがあると。それは互いの場所に互いの幻が現れ、しかしそれは幻ではなく、互いの居場所に直接影響を及ぼすらしい。

 そしてそれをなすためには、お互いがお互いについて……。

 

 そこまで考えて、私は顔が熱くなるのを感じた。

 

 いや。違う、そういうものではない。

 これは、そう。ただ、友人が遠くへ行ってしまったから、だから、そういうものであって。

 

 ああそうとも、彼女は、私にとって一番親しい友人であるからして。いつも一緒にいる彼女がいないことに、寂しさを覚えているだけなのであって。

 そしてそれを、フォース越しに本人に知られることが気恥ずかしいという、そういうものであって。

 

 ……だが、同時に、恐る恐る伸ばした両者の手が重なり、しかと互いの感触と温度を感じたとき。彼女から伝わってきた嬉しさで、そんな考えは塗り潰された。

 

 そのままどちらからともなく、私たちは磁石が引き合うように衝動的に身体を寄せた。そして互いの背中に手を回す。いつものように。

 

 密着した彼女の身体が、感じられる。そこにはいないはずなのに、間違いなく。彼女の体温と鼓動が、息遣いが、何よりフォースが、直に伝わってくる。

 

 ああ……くそ。やけにしっくり来るじゃないか。

 

 なんてことだ。

 どうやら私は自分で思っていた以上に、ヒミコに絆されているらしい。たった三ヶ月で、こうまでなるのか。

 信じられないが、これは現実だ。ならば受け入れなければならない。

 

 私は……彼女が傍にいなければ眠れない身体になってしまったようだ。

 

「えへへぇ……コトちゃんだぁ……」

「……ああ、私だよ」

「んやぁ、くすぐったいですよぅ」

「……気のせいだろう」

 

 私はそんな己が気恥ずかしくて、ヒミコの胸元に伏せる形で顔を隠した。

 こんな、こんな情けない顔を、彼女に見られてはたまったものではない。

 

 だから、それだけのことだから。

 

 あまり、頭をなでないでくれないか。

 

***

 

 ……そして翌朝。意識を取り戻した私は、改めてため息と共に両手で顔を覆うことになった。同時にベッドの中で身体を丸めて、意味もなく何かから己を隠そうとする。

 

 なぜって、仕方ないじゃないか。あれほど眠れなかったというのに、ヒミコと抱き合った状態から横になって、さほど間を置かずに意識がなくなったのだから。

 既に周りに彼女の気配はないが、これはない。そんなに私は彼女が恋しかったのか。子供じゃあるまいし、そんな。

 

 もしや魂が身体に引っ張られているのだろうか……。どうかそうであってほしい……。

 




離れて初日にこれなので皆さんお察しと思いますが、もう手遅れです。

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