授業参観を翌日に控えた日曜日。私は最寄りの駅のロータリーで、ヒミコの到着を待っていた。待ち合わせ、というやつである。
今は同じところに住んでいるのだから、一緒に家を出たほうが時間も手間もかからないと私は思うのだが。ヒミコが「デートなら待ち合わせだよねぇ!」と言って譲らなかったので、こうなった。
私にはよくわからないこだわりだが、今日は私の都合でヒミコとの約束を一部反故にしてしまった埋め合わせのためにある。なるべく彼女の希望に応えたい。なので思うところはありつつも、素直に従っている。
そう、デートだ。つまり逢引である。先立ってヒミコと約束したものだが、それが今日なのである。
職場体験のとき、マニュアル率いるヒミコらに助けられたプロヒーローから折良く謝礼として遊園地のチケットが届いたので、そこへ行く予定になっている。
「コトちゃーん! お待たせー!」
おっと、どうやらヒミコが到着したようだ。返事をしながらそちらに身体ごと向き直る。
するとそこには、随分と気合いの入れた格好の彼女がいた。服装はもちろんだが、どこか顔の雰囲気が違うのは化粧が施されているからだろうか?
見慣れているヒミコとはどこか違う、けれどいつもより確実にかわいい彼女の姿に、思わず戸惑う。心臓がいやに大きく跳ねた。
「えへへー、待った?」
「い、いや。それよりその、なんというか……今日は見違えたというか」
「んふふ、カァイイでしょ?」
「ん……うん、そう、だな。ああ、とてもカァイイよ」
「わーい! がんばった甲斐があったのです」
そして私の言葉に、喜色満面を浮かべてゆらゆらと身体を左右に揺らす彼女は、さらにかわいく見える。
なんだろうな……この……よくわからない。うまく言えないのだが。
そういえば、母上は女は化粧で変わるものだと言っていたような気がするが、これはそういうものなのだろうか。視覚に与える影響は大きいのだなぁ。
「まあ、なんだ。行こうか?」
「うん!」
私の問いにヒミコはこくんと大きく頷き、身を寄せてきた。
継続する不思議な感覚に戸惑いながらも、私が彼女の腕に静かに己の腕を絡めると、彼女はさらに嬉しそうににんまりと笑う。
私も小さく微笑んで、それに応じた。
とはいえ、私は逢引などしたことがない。ジェダイなので当然だが。
そもそも遊園地という場所もまったく行ったことがないし、その知識も一切ないのでどうにもできない。
なので基本的にはヒミコに任せきりである。不甲斐なくて本当に申し訳ないが、こればかりはどうにもできない。
とはいえ、いつもは人前だと抑えている願望を遠慮なく表に出せる状況だからか、彼女は常にご機嫌であった。
そうして辿り着いたのは、ズードリームランドという遊園地だ。ヒミコに聞いた話では、動物をモチーフにしたテーマパークらしい。森やサバンナを模したアトラクションが居並ぶメルヘンなところで、年齢に関係なく幅広い層に人気があるのだとか。
今日は日曜日なので、特に人の入りがすごい。立錐の余地もない、とまでは言わないが、一日ですべてのアトラクションを回り切ることはまず不可能だろう。
まあそれでも、惑星人口が軽く兆を超えるコルサントの繁華街に比べれば大したことはない。人混みは慣れているのだ。
ただ今の私は小柄なので、当時よりは気をつけねばならないだろうな。ヒミコもいることだし、もし何があってもすぐ動けるようにしておかねばなるまい。
……そう思っていたのだが、これは想定していなかった。
「ヒミコ……この装身具は着けなければならないものなのか?」
入園して直後のこと。私は手にしたものを軽く掲げながら、怪訝な目をヒミコに向けていた。
「いけなくはないですけど、遊園地に入ったらその遊園地色に染まらないとつまんないですよぅ。ズードリームランドに来たら、誰だってみんなここの住人なのです!」
やけに熱く語るヒミコの頭上には、金色の猫の耳が輝いている。
私が手にしているものも、同じものだ。色は違うが。黒い猫の耳があしらわれたカチューシャである。
ヒミコは色までお揃いにしたがったのだが、金髪に黒い猫耳(あるいは黒髪に金の猫耳)は彼女の「カァイイ」には当てはまらなかったらしく、泣く泣く諦めていた。
その彼女をよそに周囲を軽く観察してみたところ、確かに来客は老若男女を問わず、そのほとんどがこの手の飾りを身に着けていた。動物の種類は人によって違うようだが、少なくとも着けていない人間は確実に少数派のようだ。
「……なるほど。郷に入っては郷に従え、か」
規則でないのなら、無理にしようとは思わないのだが……今日はヒミコの希望になるべく応えると決めたのだ。
ならば、ここは従うべきだろう。彼女は全力でこの遊園地を、一緒に楽しむことを望んでいるのだから。
「……どうだ?」
「カァイイ!! とってもとっても似合ってます!! すき!!」
ということで、黒猫耳カチューシャを着けてみたのだが……ヒミコのテンションが鰻登りである。そんなにか……。
よくわからないが、ともかくお気に召したのなら何よりである。
と、そう思っていたところ、遠目に私くらいの子供が同じ型のカチューシャをつけて、姉と思われる人物に向けて「にゃーん!」と猫のような声を出しつつ、仕草を真似ていた。
ああいうものも、やったほうがいいのだろうか?
「……にゃーん?」
そう思って、やってみたところ。
「ウ゛ッッッッ」
「ヒミコ!? どうした!?」
ヒミコは突如、胸を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。
すわ突発性の心臓病か、と思って焦ったのだが、答えは「不意打ちが可愛すぎて死ぬかと思った」である。わけがわからない。
「驚かさないでくれ……心臓がとまるかと思ったぞ……」
「ごめんねぇ」
てへ、と舌を出して笑うヒミコ。かわいいが、そういう問題ではない。
「本当に心配したんだ。紛らわしいことはやめてくれ。君だってUSJ事件や保須のとき、私を心配してくれたじゃないか」
「あー……うん……そう、だねぇ。うん……ごめんね、コトちゃん。嬉しくてテンション上がっちゃったのです」
「……気をつけてくれるならそれでいい。下手に抑えるのも逆効果だろうし」
「ん……ありがと。大好き」
「……ん。まあ、うん」
なんだか今日は妙な気分だ。ヒミコの顔をあまり見られない。いつもより脈も早いし、なんだか顔が熱いような。
一体私の身に何が起きているのだろう。
「よーし! じゃあ、アトラクション行こ!」
「ああうん。わかったよ」
しかしともあれ、今日はヒミコのためにここまで来たのだ。私は彼女と連れ立って遊園地を練り歩く。
その遊園地だが……誤解を恐れず率直に言わせてもらうと、よくわからない、というのが私の感想になる。ヒミコと一緒に様々なアトラクションに乗ったのだが、どの辺りが楽しいのかわからなかったのだ。
バイキングは前後上下に動いているだけだし、ジェットコースターは敷かれたレールを走っているだけ。フリーフォールに至ってはただ落ちるだけである。
主に絶叫マシーン、というカテゴリに入る娯楽らしいのだが……本当に機能しているのだろうか。
というか、絶叫するような状況に身を置くことが娯楽になるということ自体が、そもそも私にはわからなかったりする。
百歩譲って人間にとってなるのだとしても、高速の変則機動に慣れた私にとってこの程度はちょっと……いや、かなり物足りない。せめて制御を半ば喪失したスピーダーくらいは必要だと思う。それはそれで、前世パダワン時代のあまり思い出したくない記憶だが。
あと……お化け屋敷については、スタッフに申し訳ないとしか。いや、フォースの前では虚仮威しにもならなかったから……。
これについてはヒミコも予知できたせいで何も驚いておらず、がっかりしていた。人が人を驚かそうとその場にいる限り、この手のものは未来予知が可能なフォースユーザーには意味がないのであろうなぁ。
ああでも、ティーカップはなかなかによかったと思う。回転は普段経験する機会が少ないからな。あれは三半規管を鍛えるいい器具ではないだろうか。
趣旨が違う? ごもっとも。
ともかくそういうわけで、私は理解があまり及ばないまま遊園地を回っていた。楽しんでいるヒミコには本当に申し訳ない。
ただそれはヒミコもわかっていたようで、最初ははしゃいでいたが少しずつ私の様子を窺うようになり、ついには昼食を摂っているときに謝られた。
「ごめんねコトちゃん……つまんなかったよね……」
「いや、私のほうこそすまない。私にはどうも、この星の娯楽を理解する感性がないらしい」
「そんなことないのです! ……やっぱり、博物館とかのほうがよかったかなぁ……」
「確かにそちらのほうが私は楽しかったと思われるが……別にここもつまらないわけではない。興味深いとは思っているからな。何より、博物館は君があまり楽しめないだろう。今日は君に楽しんでもらうために来たんだから、私はそれでいいんだよ」
「やっ、違うのです! せっかくのデートなんだから、二人で一緒に楽しみたいの!」
「それで言うなら、私はわりと楽しめているよ」
「……でも、アトラクション……」
「それは確かに、あまり楽しめていないのが本音だが……」
しょんぼりとうなだれるヒミコに、思わず苦笑する。だがその顔を正面から見据えて、私は本心で語りかけた。
「色んなものを楽しんでいる君の顔を見て、楽しんでいる。だからあまり落ち込まないでくれ。君には笑っていてほしいんだ。君は君の思うように満喫してくれればいい」
「う、……うー、それは反則ですよぅ……」
今度は一転して、顔を赤くするヒミコである。
そんな彼女の前に、昼食の限定アップルパイを差し出す。彼女は少しだけ逡巡したあと、その先端をぱくりと口に納めた。
私も残りの部分にかじりつく。
うん、美味だ。この星の食事は……いや、この国の食事はどれを食べても飽きない。
そのあとも、二人で飲食物を分け合って穏やかに過ごした。
様子が変わったのは、食事を終えて少し談笑を興じていたときだ。
少し離れたところから、何かが壊れる音が聞こえてきた。合わせて悲鳴も上がったようである。
「……何かあったようだな」
「だねぇ。行……きますよね、うん。コトちゃんだもんねぇ」
「すまない。だが」
「わかってます。私も、今はヒーロー志望のトガなのです。どこにだってついていくのですよ」
「ふふ、それはとても心強い」
ということで、私たちは手早く片付けを済ますと、騒ぎの大元のほうへ向かった。
場所はどうやらお化け屋敷。何やら急ごしらえの規制線が張られ、警備員たちが必死に野次馬を抑えている。
その最前線では、若い女性が血相を変えて何やら訴えているようだが……それよりも。
「あれ? ねえコトちゃん、あれって飯田くんと常闇くんじゃなあい?」
「本当だ。カミナリとミネタもいるようだな」
面白い偶然もあったものだ。
彼らは女性と何やら話し込んでいたが、そのときお化け屋敷の中から作り物であるはずの幽霊が顔を出した。ゆらゆらとうごめく様は、まるで生きているかのよう。
それを見てようやく怯える様子を見せた野次馬を、警備員たちが制する。相変わらず、この星の人間は危機感がなさすぎるな……。なぜ対処する力もないのに、自ら危険に近づくのだろう。
だがそのよそで、イイダたちは列から離れて野次馬の間をかき分けると、お化け屋敷の裏手に回っていく。
何かをするようだ。だが彼らのことだ、火事場泥棒などというようなことはないだろう。
なので、私たちも便乗することにした。
はい、ということで遊園地デートです。理波は約束を守る幼女なので。
雄英白書1でこの遊園地回を読んだとき、これはもうデートさせるしかねぇなって思いました(素直
だってケモミミカチューシャを半ば必須とする遊園地ですよ。そんなの行かせないわけがないんだよなぁ(素直
ちなみにこれはボク個人の偏見ですが、ジェダイという人種は大半が絶叫マシーンを理解できない人種だと思ってます。
常に平静を保ち、常に穏やかで落ち着いていることを求められる連中なので、この程度のことで恐怖を覚えてキャーキャー言ってたらパダワンにすらなれないだろうなっていう。
それくらい心身ともに鍛えられてないと、ブラ=サガリなんてできないと思うの。