ルクセリアと名乗った男の言葉に、緊張をみなぎらせる。
ここにいるのはみな、優秀なものばかりだ。彼の言葉の意味は、全員理解できたのだ。
私も同様だ。フォース的に場を制圧しようとしていた集中が、一瞬乱れてしまった。
だが、我がA組の面々と私が動揺した理由は別だ。彼らは相手の言葉と、彼の足下の痕跡からイレイザーヘッドがやられたと考えたからだろうが、私のそれはその傍らに刺さる剣と男から感じる暗黒面のフォースにある。
「……復讐か……! 相澤先生をどこへやった!?」
私をよそに、歯がみしながらイイダが言う。
分厚い暗黒面の帳がルクセリアを覆っているため、私には彼の真意が正しいのかどうかはわからない。だが、嘘はないように感じられた。
「さて、どこでしょうね。……まあ、それについてはどうでもいいんですよ」
はぐらかすように答えたルクセリアは、そこで足下の液体と布にちらと視線を落とした。
その行動の意味を、聡いこのクラスの面々が理解できないはずもなく、息をのむ気配が伝わってきた。
だが、緊張しつつもトコヤミが訝しんだ。
「どうでもいい、だと……? どういうことだ」
「はい。実のところ、組織はわりと好き放題していましたので、滅ぼされたこと自体は必然だと思っているんですよ。因果応報というやつですね。なので復讐云々は興味ないんですよ」
ははは、と軽く笑って見せるルクセリア。
だが、私はそれどころではない。ヒミコ、それにミドリヤも気づいたようだ。
なぜなら、ルクセリアが前に置いている剣にあしらわれた装飾が、ステインと一緒にいた少女――カサネと言ったか――が持っていた剣と同じなのだ。
しかも、今ルクセリアの身体を覆っている青いオーラもまた、襲のそれを思わせる。
だとすると……と嫌な予想が脳裏をよぎる。まさかこれは、ヴィラン連合の襲撃なのではないか? と。
そしてそれを見透かしたように、ルクセリアはミドリヤを向いた。
「ああ、違いますよ。私はヴィラン連合とは無関係です。まあ、彼らは大所帯なようなのでね。所属している人間全員と、絶対に一切の関係がないとまでは断言できかねますが」
「……っ!?」
その見透かした動きに、ミドリヤが息を呑む。
彼の頭の中には、私とヒミコがいた。相変わらず察しがいい男だ。私やヒミコが普段からしている、読心や未来予知と似たものを感じたのだろう。
そう、私が緊張を高めている最大の理由はこれだ。カサネ同様の武器――つまりフォースウェポン――を持つルクセリアからは、襲同様にフォースの気配がする。それが、ただでさえ暗黒面に満ちているやつの心を読みづらくしているのだ。
これはまた、相当に無茶をしなければならないかと内心でため息をつく。
だがだとしたら、なおのこと私が引き受けるべきだろう。フォースユーザーの敵を相手取るには、非ユーザーではあまりにも荷が重い。
「お、おい増栄……!」
ミネタが案じるように声をかけてくれたが、これは適材適所だ。
そう、私は前に出た。そんな私に、ルクセリアの視線が向けられる。
「細かい話は抜きにしよう。それで、結局君は何が目的なんだ?」
「おっと。私としたことが、つい楽しくて話し込んでしまいました」
おほん、とやけに芝居っぽく、ルクセリアが咳払いする。
「残りの目的ですが……ええ、皆さんが欲しくなってしまいましてね」
そして続けられた言葉に、場の空気が凍った。
「る、ルクセリアとは、まさか……」
そんな中、ヤオヨロズが震えた声を上げた。
「おや、意味をご存知の方がいらっしゃる? さすが雄英生ですね、優秀だ。――そう、私は七大罪の一つ、色欲をつかさどるもの。性欲を、劣情を力に変える“個性”『色欲』の持ち主。つまりはそういうことです」
じゅるり、と。
舌なめずりする音が、聞こえた気がした。
そして、ルクセリアの粘ついた視線が我々一人一人に、順繰りに向けられる。
「体育祭、拝見させていただきました。いやぁ、今年の一年生はまこと将来有望であらせられる! 誰も彼もみな美しく……あるいはかわいらしく。大変……ええ、大変……興奮させていただきました」
先ほどまでと打って変わって、妖しく笑うルクセリア。
同時に、彼の下半身……股間部分がぐぐぐと持ち上がる。
女性陣から悲鳴が上がった。もちろん、保護者たちからは非難囂々である。
だが同時に、ルクセリアの全身を覆う青い光は激化していく。それに比例してフォースが高まっていくその様は、やはりカサネのそれと非常によく似ていた。
「野郎……! ふざけやがって!」
そんな敵の姿に、憤慨したのはキリシマだ。全身を硬化させて、思わずと言った様子で一歩前に出る。
だがさすがの彼も、嫌らしい視線を向けられると怯んだ。
「ふふ……あなたもいいですねぇ。実にいい。素直な方は好きですよ。硬化でしたっけ? 私、たぎってしまいます……どうです、抱きしめていただけませんか?」
「な……!? こ、こいつ……まさか!」
恐らくは今まで向けられたことがないであろう、色欲に満ちた視線。これにキリシマは、怯えた様子で一歩下がった。
「ええ。私、男性も女性も等しくおいしく……ああ失敬、訂正を。人間であろうとなかろうと、生き物であろうとなかろうと、等しくおいしくいただける口でして!」
これに応じて、ルクセリアが楽しそうに宣言する。
彼の言葉に、ミネタが「か、勝てねぇ……」と絶望した声を絞り出す。
「今年は男性陣も豊作ですよね……ンンン……特に……あなたとあなた。かなり私好みですよォ、クックック……いいお尻していますよね……顔も、ふふ、なかなか……」
「ひえっ、ぼ、僕!?」
「きめぇこと言ってんじゃねぇクソが! 死ね!!」
標的にされたミドリヤが青ざめ、バクゴーが吼える。相変わらず対照的な二人だが、それはともかく。
「ですが! ですが……やはり、一番はあなた、あなたです!」
ルクセリアは彼らから視線を外し、私を見た。
「小さくてかわいらしい姿……その見た目に反する理知的な言動……しかしふとした瞬間に漏れ出る愛らしい笑顔と仕草……素晴らしい! しかも、しかもですよ! 普通ヒーローになるべく鍛えている人はどうあがいても筋肉質になるものですが、あなたは違う! 年齢に相応しい、筋肉も脂肪も少ないパーフェクトボディ! ここに幼女らしいぷにぷにフェイスが組み合わさって……ああ、最高だ! あなたがナンバーワンだ!!」
熱っぽい演説を早口にまくしたてるルクセリアに、一同は盛大に引いた。
そしてそれとは別に、ヒミコの様子が危うい。「は?」と非常に低い声を漏らした挙句、とんでもないレベルの暗黒面のフォースを溢れさせ始めた。
結果として、周囲一帯が私ではなく彼女のフォースで支配され始める。まあ戦いを制するという意味では、私と彼女のフォースは完全な同質なので支障はないのだが……周りがな。
怒りの沸点を超え、頂点をも超えて一周した感情は冷え切っており、それが暗黒面のフォースを通じて他者にも影響を及ぼし始めている。
具体的には寒気がする。この規模となると、恐らく非センシティブであっても感じられると思う。ステイ、ステイだヒミコ。もう少し待て。
……あと、彼女に続く勢いで憤慨しているのがミネタというのもどういうことなんだ? いや、あれだけ絶望した顔をしていた彼が今にも飛び出しそうなほど憤慨している点については、彼もちゃんとヒーロー志望なのだなと思えて喜ばしいのだが。
まあ、彼についてはともかく。
「わかった。ならば私がそちらに行こう。もちろん、武装解除はする。だから人質は解放してもらえまいか」
目的が私であるなら話が早い。そう思って口にしたら、全員(後ろの保護者も含む)からやめろと言われた。まあ、気持ちはわかる。
「いや、これが最も合理的だ。私よりも優先すべきことがある、それだけの話だ」
だがそう、こうすることが一番合理的だ。そして手っ取り早い。だからこれでいいのだ。
何より、人質に甘んじるつもりもないのだから。
「素晴らしい……ああ、もう、本当に、最高だ……イってしまいそうになる……! 幼女最高……!」
対して、ルクセリアはなおも興奮した様子を隠さず……というかさらに興奮した様子で、息を荒らげている。身体を覆うオーラの光がさらに増して股間に集中し、そこが眩しいほどに輝き始める。なんて嫌なパワーアップなんだ……。
「よろしい、ではこちらへ! 私がかわいがってあげましょうねぇ……!」
その状態で周囲への警戒を切らしていないのだから、随分と年季が入った敵だなと思いつつ。
私はローブを脱ぎ捨て、次いで身に着けている道具をすべてルクセリアの周辺に放り投げる。
そうして丸腰になった私は、敵意はないと態度とフォースで表明しながら両手を上げ、ルクセリアへ近づいていく。全員からものすごく悔しそうな気配を感じるが、まだだ。まだ始まってもいない。
が、私はルクセリアまであと一歩、というところで足を止めた。
「約束は、守ってくれよ?」
「もちろん! 私は約束は守る男ですので!」
「ならばいい」
それだけ交わし、私は完全にルクセリアの間合いに入った。
彼が感極まった気配をみなぎらせながら、私に思い切り抱きついてくる。
だが……ああ、そうとも。お断りだ。それをする権利は、
『今だ!』
その瞬間、私は全能力増幅を実行する。
同時にフォースプルによってライターを回収しながらの私の合図を受けて、アオヤマが、ジローが、セロが同時に攻撃を放った。これに併せてヤオヨロズ、彼女から武器を渡されたハガクレ、アシドも続く。
何より、ずっとお預けを喰らっていたヒミコも。彼女は文字通り解き放たれた獣のように、容赦も躊躇もなくルクセリアへ攻撃を仕掛けた。
彼女の攻撃は、フォースグリップ。憤怒と憎悪で殺意を醸造し、蒸留し、あまつさえ希釈することのない暗黒面の力がルクセリアの身体を襲った。
これにより、彼の身体……正確に言うと首にはすさまじい力がかかり、下手をしたら首の骨がへし折れる可能性があったが……そこはさすがフォースユーザーか。ぎりぎりのところでヒミコのグリップを外すと、他の攻撃もかろうじて回避し切って見せた。
だが、これでいい。この一瞬があれば、それでよかった。
仲間の攻撃をかいくぐっていたのは私も同じ。そしてその間に私がしたことと言えば、この辺りにまで転がしていたライトセーバーを引き寄せること。それから、ルクセリアの背後に回り攻撃を仕掛けることだ。
「ふっ!」
「……ッ!」
かくして、私の橙色の光刃がルクセリアを捉えた。
ただし、やつもまた剣を手繰り寄せて防御に入っていた。私の攻撃は白銀の刃に遮られ、一瞬の硬直ののちフォースと剣の戦いが始まる。
ルクセリアの動きは、カサネより洗練されていた。明らかに、剣を使った技をある程度修めているものの動きだ。ゆえに圧勝は難しそうだ。
だが、カサネより身体能力の強化は劣るようだ。フォースは彼女にも匹敵するくらいの規模だが、こちらは剣のように洗練されていない。全能力増幅中の今なら、よほど下手を打たない限りは十分だろう。
そんなルクセリアを私はフォーム5、シエンで激しく追い立てる。だが今回は、怒りに任せた攻撃ではない。怒りは確かに乗っているが、しっかりと考えて、不利を承知であえてやっている。
理由はもちろん、相手を人質である保護者たち(と、ガソリン)から遠ざけつつ、味方のほうへ確実に押し込んでいくためだ。体格差がカサネ戦より激しいため、正確にはアタロとシエンの合わせ技と言ったほうが正しいだろうが。
そして私が押し始めたと見るや否や、遠距離攻撃を持たないクラスメイトたちが同時に地面を蹴って飛び出した。先頭を切るのはミドリヤとイイダ。もちろん、人質を救出するためである。
「……っ、ふふ、フフフフフ! 強い! ああ、お強い! やはりあなたは最高だ……! この力をここまで使いこなせる人間が、よもや組織の外にいたとは!」
そんな彼らには見向きも……ああいや、すれ違いざまに“個性”のもぎもぎを投げたミネタには対処した。あれ、拘束手段としては地味に強力だからな……それをこちらにフォースプッシュで飛ばしてくるのは、敵ながらいい判断と言うべきだろう。
まあ、光そのものであるセーバーの刃にはくっつかないのに弾けるのだがね。結果、いくつものもぎもぎを跳ね返されたルクセリアは苦し紛れに剣でそれを受けてしまい、ほとんど武器としては機能しなくなった。
ここは、ミネタを褒めておくべきかな。
にもかかわらず、ルクセリアはなぜか嬉しそうだ。人質から離され、後退を余儀なくされ、完全に押されているというのに、余裕だな……と思ったとき。
暗黒面の帳から垣間見えたのは、光だった。そこにある感情を、思惑を読めてしまった私は、そういうことかと今回の騒動の実態を理解する。
だが確かに、フォースユーザー相手にこういう類の
しかしそういうことなら、そろそろいいだろう。もう十分、ルクセリアを人質から離した。それに、怒りもすっかり引いてしまった。
ゆえに私は、フォームを変える。いつものアタロだ。
と同時に、救助に向かわず一人じっと待ち続けていたバクゴーが、戦いに飛び込んできた。お預けを喰らっていた犬のように……と言うと彼は怒るかもしれないが。それくらい猛然と。
少し離れたところでは、私に変身したヒミコ。隙あらばフォースブラストを叩き込むべく、鋭い視線を向けている。
途切れることのない三重の攻撃が、何回も繰り返される。しかもうち二つはフォースユーザー。さらに一人も、未覚醒とはいえセンシティブだ。これはいかにフォースユーザーと言えども、分が悪い。ルクセリアはあっという間に追い詰められた。
それは戦況としても、物理的な立ち位置としてもである。退避する場所はもはや限られている。
ほどなく、爆発が一つ、二つ、三つと起こった。最初がヒミコ、あとの二つはバクゴーだ。いずれもかわしきれないタイミング。
ゆえに命中。ルクセリアの身体が泳ぐ。
そこに私が上空から急降下して、剣を弾き飛ばす。剣はそのまま、貼りついたもぎもぎにより地面にぴったり吸着して固定され、下手に触ることもできなくなる。
と同時に、ルクセリアの足元が爆ぜた。ヒミコのフォースブラストだ。しかも攻撃力ではなく、吹き飛ばす力を重視した爆発。
これによってルクセリアは上空に巻き上げられる。それを狙って、私は立体機動で肉薄する。予測どころではない、変則的な動き。フォースによる感知をも欺くように、確実に。
「まだです……! まだ終わっていませんよ!!」
空中のルクセリアに、動く手段はない。だが、それでも負けじと彼はフォースプッシュをかけてきた。私の身体が、彼から引き離される。
ああ、
私
「ッ!?」
吹き飛ぶ私をルクセリアの視界から遮るように、バクゴーが下から現れる。爆発音はなかった。
当たり前だ、私がルクセリアに迫りながら
バクゴーの爆発は――ここからだ。
「任せたバクゴーッ!」
声と爆発音が、重なる。ヒミコのフォースブラストと、自前の爆破。二つを合わせてバクゴーが前に出た音。いずれもルクセリアに肉薄した音。
「死ィィねぇぇぇぇッッ!!」
その咆哮は、果たして誰に向けられたものだろう。ルクセリアに向けられたものか、あるいは一人で解決できなかった己に向けられたものか。
ともあれトドロキ、および私との戦いで見せたバクゴーの技が放たれる。回転運動をかみ合わせた、重い重い一撃。確か、ハウザーインパクトと言ったか。
それが、ルクセリアの腹に叩き込まれた。
「ごふぉぁ……ッ!!」
彼の身体が、宙を切る。とんでもない速度で射出された彼は血を吐きながら檻のあった穴を飛び越え、ビルの壁面に激突した。次いで、重力に引かれた彼は瓦礫と共に落下する。
さすがにこのままだと死ぬと見た私はテレキネシスを放ち、ルクセリアを救出した。
この時点で彼の身体を覆っていた“個性”の光は完全に消えたし、あれほどみなぎっていたフォースもほとんど感じない。当然、意識もだ。この状態であの高さから落ちたらさすがにまずいし、もういいだろう。
これでこちらは一段落。視線を移せば……どうやら人質も無事に救出されたようだ。
見える大きな氷は、トドロキが生み出した足場かな。檻を数人で担いでいるところを見るに、ウララカのゼログラビティが活躍しているのだろう。それをミドリヤとイイダがけん引している。
ということは、完全に終わったと見ていいか。
そう思ってセーバーを仕舞ったところで……
「はい、お疲れさん」
イレイザーヘッドが、いつもと変わらない調子で声をかけながらこちらに歩いてきた。
近づいてきていることはわかっていたが、この方もまったく人が悪い。私は苦笑を抑えきれなかった。
せっかくの百合の日、百合がテーマの作品だっていうのに、百合シーンがなくて本当に申し訳ない。
今日書いてたEP5の9話は百合くなったので、それで切腹は許していただきたく思います。
まあ百合の日ってことでテンション上げて書いてたら、うっかり行きつくところまで行きかけたのでその大半は封印指定ですけど。