「で、どう思った?」
授業後。私を引き連れて二年生のフロアから離れたイレイザーヘッドは、歩きながら端的に問うてきた。
「まだまだ先は長く、やらねばならないことが多いですね。私はあまり『救う』ことを考えたことがありませんでしたので、その辺りが特に」
「お前の歳でそこまで考えてたら異常だよ」
イレイザーヘッドはそう言うが、今回の演習は二年生たちのみならず、私に対しても先を見せてそこまで考えさせる目的があったはずだ。でなければ、逐一私に問いかけて来るはずがない。
そして確かに対外的には私は十歳児だが、前世の経験を丸ごと引き継いでいることを考えると、彼の言葉を真に受けて安堵などできるはずもない。
彼と組手をして改めて思ったが、そもそも私は決して才能溢れる人間ではないのだ。もっと精進せねばならない。
ただそれはそれとして、ジェダイとヒーローは、やはり似ているようで違うのだなと感じる。職場体験で実際のヒーロー活動を見て、特にそう思うのだ。
ジェダイは、護るものであった。銀河共和国の自由と正義の守護者。そして秩序の調停者だ。
翻ってこの星のヒーローは救うものだ。人々の生命と尊厳の救助者。そして秩序の介助者だ。
どちらも存在意義を発揮する過程で、何かを撃退し、誰かを救助する。その手段も大枠で見れば共通する。
だが何を優先し、どんな手順を踏むかが決定的に違う。それを履き違えてはならないだろう。
……究極のところ、撃退はジェダイが。救助はヒーローがと、住み分ければよいのではないかと思うがな。
ヒーロー基礎学をかじっただけでもわかるが、ヒーローという職業に求められるものはあまりにも多すぎる。直接的な武力を振るう存在が、その手で救助も同時に担うのは重すぎるだろう。
いや、もちろんそれは必要なことではある。軍隊もときに救助隊の役割を帯びることはあるからだ。
しかしそれはそれとして、特化した存在は別にあるべきではないだろうか。ジェネラリストだけがいて、そこにすべてを任せるのは様々な観点から見ても問題ではないかと私は思うのだが、いかがだろうか。
「さてこの後のことだが……」
おっと。思考が逸れた。意識をイレイザーヘッドに向け直す。
「俺はこのあと職員会議がある。予定じゃ六時くらいで終わるはずだが、会議なんてのは非合理の極みみたいなもんだ。いつもの調子なら七時くらいまでかかるだろう。もっと延びてもおかしくない」
「……まだだいぶ時間がありますね」
「ああ。学生として見るならもう下校していい時間ではあるが……職場体験として見ると足らない。そこで、通形。お前に少しだけこいつを任せたい」
「いいですよ!」
イレイザーヘッドに話を振られたトーガタは、二つ返事で快諾した。
そう、私たちは二人ではない。トーガタもまた、先の演習から引き続き同行している。
「すまんな。場所はトレーニングルームシグマを使ってくれ」
「了解です!」
そこで会話を切ったイレイザーヘッドは、階段を上に。私たちは下に向かう形で別れた。
「改めて、よろしくなんだよね! 俺は通形ミリオ、ヒーロー名は『ルミリオン』さ!」
「マスエ・コトハです。ヒーロー名は『ジェダイナイト・アヴタス』。よろしくお願いします、ルミリオン」
私たちは、どちらからともなく握手を交わす。
「じゃあ、まずは軽く手合わせしてみよっか!」
そしてそういうことになった。
***
眼前に、ルミリオンの太い腕が迫る。くるりと縦に回転してこれをかわしつつ、後頭部に向けて蹴りを放つ。
しかしこれは彼の身体をすり抜けてしまい、不発になった。このままでは勢い余って縦回転を続けかねないが、既に準備は済んでいる。私の身体は直角を描いて地面へ落ちていく。
そこに蹴りが叩き込まれるが、私は落ちながらフォースプッシュを放って相手を吹き飛ばした。
そうして互いに態勢を整えなおし、改めて向かい合……ったところで、タイマーが鳴った。時間切れだ。
「いやー、驚いたよね! 想像以上だ!」
かなりの回数攻撃を叩き込んだはずなのだが、堪えたそぶりもなくルミリオンは陽気に言う。
一方の私は、ローブこそ脱ぎ捨てたが無傷だ。ライトセーバーも使っていない。事前の取り決めではタイマーが鳴る=引き分けであったが、優勢なのは私と言っていいのではないだろうか。
「あなたこそ。恐ろしいほど精密な“個性”操作だ」
「おっ? さっきの演習といい、よく見てるんだよね」
「?」
「いやね、大抵の人は俺を見て、『すごい“個性”』って言うんだよね!」
「ああ、なるほど」
すぐにはわからなかったが、ルミリオンの補足になるほどと思う。確かに、一見そのように見えるかもしれない。
先の演習、およびこの組手で分かる範囲で言えば、彼の“個性”は透過である。あらゆるものをすり抜ける“個性”だ。確かに、なかなか他に類を見ない能力だろう。
実際に戦って思ったが、これはかなり厄介な能力だ。攻撃は当たらないし、防御は無視される。これほど戦いづらい力もなかなかない。
ここにルミリオン自身の卓越した予測が組み合わさると、さらに驚異的である。攻撃も防御も意味をなさず、なすすべもなく対処されて終わるだろう。先の演習でもそうだった。
だがしかし、である。
「全身に“個性”を発動しているとき、あなたは呼吸をしていませんね。そして何も見えていないし、聞こえてもいない。恐らく、あなたの“個性”は空気や光すらも透過してしまうのでしょう?」
「そうなんだよね! 何かをすり抜けるにしても実際は地面をはじめ、ものとの接触部はそのままに、目当てのものだけを透過しつつ、その場所を適宜変えないといけない!」
そう、彼の“個性”は極めて使い勝手が悪いのだ。普段何気なく行なっている動作であっても、透過しながらやるには複数の工程が必要になるはず。
そして失敗すれば、重力に引かれて地面の下へ落下してしまう。並みの人間なら、これでヒーローになろうとは思わないだろう。思っても諦めるのではないだろうか。
「やはりですか。下手に使えば振り回される“個性”ですね。それでそこまで動けるようになるまで、どれほどの鍛錬が必要になることか……」
「いやー、一発でそれを見抜かれたのは久しぶりだなぁ。相澤先生が指名したのも納得なんだよね」
「恐縮です」
頭を下げる。
単に彼の言葉にだけでなく、これまで彼が歩んできた道のりとその心意気に頭が下がったのだ。
なるほど、これがビッグスリーか。彼に匹敵する力の持ち主が、まだ二人はいるのだから世界は広いものだ。
「それにしても、君は引き出しが多いね! 今まで経験したことのない動きばっかりだったぜ! 自分より圧倒的に小柄な相手と戦う機会も滅多にないし、超勉強になった!」
「いえ、こちらこそ勉強になりました」
確かに私ほど引き出しが多く、次に何をされるのか想像できない人間はそうそういないだろう。増幅とフォースの組み合わせは、やれることが多すぎる。私以上の手札の持ち主など、都市伝説に語られる巨悪くらいのものだろう。
まあそれはともかく、とはいえ私がビッグスリー相手に優勢を取れた最大の理由はそれではない。一部ではあるが、最大の理由は致命的な相性の悪さである。
どういうことかというと、ルミリオンの透過にも透過できないものがあったのだ。
それはフォースだ。この宇宙のあまねくすべてと繋がるこの力は、すり抜けることを許さなかった。
そしてフォースを透過できないのであれば、フォースを介して増幅が効くということになる。つまり、私はルミリオンにとって天敵なのであった。
正確に言うと普段より効き方が鈍いし、すり抜けられないとはいってもできることは触れることくらいなのだが……増幅との組み合わせは、それだけで十分なのだ。
また、フォースプッシュとフォースプルも効いた。恐らくだが、フォースだけでなく重力も透過できないのだと思う。全身に発動すると落下するようだから、間違っていないだろう。
もちろん、フォースによる先読みが彼の予測を上回ったということもあるが……昨日のイレイザーヘッドとの組手で、フォースの先読みに匹敵する予測を行う人間との戦い方を多少なりとも経験できていなかったら、相当苦戦したはずだ。
ルミリオンはそれほどまでに強い。軽い手合わせであったが、すぐにそうとわかるほどには。
「それにしても、俺もまだまだだな。今度インターンに行ったらまたサーに稽古つけてもらわないと」
「いや……私の場合、そういう能力なども増幅できてしまうので、かなり特殊かと」
「あ、やっぱり? 君、普通に未来予知的なことしてるよね!」
「おわかりでしたか」
さすがはビッグスリーと言ったところか。彼の言葉ではないが、一発で見抜かれたのは初めてではないだろうか。
「いや、実はサーがそこら辺推測していてね。君に指名を出したのはそういうところもあると思うよ!」
そのルミリオンは、私の頷きに恐縮した様子で頷き返した。
サー。すなわちプロヒーロー、サー・ナイトアイである。確かに、彼からも指名が来ていた。
そしてルミリオンは、そのサー・ナイトアイの下でインターンをしているのだという。
「そうなのですか。確か氏の“個性”は……」
「ズバリ、『予知』! なんだよね! 自分の“個性”とどう同じなのか、あるいはどう違うのか、録画を見ながら考えてたってサイドキックの方から聞いたんだよ」
「“個性”は結果が同じでも、仕組みなどは十人十色ですからね。お断りしてしまったことは申し訳ありませんが」
「まあ、それはしょうがないよね。縁があったらまた指名が行くと思うから、そのときに考えればいいんじゃないかな」
「それもそうですね」
とは言うが、私はあまりサー・ナイトアイというヒーローに魅力を感じていない。私が目的の達成に必要なものを得るためには、彼のところであるべき理由が何一つないからだ。彼のところで学べることは、他の大概のヒーローからも学ぶことができる。
彼について特異な点と言えば、オールマイトの元サイドキックである点だが……あいにくと私はオールマイトという個人はともかく、オールマイトというヒーローにはそこまで好感を持っていない。
確かに彼のなしたことは偉大であり、行いもまた素晴らしいものだ。しかし、彼一強状態の現状がそれらを台無しにしていると私は思うのだ。そんな状態を強固に作ってしまったことは、いかがなものかとね。
ただそう思うのは、私が別の文明を、別の社会を知っているからだ。
そしてその私が知る別社会も、構造的には似たようなものだったと思う。きっとこの星の人間からすれば、グランドマスター・ヨーダはオールマイトと何が違うのだと思うだろうから。
……話が逸れたな。ともかくそういうわけで、私にとってオールマイトの元サイドキックという要素は加点要素ではない。
そしてミドリヤいわく、サー・ナイトアイはかなりのオールマイトフリークであるらしく。この一点で、私はサー・ナイトアイとは相性が悪いとすら推測できるのだ。
だからこそ、私は彼の指名を受けないと、わりと早い段階で決定していた。
「とはいえ、今年は全学年含めても君にしか指名を出さなかったって聞いてるんだよね。だから実は、俺も君のこと気になってた! 声をかけてくれた相澤先生の後ろに君がいたのを見たとき、ラッキーって思ったよ」
「それはどうも。私もあなたほどの実力者と手合わせができて幸運です」
「もう一度やってもいいかい?」
「もちろん、願ってもないことです。よろしくお願いします」
そうして私たちは、休憩を挟みながらも一時間以上手合わせを続けた。
休憩も無駄にはしない。その間は彼の実際の体験を様々聞くことができたので、非常に有意義な時間になったのであった。
主人公がナイトアイの指名を蹴った理由は作中で語った通りなのですが、これ実は後付けのようなもので、作者の都合で却下が先にあり、主人公が断る理由は何かと考えた結果だったりします。
ではなぜ作者がナイトアイの指名を却下させたかというと、彼の事務所に設置されているお仕置き用くすぐりマシーンがその理由です。
というのも、ナイトアイはユーモアを重視する人。それは自身のサイドキックにも徹底させていて、あまりにユーモアのないことを言っているとくすぐりマシーンでくすぐられるわけです。
あれはまあ、ジャンプ的なギャグシーンの一環だと思うんですが、これうちの幼女的にかなりまずいんですよ。
というのもうちの幼女、ユーモアに対する理解が恐ろしく低いです。クソ真面目とも言います。飯田君ほどじゃないですが、センスがないことを自覚しているので積極的にユーモアに行こうとはしません。
なのでナイトアイのところに行けば、高確率でくすぐりマシーンにかけられるでしょう。
これがいけない。
何せうちの幼女の身体は、トガちゃんによる開発が進んでいます。そんな状態で迂闊に全身をくすぐられると・・・。
・・・つまりはそういうことです。それはいけない。いけないでしょう?
いやボクは信じてますけどね?
多分あの子の身体が反応するのはトガちゃん相手のときだけだと。
信じてますけどね、0以外の可能性は全部起こり得るんですよッ!