我がライトセーバーの向こうで、心底驚いたと言わんばかりに目と口を開いている少女がいる。
彼女の気持ちはわからなくはないのだが……いや、恐らくこの場にいるヒミコ以外の全員が同様の心境だろうが、それを説明する時間はない。
まあ、時間があっても目の前の少女には説明しないが。何せ今ここにいるのは、ヒーロー殺しと共にヒミコらを殺そうとしている
私は鍔迫り合うセーバーはそのままに、フォースプッシュを放つ。
今は全能力増幅をしている状態だから、威力はつまり全力のスーパーフォースプッシュである。相手の少女は勢いよく吹き飛ぶと、壁に小さなクレーターを作るような勢いで激突してうめき声を上げた。
「……ヒミコ、大丈夫か?」
そのスキに瓦礫をテレキネシスで引き剥がし、ヒミコを横抱きに抱き上げる。
彼女はにまりと笑うと、よろけながらも立ち上がろうとした。
しかしどう見ても軽傷ではない。ところどころから出血があり、できるかぎり急いで処置を施さねばならないくらいには重傷だ。無理をさせるわけにはいかない。
「無理をするな。君は休んでいたまえ」
「……でも」
「大丈夫だよ。あとは私に任せろ」
そうして私は努めて優しく笑って見せると、ヒミコに今己ができる最善の治療を施す。
「ん……うん。……フォースと、共に」
「ああ」
そこに、ミドリヤが恐る恐ると言った様子で近づいてくる。
「ま、増栄さん……!? どうして……いやそれより、どうやってここに……!?」
「話はあとだ、ミドリヤ。済まないが、ヒミコを頼む」
「ふえ!? えとっ、う、うん、わ、わかったよ!?」
「重ねてよろしく頼む。……その分、やつは私がどうにかする」
「う……う、うん……」
私の言葉に、ミドリヤはどこか怯えた様子でごくりと生唾を嚥下する。それでもヒミコをそっと丁寧に受け取る辺り、彼は信頼できる人物だ。
その向こうでは、何やら小柄なご老人がヒーロー殺しを相手に押している。ヒーロー殺しは満身創痍のようだし、あちらもひとまず任せておいて構わないだろう。何せ今の私には時間がない。
と、このタイミングで猛烈な闇のフォースが吹き荒れた。立ち上がった少女が一瞬赤い閃光に包まれたかと思うと、普段の私を上回る凄まじい量のフォースを一気に解き放ったのだ。
ふむ……グランドマスター・ヨーダやアナキンには及ばないが、少なくともマスター・ケノービは上回る量だ。無論、前世の私とは比べるべくもない。
私たちはUSJではこれを相手に、疲弊しきった状態で正面から挑んだわけか。なるほど、それでは二人がかりであっても勝てるはずがないな。
だが、今の私は全能力増幅中だ。そしてルミリオンとの組手で多少消耗してはいるが、USJのときのように動くことさえままならない状態でもない。
であれば、ただフォース量が多い
まあとはいえ、まったく脅威に感じないのもそれはそれで奇妙だが……
「……なんだオマエ……!? どーなってんのさ、どっから出てきた!? てゆーか、おかしいじゃん! なんで、なんで同じ気配が二つあるの!? 何がどーなってるわけ!?」
問題の少女だが、当たり前ではあるがフォース・ダイアドを見るのは初めてらしい。フォースユーザーであれば、私とヒミコを見たら混乱するのは当然と言える。私が誇張抜きで、どこからともなく現れたことも拍車をかけているようだ。
そしてその混乱が、どうやら彼女の力を十全に発揮させないでいる。
「その問いに答える必要はない」
私は彼女に向けて、左手をかざす。
「一応聞いておく。投降するつもりは?」
「……は? 舐めてんの? するわけ……ないでしょーがあぁぁっ!!」
私の問いに、少女は答えることなく突っ込んできた。さながらフォースの壁そのものが迫ってきているかのようだ。
しかし、何よりも目立つのは殺意だ。相手には文字通り殺すつもりしかなく、私に斬りかかってきたのだ。
「そうか。……残念だ」
これに対して私は、
かざした左手をえぐるように上を向ける。すると、少女の身体はテレキネシスにさらわれ中空に浮かび上がる。
「わ……っ!?」
直後、私は左手を握り込む。同時に、拳を叩きつける形で下に振り抜いた。
「ガハッ! ごほっ、がっ、く、くそ……!」
途端、少女の身体は似たような動きで
しかし彼女自身は折れることなく、なおも剣を構え直してこちらに攻撃をしようと走り出す。
その剣からは、濃いフォースの気配が感じられた。なるほど、フォースウェポンか。古の時代、ライトセーバーが生まれるより以前にジェダイの前身や始祖が使っていた武器だ。
なぜそんなものがあり、なぜ彼女が手にしているのかはあとで考えるとして……フォースウェポンは、ライトセーバーと切り結べる武器の一つだ。
そう判断した私は、ライトセーバーの出力を
持ち上げて顔の横で構える、いつもの構えではない。この星で言うケンドーのそれに近い、前方に切っ先を向ける形でだ。
そして私に向けて振るわれた剣を、
「……っ!?」
「はあッ!」
次いで前に出つつ、振り下ろした位置からの横薙ぎで相手の腕を狙う。
相手は慌てて剣を引き、これを受け止めたが……受け止めきれず、たたらを踏んで一歩後退した。そこで踏ん張ろうとする。
私はこれを許さない。守りを固める、あるいは攻撃に転じるスキを許さず一歩、また一歩と前へ出ながら、力を込めた攻撃を一つ一つ、激しく打ち込んでいく。
ときには斬撃、ときには刺突。状況に応じて動きを使い分けながら、しかし共通して
これぞフォーム5、シエン。防御を重視するソレスとは真逆の、攻撃を重視するフォーム。攻撃と制圧こそがその主軸であり、アナキンが最も得意としたフォームだ。
そして、小柄で非力な今の私にはまったく向かないフォームでもある。
だが今の私は、全能力が増幅した状態。そして相手は負傷している上、普段手合わせをする面々に比べれば大幅に小柄だ。ニ十センチほどの差なら、
私の攻撃を前に、相手は防戦一方だ。一歩、また一歩と後ろへ退いていく。
「ぐ……! くっ、なん……! なんで……! なんで!? なんで何も見えないの!? うそ、そんなはず……!」
「未熟者め。フォースはあれどあるだけで、振りかざすことしかできぬとは」
混乱しながらもなお食い下がる相手ではあるが、もはやこの周辺のフォースは私が完全に制した。今この場において、フォースの先読みはほぼ私だけの特権と化している。
そして”個性”のほうも……原理はよくわからないが、対峙したときからずっと減退し続けている。身体の表面を申し訳程度に覆う赤い光を見るに、ミドリヤのようなシンプルな増強型だったようだが……今ではもう、身の丈ほどの剣をほとんどろくに持ち上げられないところまで追いつめられている。
これに比例する形で、フォースの量も減っている。どうもこの娘のフォースは、”個性”に結びついているようだな。”個性”が弱まったことでフォースも弱まるとは、なんとも不自然だ。
だが、何はともあれ。
「これで終わりだ!」
私は大きく横からセーバーを振るって、相手の剣ごと身体を弾き飛ばす。勢いに引きずられて、相手が大きく体勢を崩したところで懐に踏み込み、ぐるりと手首を切り返して再度セーバーを振るった。
「ぐ!? あぁッ!」
橙色の光がさっと走り、相手の両太ももを一閃した。肉が焼き切れ、立つために必要な力を維持できなくなった相手はその場に倒れ込む。
ただ位置関係の都合上私のほうに倒れてきたので、軽くフォースプッシュを放って地面に転がしておく。
だが直前、私はフォースの感知でこれが悪手であったと悟った。しかし、もはや身体の動きをとめても意味のないタイミングである。
「……クロギリか!」
飛ばした方向に、黒い靄が出現したのだ。
忘れようはずがない。これはUSJ事件の際、私たちを悩ませた相手の”個性”だ。遠隔地と結ぶワープ系の”個性”。相変わらず、動く死体のすることは起こりが読めない。
そんな存在の作り出した黒い靄の中に、剣を握り締めたままの少女が飛び込んでいく。もちろん彼女は主体ではなく、そうしたのは私だが。
思わず顔をしかめる。しかし、疑いようなく一手遅かった。
「殺してやる! オマエは絶対、絶対ぶっ殺してやるからなぁ!!」
かくしてそんな罵声を最後に、少女は黒い靄と共に消えたのであった。
だがまだセーバーは仕舞わない。そろそろ戻らなければまずいと本能的にわかっているが、ここまで来ておいて中途半端な状態で帰るわけにはいくまい。
私はきびすを返し、ヒーロー殺し……ステインに目を向ける。小柄なご老人が善戦しているが、少々焦りが見て取れる。ステインがそれだけ強敵ということもあるのだろうが、ご老人のほうは長く前線を離れていたのだろう。久しぶりの実戦でいきなり大物と戦う羽目になったとなれば、無理もあるまい。
問題ないとは思うが、念のためこちらにも対処しておくとしよう。
そう考えて、私は一気に二人の間に割って入る。もちろん、ご老人の邪魔にならない位置へだ。
「助太刀します」
「「!」」
そして二人が目を見開いている間に、ライトセーバーを振るう。
セーバーの出力は、いまだに増幅されたままだ。つまり本来の威力を持っている。そんな代物の前では、ほとんどの刃がなまくらでしかない。
プラズマの高温が、ステインの持っていたナイフの刀身を一瞬で溶かして消滅させる。
さらに一振り。これにより、ステインの靴に取りつけられたスパイクも消える。
最後にもう一振り。これでステインがやられながらも取り出した短剣の刀身も消えた。
そしてここで、ご老人が鋭く動く。ステインの鳩尾に猛然と肘打ちを叩き込み、壁に打ち付けたのだ。これがとどめの一撃となる。
「見……事……」
ステインは最後、気絶する直前にそう言った。それが誰に対しての言葉かはわからなかったが……しかし、誰に対してであろうと私は同じ答えを返すだろう。
「称賛は不要だ。思想のために暴力を頼った君はテロリスト以外の何者でもなく、それ以外の意味を持たないのだから」
セーバーを仕舞いながら私はそう言うと、ヒミコがひとまず自力で立てるようになっているのを確認し――そこで限界を迎えてこの場から消滅した。
***
なお。
「クックック……どうした襲、ボロボロじゃないかぁ。おいおい、もしかしてフルボッコにされてゲームオーバーかよ?」
「うるっさい……! かわいい妹が瀕死だってのに、少しは労えないの? はーほんとこれだからクソダサ手マンは」
「おいおい誰のことだよ? 鏡見てから出直したほうがいいんじゃねぇ? ……っつーか、そこはどうか労ってくださいの間違いだろ?」
「は? 潰されたいのバカ野郎が」
「お? やるか受けて立つぜ?」
某所では、そんな意趣返しが行われていた。
何度もしつこく強調したので皆さんお分かりいただけるとと思いますがそれでも念のため後書きでも申し上げておきますと、
ガ チ ギ レ で す 。